第十四話 怒りと快感
「攻め込む前に……この中で乗馬が得意な奴はいるか? そいつに姫さんへの書簡を届けさせてぇんだが」
「アタシ得意ッスよ、乗馬……一応傭兵の端くれッスから」
「私も旅暮らしが長いから得意な方よ」
ウロボロスへと向けた書簡、それにはこの村の所業に関する調査内容。
また、主犯の逃亡を防ぐこと及びこれ以上の被害を出さないことを優先し、与えられた権限に従ってラント村を制圧する旨が書かれている。
これをメルクリアへと輸送するのは、かなりの重要任務だろう。
この後の戦闘要員も含めて……慎重な選出が必要になる。
「分かった、じゃあ……猫のネエちゃん、この書状はアンタに託した、襲撃と同時にこの村の厩舎から馬を強奪し、メルクリアへ向かってくれ」
「はいよ、まあ頼まれたからにはやるッス、こっちもプロフェッショナルッスからね」
書状を受け取り、厩舎へ向かっていくガットネーロ。
それを見届けた後、ケラススは村の集会場へ一歩踏み出す。
小さな建物だが、中には多くの村人がいるらしい。
「得た情報によると、あの集会場には地下があり、中で羊の飼育、毛刈り、そして……解体が行われているそうですわ」
「地下室ねぇ……この村の財力からしてみりゃぁおかしな話だ、どこでそんな金を手に入れた……?」
出所不明の羊毛が出回りだしたのが一月前。
それで得た金で地下室を建造したのなら、時間の辻褄が合わない。
ならば羊毛ビジネスが始まるより前に地下室が建造されたと見るのが妥当だろう。
「考えている暇も無いか…………ここからは戦争ってぇやつだ、汚い手も使うし人も殺す、嫌なら下がりな」
覚悟が無いならば下がれ、そうケラススが促すが……退く者はいない。
ルーヴは山賊への態度からも分かるように、敵対する者への殺害は狩りの延長としか思っていないのだ。
ピーヌスはクリムと出会う前から旅の途中で何度も賊を殺めているし、クリムは一殺多生を受け入れている。
傭兵である二人は言わずもがな。
総員臨戦態勢、ということだ。
「よし……まず、ドアを叩き壊したら俺と龍のネェちゃんが気を引く、その隙に魔術師さんは詠唱だ、そして狼のアンタは嗅覚で地下室のドアを見つけ、地下にはクルテルとカペルが突入する、いいな」
ケラススの指示に、それぞれが頷く。
それを確認し……ケラススは、集会場のドアを蹴破った。
同時に、厩舎に聞こえるくらいの大声を上げる。
「動くんじゃねぇ! 違法な羊毛、羊肉ビジネスをしているたぁ、お天道様が許しても俺らが許さねぇと知りな!」
その声を聞いて、厩舎番が外に出る。
すると、物陰から現れたガットネーロが音も無く心臓を一突きした。
何の感慨も無く、無慈悲に繰り出された一撃。
そのままガットネーロは馬を奪い、村を飛び出していく。
厩舎番に追撃されないためにはこうするしかない。
ならばそこで躊躇って罪悪感を抱くタマではないのだ。
それなら傭兵などしていない。
「お前らはなんで、そんなことをできるんだ! 人を羊に変えて殺すなどと!」
クリムが気を引くために放ったであろう怒号を聞きながら、ガットネーロは一路メルクリアへ走る。
今まさに、彼女の後ろでは戦いが始まろうとしていた……。
「これから……てめぇらをたたきのめす! まずはアンタからだ!」
「きゃっ……!」
集会場に居た者達の内、真っ先にケラススが狙ったのは一番無力であろう少女だ。
年の頃は11歳くらいだろうか、その腹部に容赦ない膝蹴りをたたき込む。
こうすることで、村人の注意を引けるわけだ。
「貴様、娘を離せ!」
昏倒させた娘を片手で担ぐケラススに、父親と思しき男が剣を振るう。
だが、ケラススはその男に向けて娘を盾にした。
思わず止まる剣。
次の瞬間、クリムの拳が男を壁に衝突させた。
「爪を使わないだけ、ありがたく思え……!」
次、そのまた次と村人を殴り、蹴り、投げ飛ばしていくクリム。
一応少しは冷静さを取り戻したのか、殺してはいない。
内心ではこの集会場も村も全て焼いてしまいたいくらいだが、羊にされた者達を救出するために我慢する程度には冷静だ。
そんな戦いが繰り広げられる中……ルーヴは四足歩行になると隙間を猛スピードで走り抜け、地下への入り口を特定する。
そして入り口の番をしていたであろう男に食らいつくと、その首を引きちぎり後続への道を空けた。
「行け!」
ルーヴの号令に従い、カペルとクルテルが地下へ突入していく。
それを見た村人達は流石に「まずい」と思ったのか、二人を追おうとするが……。
「それを許すほど、甘くないのよ……! 詠唱完了、毒を展開するわ!」
集会場に怪しげな霧が充満する。
その霧はただの霧ではない、指向性を持って村人の口にだけ入る霧だ。
治癒術の応用によって生み出されたこの霧は、吸うことで治癒術とは逆に肉体へダメージを与える。
しかし死ぬほどではない、何も虐殺をしたいわけでは無いのだ……今は。
虐殺を必要とする状況ならば、この霧は容易に殺傷性をますだろう。
それは今後の、村人の動向次第と言える。
「降伏しなぁ……地下にもこちらの精鋭が向かってんでねぇ、すぐに事は終わるぞ?」
ロープを取り出しながら、降伏勧告をするケラスス。
だが、死力を尽くしたのであろう村人の一人が、毒で重い体を押して剣を手に走り出す。
そして……ケラススに辿り着くより早く、その胸をクリムの爪が貫いた。
「が……はっ!」
「死力を尽くすなら、もっとまともなことに尽くせ……!」
怒鳴りながら、爪を引き抜くクリム。
すると、胸から大量の血があふれ出した。
ここで半端な行動に出ては他の村人が後に続く可能性がある。
そうして無謀でも戦えという雰囲気になれば、もっと多くの死人が出るかもしれないのだ。
だから……ここで一人、惨たらしく殺めることで死力を尽くしても無駄だと思い知らせる。
抵抗しようという心をへし折るのだ、そうして多くの死人が出るのを防ぐ。
これが一殺多生、一の死を以て多くを生かすことだ。
「抵抗はやめろ、良いな?」
ケラススの言葉に従い、村人達が抵抗の意思をなくしていく。
クリムは彼らの武器を奪ってへし折り、ケラスス達は彼らを捕縛してする。
圧倒的な勝利だ。
……それは、どうやら地下も同じらしい。
地下からは、まるで快感を覚えているかのような声が聞こえてきた……。
以下、とある女冒険家の手記より抜粋。
私が女神様と出会ったのは、あの地下に閉じ込められたときだった。
事の起こりは一週間前。
ある朝私は、宿で目覚めると身体の異常を感じた。
うだるような暑さが、体の内から溢れてくる。
そんな不思議な感覚と共に……私の肉体に異常が起きたのだ。
指が硬くなり、癒着して蹄になっていく……。
同時に全身を覆い始めるウール、耳は位置を大きく変え、顔もマズルが伸びていく……。
鼻は黒く大きくなり、目は顔の両サイドへと移動していった。
そう、ラント村で起きたという羊化事件、アレは噂では無く実際に起きた事件なのだ。
羊になりながら、私は何とか逃げようとした。
だが骨格が音を立てて変化すると共に二足歩行ができなくなり、体もどんどん小さくなっていく。
助けを呼びたいが……もう声も上手く出せない。
深い絶望の中、私の肉体は完全に子羊になったのだ。
「おいおい、こいつ小せえよ、これじゃウールも肉も禄に取れねえ」
「養育して、それから出荷だな」
私を見た村人は、そんなことを言いながら私を持ち上げた。
当然逃げようともがくが、子羊の力ではお察しだ。
剣を握れればこんな事にはならなかったのに、羊の蹄では……たとえ口に剣を咥えても無理だろう。
私はそのまま牢に入れられた。
ここで、大きくなるまで育てられるらしい……。
ここには私以外にも元人間の羊が居た。
だが、羊の声しか出せない今となっては彼らが何を言っているのか理解できない。
分かるだろうか、傍らに人が居るのに何も話せない絶望が。
看守も私達の声に、うるさいと怒鳴るだけ……。
そんな中、誰か助けてくれないかと願い、餌を食べる……。
それが私を太らせるためと理解しながら、連れて行かれる他の羊を見ながら……。
そんな生活の中、いっそ人の心を捨ててしまおうかと思っていたときだ。
彼女はここに来たのだ……。
以上、とある女冒険家の手記より抜粋。
「な、なんだお前らは……!」
石造りの地下に、まるでヒールのような音を立てながら降りてくる山羊の悪魔。
その硬質の蹄が床に触れる度、地下に居た者達は男も女も震え上がる。
それはそうだろう、上から騒音が聞こえたと思ったら、四本腕の山羊獣人悪魔がやってきたのだから。
悪魔……カペルは、翼を広げると声を上げる。
まるで支配者のように、威厳高く。
「ひれ伏しなさい」
彼女の言葉は耳では無く脳に響き、村人を圧倒する。
その圧にやられ……一部の村人が跪いた。
「頭を垂れた者は良い子ね、さあ……忠誠を誓いなさい、この場所を明け渡しますと言うのよ」
カペルの言葉は、ひれ伏した村人にはまるで美酒のように聞こえる。
この方に忠誠を誓いたい、それは生物として当然のことだ。
そう思わせる圧倒的洗脳……。
これがカペルの全力だ。
「「「はい、この場所を貴女に……明け渡します……」」」
うっとりとした顔で、よだれをたらしながら呟く村人。
カペルに言われたとおりしゃべるだけで、脳内の多幸感が刺激される。
まるで人生の答えを見つけたかのような絶頂の気分と共に、崇拝感情を抱く村人達。
その様子にカペルは面倒そうに目を細めた。
(やれやれ、この力は使いたくなかったんだけど……ここまで消耗すると、一週間は大人に戻れないのよね、まあ緊急事態だししょうがないか)
そこまで考えたところで、力に限界が来たようだ。
カペルは子供の姿に戻ってしまう。
洗脳が既に完了していた者は解除されないから別にいいのだが……。
だが、洗脳に抵抗していた者は普通に動けるようになってしまう。
「貴様……! この、化け物め!」
叫びながら、カペルを取り囲む数人の男。
だがカペルは慌てた様子も無く、気だるげだ。
「お願い、クルテルお姉様」
「……この場所は、お姉様に任せられた場所……抵抗はしないで」
「え……!?」
影のような霧が、男達を包む……。
クルテルの力だ。
それにより、男達は視界を閉ざされ……その暗闇の中で、男達は恐ろしい物を見た。
「あ、あれは……!?」
闇に浮かぶ逆さの顔、沢山の触手。
影の霧をもたらす者、大いなる闇。
知らないはずなのに、それを知っている。
記憶のどこか、魂のどこかが存在を覚えているのだ。
そう、その名は……。
「ガ、ガタ、ガタ、ノ……」
呟く男達を触手が引きちぎる。
だが男達は生きている、死んではいない。
しかし頭だけになって動けないようだ。
その頭を、沢山の蛇がついばむ……。
そして男達は倒れ伏した。
“現実”でも。
「かつて在りし神を思い出し、震えるといい」
「あ、あ……」
どうやら、幻覚を見せられていたらしい。
男達は痙攣しながら汗、よだれ、涙、鼻水といったありとあらゆるものを流す。
これではしばらくは立つこともままならないはずだ。
「お疲れ様、とりあえず……これで羊はもう解体されないわね」
「そうね」
「あとは……どう元に戻すかだけど」
カペルの言葉に、洗脳された村人の女性が寄ってくる。
そして……恍惚とした表情で跪いた。
「女神様……その方法は簡単です」
「は? なんで神の私じゃなくて悪魔風情が女神扱い?」
「……ややこしくなるから静かにして、簡単って……どうするの?」
「術者の私を殺すのですよ!」
術者を殺す、そう言いながら村人は両腕を広げた。
確かに、術の行使を終わらせるには最も手っ取り早い方法だろう。
「そうすれば、既に死を迎えた者は無理ですが、魂のある肉体は魂に合わせた最適化が始まり、人間に戻るはずです! あ、人間の魂が羊の体に合わせて既に最適化されてたら無理なんですけどね、あはは!」
笑いながら、恐ろしいことを話す村人。
これは洗脳によるものではなく元々の気質だ。
洗脳は飽くまで忠誠を誓わせるだけでしかない。
死んだ者、魂が羊になった者は戻れないと言い切る姿は生来のもの……。
その姿にカペルは今すぐにでも殺してやろうかと考えるが……。
だが、それは情報を引き出してからだと考え、首を振った。
「分かったわ、でもあなたを殺す前に……知ってることを全部教えて……」
「はい! では私の名前から……」
「そうじゃなくて……術をどうやって覚えたか、とかよ……」
本当に知っていることを全て話そうとする村人に、カペルは辟易する。
どうやらこの羊臭い地下牢から上階に出るのはまだ先になりそうだ。
「さて……村長はお前さんかい」
「……ああ……」
「言えるな、村がどこから資金を得て地下室を作ったか」
ロープで縛られた村人達の中、村長と呼ばれた男……先ほどの少女の父親が、首を左右に振る。
どうやら口を割るつもりは無いらしい。
「言えない……それは、出資者への不義理となる」
不義理、そう言いながら口をつぐむ村長。
だが次の瞬間、突如激しい音が響いた。
ケラススが机を殴ったのだ。
「人様殺しといて義理もへったくれも有るか!!!! ざけてんじゃねえぞ!!!!」
「ぐ……わ、私は……この村を栄えさせたかったのだ、彼らの死は無駄ではなく、その為の……もの……! 大義があれば、間違いでも罪でもない……!」
「え、なんだい、人を羊に変えて村の財のために殺すのは良くて! 情報を流すのは駄目かい!」
「がっ……!」
「テメエは義理を通し大義を貫く自分は格好いいとでも思ってんのかもしれねえがなあ、何もかっこよくなんざねえんだよ、このクソみてえな大義に酔った酔っ払いが! 寝言は寝ながらいいやがれってんだ!!!!」
胸ぐらを捕まれ、前後に揺さぶられる村長。
だが口を割る様子は無い。
その様子を見ていて……クリムは、怒りがわき上がってくるのを感じていた。
収まってきていたはずの怒りが……どんどん抑えきれなくなってくる。
そして……。
クリムは近くで縛られていた少女、村長の娘を持ち上げた。
「きゃあっ……!」
「……!? 娘に何を!」
「決まってるでしょう、見せしめに殺すんですよ」
笑顔で村長の方を向き、村長の娘に爪を突きつけるクリム。
その姿を見ながら村長は震え上がった。
「まずお前の娘を殺し、その次は妻です、その次は友人でしょうか、順番に……一人ずつ、大事な人を殺します、彼らは言うでしょうね、なんで素直に答えてくれなかったと、でもあなたは殺しません、あなただけは生かします、恨まれて後悔して、そのまま生きれば良いじゃ無いですか、それが義理を通すって事なんでしょう?」
早口でまくし立てながら、村長の顔を覗き込むクリム。
その隣で少女が震え上がる。
「や、やだ……助けて、お父さん……死にたくないよ……」
「懇願し、震え上がって……かわいそうだね、でも無駄だよ、お父さんはあなたの命よりも出資者とかいう悪党との義理を取るの、あなたは愛されてないんだよ!」
爪を少女の眼球目前で動かし、クリムは笑う。
そして、そのまま手が振り上げられ……。
「分かった! 白状する!」
村長の叫びと共に、手が止まった。
そして……。
「なら最初から……義理だなんだ言ってんじゃねええええええ!!!!!」
ケラススの怒号が、村に響き渡った。
それを聞きながら、クリムは少女を放り投げる。
その腕をピーヌスが小突いた。
「ナイス脅迫!」
「……違います」
「え?」
ピーヌスの言葉に、クリムは首を左右に振る。
そして、力無くへたり込んで笑みを浮かべた。
「私、怒ってたんです……怒りにまかせて、本気で殺すつもりでした」
「クリムちゃん……」
「怒りに身を任せるのは気持ちよくて……ダメですね、私」
震えながら息を吐くクリム。
そんな彼女を、ピーヌスは優しく抱きしめる。
そして優しくキスをした。
「ダメなら、これから良くなっていけばいいのよ」
「これから……」
「あなたはこの村みたいに取り返しのつかない過ちを犯したわけじゃない、まだやり直していけるんだから」
これから良くなっていく、これから成長していく。
死の運命を乗り越えるためにも、クルテルに勝つためにも。
それが必要なのだ。
クリムはその言葉をゆっくり胸に刻み込む。
(成長したい……ううん、成長するんだ)
願いではなく、決意として……精神的な成長を誓う。
龍として肉体的に成長し、魂と肉体を最適化させるだけではダメだ。
そう考えながら……クリムは精神的に成長できなかった村の末路を、じっと見つめるのだった。




