第十三話 ザクロ味の羊
「さぁて……じゃあ行き先はテルメ村と猫又之国だったな?」
「そうだけど……他の姉妹とは、合流しなくて良いの?」
「ああ、テルメ村までの道中に何個か街や村があるだろう? そこで姉妹は任務中でなぁ、てなわけで普通に道中で合流できるのさ」
翌日の朝、メルクリアの街と街道を繋ぐ門を通りながら、クリム達はこの先どう行動するかを話していた。
サーペンタインと猫又之国を繋ぐ、俗に蛇猫街道と呼ばれるこの道には多くの街や村が点在しており、ケラススの姉妹達はみなそこで任務に当たっているという。
「一番近いところとくりゃぁ……ラント村に一人いるな、ここから進んでちょうど夕方……宿が必要になる辺りに着く、まーちっせぇ村さ」
「ラント? テルメ村から温泉を抜いたような本気の田舎ね……」
本気の田舎、そう言いながらピーヌスは呆れ顔になる。
街道沿いに有りながらそう言われる程の街なのだ、余程なのだろう。
「ところがだ……最近あの村とくりゃぁ、出所不明の羊毛で財を潤し始めやがった」
「出所不明? 普通に狩りか畜産をしたんじゃないのか?」
「ラントはルージュ村みたく独立した土地じゃないんスよ、飽くまでサーペンタインの領地、だから狩猟にしろ畜産にしろ報告はいるッス」
説明を聞きながら、ルーヴは「なるほど、人間は不便だな」と頷く。
この辺りは独立した土地であるルージュ村に住むルーヴでは分からない感覚だろう。
そんなルーヴの隣で、クリムは「そういえば昨日酒場で食べた羊肉のステーキが美味しかったな」などと考えていた。
「ま、てなわけでだ……妹の一人を送り、探らせてたってぇわけだ……密猟をしてないかな」
「一人……一人だけなんですか?」
一人での潜入、そう言われて驚かないわけがないだろう。
怪しげな行いをしている村に潜入し、もし企みを発見して見つかれば……死ぬかもしれないのだ。
「なぁに、アイツは潜入のプロだ……まずヘマなんざしないさ」
「潜入のプロ、ねえ……もしかして、擬態魔法みたいなことができるの?」
擬態魔法、ルーヴやガットネーロが使っているものだ。
原理としては体に纏った魔力を使い、体の見え方を操作することで人間の姿に見えるようになる……らしい。
ただし、見た目を弄ったところで人間に無い尻尾や位置の異なる耳はどうしようも無いので、そこに関しては服や帽子の中に隠すという。
ついでに言うと、触覚もいじれないので触れば毛の感覚はそのままらしい。
「ま、んなもんだが……ちょっと違う、アイツはより高度な、肉体を作り替える変身ができるのさ、なんつっても……悪魔だからな」
「悪魔……?」
悪魔と言われ、クリムはクルテルを見つめる。
神と来て次は悪魔だ、右と左を行き来するような慌ただしさを感じてしまう。
それは他の面々も同じらしい。
「へえ……その悪魔は自称なの?」
「いーや、アイツは正真正銘紛うことなき本物ってぇ奴だ、586歳らしい」
「……私も本物、創世から生きてる」
首を左右に振るケラススの横で、クルテルは口をへの字にする。
そういう仕草をするから自称神と言われるのではなかろうか。
クリムはついそう言いたくなるが、なんとか我慢することにした。
「幼い山羊獣人みたいなナリをしてんだがな、そこの龍のネエちゃんみたく皮膜ってぇのか? そんな感じの翼が生えてる、で……性格もこれまたやべぇ、男を弄び、財も心も奪い去る、まさにサキュバスってぇ奴よ」
ケラスス曰く、しかも相手を魅了しながら真の姿を現すため、魅了された者は冗談抜きで人間を愛せなくなってしまうらしい。
山羊獣人や山羊そのものだけを愛するようになるのだ。
まさしく悪魔の所業としか言い様がないだろう。
「なんか……中々に凄まじいわね、吟遊詩人の語るサーガじゃ悪役側にいる存在だわ」
「ははは! ちげーねぇや! だが俺らは傭兵だ、傭兵ってなぁんなもんさ、立場が善悪を決める存在で、雇用者次第じゃ悪しきが良きを為しもするし、逆もまた有んのさ」
賑やかに笑いながら、クリム達はラント村へと向かっていく。
さて、その頃のラント村では……。
件の悪魔が、こっそりと暗躍していた。
「ねえお兄さん、ちゃんと話す気になった……?」
「う、うう……それは……」
ベッドの上に一人乗り、シスター服を纏った山羊の悪魔という本性を露わにしながら服をはだけさせるサキュバス、その名はカペル・ルクスリア。
彼女は今潜伏中の一軒家で、家主である独り身の男性を誘惑しながら、情報を引き出そうとしていた……。
だが、どうもこの男性は強情なようで、まだ陥落していないのだ。
せいぜいここに潜伏していることを誰にも話さない程度……。
前途多難だと言える。
(あーあー、ここまで強情なんて退屈な男……甘やかすだけで済みそうな一人暮らしの童貞くんだと思って選んだのに人選ミスかしら、でも……ココで逃げたらサキュバスとしての股間……じゃなくて、沽券に関わるのよね、厳しく行きますか)
狙った男は逃がさない、百発百中の男たらし。
それこそがカペルであり、そんな自分をサキュバスとして誇りに思っている。
これは負けられない戦いなのだ。
「何も話してくれないなら……良いわ、他の人のところに行っちゃいましょ」
「え……!?」
「この毛を触る権利も、蹄で良いところを踏んであげる権利も……ぜーんぶ他の人のもの」
カペルの言葉に男が動揺する。
そのままフラフラと吸い寄せられるようにカペルを触ろうとするが……。
手をはねのけられてしまう。
「やるべき事をしないで、欲しいものだけ手に入れようとする人は嫌い」
「う……」
「私のこと、もふもふしたいならぁ……分かるわよね?」
まさに悪魔のささやき。
その声に男性は力を抜かれていく。
もう抗えはしない。
男性はへたり込むと、ゆっくりと話し始めた。
この村で何が行われているかを……。
(うふふ、押して駄目なら引いてみろ、飴でダメなら鞭を持て作戦、大成功……これはお姉様からボーナスが貰えるかもね)
よだれを垂らし、舌舐めずりをするカペル。
その山羊らしい瞳が細められ、小さな家に笑い声がこだました。
「さて……到着か、もう夕方だな」
「あら、お姉様が来たみたいね」
数時間後、村にケラススが到着した時……。
カペルもちょうど、男性から話を聞き終えていた。
「ふふ……ありがとう、じゃあ私はもう行くわ」
「ま、待ってくれ、触らせてくれるんだろう!?」
家を出ようとするカペルに、男が追いすがる。
だがカペルはその目の前で大人の山羊獣人の姿になると……男の顔の前で指を鳴らした。
シスター服ではなく、まるで踊り子のような際どい布を纏い、四本の腕が生えた禍々しい山羊の姿……。
その状態で鳴らされた指からは、禍々しい魔力が迸っている。
「あ……」
魔力の奔流に意識が飲まれ、力無く膝をつく男……。
その顔を、カペルが蹄で踏みつける。
そして男を翼で包み込み……その意識は、夢の中へ沈んでいった。
「私高いの、あなたには私と触れあう夢だけあげるわ」
どんな夢を見せられているのか……男がビクビクと痙攣する。
そんな男を蹴り飛ばすと、カペルは興味なさげに立ち上がった。
「クズ風情が時間を取らせて……」
そのまま、シスター服の子山羊の姿に戻ると家をゆっくり出る。
目指す場所は勿論、ケラススのもとだ。
彼女が来た時にすぐ行けるよう、村の入り口に近いこの家に潜伏した。
だというのに、こんな男相手に時間をロスさせられてはたまったものではないのだ。
「……お姉様、カペルが来た」
「お姉様、お待たせいたしましたわ、あら……そちらは、新人かしら?」
「おうカペル、いーや……こいつらは新しい雇い主様ってやつさ、姫さんが雇用権限を委譲したってわけだ」
「あらあらそれは……こんばんは、私はカペル・ルクスリア、大罪の7姉妹の七女でございます、お見知りおきを」
男とのやり取りとは打って変わって、穏やかな様子で挨拶をするカペル。
その礼儀正しい様子に、クリム達は前評判による警戒を少し緩める。
彼女達はカペルが本性を隠していることは気付いていない。
しかし、男にしか見せない本性は彼らの夢の中に沈み、やがて泡沫と消えるのだろう。
知らないということは存在しないと同義なのだ。
少なくともカペル以外の中では。
「さて、移動する前に当然ここでの任務は終わらせてからにしたい、そこはプロのけじめってぇ奴だ……どうだカペル、なんか良い情報ってなぁ有ったのか?」
「……無かったら、怒るよ」
「ええ、勿論……飛びきりのものを用意いたしましたわ」
ほがらかに、山羊の目を細めて笑うカペル。
その様子はとてもではないが、先ほどまで男を誘惑していたとは思えない。
穏やかで柔らかな笑顔……だが、その表情が突如引き締まる。
「この村は……情けをかける価値も無い、腐敗した村ですわ」
「カペル、私みたいに人間を見下してバイアスがかかっていない?」
「いいえ、違いますわ……この村は本当に、腐りきった肥だめですの」
腐敗した村、そう言いながらカペルは腕を組む。
その様子に、ケラススはただならぬ事態を察す。
そして、先に宿を取りに行こうとしていた4人を手で制した。
「……何があった、羊毛の出所は?」
「……旅人」
「旅人? 旅商人からの強奪品、か?」
ケラススの言葉に、カペルは「それならどれだけ良かったか」と首を振る。
そして腕をほどくと……大人の姿になった。
「こういうこと、ですわ……私が体を子供に作り替えているのと同じ」
「作り替えている……つまりは、まさか……」
「そう、この村は……旅人を羊に変えて、その毛を刈って売り捌いているのです、どうやってそんな高等魔法を得たかは分かりませんけど、村人が吐きましたわ」
旅人を羊に変え、売り捌く……。
その恐ろしい内容に、割り込んでは悪いと黙って聞いていたクリム達も思わずざわめいてしまう。
だが、ケラススは腕を組んだまま動じていない。
クルテルも人間は愚かと言わんばかりにあきれ顔だ。
「……カペル、羊の利用方法は本当に毛だけか?」
「そう、人間なら羊にもっと別の使い方が有るはず」
「……お二人ともご明察、食肉も……ですわ……食用に行商人に売って……そのまま、サーペンタインやニライカナイ、猫又之国にも流れたと思われます」
ぼかしていたであろう内容を察したケラススとクルテルに、カペルは頭を押さえながら息を吐く。
いくら悪魔でも、同族を別生物に変化させて食べるなどというのは、正気の沙汰とは思えないのだ。
男を弄び、利用して捨てる残虐非道のサキュバスとて、そこまではしない。
一方、クリムはふと昨日食べたものを思い出していた。
夜に酒場で食べたのは、輸入したての羊肉によるステーキだったのだ。
「おえっ……!!!」
思わず嘔吐し、涙を流すクリム。
それも無理はないだろう。
昨日食べたものが人肉だったかもしれないのだから。
肉体は龍だが、その精神は人間……。
ならば、嫌悪感を覚えないはずがない。
「大丈夫、クリムちゃん……!」
「……まさかまさかの、ッスね……度し難いクズッスよ」
クリムの口を拭いてあげるピーヌス。
その隣で、ガットネーロは肩をすくめ、ルーヴは無言で村を睨んでいる。
共食いは、やはりどんな種族にとっても理解できないのだ。
「分かった、もういい」
ケラススは剣を取り出して目を細める。
そしてクリム達の方を向いた。
「書状を送って対処を待つ……なんて言ってられん事態だ、この村を制圧する、あんたらも……奴らの蛮行を気持ち悪い、許せねぇと思うなら……力を貸してくれや」
協力を求めるケラススに、三人が頷く。
その傍らでクリムは、荒い息を吐きながら怒りに震えていた。
人を貶め、利用し、殺し、辱める。
そんな蛮行が許されて良いはずがない。
(許すわけには、いかない……!)
地面を拳で殴り、牙を食いしばるクリム。
その龍玉が紅く光り……体が炎のように熱くなる。
クリムは今、人生で最大級の怒りを感じていた。
できる限り死の運命を減らすというポリシーも吹き飛びかける程に。




