第百十三話 それぞれの前夜 その3 未来のことは分からないけど
今後の方針、作戦展開、それらを相談すべくウロボロス達のもとへ向かうクリムゾンフレア。
そこに一人、走り寄る者がいる。
少女と見まごう小柄さ、そして金の髪……ルーチェだ。
彼女は無言で、睨むようにしてクリムゾンフレアを見つめる。
だがその表情は憎しみというよりも……どう話を切り出すか迷っている雰囲気だ。
素直になれない、これまでの経緯を気にしている……そんな顔つき。
なんだか思春期に戻ったような気分だ、ルーチェはそう感じていた。
「……ええと、ああ……えっと……」
「な、なんだ急に……どうした?」
苛立った様子で頭を掻くルーチェに、クリムゾンフレアは戸惑う。
何せクリムゾンフレアにせよ辰巳ユウコにせよ、思春期のそういう気持ちは経験がないのだ。
その様子をピーヌスは「あらあら」と言いながら見守り、ワルトもまた無言で見つめている。
そんな状態で待つこと数秒……。
ルーチェは、覚悟を決めたように息を吐いた。
「私からお前への恨みは消えないけど、でも……私も恨まれる立場だと言うことを思いだして、その……一方的に恨みをぶつけたことだけは悪いと思った、それだけだ!」
「ルーチェ……いや、私だって謝っても謝りきれない、いつだって恨んでくれて良いんだ」
「それは分かってる、でも一方的に恨みばかりぶつけるのはもうやめてやる! 有りがたく思いなよ!」
言うだけ言って、顔を赤くし走り去るルーチェ。
その背を眺めながらワルトは笑みを浮かべ、クリムゾンフレア達に軽く手を振るとそのままルーチェを追いかけていった。
そんな二人をクリムゾンフレア達は静かに見送る。
罪悪感はいつだって尽きない、それでもこうして関係というのは変わっていく。
いつか素直な気持ちで対等に、もう一度謝罪と恨み言を伝え合えるような時間が来て欲しい。
その時は互いに、何か別の答えを出して行くことが出来るかもしれない、そうなればその時はもっと良い関係になれるかもしれない……希望を込めて、そう心から思うのだった。
一方、ルーチェは……。
「……ああ……心臓の鼓動が凄い、砦を襲撃されたときよりもよっぽど死ぬかと思いましたよ」
「立派だったぞ、ルーチェ」
「……そうでしょうか?」
川岸で座り込み複雑そうな表情を見せるルーチェ、その頭をワルトが撫でる。
頭を撫でる手を掴むルーチェの姿は、なんだか猫みたいだ。
小柄さも相まって、どうしてもそう思ってしまう。
きっと養父や仲間達にも猫のようだと思われていたのだろうな……とも考える。
きっとあの憎悪の爆発を見た彼らは二度と、彼女をそう評することはないのだろう。
特に、養父に関してはもうこの世にすらいないのだから。
「……父を仲間を、実質的に殺されたのは今でも憎いんですよね、その事は許せないんですよ」
「だが……お前自身に他者の恨みを買う面とまた別の面があり、オレにもまた誰かに恨まれる面と誰かに慕われる面がある」
「そう、父だってまた他者の恨みを買う行いの繰り返しによってああなった……自業自得ではある、それは理解してるんです……ならその面を無視して一方的に恨み続けるのも、クリムゾンフレアが他者に慕われる面を持つことを無視して恨みだけぶつけ続けるのも、なんか違うよなって」
そう呟くも、自分にその権利があるのかは少し疑問に思ってしまう。
何せ自分は、今ワルトの手を掴むこの手で剣を握り、養父の成れの果てを殺したのだ。
養父は精神的に作り替えられた時点でもう別の生物となり、死んでいたのだ……その考えは揺るがない。
だが、別の生物になったのであればその可能性を認めてやることも出来たのではないか?
父であった頃の存在を押し付けずに、殺さず関わらずの方針で放置することも出来たかも知れない。
だが自分はそれをしなかったのだ。
父の成れの果てを憎悪し、殺害することを選んだ。
そんな自分が新しい道を模索する権利など有るのだろうか。
そうも思ってしまう。
「あるさ、誰にだってその権利は存在する」
「あるんでしょうか、誰かが新しい人生を選ぶ権利を否定して、でも自分は新しい道を探すなんてダブルスタンダードじゃありませんか?」
「ダブルスタンダードなくらいでいいんだ、人生なんて……いつだって完璧になんて生きれるはずがないのだから」
ダブルスタンダードなくらいでいい、その言葉は大きな救いかもしれない。
同時に、もしかすると自分を酔わせる甘言かもしれない……そんな甘いささやきだ。
だが、そうかもしれない……人は常に変化していく存在。
幼少期虫をいたずらにつぶして喜んでいた子供が、大きくなってから博愛主義者に目覚めることだって十二分にあり得るのだ。
今日の思考が明日の思考と同じとも限らなければ、明日の思考が昨日の思考と同じとも限らない。
人生は常にきっかけと変化に満ちあふれ、無限の別れ道が続いているのだ。
その先に何があるのかは分からない、幾つもの道が。
「人生って、分かんないもんですよね」
「……そうだな、本当に人生は分からないものだ」
なんとなく川へ石を投げるルーチェ。
その石が数度水面を跳ねると水底へ沈んでいく。
一方……ワルトが投げた石は数度水を切ることもなく、そのまま沈んでいった。
それを見ながら、ワルトは「むぅ……?」と顔をしかめる。
「……難しいな、北部の川は凍り付いてばかりでこんな事は出来なかった、だから皆出来るものなのかと思ってやってみたが……どうやっているんだ、それは」
「これはですね……こういう持ち方で、こうやるんですよ」
ワルトの手を握り、石のチョイス、持ち方、スナップのきかせ方……。
そんなコツを伝授していくルーチェ。
だがふと彼女は動きを止め、目を細めた。
なんだか不思議な気分なのだ。
自分が教える側に回るということも不思議だが……それだけではない。
「父を殺めた手で、父の教えた技術を誰かに教える、か……」
「そうか、これを教えてくれたのは父親だったか」
「ええ……山では娯楽なんて少なくて、川があれば出来る遊びって」
山賊行為を除けばとても良い親だった、そんな父に想いを馳せるルーチェ。
その傍らでワルトは静かに石を投げる。
すると、石は先ほどとは違い川を数回跳ねていった。
ワルトの表情はあまり変化していないが、どこか嬉しそうに思える。
「不思議な話だ……人の手は時に何かを奪い、時に何かを授ける……」
「そうですね……確かにそうだ、私は父や敵の命を奪った手で誰かに何かを教えてるんだ」
「そういえばルーチェ、お前は以前……オレが教職の姿を想像して違和感がない、と言ったな」
「ええ、私はいつだってそう思ってますよ」
優しく微笑むルーチェを撫で、ワルトもまた笑みを浮かべる。
そしてじっと自らの手を見つめた。
どこか不思議そうな顔つきで……じっと。
「オレの手は他者を殺める術を鍛え続け、沢山の血にまみれた手だ、だが今はこうしてお前の頬を撫で、頭を撫で……慈しむために用いられている……不思議な話だ、剣を振るえば相手が学びを得る機会など永遠になくなる、それをするための武器を鍛え上げた手が、こうも異なる術に使われている……それを為してきたオレが、誰かに教える……か」
人生の不可思議についてかんがえ、目を細めるワルト。
ルーチェもまた彼女の傍らで明日について考える。
明日、明後日、明明後日。
それより先もその先も自分がどうなっていくかなんて分からない。
誰に何を為し、何を得て何を失い、誰に恨まれ誰に恩を抱かれるか……。
まるでもやがかかったように全てが不明瞭だ。
それでも一つ言えるのは……。
「確かなことは、これから先どんな運命が待っていても……共にいたいということだ」
「……そうですね、私もワルトさんとずっと一緒が良いです、親を喪いままならないことも一杯で、それでも生きてこれたのはあなたとだから……なんですから、ずっと離れず生きましょう、そうすればこの先何が起きても……」
「辛くない、寂しくない、生きていける……か、いいだろう」
笑みを浮かべて空を見上げるワルト。
その手をルーチェが握る。
肩を寄せ合う二人の頭上を彩る星々は、まるで祝福しているかのようだ。
ならば自分達もその祝福に恥じぬよう、胸を張って生きよう。
下を向いて嘆くのではなく、いつだって空を仰ぐような生き方を。
その先に幸福ではなく悲嘆が待っていたとしても、空を見上げて胸を張り、二人で乗り越えていけばいい。
そうして生きていくと誓い、二人はゆっくり歩き出す。
行く先は宿だ……恐らく二人は、朝までじっくり語り合うのだろう。
話し続けるのなら河原よりも宿で二人きりの方が良い。
積もる話もそうでない話も、二人きりの方がもっと沢山出来るはずだ。
そう考えながら歩いて行く二人の顔は、心からの幸せに満ちていた。




