第百十二話 それぞれの前夜 その2 一緒のお墓に
ルージュ村跡地、ウェアウルフ達が引き払った後、ブラエドの焼き討ちにより密林が焼き払われてしまったその土地に、ルーヴとガットネーロは訪れていた。
ウェアウルフ達の文化形態は、祖霊信仰と狩猟を重んじる文化である。
彼らにとって神とは、死して神に昇華して土地を守る存在となった親兄弟。
どこまでも身近であり、どこまでも偉大な敬愛すべき隣人達なのだ。
こういった信仰は、龍人信仰の猫又之国、蛇人信仰のサーペンタイン、多神教のブラエドや北部とはまた違うもの。
どちらかと言えば旧世界のアジア圏などに多く見られた信仰形態と言えるだろう。
故に、墓を作ることとそこを守ることには大きな意義があり、そこへお参りすることもまた大きな意味を持つ。
前世の存在を知り、魂は神となるのではなく輪廻転生し流転すると分かった今でも、信仰というシンボルが持つ文化的な重要性はよく分かる。
故に、墓も何もかも焼けてしまったこの地にお参りに来たのだ。
「母よ、お久しぶりだ……ようやく帰ってこれたな、なんだかここを出たのが大分前に思えてくるよ」
「ルーヴのお母さん……初めまして、ガットネーロです……」
母マーナの墓前で片膝をつき、額の前で手を合わせる。
ウェアウルフ文化における祈りのポーズだ。
前世の記憶を思い出したことで日本式の祈りを捧げそうになるが、なんとかこの動きに修正して祈る。
ちなみにこうやって祈る際には、尻尾は地面に付けて動かさず、しかし耳と鼻はフルに動かして周囲の自然を心から感じる……というのが作法だ。
ウェアウルフの文化において、その優れた五感は祖霊より自然とより一体化できるよう託された授かり物という概念がある。
凶暴な動物への狩猟、他民族との戦い、それらが必要になった際も自然と一体化し感覚を射研ぎ澄ますことで生き残ることが出来るようにと。
だからウェアウルフは祖霊への感謝を怠らず、常に彼らを崇拝し祈りを捧げるのだ。
「墓は壊れてしまったが……クリムゾニアという国に新しい墓を建てた、遺骨は戦争が終わったらそちらに移すよ、それまで待っていて欲しい」
「……ねえ、ルーヴのお母さんってどんな人だったの?」
「優しくて穏やかな女性だった、でも若い頃はあたしのように熱くなりがちで、血気盛んだったらしい……あたしもいつかは母のように落ち着くのかな……そうなれたらいいな」
母を懐かしみ、祈りを捧げるルーヴ。
その隣でガットネーロは、かつて墓が並んでいたはずの焼け跡をじっと見つめた。
祖霊が眠っているとされる墓、ウェアウルフ達の集合墓地であり歴史の積み重ね。
ここに眠るのは骨だけではない……言うなればここには、彼らの生きてきた証しが詰まっている。
「ウェアウルフの墓は、遺体と共にそれぞれの大事なものを遺品として埋葬するんだ、母の場合は愛用の斧を、それもいずれ持っていかないとな」
「お墓に遺品、か……」
「……いつかはあたしも命を落とす、その日が来れば遺品と一緒に新設された墓に眠り……そして祖霊の一つになるんだろうな」
目を細め、ルーヴは考え込む。
思えばその運命は、1000年前の歴史だともっと早くに来ていた。
だが今はこうして生きている。
それはきっと良いことなのだろう。
そう考えながら、ガットネーロはルーヴの隣で立ち上がると空を見上げた。
明日出撃の報せを受けてすぐに来たため、まだ夜空は明るめだ。
秋頃なので、恐らくはまだ18時くらいだろうか、魔力時計があれば簡単に時間が分かるのにな、とかんがえながらガットネーロは伸びをした。
こうしてじっと空を見上げ、その美しさを静かに感じるのはなんだか久々にも思える。
当然具体的な数字を数えているわけではないが、それでもだ。
それでも、何となくこうして静かな感動に浸るのは大分久々に思えた。
だからだろうか……何となく、言葉が喉から出てしまう。
「……あのね、いつかルーヴがそうやって墓に入るならさ」
「……ああ」
「アタシも、一緒に入りたいな……墓まで持っていきたいくらい大事な存在なんて、ルーヴくらいだから……」
尻尾をもじもじと動かし、耳を傾け、珍しくしおらしい態度になるガットネーロ。
その様子がなんだかおかしくて、ルーヴは少し笑みを浮かべて仰向けになる。
その隣にガットネーロが座った。
顔を覗き込む形になり見つめ合う二人……。
その手と手が静かに触れあう。
毛並みを持つ者同士の、温かくて柔らかなふれあいだ。
「……いいよ、いつか一緒の墓に入ろう、ガットネーロなら大歓迎さ、あたしも……お前は墓に持っていきたいくらい大事な存在だから」
「そっか、へへ……なんか嬉しいなあ」
気持ちが同じであることを確認しあい、二人は目を閉じる。
そしてルーヴが起き上がると……こっそり、ポケットから何かを取り出した。
そしてそれをガットネーロの手にはめる。
キスをされるかと思っていたガットネーロは、当然キョトンとした顔だ。
だが……手を見ると、すぐさまその表情が変わっていく。
驚きと喜びがない交ぜの表情にだ。
「ん……? あ、これ……」
「実は……これを渡したくてここに連れてきたところがある、ウェアウルフ文化では人間と同じく一対になる結婚の証しを渡す風習があって……でもそれは、指輪じゃなくて腕輪なんだ、エンゲージブレスレットっていう」
「これ、骨で出来てるんだ……」
「ああ……とっておきの獲物を捕らえて、その骨で作ったブレスレットを渡す……不満かな」
「ううん、嬉しいよルーヴ、アタシ……すごい幸せな気分だ、こうやって別の文化に触れて、その文化の一員になっていくの……上手く言えないけど、良い気分だよ」
故郷に良い思い出がなく、何となくでブラエドへ向かい、しかしそのどちらも居場所とはならなかったガットネーロ。
そんな彼女にとって、終の棲家となる場所が見つかった。
しかもそれがルーヴの隣、長き長き縁を持つ相手の隣なのだ。
ともなれば、嬉しいに決まっている……。
サディスティックな笑みでも、仮面の笑みでもない……ただ心からの笑みを浮かべて、ガットネーロは幸せを噛みしめた。
そして、静かにもう一度祈りの体勢に戻る。
「ルーヴのお母さん……ルーヴはアタシが幸せにします、絶対に」
「ふっ、こいつめ……幸せにするのはあたしだろ」
「ふふん、アタシの方が幸せにするもんね、絶対負けないよ」
「ははっ、生意気」
「そこも可愛いでしょ?」
笑い合い、今度は二人揃って寝っ転がる。
そして手を握ると……ルーヴは星空を見上げて目を細めていた。
夕暮れ過ぎくらいだった空は、既に満天の星が灯っている。
その絶景を眺めて息を吐くと、ルーヴは手を伸ばした。
その手へとガットネーロも手を伸ばし、互いのブレスレットがコツンと音を立てる。
「後で、父とシライ大臣にも挨拶をしに行こう」
「うん……」
「そして……終戦したら……」
「言わなくても分かるよ、母さんにも挨拶したい……そうなんでしょ」
ガットネーロの言葉にルーヴは頷く。
これが終わったら、トコロザワ婦人に挨拶をしたいのだ。
そして……彼女に伝えたい。
心からの、とても大事な言葉……彼らの関係に一つのけじめを付ける言葉を。
「伝えたいんだ……あなたが与えられなかった分の幸せを与えるから、大好きなガットネーロを……いや、ソラをくださいって、そしたら籍を入れよう」
「……」
「空所のトコロザワ・ソラでも空白のシライ・ソラでもない、夕暮れのように綺麗な赤い空……ソラ・ルージュになって、やがて夜が来ても朝が来ても……いつまでもずっと一緒に過ごそう」
「……うん」
ルーヴはどうやらずっと気になっていたらしい。
ガットネーロ・ヌッラという偽名が彼女の演じていた虚無を示す名前である事もそうだが……。
トコロザワにせよシライにせよ、漢字にしてソラと組み合わせると空所や空白になっていまうことに。
そういう意味では、ソラ・ルージュ……赤い空というのは美しさも相まって良い響きかもしれない。
「……幸せだなあ、そこまでかんがえてくれる……こんな幸せで良いのかな、アタシ今この世界で一番幸せに生きているかもしれない」
「おいおい、まだあたし達の幸せはこれからだろ、今は女同士子供も作れる時代なんだ……子供も産んで、その人生を見届けて……一緒の墓に入るまで、どこまでも幸せに生きよう」
「うん、そうだね……ずっとずっと、これから幸せに過ごそうね!」
指切りをし、二人は星空に手を掲げる。
月光と星光に照らされた手が逆光になり、どこか神秘的だ、
そんな中ブレスレットがまた音を立てると共に、どこかから狼の遠吠えが聞こえてくる。
その声にルーヴも遠吠えを返し、ガットネーロも真似をして……。
二人は顔を見合わせ、笑い合うのだった。




