第十二話 歪な者
「では……私はそろそろ公務の時間のようです」
「そうでしたか、では……改めて、お招きいただきありがとうございました」
深々と頭を下げるピーヌス。
その隣で、クリムも頭を下げる。
しかしその心中には、何を考えているのかよく分からないウロボロスへの不安のような気持ちが渦巻いていた。
自分達二人のためにウロボロスは大罪の7姉妹と長期契約を結び、彼女達を国に置いてきたという。
そしてクリム達が国に到達した際に二人に護衛契約の権利を委譲した。
何故そこまでしてクリム達を気にかけるのか、何を予知して力を貸そうと思ったのか。
何一つ理解が及ばないのだ。
(ただ……少なくとも、敵意じゃないのは確か……なんだよね……?)
半信半疑ながら、なんとかウロボロスを信じようとするクリム。
そんなクリムに対して、ウロボロスは笑みを向けるだけだ。
まるでクリムならば自分を信じてくれると確信しているかのように……。
「まあ、そんなわけで……大罪の7姉妹が私達に同行してくれることになったの」
「いや……どういうわけか分からないんだが、まったく」
数分後、城門前で合流したルーヴとガットネーロは、クリム達に王城で何があったか……という説明を受けていた。
しかしルーヴは話について行けないようで、渋い顔で腕を組んでいる。
それもそうだろう、クリム達だって意図を完全に把握できていないのだから。
「はははっ! まあ姫さんの考えが理解できねぇなんてなぁ、いつものこった! 突如起きる突飛な行動が、気まぐれなのか予知に基づく深甚なものなのか、んなもん本人にしか分からんよ!」
かんらかんらと笑いながら、ケラススは城を見上げる。
国としてそれでいいのかと少し思うが、まあ上手くいっているならいいのだろう。
「予知、ね……私達の視覚とは違う、予知による未来視……それで物を見ている人には、どんな世界が見えているのかしら……」
「さあなぁ、それこそご本人様のみぞ知るってぇ奴だ」
ピーヌスの言葉に、ケラススは肩をすくめる。
そして、ポケットから魔術時計を取り出した。
魔術時計とは時間を計測するために使用される装置だ。
現代社会における時計とほぼ変わらない働きをするもので、ピーヌスやケラススのような魔力持ちにしか使えない代わりに正確な時間計測ツールとして頼られている。
ピーヌス曰く、魔術を扱う者は体から常に微弱な魔力を発しており、それをエネルギー源として蓄えることで動くらしいが……クリムにはちんぷんかんぷんだ。
「……そろそろ待ち合わせの時間なんだがな」
「おっ、もしかして……残りの6人ッスか?」
「いや……次女だけさ、残りのメンツは今はこの国の各地に散らばって任務中でなぁ」
ケラスス曰く、傭兵団ではあるがそれぞれに得意なことが異なっているため、一緒に行動することは少ないらしい。
戦闘、音楽、狩猟、料理、交渉……姉妹の各人が異なる能力を持ち……。
「そして俺ぁ何でもできるのさ」
「出た、桜色の傲慢女王……!」
桜色の傲慢女王、どうやらそれがケラススの通り名らしい。
しかし、その勇名が各地に響き渡っている以上、彼女の傲慢は実力に基づくものなのだろう。
そんなことを考えていると……長い黒髪が目元まで覆った人間の女性が、ケラススのもとへやってきた。
「お姉様」
「んっ、おおよく来たなぁクルテル、こいつはクルテル・インヴィディア……うちの次女だ」
ケラススはクリム達にクルテルを紹介する。
だがクルテルは興味がないようで見向きもしない。
……少し空気が重くなる。
「あー、悪いねぇ、こいつぁ気難しいんだ」
「……私は、神たる私を打ち破ったお姉様にしか興味がない」
「この調子、まあよく分からんことばかり言うのさ」
頬を掻きながら苦笑するケラスス。
その傍らのクルテルを見ながら、一同はそういうお年頃かと得心する。
なら仕方がない、と諦めがついたのだ。
「ほら、挨拶してやんな」
「……今の名はクルテル、人は私を沢山の名で呼んだ……その中の一つ、一応よろしく、毒漂う魔術の徒、虚ろな猫の者、生き延びし狼の者、そして……二度目を生きし歪な者」
渋々頭を下げ、しかしすぐ興味なさげにケラススの方を向いてしまうクルテル。
その様子にルーヴが呆れ、ピーヌスは息を吐く……ガットネーロは興味がなさげだ。
そして……。
クリムは、不愉快な胸の高鳴りを感じていた。
(彼女は、私を「二度目を生きし歪な者」って……言った……私の状態を……理解している……? 何故、何故だろう……私、あの人に何かを聞かなきゃいけない……そんな気がする……)
何故理解ができたのかは分からない。
彼女が言うように、彼女は本当の神なのか……。
それとも違う理由があるのか、それは不明だ。
「もしかして、世界を救った噂って……」
「ああ、それはこいつの言動が原因なんでぇ」
「実際に……お姉様は、世界を滅ぼそうとした私を打ち破った」
「俺にしちゃぁ、なんっの覚えも無いんだがねぇ……」
肩をすくめて笑うケラスス。
しかし、クリムは笑えないと内心穏やかじゃない。
だがその心中は誰にも気付かれていないようだ。
「さて……そういやぁ、出発はいつするんだい?」
「えっと……クリムちゃんも回復したし、明日かしら」
「OK、じゃあ……それまではパーっと酒でも飲むとすっかぁ!」
ケラススはそう言い「新しい雇い主様に今日はおごりだ」と金の入った袋を出す。
国家元首に雇われたと言うだけあり、流石の気前の良さと言えるだろう。
ルーヴは彼女の気前に歓喜し、一方でピーヌスは酒という言葉に葛藤を見せる。
酒を我慢するためのカフェ……酒を我慢するためのスイーツ。
そういったもので我慢していた側面もあるのだ。
「……まあ、今日くらいは良いわよね……」
「……今日くらいを繰り返すと明日も今日くらいって言うッスよ」
「ぐうっ、痛烈な指摘!!」
皮肉を言われ、歯を食いしばるピーヌス。
その姿を見ながらルーヴは「我が妹ながら手厳しい」と笑う。
屋根の上でこっそり交わした姉妹の契り。
どうやらそれを隠すつもりは無いようだ。
「ん? 妹? ウェアウルフとウェアキャットの姉妹たぁ変わってんなあ」
「え、いつの間にそんな関係になったの?」
興味深そうに尋ねるケラススと、まさかの展開に混乱するピーヌス。
そんな二人にルーヴは「二人だけの秘密だ」と人差し指を立てる。
微笑ましい光景だが……クリムの視線は、クルテルに集中していた。
彼女は一体、何故自分のことを歪な存在と理解したのか。
何を指して歪と言ったのか……。
疑問は尽きず、溢れてくる。
その疑問に答えが出る日は来るのか。
それは分からない。
ただ、今は不安で仕方が無かった。
「で……だ、姫さんが言うには、俺は運命をよりよくするための存在らしい、よく分からんが……まぁ、予知ができる姫さんが言うんだ、間違いは無いんだろうな」
「運命をより良くする……それが私達と来ることに関係あるのかしら、気になるわね……」
その夜、一行は酒場で宴会をしていた。
サーペンタインの酒はそれなりに強いようで、ルーヴとガットネーロは既に潰れている。
ピーヌスはガットネーロの指摘が効いたのか、飲んでいないようだ。
さてさて、今話したメンツはこの通りだが……いつの間にか、ここから抜けている者がいる。
クリムとクルテルだ。
「あら、二人は?」
「ん……? いつの間にか消えてるな、まぁクルテルはいつものことだが、龍のネェちゃんは?」
「クリムちゃんは、今まではこんな事無かったけど……ああ、でも夜によく一人で特く……色々してるから、それかしら」
つまみをかじりながら、二人は辺りを見回す。
やはり酒場にはいないようだ。
どこへ行ったのか疑問に思いつつも、二人は食事を続ける。
一方その頃、件の二人は……。
「何、歪な者……ついてこないで」
「えーと、その、クルテルさん……質問があって」
つっけんどんな態度を取るクルテルに、クリムは歩み寄る。
だがクルテルは首を左右に振ると屋根の上へと飛び上がった。
とても人間とは思えない跳躍力だ。
彼女の言う神という話も、もしかすると……とすら思えてしまう。
「私はお姉様以外の言うことは聞かない、私に何か命令したいなら、お姉様に頼るか……私を力で負かせて」
「あなたを、力で……」
「どうせできないから、お姉様に頼めば良い」
クルテルはそう言いながら、背を向ける。
もしかしたら、クルテルなりの親切心なのかもしれない。
だがクリムには、言うなれば「お前にゃできねえよバーーーカ」と煽られているかのように思えてしまった。
ここまで言われてケラススに頼るのは、流石に屈辱だ。
「分かりました! 貴女を負かしてみせます! 神だかなんだか知りませんけど! 覚悟してください!」
クリムの言葉に、クルテルは振り返ってクリムを見つめる。
そして……。
影のような霧と共にクルテルの姿が消えた。
「うっ……!?」
殴られる右頬。
クルテルの動きは一切見えなかった。
速さが圧倒的なのか、それとも別の要因なのか……。
何にせよ、感づくことすらできなかったのだ。
「現実見てからどうぞ」
「く……」
隣に立っていたクルテルに、お返しとばかりに拳を振るう、
だがクルテルは気付くと後ろに立っていた。
これがクルテルの言う現実と言うことなのだろうか。
だが……。
「絶対、いつか負かしてみせます……! 覚悟してください!」
「……馬鹿みたい」
躍起になるクリムに、クルテルは呆れたような笑みを浮かべる。
あざ笑っているのか、はたまた微笑ましく思っているのか……。
何にせよ、クリムには新たな旅の目標が生まれた。
クルテルを負かし、何故自分を「二度目を生きし歪な者」と言ったのか……それを確かめる。
そんな目標が……。
(もしかすると……ウロボロス様は、このために私と大罪の7姉妹を引き合わせたの……?)
疑問を感じつつ、クリムは去って行くクルテルの背中を見つめる。
自分が自分の意思で動いているのか、はたまた誰かに誘導されているのか。
少し疑問は生まれてしまうが……何にせよ、今夜からの特訓は、今まで以上に精が出そうだった。




