第百九話 裏の顔を表に見せろ
「じゃあ、行きましょうかクリムゾンフレア陛下! 私が部下にしっかり話をしますので!」
「あ、ああ……元気だな、お前は」
「元気程度が取り柄ですからね!」
嬉々として走って行くペペリ、その後ろをクリムゾンフレアがついていく。
しかしその顔は疑問を隠せない様子だ。
ペペリ曰く部下は自分と同じくブラエドに偽りの忠義を掲げ、内心ではどうとも思っていない者の集まりだそうだが……。
だがピーヌスに言われた、ペペリが妙にカーリーを睨んでいたという話が気になるのだ。
彼女が何かしらの二心を抱いているかもしれない……そう思うと、警戒は怠れないだろう。
こういう話をしていると、なら洗脳すれば良いじゃないと思うかもしれない。
だが一応、洗脳は最後の手段……敵対する者、反社会的な者……そういった、そうしなければ命を奪うしかないと分かりきっている者にしか使いたくないのだ。
自己満足なのだろうが、それでも自己の満足すら満たせずして他者を満足させることなど出来ないはず。
ならばその自己満足をしっかり貫くべきだから、今ペペリを洗脳するわけにはいかないのだ。
協力の意を示している間はいけない、やるなら彼女に二心があると分かってからだろう。
「ほらほら、こっちですよ!」
「ああ、今向かう!」
自らを招くペペリについていきながら、クリムゾンフレアは考える。
ペペリは、クリムゾンフレアに対して協力の条件としてペペリ隊の部下に会いに行く際、一人で会いに行く事を提示した。
これは恐らくペペリ自身も信用性がない事を理解した上で、クリムゾンフレアが火中の栗を拾いに行くだけの度胸を持っているかを試しているのだろう。
もしくは単純に罠なのか……のどちからだ。
どちらにせよ自分は元より火の龍、ならば火中に手を突き入れる程度の度胸余裕で有ると示さぬわけにはいくまい。
威を示す覚悟を胸に、クリムゾンフレアは歩いて行く。
その視線の先で……ペペリが部下達が休んでいる待機所のドアを開いた。
重く古めかしいドアの音と共に、中の兵士達がこちらを見る。
彼らはどうやら、クリムゾンフレアとペペリを見比べているらしい。
みな戸惑い……いや、戸惑っていないようだ。
まるでこうなることも計算の内……そう思える。
「皆、この人はクリムゾンフレア陛下! クリムゾニアの皇帝様だ! 予定通り私達はクリムゾニアに亡命する! ……まあ、ここでする事になるのは予想外だったんだけどね!」
「おお……! とうとうこの時が!」
「準備は出来ています! 心だけしか出来てませんけど!」
ペペリの宣言に、興奮気味に答える兵士達。
その様子に、クリムゾンフレアは内心キョトンとしていた。
一方、ペペリは「驚いて声を上げると思いましたけど、存外そうでもないんですね!」と笑っている。
肝が据わっていると思われるのは嬉しいが……当然、そういうわけじゃない。
驚きすぎてリアクションもできないだけだ。
「いや……流石に内心驚いているさ、お前達は心からこの状況を喜んでいる……これが演技だったらもう何も信じられないくらいだ」
「言ったでしょ? 私の部下は皆、嫡子たる者は斯くあれかしと育てられ、国に偽りの忠義を抱いていた者の集まり、皆正直ブラエドなんてどうでも良いんです」
ペペリ曰く、今回の北部行きは明らかに自分達の戦力と釣り合わずおかしいと考えていたようだ。
自分達は捨て駒に利用されている……理由は知らないが、きっとそうだと。
二心を悟られたか、そうでないかは定かじゃない。
いずれにせよペペリ達は「死ぬならば家族でいたいという望みを抱き続けても仕方有るまい」と決意し、北部を制圧してクリムゾニアへ戦いに行くフリをしながら、北部を素通りしてクリムゾニアに亡命するつもりでいたのだ。
その際の交渉材料は、ずばり自分達の身分と英才教育。
英才教育により戦場で役立ち、戦後は元の身分を活かし各々が所有する領地の監視役として仕える。
自ら尻尾を振ったことは隠し、あたかも戦争を生き延びたかのように振る舞えば民への求心力は衰えまい。
民というものは、国への忠誠心が薄くそもそもが「民のために生きること」を強制された結果歪んだ彼らにとっては餌に使える道具でしかないのだ。
「なるほど、だいたい理解できた……しかし、念には念を入れて聞くぞ、本当に良いのか、故国を裏切って民も家族も裏切る道になるんだぞ」
「だってそれしか生きる道はないわけですし、それに言ったでしょ? 私達は国のため民のため家族のため……そう言われ続けてずっと我慢され続けてたんです」
「嫡子だから、お姉ちゃんだから、民の前だから……ずっとずっとずっと我慢させられてきたよね」
「母の前だから言いませんでしたけどね、家族でいたいのは事実です、その為に頑張ってきたのも事実です、でもね……恨みは有るんですよ」
笑顔のままそう言うと、ペペリは大きく伸びをした。
そして壁に飾られている母の肖像画に向けて、勢い良く跳び蹴りを食らわせた。
肖像画が床に落ちるが……それもお構いなしといった様子だ。
人は普通、母の顔を蹴ったりしない。
つまりそれだけ彼女の恨みは大きいのだろう。
「これはある意味、復讐なんでしょうね」
「復讐か……」
「母はあんなに忠義を抱けと強要して……それを急に捨てて、最初それを聞いたときは殺してやりたいとすら思いましたよ」
「……それはすまない、捨てさせたのは我だ、我が力により意思を作り替えた……恨んでくれて良い」
「いえいえ、私は感謝してるんですよ、陛下」
相変わらず笑顔のまま、ペペリはオーバーに腕を広げる。
その表情が、クリムゾンフレアにはとても恐ろしいものに見えた。
彼女は笑顔の裏に野獣のような本性を隠し持っていて、その本性が少しの間さらけ出された……そんな気がするのだ。
そんな戦慄を知ってか知らずか、ペペリは歩み寄り抱きついてくる。
「私にとってこれからの人生はきっと……母への復讐になると思うんです、生まれ変わった母に従って、それでかつての母へ復讐をするんですよ、かつての彼女が教えたことに真っ向から刃向かうことで」
「そうか……それがお前の決めた生き方なら、我に止める権利はないだろう」
「ええ、無いんで見守ってください!」
「ストレートだな……」
歯に衣着せない物言いに、クリムゾンフレアは複雑な気持ちを抱いたままであるものの、つい苦笑してしまう。
その様子に、ペペリの部下達も笑い声を上げ、ペペリもまた笑った。
穏やかな雰囲気なのだが……しかし、その穏やかな雰囲気を外から眺めている者が一人居た。
やはりクリムゾンフレアが心配で、こっそりついてきたアラクネだ。
見つかったところで自らの独断専行、叱られこそすれどクリムゾンフレアの格は下がるまいと思ってやってきたのだが……。
それが原因で、ペペリの本音を知ってしまったのだ。
(恨んでたんだ、姉上……)
子供の頃から、姉は母に一番厳しくしつけられていた。
嫡子として、未来の領主として、長女として……。
それでも彼女は文句の一つ言わず、弱音も吐かず……天然ではあるものの立派な人だと思っていたのだが。
結局の所そういった振る舞いは演技でしかなく、本性では誰よりも母を恨んでいたのだ。
その憎悪自体がショックだったというのもある、何年も見てきた姉の顔が全て演技でしかなかったのがショックだというのもある。
だが一番思うのは……実母への恨み、悪意……そういったものに、ノエルを重ねてしまうのだ。
ノエルは実母……王の側室に強い恨みを抱いている。
その結果彼女に殺意を向けているわけだが……アラクネは、彼女が殺害という形で本懐を達せば、きっと新たな痛みがお妾さんを慕う人間を襲い……そして新しい恨みが生まれて負の連鎖となるのだ。
ペペリが母に向ける恨みは確かにショックなのだが……同時に、恨みの晴らし方というものにおける、一つの形を見た気がした。
奇しくもノエルもまた、親の過剰な教育で歪んだ者。
側室である母のように父を喜ばせろと強要され、母にその体で教え込まれた挙げ句、父が母を正妃の代用品として求めるようになれば見向きされなくなった経験の持ち主。
そんな彼女の復讐を、なんとか母を殺めない形に導くことが出来れば……。
きっとそれは今後のクリムゾニアにおいて余計な争いの種が一つ減るという国利にもなるし、ノエルにとってもその方が良いのかもしれない。
そう考え、アラクネは息を吐く。
そして……少し思った、何故自分はノエルのことばかり考えているのだろうと。
迷惑な人で、とても怖い目にあわせてきたというのに……。
彼女が見せた激しい恨み、それを思うとどうしても気にかけてしまう。
何故なのか、どうしてなのか……その答えは全然出ないが……やはり、悪い気持ちではなかった。




