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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第九十九話 信心と忠誠心と親心

 リオンとクルテルが、密かに大きな秘密を知っているその頃……。

 時を同じくして、アルテューマ領の教会ではアラクネが謀略の準備を重ねていた。

 懺悔室の神官が起きる様子は無い……上々と言えるだろう。


「これで……よし、っと」


 準備を終え、アラクネは外を見る。

 教会には神官である姉ソルティーしかおらず、とても静かだ……。

 蜘蛛神ナカの教会には一日に二度の大規模な祈りを捧げる時間……謂わば祭儀のようなものが存在しており、それまでに教会に来る者はあまりいない。

 故に、逆に言えばその時間は人で混み合ってしまうのだ。

 そうなれば……秘密裏に事を進めるのが難しくなってしまうだろう。


(魔力時計を見るに……あと1時間か、捕縛に関しては余裕だな、次は……如何にして信徒を誑し込むかの脚本作りだけど)


 かつてはそこまで強力な魔力を持っていたわけでもないので、時間のずれが起きていたが……今は正確な時を刻んでいる。

 これを見ると如何に自分が成長したのか理解できて心底喜ばしい。

 自分は仕えるべき主君のため、日々進化しているのだ。

 ブラエドの愚かな人間達とは違う、なんと嬉しいことだろう。

 そう考えながら、アラクネがはよだれを拭った。


(さて……いつまでも悦びに浸っていたいけど、それだけじゃダメだな)


 快感と悦楽に震える体を抱き、アラクネは懺悔室を出る。

 そして……慌てた様子で、ソルティーに駆け寄った。

 中々の演技力、ソルティーも違和感を覚えていないようだ。

 完全にアラクネを心配し、うろたえている。

 まさに神官の鑑……その在り方は、アラクネにとって都合が良いものだ。

 内心しめしめと笑いながら、アラクネは荒い息を吐く振りをして肩を震わせる。

 そして、懺悔室を指さした。


「大変です……! 懺悔室で、神官様が急に謎の糸に巻かれて、倒れて……!」

「本当ですか……!?」


 慌てた様子で、懺悔室へ走るソルティー。

 彼女の後を、アラクネは追いかける……。

 そして……神官を目にして「こ、これは」と驚いているソルティーに近付くと……。

 彼女へと、勢い良く糸を飛ばした。

 神官と同じように首を絞めて気絶させようと目論んだのだ。

 ……………………。

 ……のだが。


「この糸はいったい……!」

「あっ」

「えっ?」


 ソルティーが屈んだことで、糸が上を素通りし壁にぶつかる。

 慌てて回収するも声が出てしまい、口に糸が入っていくところを見られた。

 距離を取り……身構えるソルティー。

 動じなければ気付かれもしなかったものを、ついつい声を出してしまったのは若さ故の甘さだろう。

 そんな自分を、アラクネは「まだまだだな」と自嘲しながら舌打ちする。


「その糸は……」


 訝しげに呟き、アラクネと神官を見比べるソルティー。

 もう完全に誤魔化しきれないだろう、警戒されてしまっているはずだ。

 そんな状況に対して完全に開きなおったアラクネは、真の姿に戻って相対する。

 こうなれば不意打ちなどとは言っていられない、実力行使だ。


「やるわね……お姉様!」

「その声は……アラクネ? アラクネなの!?」

「そうよ、でも私は前のアラクネじゃない……! 私はクリムゾンフレア様の手で生まれ変わり蜘蛛の」

「素晴らしいわ!」

「うっひい!?」


 恍惚とした表情で自らが生まれ変わったことを語るアラクネ。

 しかし、そこにソルティーが突如抱きつき、変な声を上げてしまう。

 ノエルに無理矢理迫られたときのことを思い出してしまったのだ。

 もしここにノエルがいれば、彼女も自己嫌悪で変な声を上げていたことだろう。

 さて……そんな動揺をするアラクネだが、ソルティーはお構いなしに強く抱きしめる。

 アラクネの糸もさながらといった力強さで、しがみついて離れない……。

 まるでカミツキガメのようだ、それくらい彼女はきつくしがみついている。


「ああ、アラクネ……! 生きていてくれて姉として嬉しいのに、それだけじゃなくて蜘蛛神様に近い姿になっているなんて! あなたはまさか、蜘蛛神様の化身になったの!?」

「ちょ、ちょっとお……! 話を聞いてよ! 私はクリムゾンフレア様に生まれ変わらせて頂いて忠誠を誓ったの、皇帝陛下の忠臣なのよ!」

「つまり……皇帝クリムゾンフレアこそ、教典に出てくる人間を神の化身に変える存在なのね!」


 話が通じない、そうとしか言いようがない状況にアラクネは辟易する。

 信心というものはこれだから困る……そうとしか言いようがない。

 だが、この状況は上手い具合に利用ができるだろう……アラクネはそう考え、息を吐いた。

 蜘蛛神ナタは、その力を耐えきった人間を自らの化身に変え、子とする……。

 その逸話を上手く利用すれば、この場を乗り切れるはずだ。


「……そうよ、蜘蛛神ナカ様は魔龍帝(トイフェル・カイゼリン)クリムゾンフレア様の事だったのよ! 彼女こそ、人を蜘蛛神の化身に変える真に信ずるべき存在、神なの!」


 盛大な吹かし、大ホラ、口から出任せ、嘘八百。

 しかし嘘とハサミは使いよう、バカだってまた然り。

 信心に盲目となるあまり愚かになっている彼女には、使い道が沢山あるだろう。

 そう考え、アラクネは彼女を騙すことに決めた。

 ようは実姉の彼女を道具として利用することにしたのだ。


「神……やはりそうなのね、凄い……! アラクネ、私も仲間になりたいわ!」

「だったら……私がこの地を支配するのを手伝って、お母様はきっと信心よりも護国を優先する、だから信者を煽動してお母様を追い込み、捕らえるの!」

「ええ、任せて!」


 母を追い込む、そう言われたというのに信心しか目にないソルティーは躊躇いなく母よりも信仰を選ぶ。

 恐ろしい心理だ、信心とは人にこうまでさせるというのか。

 しかしクリムゾンフレアのためならば家族すら利用し、陥れると決めたアラクネもまた同じなのかもしれない。

 忠誠、信心、それはどちらも他の物に関する価値を低くして、容易く捨てさせるものだ。

 きっと捨てた後は、それがかつてどれだけ大事だったか振り返ることもないのだろう。

 それは当たり前だと言える、振り返ったところでどうせ捨てた物を握ることなどもうできないのだ。

 ならどうして振り返る必要がある?

 どうせ振り返っても傷が出来たり、悲しくなったりするだけだ。

 子供の頃に大事にしていて……しかし壊れて捨ててしまったおもちゃは、二度と直すことなどできはしない。

 ならいっそのこと振り返らない方が良いのだ。

 そう考えたって誰も責められないだろう。

 それを責める権利があるのは……それこそ神だけだ。


「じゃあお姉様、この後の祈りの時間に……」


 家族を、故郷を、それらを陥れるべくアラクネは作戦を進めていく。

 その脳裏に、捨て去ったかつての思い出がよぎることなど終ぞなかった。

 民との思い出も、親との思い出も、姉妹との思いでも、幼馴染みとの思い出も……。

 きっと、それでいいのだろう……きっと……。



「心配だな……」


 所変わってアルテューマ領近郊。

 その森に身を潜めながら、クリムゾンフレアは息を吐いた。

 隣ではピーヌスもまた腕を組んでいる。

 しかし表情は、クリムゾンフレアとは対照的に何とかなるさと言わんばかりだ。

 こういうところは、仲の良い二人でも真逆と言えるだろう。


「賽は投げられた……なら後は出目を待つのみよ、クリムちゃん」

「そうだな、だがそれでも心配だ……」


 静かに息を吐き、顔をしかめるクリムゾンフレア。

 洗脳した間柄とはいえ、アラクネは何だかんだで一番の忠臣だ。

 数いる洗脳した者達の中でも、過程の違いからかその忠誠は頭一つ飛び抜けている。

 それに一番初めに洗脳した相手でもあるので、思い入れと彼女の人生に責任を持ってやりたい気持ちがあるのだ。

 故に、作戦を一任することに不安を覚えてしまう。

 本当は擬態してついて行きたかったが、作戦を伝えたところ「いざ本心が露見した際に、クリムゾンフレア様に危険が起きてはまずいので」と合図を出すまでは待つよう懇願されてしまったのだ。


「親心ね、クリムちゃん」

「親心、か……本当の親はこの領地にいるのだろう? それを差し置いて親心なんていうのは、流石に厚かましく感じてしまうな」

「親が何人いたっていいじゃない、私の両親がクリムちゃんにとっても義理の両親だったのと同じように……クリムちゃんも、アラちゃんを転生させた第2の親って事で良いと思うの」

「そうか……じゃあ、ピーヌスも親だな、私達が義理の両親だ」


 義理の両親、その言葉にピーヌスは「ふふっ、そうね」と笑みを浮かべる。

 かつて生きていた自らの両親、今は亡き彼らに少しでも近づけているのなら……それは嬉しいことだ。

 見守る立場、無事を祈る立場……そうなるのはとても温かい気持ちになる。

 願わくば、両親も天より自分達のことを見守っていてくれると嬉しいのだが……。

 そればかりは、もはや天のみぞ知るというやつだろう。


「それにしても……長いな、感覚が完全に龍となってからは、夜を長いと感じることもあまり無くなってきた気がするが……今はそれよりも短い時間なのに、よほど長く感じてしまう、待つというのは大きいものだ」

「そうね……せっかくだから、何か遊びでもする?」

「遊び? アラクネ達が頑張っているのに?」

「心の余裕って奴よ、これはテルメ村の伝統的な遊びなのだけどね……」


 テルメ村の伝統的な遊び、そう言って手足を動かしながら遊びについて教えるピーヌス。

 思えば辰巳ユウコにせよクリムゾンフレアにせよ、外で遊ぶなんていう行動とは無縁の子供時代を送ってきた。

 病室から一歩も出ることが出来なかった者に、洞窟に幽閉されていた者。

 どちらもまともな子供時代など過ごしてこなかったのだ。

 そう考えると、今こうしているのはとても新鮮に思える。

 アルテューマ領にも当然子供はいるだろうが……彼らは一体どのような遊びをするのだろう。

 そう思索を巡らせつつ、クリムゾンフレアはピーヌスとゆっくり遊ぶのだった。

 アルテューマ領の子供達が、今やとても邪悪で危険な遊びに魅了され、過激で淫猥な欲望へと身を委ねているとも知らずに……。

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