第九十四話 指導者達と密偵達
夜という時間は所により穏やかに、所により賑やかに流れていく。
しかしそれが終われば朝が来て、どこもかしこも慌ただしい時間の始まりだ。
さて、このクリムゾニア城でもそれは同じ。
特に今日は、二カ国の女王がやって来ているということもありいつにも増して慌ただしい。
城の前で出迎えにあたるクリムゾンフレア、そして城へやって来る女王達……。
その周りはテルメ村から来た者や、現在非番の兵士など野次馬だらけだ。
そんな中、クリムゾンフレアとカシャとウロボロスは互いに握手をしようと手を伸ばし……三人の手がかち合って握手に失敗していた。
「……よくぞ来てくれた、我が娘、そしてカシャ女王」
「いえ、龍人様のお呼びとあればどこへだって駆けつけますよ」
「ええ、お母様のためなら火の中だろうと水の中だろうと!」
誤魔化すように三人で抱きしめ合い、頷き合う。
まるでスクラムを組んでいるかのような絵面だが、気にしてもしょうがないだろう。
何はともあれ三人は指導者同士の挨拶を終え、城内へ入っていく。
その姿を、野次馬達は「おおっ」と声を上げながら見ていた。
「我らがクリムゾニアの皇帝クリムゾンフレア陛下、サーペンタインの指導者聖蛇ウロボロス様、猫又之国の女王アヤカシ・カシャ様……大物揃いだ」
「それだけじゃない、龍人最強の毒性を持つ存在であらせられる皇妃ピーヌス様や、猫又之国最強の拳者シライ大臣もいるぞ……」
ざわめく人々、その間を通り彼らは進む。
まるで神話においてモーセの起こした奇跡のようにぱっくりと割れる野次馬の列を歩いて行く姿は中々に壮観だ。
「そういえば、我が国から派遣した鍛冶屋が中々の変態だったと……申し訳ございません」
「いや、余計な部分を測りこそしたものの、しっかり仕事はしてくれたからな、文句は言うまい」
世間話を行いながら、クリムゾンフレアはふと他愛の無い話を思い浮かべる。
よくよく考えれば、こうして生きている時代も後世になれば神話と呼ばれ語り継がれることが有るかもしれないと。
そう思うと、神秘の実在を知ったこともあってか、クリムゾンフレアはモーセの逸話も実際に有ったことなのかもしれないな、と考える。
そんなとりとめない思考は、議場へと辿り着いたことで中断された。
ここからは三国の今後を決める、軍議の時間だ……。
「表で紹介しては周りが騒ぐから、ここで紹介したい者達もいるのだが」
「紹介ですか?」
「ああ、まずブラエドの王子王女、ユウェルとノエルとアステルだ」
ブラエドの王子王女、そう言われて二人は目を見開く。
そんな彼女達へユウェルが一礼した。
その隣でノエルは一瞬理性を失いかけ、アステルは軽く手を振る。
まさしく、三者三様の振る舞いだろう。
「ご紹介にあずかった、ブラエド国第一王子ユウェル・トゥルボー・ブラエドだ、今は父王を討つべくクリムゾンフレア皇帝と同盟を結んでいる」
「ね、猫獣人と蛇獣人……! ち、違う、抑えないと、堪えないと……私はノエル・ジョワイユ・ブラエド、今は龍人だけど元人間よ」
「アステル・グリント・ブラエド、まあほどほどによろしく」
思い思いの挨拶をする三人、その馴染みきった様子にカシャとウロボロスはただただ戸惑う。
それもしょうがないだろう、何せ敵国の王子王女と宗主国が手を組んでいるのだから。
言うなれば凄まじい異常事態なわけで、二人は当然疑問を口にせずいられない。
「一体全体何がどうしてこうなったのですか?」
「そうだな、まずはそこから話していくとしよう、まず彼らの密偵が……」
密偵リズベス、今はこの場にいない彼女の話から始めていく。
その話を、二人は静かに……そして驚きながら聞いていた。
さて、その頃件の密偵リズベスはというと……。
ブラエドの動向をうかがう任務に就いていたはずだが……。
「ふー、やーっと帰ってこれたってもんだ」
どうやら任務を終えたらしく、クリムゾニア城へ向かう山道を見上げながら伸びをしていた。
テルメ村でユウェルはどこにいるか尋ねたところ、今は会議のために城へ向かっていると聞いたのだ。
現在リズベスの姿は狐形態ではなく人間形態だが、もし狐形態ならばユウェルに会える喜びで尻尾をブンブン振っていることだろう。
ちなみに彼女の使う能力は擬態ではなく変身であるため、今は完全に尻尾が消失し、ごく普通の人間といった見た目になっているようだ。
擬態能力と比較して一段上の能力と言えるだろう、それを有している辺りに彼女の魔術的才覚が伺える。
さて……そんな話はさておいて、彼女のもとへ二人の女が歩いてきた。
ガットネーロとルーヴだ、どうやら上の喧噪が面倒で降りてきたらしい。
「お、リズリズさんッスね」
「おー、どもどもお二人さん」
どうやら密偵同士でガットネーロとの間にコネクションが生まれていたらしく、手を挙げて挨拶し合う。
その様子を見ながら、ルーヴは腕を組んだ。
流石はガットネーロ……コミュニケーション能力に秀でている、と思うと同時にリズベスの様子を意外に思ったのだ。
何せルーヴが知っている彼女は、ユウェルの傍らで秘書のように仕えている姿だけ。
その印象と今の様子は大分違う。
「あたしは王族と一緒にいる所しか見たこと無いが……オンオフをだいぶ切り替えるんだな、アンタ」
「そりゃあもう、オンオフのスイッチングは社会人の必須スキルだからねえ」
へらへら笑うリズベスに、密偵とはみんなこういうものなんだろうかとルーヴは首をかしげる。
確かにガットネーロも二面性は強いので、そういう風に思っても仕方がないだろう。
潜入なども行う密偵にとっては通常の社会人以上にスイッチングが必要とされる部分は有るのだ。
特にリズベスは変幻自在の変身使い、それも当然だろう。
スイッチングが使用できず、変身した相手になりきれなかったら待つのは死だけだ。
ともなれば、必死で学んで当然と言えるだろう。
「ま、ともあれ長旅お疲れ様ッス」
「お、サンキュサンキュ、まあ西大陸から来た時に比べればこの程度へのカッパだけどね」
「西大陸か……」
西大陸、そんな未知の場所の名が出たことでルーヴは興味深そうにする。
どんな文化があるのか、どんな景色があるのかと想像し……。
そしてふと、その思考はリズベスの名前に行き着いた。
白にして黒たるエリザベス、エリザベス・ブラン・ノワールという名前だ。
「思えば西大陸でも命名のスタイルはブラエドとかと変わらないんだな」
「あー、そうでもないよ、これ偽名だし、実際は猫又之国に近いかなあ、字のスタイルも同じような感じだし」
偽名、そう言うとリズベスは地面に指で文字を書く。
華陽妲己、どうやらこれがリズベスの本名らしい……中々に立派な名前だ。
猫又之国の人間は彼らと同じように漢字で名前を表記できる。
白井空、白井透、妖火車といった具合にだ。
そう考えると、彼らの文化圏はもしかすると日本人や中国人といった漢字圏の人間が生まれ変わった人物の築いた文明なのかもしれない。
「西大陸はこんな感じに、猫又之国と同じような言葉を使う国が三つあってね、それらが中央の自治区を挟みながらにらみ合いの冷戦をしてる感じ」
「西も中央も戦争か……どこへ行こうといつになろうと戦争は無くならないな」
「ま、それが本能なんスよ、きっと……人はどこまで行こうと傷つけ、奪い、淘汰しあい、人の生き血を吸う、そんな中で自分達はどう生きるか、結局大事なのはそこでしょ」
思い悩む様子のルーヴ、一方でガットネーロはあっけらかんと笑いながら割り切っている。
こういう所は、狩猟を行っていた者と密偵や傭兵を行っていた者の違いだろうか。
そんな彼女に、ルーヴは少し頼もしさと安らぎを覚えた。
表向きの関係性は義姉と義妹だが……今やすっかり互いを支え対等になっている、それが喜ばしくもある。
「おっと、これはごちそうさまと言うべきかな?」
「お粗末様、何ならこれからフルコースにしてもいいッスけど」
「おいおい……」
キスをするガットネーロに、ルーヴは呆れつつもまんざらでは無い様子だ。
そんな彼女達に「おっほ、見せつけられてらあ」と漏らし、リズベスは首を振った。
これ以上彼らの関係にあてられてはたまったものではない。
早く大好きなユウェルに会いに行こう……そう考えて一礼し、坂を上るのだった。




