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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第九十三話 純愛サキュバス一万年

 思い出すとまではいかなくとも、何となく前世を夢に見る。

 夢というのは謂わば過去の記憶という養分を吸い実る花か果実のようなもの。

 それならば、ノンレム睡眠時の意識下に思い出せない夢として前世の記憶があってもおかしくはないだろう。

 そんな状態で、プラケンタは静かに夢を見ていた。


「こっちよ、来なさい」


 黒い霧が世界を覆わんとした時。

 中国から来た中華料理屋の店主という皮を被り、国連から怪しげな噂の立っている天子田市総合病院の調査に来ていた女、作戦名(コードネーム)は陳龍明……本名国籍共に不明。

 そんな彼女を救ったのが、子山羊を抱えた女だった。

 女は霧を退ける超常的な力を持ち、それにより人類の数少ない生き残りを匿っていたのだ。

 それ故に人々からは人類の希望、救世主と讃えられていたが……。

 陳はそんな彼女に懐疑的だった。

 スパイとしての性だろうか、どうも彼女が何故人を救うのか……その動機が見えてこないことに疑問を思えたのだ。


「君は何故……人を救う? その動機が見えてこない」


 故に、ある日陳は彼女に問いかけた。

 あなたは不審だ、信じられない……信じられるだけの理由を見せて欲しいと。

 その問いに……女、サキュバスはこう言ったのだ。


「……別にあなた達のためじゃない、私はあの神に恨みがあるのよ、だから鼻を明かしてやる……!」

「神に恨みが……? ますます分からない、あなたは何者なんだ」

「……私は……神の鋳造物……! 悪魔、あなた達がそう呼ぶ存在……!」


 そう言い、女は勢い良く翼を広げた。

 悪魔、それはかつて人々が神の鋳造物を勝手に呼称した名前。

 超常の存在を自分達なりに理解すべく作り出した蔑称。

 悪魔達もそんな人間の様子を好み、嘲り……自ら名乗りだした新たな名。

 つまり、神への反逆者でもなんでもない存在だった。

 だがその名に込められた言霊を、彼女は今現実にしようとしているのだ。

 自らを産みだした母に反抗することで……。



「古い記憶、懐かしい記憶……それを時々思い出すの」

「記憶を?」


 かつてと同じように空の星を見上げながら、カペルとリオンは話をしていた。

 共に手にはコーヒーの入ったマグを持ち、秋が来て急速に冷えた山の夜に震える体を温めている。

 ため息をつけば白い吐息が流れ出し、そして宙へと消えていった。

 その儚さは、どこか寂寥感を与えるものだ。


「思い出すは少し違うか……私に忘れる機能は無いから、ふと心によぎる……かな、遠い昔……あなた達の言う神話の記憶、まだ私が私と一つになる前」

「一つに……?」

「元々はね、山羊の姿じゃなかったのよ」


 山羊の姿じゃ無かった、そう言いながらカペルは空を見上げる。

 そこに有るはずの、カペルという今の名……その由来になった山羊座(カプリコーン)を探そうとする。

 山羊の目を細め、遠いあの日と同じように……。

 そんな彼女の隣で、リオンもまた空を見つめた。

 星空は世界がどうなろうと変わらない、しかしその不変性と永続性は前世の記憶を有さない彼とは分かち合えないのだろう。

 それはとても残念なことだ、外的損傷が無ければ尽きぬ命と不変の魂を持つ自分ですら様々な変遷を経ているのに、それでも変わらない星はそれを理解するだけで美しさが倍以上に跳ね上がるというのに。


「山羊の姿じゃなかったけど……私は私にとって大事な山羊と、魂を一つに融合させた、私とその子が会いたい人を一緒に探すために」

「会いたい人、ですか……」

「……それがあなただったら、どうする?」


 山羊の目で見つめられ、二人分の情愛を受け止めながらリオンは少し黙り込む。

 出会って少ししか経っていない間柄だ、そう言われても……と思うかもしれない。

 だが……心の中に、少しだけ不思議な確信があった。

 彼女のいうことはきっと嘘ではないと。

 何かを思い出すわけでも何か引っかかるわけでもない。

 だがカペルの真剣な瞳は、絶対に嘘を言っていないはずだ。

 瞳孔が横に割れた山羊の瞳は、人間のそれとは大きく異なる。

 それでも嘘が無いということは感じられるし信じられるのだ。

 それだけ彼女の様子は真剣だった。


「……信じますよ、でもすいません……私はあなたを覚えていないんです」

「……そうでしょうね、それはよく分かっているわ」

「でも……これからいっぱい、関係を作っていくことはきっとできます、長い時間が必要になるかも知れませんけど……惚れさせてください、私を」


 恐らく、自分の知らない自分にカペルは惚れているのだろう。

 それを理解してリオンは「なら自分を惚れさせて欲しい」と微笑む。

 今は想いに応えられなくても、ここから想いを作っていける。

 そう示す彼の行いが、どれだけカペルへの救いになることか。


「……あなたは、私がどれだけ喜んでいるのか理解しきれないでしょうね」

「ええ、私はあなたじゃありませんから、でも……説明してくれれば伝わりますよ」

「じゃあ……いっぱい伝えるわ、私なりの言葉と行動で、あなたの中に永遠に残るようにしてあげるから」


 永遠、その言葉にどれだけの重みがこもっているのかリオンは知らないだろう。

 たとえリオンがこの先に幾百幾千万の輪廻転生を迎えようとも絶対に記憶から消えない存在になってみせると。

 そんな決意のこもった言葉である事はカペルしか知らない。

 今はまだそれでいい、今は……。

 いつかこの一万千年の純愛を分かち合えるようになってみせる。

 そう決意し、カペルは微笑むのだった。


(……元は人を誑かし情報を引き出す存在として生みだした我が子、サキュバス……世界も変わり、その名はいつの間にか個体名から今の世界で言う淫魔の代名詞にされていたけれど……もしかするとあの子が一番純粋なのかもしれない)


 さて、そんなカペルを見つめながら物陰にたたずむ影が一つ……クルテルだ。

 彼女はサキュバスという名前が持つ意味の変遷をなんとなく考えていた。

 恐らくまあ十中八九ラタトスク辺りがサキュバスの名を面白半分で流した結果、彼女の名は淫魔の代名詞にされてしまったわけだが……。

 それでも、彼女は純粋に一途にリオンを想い続けている。

 それは神々が彼女を生み出した理由から離れ、自分を持って生きているということ。

 彼女だけじゃない、アルマもだ。

 神に命ぜられるがまま、人に実在しないものを見せる悪魔、そういう風に作られた彼女が今は自らの意思で少年の保護者を行っている。

 母として彼女達の成長が喜ばしい気持ちでいっぱいだ。

 これがきっと、親の幸せというものなのだろう。

 初めて娘に反抗されたときは戸惑いでいっぱいだったが……今はそう、心から誇ることが出来る。

 娘達の成長を祝う気持ち、それでいっぱいの表情で微笑むクルテル。

 彼女は「これが産みの幸せか」そう呟いて城内へ戻るのだった。

 

(若い二人の邪魔はするまい……)

 

 リオンはさておきカペルに関しては悪魔なので永遠に若々しいまま保たれ続けているのだとしても、精神年齢は一万歳越えだが……。

 それでも神の一柱であるクルテルからすれば実に若い。

 若さのまばゆさ、それを強く感じてしまえば微笑まずにはいられないのだ。

 それを守るためにも、今回の戦いは必ず成功させなくてはいけない。

 そう考えながら歩くクルテル。

 そんな彼女は……ふと、廊下の先を見た。

 そこにはN.N.がいる。


「……何よ、何の用?」

「……」


 自分の未熟さ、そして弱さ……その象徴であるN.N.を見るのは己が恥部を凝視するに等しい。

 それ故、クルテルは目を逸らしながら素っ気ない態度を向ける。

 そんな彼女を見つめながら、N.N.はしばし無言で口を真一文字に結び……。

 そして、踵を返して立ち去った。

 何も言えなかったのだろうか、それとも何も言う価値がないと判断したのだろうか。

 どちらにせよ……クルテルは若干の不快感と苛立ちを覚える。

 そして、歯を食いしばると壁を殴りつけるのだった。



 オマケ、壁の向こう


「んふふ……ルーヴ、この天然タラシめ……逃がさないんだからね」

「よ、よせガットネーロ……! 無理矢理は、無理矢理は……!」

「大丈夫! 天上の星々を数えている間に終わるから!」

「それ、どれだけ長くかけるつもりだ!?」


 クルテルがN.N.と向かい合っていた頃、壁の向こうでは両手を縛り上げられたルーヴにガットネーロが迫っていた。

 天然タラシの仕草で無自覚に誘惑され、発情期が来ていたのもあって耐えきれなくなってしまったのだ。

 夜明けのコーヒーとしけ込むために、まずはあんな事やこんな事をするつもりでいるらしい。

 まあそんな事がどんな事なのかは想像にお任せするとして……。

 絶体絶命の大ピンチ、そう考えながらルーヴは息を呑む。

 発情期ともなれば、いつも激しいルーヴの激しさが倍増しだ。

 何が激しいのかは置いておいて、そんな状態で“する”のは避けるためにも、ここは逃げなくてはならないだろう。

 第一の壁はロープ。

 ここでロープを引きちぎるのは容易いが……それで逃げられる隙が無い。

 引きちぎった瞬間を見られて、そのまま無理矢理押さえつけられてしまうのが関の山だろう。

 ではどうすればいいのか……そう考えたときだ。


「……!? 何の音!?」


 壁がドン、と音を立ててガットネーロがビクつく。

 猫獣人は聴覚や振動感知に優れている種族、その為壁の音と揺れを他種族より強く感じてしまうのだ。

 驚愕と共に、目が壁を向いてしまう。


「好機ッ!」

「あっ、ずっけえ!」


 その僅かな隙をついて、ロープを引きちぎるルーヴ。

 そんな彼女にガットネーロが飛びかかるが、回避されてしまった。

 なんとか押し倒される危険は無くなった、その状態で睨み合う二人。

 発情期の雌猫といては、そのフェロモンで自分まで激しく求める状態になってしまうかもしれない。

 となると、自分の爪牙はガットネーロに傷を与える可能性がある。

 それは避けたいので……。


「脱兎! 否、脱狼(DATSURO)!」

「あ、待てー!」


 叫びながら走り出すルーヴ。

 そんな彼女を追いかけ、ガットネーロもまた走る。

 こうして彼女達の夜は慌ただしく過ぎ……しばらくの後、体力を使い果たして“やる”どころではなくなり、一緒にすやすやと眠るのだった……。

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