第九十一話 昨日と今日、そして明日
昨日があれば今日が来る、今日が来れば明日へ向かう。
それは朝昼夕夜や春夏秋冬が移行するのと同じくらい当然のこと。
ごく自然な世界の理であり、逃れられぬ摂理だ。
クリムゾンフレアに身を委ねし者達にも当然その流れというものは有る。
それもまた、当たり前のことだろう。
彼らは生きているのだから。
そして……生きていれば新たな出会いもある。
「ねえあなたって……その鎧に付けてるマーク、東方山賊よね?」
「あら、知っているの?」
「ええ、ふふふ……私達ずっと妬いてたのよ、東方の山賊はあなた達だけじゃないのにあなた達ったら代表みたいな顔をしてるんだもの」
テルメ村では、復興作業従事中の新顔達と元東方山賊……つまり天生隊の面々が話をしていた。
方や、東方の名を冠する代表的山賊として扱われていた者達、方や凡百のその他大勢として扱われていた者達……。
何かしら思うところはあるのだろう。
無論、それも過去の話ではあるのだが。
「ほほほ、懐かしい話だわ……無法者のトップとして扱われていい気になっていたなんて、今じゃ嘘みたい」
「そうね、私達も無法者のトップになろうとしていたなんて今思うとゾッとするわ、ほんとつくづくクリムゾンフレア陛下には感謝しか無いわね」
「まともに生きる機会……それを与えてくださるなんて如何に温情か……とてもよく分かるわよね、今の私達が過去の私達を見たらきっと殺すもの、クリムゾンフレア陛下の温情が身に染みるわ……」
和気藹々と談笑する二人、ユウェルとの共闘で相手をした元山賊長の兎少女とラドロの死体を運んだ熊怪人。
どうやら熊怪人は元副長だったらしく、そういった面でも話が盛り上がっているようだ。
そんな中……ふと、熊怪人が村と城を繋ぐ山道を見た。
城への参道としての整備が進んでいる山道、そこからはワルトとルーチェが降りてきているようだ。
彼女達を見て、つい顔をしかめてしまうが……兎怪人はその理由を当然知らない、なので何故睨んでいるのかと疑問に思っているようだ。
「……恨み、か……」
「ノエルの様子に思うところがあるか?」
「別に、私は父の名を使い生きるケダモノを刺し殺したこと、後悔なんてしてませんけど……でも少し思うことはあります」
会話する二人、やはりその内容はノエルに関係しているらしい。
他者に恨みを向け、恨みを向けられる身としては思うところがあるのだろう。
勿論それでも、ラドロを殺したことは絶対に間違いじゃ無いと確信しているが。
だが……自分自身が間違いじゃ無いと思っていても、周囲の感情もそうとは限らない。
今の状況はまさにその通りだった。
「……! あいつ……!」
「ちょっと、どうかしたの?」
後悔していない……そんなルーチェの言葉に、熊怪人は立ち上がる。
そしてルーチェに詰め寄った。
怒り心頭といった顔だ。
今にも殴りかかってしまいかねない様子に兎怪人は息を呑む。
まさしく一触即発の状況と言えるだろう。
「ラドロ団長を殺したことを後悔してないだと!? お前の養父だぞ!」
「そういえばワルトさん、今日の夕食はどうしますか?」
しかしルーチェは目も合わせず、熊怪人を完全にいない者として扱いながら歩く。
人を恨むこと、恨まれること……そういうのに思うところはあれど、やはり元仲間の名前を使う怪物としか思えない天生隊には嫌悪しか無いのだ。
熊の怪人は握り拳を作るが、それもルーチェにはどこ吹く風。
そんな二人を見ながら、ワルトは肩をすくめた。
心底呆れ果て……熊怪人の腕を軽く小突いてみせる。
そして息を吐くと腕を組みながら熊怪人の目を見つめた。
「あまりこいつを刺激してやるな……それよりルーチェ、夕食は鍋を食いたくなってきた、備蓄の肉でも食おう」
「鍋かあ……良いですね、確か猫又之国の土鍋って奴を護衛した商人から譲り受けてましたもんね」
「そうだ、せっかくだからな……ただオレは熊肉を食いたい気分じゃない、肉が熊肉にならないよう祈っている」
わざわざルーチェに話しかけに来た熊怪人を諫め、ルーチェと夕食の話をするワルト。
そんな彼女が暗に「もし手を出せばお前の肉を細切れにして鍋の材料としてくれる」と威圧する。
相手が元人間であり高度な意思を持つ知的生命体であろうが関係ない。
害を成すなら殺すし見せしめのために喰らいもする。
ルーチェのためならばその程度当然のこと。
元人間の知的生命体を食うことは実質的なカニバリズムとなるのかもしれないが、ルーチェ最優先のワルトにそのようなことは些末事だ。
「……うっ」
ワルトに威圧されれば、引き下がらざるを得ない。
雪原で戦った際に見たまるで剣の神が舞い降りたかのような剣技……。
元より彼女の逸話は耳にしラドロから警戒するよう言われていた身としては、実体験を得ることによりその恐怖が現実になったような背筋の冷えを感じていた。
人間をやめたというのに、人間より遥かに各上の存在になったはずなのに。
それでもこの、人間であるかすら疑わしくなる人間は、きっと人間としての限界を突き詰めた力で自分を凌駕してくるだろう。
そして自分の命を糧に更に限界を超え、次の戦いへ繋いでいく。
その在り方は一回一回の略奪を刹那的に消費してきた山賊とは、存在の格という時点で大きく差が開いている。
多くの命が経験として生きている剣技は、きっと何百人分の生命を宿しているのだろう。
ならば、一介の元山賊が勝てるわけなどないのだ。
目を合わせれば、それだけで嫌な汗が噴き出て動悸が止まらなくなる。
まるで蛇に睨まれた蛙のような恐怖だ。
「では……夕食にしようルーチェ」
「ええ、いっぱい食べましょうね」
談笑し歩いて行く二人。
その背中を熊怪人は悔しげに見送る。
だが震えの止まらない体を動かすことはかなわず、ただ見送るしか出来ないようだ。
そんな彼女に兎怪人が話しかけた。
「あの子は……」
「隊長……死んだ元山賊長の血が繋がってない娘で、隊長の仇だよ」
「それって……親を殺したってこと……?」
兎怪人の問いかけに、熊怪人は静かに頷く。
しかし兎怪人の漏らした「愛が無かったのかな」という呟きには明確に首を左右に振った。
これだけは明確に否定できる、愛は絶対に有ると否定しなくてはいけない。
でなければ、彼の死に価値がなくなってしまうのだ。
それだけは絶対に避けるしかない。
「愛はあった、むしろ深すぎたのよ……」
「深すぎた……?」
「愛しているからこそ、生まれ変わった隊長が受け入れられなかった、種も性別も精神も全部変わってそんなの生きてるなんて言えないと」
彼女がそう結論づけたのはラドロを愛しているからだ、それこそ深すぎて危ういほど強く深く……。
その愛の結実としてラドロは死んだ、殺された。
愛がないというのはそれを否定することに他ならず、愛があったことを否定するのは「では愛で死んだはずのラドロは何故死んだ?」と彼の死を無意味にする。
無意味になってはいけない、死は価値のあるものでなくてはならない。
でなければ何故彼は死んだのか、ただでさえ納得できない死が更に納得できなくなってしまう。
「……受け入れられなかったって、でもそれは……」
「そうね、生まれ変わった私達にとっては存在否定に等しい事なのよ……言ってたわ、もう隊長は死んだ、生まれ変わった隊長は死んだ存在の体を使い別の存在が動いているって……そんな醜い怪物だと」
「はは……ゾンビ扱いってわけ……?」
力無く呟いてうつむく兎怪人。
自分達全体をゾンビ扱いされて納得などいくわけがないのだ。
胸がざわついて、嫌な気分になってくる……。
自分達は生きているのに死者の扱いを受けるなど、どうして耐えられようか。
そんなもの、お前達は未来のない存在だと言われているようなものだ。
「昨日罪を犯した、今日生まれ変わる権利を得た、でも明日を夢見ちゃいけないのかな……」
「明日……従軍して罪を償い、真っ当に生きる夢……でもあの子は生まれ変わらずにそれを得ているんでしょ?」
「そうね、そのきっかけが有ったから……でも生まれ変わった私達にはそれも許されないの? 私達はもう死んでいるの……? 明日はないの?」
問いかけに応える者はいない。
誰も応えてなんてくれない、誰も……。
答えが出ない問いかけほど、むなしいものもないだろう。
だが彼らには問わずにいる術などないのだ。
これは生まれ変わった彼らのアイデンティティーにすら関わる深刻な命題なのだから。
これを放置して目を逸らすのは簡単だろう、そうすれば楽に生きていけるはずだ。
しかし、それは現実逃避にしか過ぎないことを彼らは知っている。
罪と向き合い償うため、真面目な人格を与えられた彼らにはそれができないのだ。
「見つけよう、私達に明日があるのかないのか……」
「そうね、探していきましょう、私達皆で……」
密かな決意を固め、怪人達は拳を突き合わせる。
そして笑い合うと資材を手に取り、テルメ村の復興作業に戻るのだった。
彼らがこれから何を成し、どんな未来を作るのか……それとも何も生み出せず未来を得ないで終わるのか、それはまだ誰も知らない。
彼らですら分かっていない……そんな遠い未来の話だ。




