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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第八十九話 傷心のリプレイ

「なんでそんな遊びをしたの!」

「だ、だって……」


 ルイン村からの帰路……その途中、クリムゾンフレア達は怒られている子供を見つけた。

 どうやら何かよくない遊びをして、母に叱責を受けているようだ。

 森の片隅で、まるで隠れるようにしながら説教をする母親……。

 そして、何を言っていいかも分からない様子で泣く子供。

 母親はモグラの獣人……口から滴る液体の毒々しい色からして有毒種なのだろう、そんな種族なのに対して子供は人間だ。

 だが子供は「お母さん」と呼んでいるので親子で間違いないらしい。

 そんな二人を見て、ピーヌスは目を見開いた。


「あれ……トラムさん?」

「あら、ピーヌスちゃん……ちょっと聞いてよ」


 そう……その女性はテルメ村の村民なのだ。

 ピーヌスにとってはよく知る顔で、人間をやめてテルメ返報隊の一員になった今でも声がよく分かる。

 それだけに、息子と仲が良い彼女が子供を激しく叱っている姿が意外なのだ。


「この子、あんな事があったのに兵隊ごっこだの襲撃ごっこだのして……」

「え、そんなことしてたんですか……?」

「だ、だって……」


 下を向いてズボンを握る少年。

 確かに村が軍の襲撃で滅んだというのに、襲撃ごっこといった遊びを行うのは中々に不謹慎だろう。

 村から離れた場所でひっそりと叱っているのも頷ける。


「それで、なんでしたのか聞いているのにずっと答えなくて」

「あー……それはッスね奥さん、元医者の観点から言わせて頂くと……お子さんにすらちゃんと分かってないんスよ」

「え……?」


 アタシも専門外の聞きかじりッスけど、と念頭に置いてガットネーロは顎を指でさする。

 そして高山蛇夢の記憶を少しずつ引きずり出しはじめた。

 一応同じ医者として、精神科医と話すことはそれなりに有ったのだ


「心的外傷後ストレス障害……PTSD、ポスト・トラウマティック・ストレス・ディスオーダーっていう強い精神的ダメージが尾を引く減少があるんスよね」


 そう言って、ガットネーロは一つのおもちゃを鞄から取り出した。

 商人の手伝いをした際に貰い、そのうちどこかで売るかと思い取っておいた馬車のおもちゃだ。

 それを走らせ、木にぶつけて止める……するとおもちゃは横転してしまった。


「子供がそれになると……例えば馬車の事故がきっかけだったら、事故現場をおもちゃで再演し始めたりしだすんスよ、俗にトラウマの再演……って言われる奴ッスね、頭の中で辛い記憶を上手く処理しきれずにそうしちゃうんスよ、これは大人にも起こりうる話ッス」

「トラウマの再演……」

「これはかなりデリケートな話で、明確にどう対処すれば良いって話でもないんで……今は見守ってあげてください、としか言えないッス」


 ガットネーロの説明で、トラムは納得いったらしい。

 子供に謝り、ガットネーロに礼を言うと歩いて行く……。

 その姿を見ながら、ケラススは感心した様子で息を吐いた。


「お前さん、ずいぶん詳しいんだな」

「いやいや、これは飽くまで前世の記憶ッスから、それに専門外の聞きかじりッスってば」

「前世、ねぇ……」


 前は「何をスピリチュアル系になってんでぇ」などと言っていたが……。

 今なら何となく、疑わずにいられる気がする。

 クルテルとどこかで会っていた、ということを思い出したからだろうか?


「にしても、トラウマの再演か……」

「ん……ガットネーロ、何か気になるのか?」

「ああお姉ちゃん、いやなーに……こういうのって厄介なのが、本人は好んで行っているように見えて、その実奥底にはトラウマが……ってパターンがある事なんスよね、そういうのって本人も周りも傷つけるんスよ、無理してるから」


 そう言うとガットネーロは息を吐く。

 彼女自身、親にギャングへ売られた大きなトラウマを抱えた身だ。

 親の真意を知ろうとも、その傷は消えない。

 やはり思うところは有るのかもしれない……そう考え、ルーヴは後ろから彼女を抱きしめた。

 そして耳元で静かに囁く……。


「あたしは、ずっと傍に居てやる」

「ん……ありがと」


 笑い合うガットネーロとルーヴ。

 そんな二人に、ケラススは「ごっそさん」と苦笑する。

 クリムゾンフレアとピーヌスも「昼間からよくやるよ」といった呆れ顔で、唯一N.N.だけはキョトンとしているようだ。


「お前さんはこういうの、分かんねぇか?」

「うーん……人に感情の色々な側面があるのと同じで、神にも色んな側面があるんだ、で……それを分けることを、うっすら思い出してきた記憶では貌を作るって言うんだけど……私はその中の一つ、悲しい気持ち、弱い部分の貌なんだと思う、だから今みたいな気持ちをちゃんと理解する部分は大元に持ってかれてるのかも」


 貌、そう言ってN.N.は両手で顔を覆い、片手だけを動かす。

 一つのものから二つに分離した、そう言いたいのだろう。


「神ってぇのは本当に……便利な生体してんなぁ」

「神だからね、人より便利で当たり前……何だと思う、たぶん」


 少し自信なさげではあるが、神の一部故か誇らしそうにN.N.は笑う。

 その姿を見ながら、ガットネーロはふと考える。

 人間のような感情を得た神が、もしもこれが錯覚の一種だったとしても人に近くなるのであれば……。

 大きなトラウマを抱えた神は、人のようにトラウマの再演をしだすのだろうか?

 神とは神話の類いにおいて往々にして理不尽な仕打ちを人に施すもの。

 千年前に起きたという洪水による浄化などその最たるものだろう。

 ではもしそれが……トラウマを再演した結果だとしたら?

 気になってしまうと夜も眠れなくなりそうだ。


(……感情を解剖するメスがあれば良いのになあ、感情をバラして暴いて奥底まで覗いてみたい……解き明かしてみたい……そうすればもっと色々理解できるのに)


 それがかつて高山だった頃から無自覚に抱いていた欲望なのか、それとも高山の記憶を得たガットネーロだからこその欲望なのかは分からない。

 分からないが……しかし確かな欲望として、ガットネーロの中には他者の感情をバラして暴いて解き明かしたい、という願いが渦巻いていた。

 一種の好奇心、とも言える感情だろう。


「……ガットネーロ、なんか顔つきが凄く邪悪になってるぞ」

「おっと、いけないいけない……好奇心っていうのは危険なスパイス……ッスね、まるで劇物のように舌を狂わせて……その刺激的な味を求めさせる……ッスよ」


 顔をゆるめ、ガットネーロは息を吐く。

 欲は上手い具合に御さなくては身を滅ぼす。

 メスの例えは現実的な手段で代替するとすれば、拷問や人体実験だろう。

 感情を知り尽くしたいなら、それを無理矢理引き出せば良い。

 そう、そうすればいいのだが……それで知識欲を満たしたいというワガママを制御できなくなれば、待つのは無差別な殺しによる身の破滅だ。

 そうはなりたくないのであれば……きちんときちんと、我欲を御さなくてはいけない。 拷問や人体実験を万一行うとして、その対象は敵兵や山賊などの犯罪者に絞らなくてはいけないだろう。

 一瞬、ルーチェが脳裏に浮かぶ。

 しかしルーチェにはワルトという最強の保護者がついており、それを怒らせるのは明らかな間違いだ、それにクリムゾンフレアもルーチェを気にかけてはいる。

 勿論彼女に恨みを抱く身としては若干不満だが……。

 しかしこれも自らが社会性を持つ生物である以上仕方がないのだろう。

 他者と協調せず単体で生きることなどできないならば、他者にあわせるしかないのだ。

 それでも……。


(あーあ、ルーチェめ……殺して良いような犯罪をしてくれないかなあ)


 頭の後ろで手を組み、空を見上げる。

 そして憎い相手の顔を思い浮かべると、取り留めのない妄想に耽り始めるのだった。



「ひっ……!?」

「どうした?」

「い、いえ、なんか邪悪な気配を感じたような……」


 その頃、ルーチェは静かに震えていた。

 どうもガットネーロの怨念を感じ取ったらしい。

 猫は七代祟るとも言うので、何かしらの呪術的な力を有している可能性は有るだろう。

 それはさておき……彼女達の視界の先でアラクネは山道から逸れた森に入り、静かに考えているノエルにこっそりと寄っていく。

 どうやら目を閉じて切り株に座りながら、しっかりと考えているようだ。


「……生物学が好きなのはそのまんま本当のことよ……でも、どうして自分が抑えきれなくなるの……? 分からない……どうして? 異種族性愛のせい? でもそれだけじゃない気がする……」


 真剣に悩むノエル、そんな彼女をアラクネはどこか放っておけなく感じてしまう。

 あんなに困らされたのにどうしてこう感じるのかは分からない……。

 一つ言えるとすれば、自分が何故あんな目にあったのかちゃんと理解しないと納得できない面が有るのだろうか。

 だから彼女を深く理解しようと、アラクネはその肩に手を置いた。

 そして……。


『ノエル、あなたは私の大事な道具なんだから……分かるわよね?』

「ひっ……!!!」


 うっすらと何かを思い出そうとしていたせいか、脳裏にフラッシュバックする誰かの声。

 同時に、体中をまさぐられる感覚が襲いかかり……ノエルはアラクネの手を撥ねのけるとうずくまって震えだした。


「やめてください母上、やめて、やめて、やめて……触らないで!!!!」

「ちょ、ちょっと……ノエル王女……ノエル王女!?」


 叫びながら、龍人の巨体を屈めて叫ぶノエル。

 そんな彼女にアラクネが近付き、体を揺さぶった。

 すると……ノエルはうつろな目をアラクネに向け、少しずつ呼吸を整えていく。

 そして勢い良く抱きついた。


「ああ、アラクネちゃん……!」

「え、ちょ、ちょっと!?」


 考え込む前の変態的な様子、そんな状態に逆行して頬ずりするノエル。

 そんな彼女に、アラクネは心底戸惑っているようだ。

 なんとかノエルを手で押しのけると、アラクネは息を吐いた。


「急に豹変して……なんなんですか!? 反省したり苦しんだり、もうっ!」

「え……豹変、反省……? なんだっけ、私は何をしていたの……?」

「え……だって、さっき母上やめてって……」

「よせ!」


 何があったのかを口にしようとするアラクネ。

 そんな彼女の口を、黙って見守っていたワルトが叫びながら塞ごうとする。

 だが時既に遅し、ノエルは何を思いだしていたかに気づき、またうずくまり始めた。


「無理矢理は、無理矢理の関係は、そんなことしなくても私は離れないから、だからやめて!」

「え、あ、あの……」

「……恐らくだが、無理矢理母に何かをされたトラウマがあるんだろう、オレの読んだ本にトラウマを持つ人間はそれを上手く処理しきれないと再演を行うようになると有った、恐らくお前や他の異種族と積極的にくっつこうとするのも……」


 ワルトの言葉を聞き、奴隷として虐げられる立場から山賊として虐げる立場にまわってしまったルーチェは他人事に思えず目を伏せる。

 トラウマの再演、という現象の有無は我が身を以て知っているのだ……心が痛む。

 ただの変態だと思っていたノエルが存外自分と近しかったことに、少しの戸惑いが有るというのも目を伏せた理由かもしれない。


「わ、私がいけないんですか……私が受け入れないから見てくれなくなったんですか、無理矢理にしないと関係って維持できないんですか……? 母上……」


 ノエルは教えてください、見捨てないでくださいと呟き続ける。

 そんな彼女を目にして……アラクネは、何をどうして良いのか分からなくなってしまった。

 変態だ、と邪険に扱うことももう出来そうにない。

 しかし無理矢理迫られるのは嫌だ。

 では、どうすればいいのだろうか。

 その答えは容易く出そうにはなかった。

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