第八十八話 トロフィー妾の子供達
「失礼する、こちらの資材はここでいいだろうか」
「あ、ああ……どうも」
ガットネーロが一つの疑念を抱いている頃……。
旧テルメ村では、復興作業に従事しているテルメ返報隊の者達がざわついていた。
それもそうだろう、何せ仇であるブラエドの王子ユウェルが復興作業に参加しているのだから。
それも動きやすい難民ルックに着替えて。
ちなみに側近であるリズベスは現在斥候として王子派の兵を護衛にしてブラエドの動きを探っている最中だ。
つまり現在は、完全に一人の男として作業を手伝っている状態といえる。
「なあ、なんというか……」
「ね、意外……ブラエドの偉い人でしょ、ここを襲った兵士みたいに残酷なのかと思ってた」
こそこそ話をする村民達。
対してユウェルは単純作業が好きなのか、黙々と資材を運んでいく。
もしかすると、故国の所業に心痛めている面も有るのかもしれない。
「ユウリィちゃんの口添えがなければ雇ってなかったけど……」
「ね、存外まともで拍子抜けしちゃった……」
そんなユウェルの真面目さに村人達はみな感心し、息を吐く。
何だかんだでこの男、存外クリムゾニアに馴染んでいるようだ。
そんな様子をユウリィはどこか誇らしげな表情で見つめている。
仲介した身として鼻が高いのだろう。
「安心するなあ……良かった、ユウェル様が馴染めて」
「うん……わたし、も……なん、か……安心……どう、してかな……あの人、幸せだと、嬉しい……」
ユウェルを見ながら、ウルスは息を吐く。
やはり彼にどこか覚えがあるのだ。
何故だろう……彼を見ていると、不思議な光景が目に浮かぶ。
ベッドの上で、上半身だけを上げた自分……。
その視界に幼い子供がいるのだ。
『……うえ、聞いてください、今度おめ……様に子供が生まれるそうで、私は兄に……』
嬉しそうに笑う子供を自分は撫でている。
だが突如胸が苦しくなると咳き込んでしまい、手にべっとりと赤いものが……。
「ウルスちゃん?」
「……! ごめ、ん……ぼーっと、してた……」
首を左右に振り、ウルスは目を細める。
思わずじっと見つめた自らの手は、相変わらず白熊のような獣毛に包まれていて、赤くはない。
何を見ていたのかは分からない、だがきっとこれは自分の記憶ではないのだろう。
確証はないのだが……そんな気がした。
この記憶は、誰か……そう、潰えた誰かの何かを引き継いだものなのだと。
「はい、これで良し……っと、痛みは引いた?」
「ええ、ありがとうございますアステル王子」
さて、旧テルメ村でそんなやり取りが行われている頃……。
クリムゾニア城では、アステルが体調不良者の治癒を行っていた。
どうやら毒キノコを誤って食べてしまったらしく、食あたりで倒れてしまったらしい。
「これに懲りたら、自分で判断しないでね……ちゃんとした知識の有る人に任せないと駄目だよ」
「は、はい……プラケンタ様、肝に銘じます……」
プラケンタにおかゆを手渡され、兵士は静かに頷く。
治癒術で回復させたとはいえ、しばらくは流動食をメインにする事になりそうだ。
そんな兵士を見ながらアステルは治癒術も万能ではないという事を再確認する。
「アステル様は治癒術のスペシャリストと伺ってはいましたが、看護とかしてくださいますのね……」
「なんだよ、自分のためにしか治癒を使わないとでも思ってたわけ?」
「そういうわけじゃありませんけど……いえ、そういうわけかもしれませんわ、王族の方って看護を行うイメージがありませんもの」
意外がるラクエウス……彼女を見つめ、アステルは顎をさする。
そして、彼女が貴族ではあるものの地方貴族……それも王族の詳細などほぼ知らない末端だったことを思い出す。
それならば、自分の事情を知らないのも仕方ないだろう。
「王族って言っても……僕と姉貴は妾腹の身なんだよ」
「ラクエウスちゃん、しょうふくって何?」
「お妾さんの子供……つまりは正妃以外の子供って事ですわ」
「そういうこと、しかも父上は元々王族だったわけじゃなくて入り婿、だから詳細を知っててかつ伝統を重んじる連中からは王家の血が入ってないってまあ軽んじられたのさ」
軽んじられていた、そう言われればアステルが看護を学んでいること、またノエルが表向きは優等生であることや裏では民を愛していない事も頷ける。
きっと彼らはラクエウスには想像もしきれない痛みを背負ってきたのだろう。
「それで自らの価値を証明するために看護と治癒魔法を学んだわけ……まあ、その技術をもっぱら自分の頭痛と胃痛を治すのに使うとは思ってなかったけど」
苦笑しながら、アステルは腕を組む。
そして手の上に光の球……治癒術の結晶のようなものを作ると、軽くお手玉をしてみせた。
一方、ラクエウスはプラケンタ以外の家族を全て喪った経験からか……アステルの母を慮り、憂いの表情を見せている。
「お母上はどうされていますの? そんな立場ではきっとお辛かったでしょうに……」
「そうでもないよ、確かに元々は王としての箔をつける為に宛がわれたトロフィーワイフ……いや、トロフィーコンキュバインだし、母上も王の側室ってステータスのためにくっついた形だったけどさ」
そこまで言うと、アステルは目を細める。
母のことを思い出しているようだが……余り愛着があるようには見受けられない顔つきだ。
大分複雑な気持ちを抱えているのだろうことは、想像に難くない。
「正妃様……兄貴の母グリーズ様が行方不明になってから、父上は母上を代用品みたいに大事にしてたし……それに姉貴や僕のことなんて、父上との間をつなぎ止める道具としか思ってなかったからさ」
そう言うとアステルは「まさに子は鎹」だよね、と苦笑する。
しかし聞いている側からすれば余り笑えない、中々に生々しい話題だ。
果たして、アステルとノエルはどれだけの感情を母に向けて抱いてきたのだろうか。
想像すると、我が事のように胃が痛くなる。
そして同時に……ユウェルという立場関係なく彼らを愛する存在が救いであるとも感じられてきた。
「ユウェルさんって、いい人だね」
「は? なんで急に兄貴の話が出てくるわけ? ……まあ、あの人は確かにいい人だけど」
頬を掻き、アステルは目を細める。
先ほど母を思い浮かべていたときとは異なる、とても優しい表情だ。
腹違いの兄を敬愛しているということがよくうかがえる。
きっとノエルも、変人の側面が目立つが……内心では兄を尊敬しているのだろう。
そう思えた……。
さて、そんなノエルだが。
彼女が現在何をしているかというと……。
「アラクネちゃんっ! 擬態解いて、擬態!」
「ひいいぃ! 寄らないでください変態!」
今日も元気にアラクネをストーキングしていた。
糸を発射して飛び回るアラクネに対し、ノエルは龍人の巨体からは想像できない俊敏さで飛翔して追いかけ回す。
勿論、ただ趣味で追いかけ回しているわけではない。
言うなればこれは、後の戦いで龍人の力を役立てるために慣らしをしているのだ。
もっとも、ただ慣らしをするだけでは気合いが乗らないのでアラクネを追いかけ回す事に決めたのは結局趣味なのだが。
「はああ、良いよ良いよその反応……惜しむらくは本当の顔で見れないこと……!」
「ひいいいぃぃぃ……! どなたか、おーたーすーけー!!」
叫ぶアラクネ、追うノエル。
それを見かねたのか……彼らが向かうルートの先……山道を歩いていた者が、一人手を挙げる。
そして二人の間に腕を突っ込むと、ラリアットの要領でノエルの顔面を殴打した。
ノエルがアラクネにあわせて低空飛行していたことが敗因と言えるだろう。
「ったあ……誰よ!」
「オレだが?」
「あ、ありがとうございますワルトさん……! ご恩は一生忘れません!」
「大げさなことを言うな、行きずりの所を助けただけで明日明後日と同じ事が起きる確率を消したわけではないんだ」
呆れ顔で腕を組むワルト、そんな彼女にアラクネが縋り付く。
その様子を見て、ルーチェは思わず斧を取り出した。
そう……斧である、ナイフでも拳でもなく斧である。
「あ……? 私のワルトさんなんだけど……」
「ひっ……!? ちょっと縋り付くくらい許してくださいよ!」
斧を構え今にも振り下ろさんとするルーチェ。
そんな彼女を見ながらアラクネは飛び退き、ルーチェは「命拾いしたな」と呟く。
その様子を見ながらワルトは「これくらい許してやれ」と息を吐く。
そんな彼女達を見ながら、ノエルは不機嫌そうに腕を組んだ。
「もう、せっかく趣味と実益を兼ねて楽しんでいたのに」
「ノエル、知識欲を満たすのは勝手だが迷惑にならないように行えはしないのか?」
「迷惑にならないように、ね……」
ノエルは考え込み、身をかがめる。
少し悩んでいるようだ。
自分でもこれがいけないとは内心思っているのだろうか。
「……でも、強引じゃない仲なんてその内切れてしまいそうで怖いのよ」
「力尽くでも自分に縛るなんて考えなら、いずれにせよ破局するぞ……先延ばしになるだけの話だ」
先延ばしになるだけ、そう言われて流石に思うところがあるのか、ノエルは息を吐いた。
先ほどまでの天下無敵の変態女といった様子とは違う、寂しそうな顔だ。
もしかすると、優等生の顔がポーズでしかないように、変態の顔もポーズなのだろうか?
「もしかして……昔恋人に捨てられでもしたの?」
「ち、違うし……もういい、私行くわ、ごめんなさい、ちょっと国外に出てハイになってたのかも……反省する……」
肩を落とし歩いて行くノエル。
結局、何故彼女が強引なスキンシップを迫るのか、どんな過去があるのかは謎のままだ。
生物学趣味があるのは確かなのだが……もしかすると、それだけではないのかもしれない。
きっとのっぴきならない事情というものがあるのだろう、それは伺える。
そう考えるとただ邪険にするのではなく、話を聞いてみた方が良いのかもしれない。
「……ちょっと話をしてきます」
「そうか……優しいな、お前は」
「い、いえ、そんな……」
優しい、そう言われてアラクネはうろたえる。
その様子を見てルーチェは「お姉様の天然女誑し……!」と怒り顔だ。
このままここにいればより彼女を怒らせるだろう、そう察したアラクネは一礼してから後を追うのだった。




