第八十七話 お姉様は天然タラシ
「なんでこいつがここにいるのよ……」
「あ……何となく覚えてる……あなた、私の本体なんだよね……?」
N.N.を地上に連れて行き、真っ先に出会ったのはクルテルだった。
どうやら誰かが自分の置き去りにした後悔と会っているのを感じて、クリムゾニア城からやって来たらしい。
傍らにはケラススもいて、二人を見比べて唖然としている。
「……驚いた、まるでドッペルゲンガーじゃあねぇか……」
「あなたは……あなたも覚えている、私を大きく変えた存在……そうだよね、私?」
「……アンタは私じゃない、私が捨てた後悔と未練よ、とっとと穴の底に消えなさい」
N.N.の言葉を無視するクルテルに、ケラススは二人の関係を少し察する。
そして肩をすくめた。
そのまま間に割って入ると、ケラススを諫めるように肩へ手を置く。
「神ってぇ奴は……ずいぶん都合がいい事ができんだな、まあ優しくしてやれよ、お前さんの一部なんだろ?」
「お姉様、でも……」
「人間はな、弱い部分も強い部分も併せ持って、それを割り切ったり乗り越えたりして生きてくんだよ、俺ぁお前にもそれを知って欲しい、ダメか?」
ケラススの問いかけに、クルテルは黙り込む。
愛し尊敬する姉に言われては、否と言えないのだ。
しかしそれでも複雑な気持ちは聞けない。
そんなクルテルにゆっくり顔を近づけると……ケラススは顔を覗き込む。
「俺はお前さんに……人を知って欲しい」
「……!!!」
人を知って欲しい、ケラススに自覚はないがその言葉こそが何よりもクルテルに効果的な言葉だ。
かつてマドカ・ティアがクルテルの前身である希死念慮の神に説いた言葉。
そういう言葉が自然と出る辺りは、やはり前世と来世だと言えるだろう。
「……お姉様の神誑し、神コマシの攻略女王」
「は……? なんだよそれ、わけがわからん……別に誑しこんじゃあないだろ?」
「ふん……自覚がないのはずるいよ……」
キョトンとするケラススを尻目に、クルテルは赤くなった頬を叩いてN.N.を見つめる。
自覚がないというのは厄介なものだ、なんて認識は神も人も同じらしい。
何はともあれケラススの言葉に大きなダメージを受けたクルテルはN.N.を見つめるが……。
少し見つめた後……辛そうな顔になり、目を逸らしてしまう。
受け入れる、同化する、それはやはりまだ難しいらしい。
「やっぱり無理!」
「あ、おい!」
踵を返して走り去るクルテル。
そんな彼女に、ケラススは伸ばしたまま手持ち無沙汰になっている手を所在なげに動かし、ため息をついて頭を掻いた。
どうも上手くいかないものだ、ままならないというか……もどかしい。
「ったく……しょうがない奴」
「ケラスス、アンタ二人の関係を察したのか?」
「まあなぁ、口ぶりからして心の一部を切り捨てたんだろ?」
ケラススはそこまで言い、N.N.の頭をポンポン叩く。
そして彼女に笑みを向けた。
とても優しい……慈母のような笑みだ。
これでは彼女達が誑しこまれるのもしょうがないと言えるだろう。
まさしく天然のジゴロ……色々な意味で神殺し。
「人は弱さを都合良く切り捨てるなんて出来ない、アイツにもそれを理解して欲しいんだがなぁ……どうしたもんか」
「あの……ごめんね、私の本体が……でもね、たぶん悪い気持ちがあるわけじゃないと思う、感じるの……あなたのために必死だから、弱さを受け入れたくないって」
「おう、大丈夫だよ、ちゃんと理解してるさ……それくらいはな、アイツはいつもすべき事を出来なくなるのが怖い、って言ってるしな……ま、だから心配しなさんな、嫌いになんてなりゃあしねえさ」
頭をわしわしと撫で、気持ちの良い笑みを浮かべるケラスス。
そんな彼女に、N.N.は心安らいでいるようだ。
こういう所は流石クルテルの一部……といったところだろう。
人間の趣味が完全に同じ……マドカ・ティアに惚れ込んだ記憶をずっと抱えているだけはある。
「なあ……お前さんはなんて呼ばれてるんだ?」
「ノーメン・ネスキオー、N.N.って……千年前の友達が、名前がない私に付けてくれたんだ」
「N.N.か……なるほどな」
「ねえ……私もあなたをお姉様って呼んで良い?」
「おう……勿論だ、これからよろしくな、N.N.!」
ハグを行い、N.N.の背中をポンポンと叩くケラスス。
そんな二人をルーヴ達は見つめていたが……。
ふと、ピーヌスはクリムゾンフレアがずっと複雑そうな顔つきをしていることに気付いた。
「……どうかした?」
「いや……なんというか、その……」
クルテル、希死念慮の神……。
その人間態が辰巳ユウコの肉体をベースにしており、前髪が伸びて顔が隠れているためまるで別人のようだが……髪を上げるとユウコそのものの見た目である事、それはまだピーヌスには話していない。
いや、もしかするとピーヌスのことだ……もう気付いているのかもしれないが、それはさておき……。
そんなユウコベースの存在が二人も並んでいたのだ、ユウコの記憶を有しているクリムゾンフレアからすると、自分と同じ顔の者が二人いるような気分になる。
勿論今は龍人クリムゾンフレアであり、辰巳ユウコではないので同じ見た目ではないが……。
それでも複雑なのだ、とてもとても。
「落ち着いたら話すよ、全て……」
「そっか、分かったわ……じゃあ私、それまで待ってるね」
笑みを浮かべるピーヌスに、クリムゾンフレアも笑みを返す、
そんな二人を見ながら、ガットネーロはルーヴに抱きついた。
からかうような表情だ。
「あっちもイチャイチャこっちもイチャイチャ、お姉ちゃんアタシもう欲求不満ッスよ」
「……! お、お前なあ……」
ふと飲もうとしていた飲み水を噴き出し、ルーヴは口元を拭う。
そして、しょうがないと言わんばかりに息を吐くと……ガットネーロにキスをするのだった。
ほんの少しばかりからかうつもりだったガットネーロは、予想外の行動にキョトンとしてしまう。
その顔を見ながらルーヴは息を吐いた。
「なんだよ、その反応……ほら、今はこれで良いだろ、夜明けのコーヒーはまた今度だ」
「う、うん……分かった」
もじもじしながらルーヴを掴むガットネーロ。
その様子を見て、ケラススはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。
彼女にしては珍しい、からかうような粘っこい表情だ。
「な、何よ……なんスか……」
「いやあ、お前さん……実は相手から積極的に来られると弱いんだな」
「や、やかましい!」
腕を振り上げて怒るガットネーロ。
そんな彼女に、ケラススは「おっと、逃げろ逃げろ!」と退散していく。
その背中を見送った後、ガットネーロは拳を下げてルーヴをじっと見つめた。
ルーヴは息を吐いており、ガットネーロの本心には気付いていないようだ。
(……言えるわけないよね、まだ私達が高山蛇夢と新堂飛鳥だった頃を思い出した……なんて)
やはり前世と来世というのは、常にその存在を縛るらしい。
何も思い出していない者ですらそうなのだから、過去を思い出しているガットネーロがこうなるのは至極当然といったところか。
そう考えると、我が事ながら少しモヤモヤする。
ガットネーロの推察では恐らく、この世は誰もが転生者と考えて間違いないだろう。
輪廻転生とはごく自然な現象であり、だからこそ自分もルーヴもクリムゾンフレアもピーヌスも……みな前世というのを持っているのだ。
自然な現象でないと言うのであれば同郷の者が実に4人も輪廻転生を果たしている理由に説明が付かない、なのでこれは恐らく間違いないことだ。
しかし、だとすれば何故自分達だけ前世の記憶に目覚めたのか。
前世の記憶に目覚めることがイレギュラーだとするなら、何故自分達はイレギュラーになる?
きっかけが有ったから、ただそれだけなのか……分からない。
分からないことが有るというのは、元監察医としてはモヤモヤして仕方が無いのだ。
(あーあー……もう誰にとっても幸せなことじゃないとかどうでも良いし、全人類前世の記憶に目覚めたら良いのになあ……)
そうなれば、もはや原因が分からないなどということはなくなる。
思い出すということが、時期や経緯の違いはあれど極々自然のことになるのだ。
自然だから起きた、そんなシンプルな結論が出せれば……それは幸せに違いないだろう。
勿論、幸せの前に自分にとってはと付くのだが。
(そうなったら……世界は大混乱か……暴動、戦乱……きっと色んな事が起きる……ん、混乱……?)
「ん? ガットネーロ、何考え込んでんだ?」
「ああ、ごめんごめん」
どうやら考え事をしている間に、皆歩いていってしまったらしい。
ルーヴが顔を覗き込んで、心配そうにしている。
そんな彼女に見せるように、キッチンタイマーを取り出すとそれを放り投げ……軽やかにキャッチして笑みを浮かべた。
「ちょっとね……大混乱の図を上から見下ろすのって、どんな気分かなあって考えてた、苦しいのか悲しいのか、それとも……楽しいのか」
「お前なあ……何言ってんだか……サディズムにでも目覚めたのか? いや……元々どっちかといえばS寄りか……ま、考え事ならここじゃなくても出来るだろ、早く行こう」
肩をすくめて息を吐いて歩き出すルーヴ。
一方、ガットネーロは静かに考えていた。
もしもどこか遠く、高座のような場所から人を見下ろす権利を持つ存在がいるとして……。
その目から見る人の世とは、まさしく楽しいおもちゃのような存在ではないのか?
そう考え……同時に高座から見下ろす権利とは、王位に就く者などにも通ずるところがあると考察する。
そして……思ったのだ。
ブラエドの王は腐敗した者ではなく……混迷や戦乱を楽しむ者なのではないのか、と。
(ま……でもこれって、結局とりとめない空想だもんなあ、何の確証もないや)
思考を中断し、ガットネーロは歩き出す。
ブラエド王がどのような人物だったのか、それを決めるのは実際に彼を目にした者だ。
ならば目にしてもいない自分が考えたところで仕方が無いだろう。
ガットネーロはそう考えて息を吐く。
そしてあくびをすると大きく伸びをし、猫らしくマイペースにルーヴの後を追うのだった。




