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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第八十六話 蛇女王と丸呑み、そして転生

 テルメ村に来訪したウロボロス。

 その突如の視察は村を大いに賑わせた。


「いやはや、まさかウロボロス様が祝いに来てくださるとは……」

「気にせずとも良いのですよ、今の私はただの開業20周年を祝いに来た客でしかないのですから」

「いやいや、そんな畏れ多い……!」


 村人も、まさかこのような小村の祝い事に近隣国の女王が参加してくれるなどとは思わなかったのだろう。

 それは至極当然のことだと言える。

 何はともあれお祝いの席はてんてこ舞い。

 少し悪かったか、と思ってしまうくらいだ。


「いやあ、本当に申し訳ない……ちょうど女将が出産したばかりでして、産休を取っているんです」

「ほう……それは素晴らしいことですね、よろしければ私も一目子供を見ても良いですか? 無限と富の象徴である私ならば祝福を齎せるかもしれません」


 無限と富の象徴……気付けばそんな逸話が出来ていたことを思い出し、ウロボロスは苦笑する。

 自らが広めた龍人神話や歴史の中で淘汰されたと思しき長命種エルフと併せて三大隠者などという謎の呼称が生まれていたのも記憶に新しい。

 神性など自らにないことは一番理解しているはずなのに、それを上手く利用してしまう。

 実に口が上手いものだ。


「おお……! で、では……女将に少し話してきます」


 興奮した面持ちで去って行く店主。

 とうとうこの時が来た……予知能力で上手くいくと分かりきっているのだが、それでもドキドキが止まらない。

 何せ、まだ赤子とはいえ実母の生まれ変わりに会うのだから。

 結局このドキドキは、店主が呼びに来ても止まることはなかった。


「失礼致します」

「これは、ウロボロス様……ベッドから失礼致します」

「良いのですよ、無理はせず横になったままで大丈夫です」


 女将の家、そこに来たウロボロスの目に入ってきたもの……。

 それはベッドで横になる女将とその傍らで寝息を立てる赤子の姿だ。

 その光景を見て……ウロボロスは思わず涙しそうになる。


(若い……お婆様も、お母様も……)


 旅の途中、何度かピーヌスの母に会わせて貰った事がある。

 その時見た優しい祖母と同じ人物だ……しかし、とても若い。

 祖母と母が自分より年若い姿というのは、とても不思議な気持ちになる。


「では……これより、祝福を……」

「は、はい、ありがとうございます」


 祝福、その言葉に期待半分不安半分……何をするのだろうかとピーヌスの母テュシアは少し不安を覚えた。

 我が子に何をされるか分からないのだから、それは当然といえる。

 もしかすると、丸呑みして産み直しなんてされるのではないか……とさえ思ってしまう。


「……」

(……落涙……!?)


 だが、その不安はすぐに消え失せた。

 テュシアに理由は分からないが、ウロボロスはピーヌスを撫でながら優しげに笑み、落涙したのだ。

 その姿を見ていると……この女性は心から己の娘を慈しんでくれていると信じることが出来る。

 そう確信したのだ。

 そんなテュシアの視界の中で、ドアが開く。


「たっだいまー、我が子よ妻よ帰って……ど、どちらさま……!?」

「大きな声出さない、この子が起きるでしょ」


 帰宅した夫オッフルを注意しながら、テュシアは目を細めた。

 どうも夫はいつも変なタイミングを奇跡的に生み出すのだ。

 これから先もそれは変わらないのだろう、となんとなく確信する。


「お邪魔しています、私はウロボロス……サーペンタインの指導者といえば通じますか?」

「え、ええ……まさかサーペンタインの指導者様が……何故ここに?」

「子供が生まれたと聞き、祝福を与えに来たのです」


 説明を受け、オッフルは「はあ」と息を呑む。

 一国の女王がわざわざ祝福を与えに来たのだ、そうもなろう。

 そんな彼を見ながら、ウロボロスもまた「お爺様も若い……」と内心呟いた。


「そういえば……この子はもう名前は決まっているのですか?」

「いえ、まだ……」

「なるほど……よろしければ、私が聖別された名前を付けましょう」


 ウロボロスの言葉に、テュシアは「まあ」と口元を抑える。

 聖別された名前を、聖蛇と呼ばれる者がつけてくれる……それはまさに僥倖だろう。

 勿論、聖別なんて存在しない建前なのは言うまでもないのだが。


「是非お願いします、良いわよねあなた」

「あ、ああ……ワクワクするな」

「では……お二人のフルネームは? それに適した名前を見つけましょう」

「は、はい……私はテュシア・ウェネーヌム、夫はオッフル・ウェネーヌムです」


 テュシア、オッフル、二人の名前を呟き……考えている振りをする。

 だが、付けたい名前は一つしか無かった。

 それは勿論……。


「ではこの子は、ピーヌス……ピーヌス・ウェネーヌムと名付けましょう」

「ピーヌス……松ですか」

「そう、松は不老長寿、そして希望を象徴するとされています……その通り長生きし誰かの希望となる存在であって欲しいと」

「不思議……どうしてこんなにしっくりくるのかしら……」


 呟きながら、テュシアはピーヌスの頬を撫でる。

 しっくり来るというのは、恐らく前世の記憶によるものなのだろう。

 彼らが前世に名付けた名前なのだから当然と言える。

 それはさておき、二人がピーヌスを慈しむ様子を見ながらウロボロスは静かに笑みを浮かべるのだった。

 二人ならきっと、今回もピーヌスを健やかに育ててくれる……。

 そう確信して……。



 正直な話をすれば、テルメ村でずっとピーヌスの成長を見守りたい。

 しかしそんなわがままは許されないというのが指導者の辛いところだ。

 一時の安らぎは終わりを告げ、私人として母や祖父母を慈しむ顔から公人としての顔に戻る時間がやって来る。


「では、この技術をより広域に……」

「はっ、畏まりました!」


 そこからは更に色々なことを行っていった。

 例えば魔術により同性同士で子供を作れるようにする技術を更に拡散する施策……。

 これに何の意味があるかというと、ピーヌスがクリムゾンフレアをより自然に愛せるよう同性愛の一般化を行うという意味……また、二人に血の繋がりが有る子供を得て欲しいという血の繋がらない娘なりの気遣いだ。

 ではそんな技術を何故もっと早く広めなかったのかというと、ひとえにそれはピーヌスがちゃんと生まれてくるようにするため、というのがある。

 ウェネーヌム夫妻にくっついて貰うまで、東部独立地区には広めるわけにいかなかったのだ。

 その為、今まではサーペンタインや猫又之国だけに広めていた。

 しかしこれからは大手を振って独立地区にも広められる。

 予知能力によれば、あと10年もすれば同性愛はより一般化していることだろう。


「夫婦、子供……ですか」


 思えば長く生きてきたが恋愛に関しては意識したことがなかった。

 もし自分に子供が出来るならば、それはどんな状況なのだろう。

 一応、相手を丸呑みしてから体内で魔力を与えることにより、相手を卵に再組成して産み直しをするなどといった魔法は持っているが……それは真っ当な出産ではない。

 果たして、もしそれを使えば生まれた存在に母として愛着を抱けるのだろうか、血の繋がらない自分を大事にしてくれた母二人のように。


(……そういえば、この能力を明かした時……使用したこともないのに何故か国中に広まって、代名詞のようにされたのは謎でしたね……明かせばどうなるか予知で見ておけばこうはならなかったのでしょうが……迂闊でした)


 今や偏見は消えているのだが……未だにこの能力は広まったままだ。

 この能力に関するイメージを消すには、やはり真っ当に子作りをするのが一番だろうか。

 何はともあれ……それをするにはまず、愛する人というものを見つけなくてはならないのだが。


(恋愛をしている余裕も、今はないですね……)


 ブラエドを滅ぼし、世界を救う……まずはそれからだ、そう考え息を吐くウロボロス。

 その苦難はまだまだ続きそうだった。

 女王の定めと言ってしまえばそこまでだが……。

 少しだけ肩がこるな、とも思ってしまう。

 そんな九百数十歳の昼下がりだった。



「姉上と話していると、色々な懐かしいことを思い出しますね」

「ふふ……そうですね、私達は色々なものを見てきました」


 思い出話に花を咲かせ、過去を思い出すウロボロス達。

 ふと……そんな彼女達の近くで茂みが揺れる。

 そして、一人の男が飛び出した。


「サーペンタイン女王、覚悟!」

「……! 陛下、危ない!」


 兵士が叫ぶが、間に合わない。

 恐らくブラエドの刺客であろう男と、その手に持った刃がウロボロスに迫る……。

 しかし、ウロボロスは振り向きもせず魔術による障壁で男の剣を弾いて見せた。

 全身に障壁を張れば剣の位置など関係ない、わざわざ振り返る必要など無いのだ。


「な……!」


 まるで重厚な鎧で攻撃を防がれたような感覚。

 それと共に剣が動かなくなる。

 男は戸惑うが……その足をウロボロスの尾が払い、転倒したところで男を逆さ吊りの状態にした。


「児戯ですね、若人よ……己の力量を弁えない在り方は、若さ故の眩しさですか……しかしその在り方は同時に罪深く、そして罰は自らの肉体で執行されることとなる……残念です、その眩しさを陰らせなくてはならないなんて」

「つ、強い……なんて奴だ……」

「当然の話です、強くなくては建国以来の女王など出来ませんからね」


 顔を覗き込むウロボロス。

 その蛇の目に見つめられてはもう剣を振るうことさえできない。

 魔術により視線に麻痺効果が付与されているのだ。

 王の威光、オーラ、そういったものを演出するために自然と編み出していった得意魔法の一つである。


「しかしこの状況……もし私を刺せたとしても死んでいたでしょう、あなたは恐らく傭兵でしょうに……そこまでするのはプロ根性というものですか」

「い、依頼とあればこなすのが傭兵だ……殺して、俺も生き残るつもりでいた……足には自信があった、だから……」

「なるほど……中々のガッツですね、伸びしろを感じます……ですかガッツだけでは足りない……根性だけで勝てるほど私は甘くありませんよ」


 足には自信があった、確かにその言葉通り先ほどの俊足は兵士が誰一人として追いつけなかった。

 中々の速さと言えるだろう、そしてその速さが乗った剣技は実に鋭いものに違いない。

 だが……如何せん相手が悪かった、何せ相手は何百年も魔術を鍛えた達人なのだから。

 純粋な剣術ではまず敵わない、そこまで行くにはケラススやワルトのような人間離れした技量が必要だろう。

 例えばいくら強固な防壁を張ろうとも、ワルトのような凄まじい速さで何度も斬られれば限界が来る、何せ防壁を構築し直すより早く一瞬で五連撃が来るのだから。

 そしてケラススの剣技はそもそも防壁を展開しても、その防壁ごと貫かれるのだ。

 しかしこの剣士はそこまで行けてはいない……飽くまで足に優れた常人レベル。

 惜しいことだ、生きていければ伸びしろも有ろうに……。

 そう考えたウロボロスは、理論構築はしていたものの今まで試したことがなかった魔法を思い出す。

 使えば、中々の優良な戦力がサーペンタインに加えられるかもしれない、また少し偏見は生まれるかもしれないが……そうの程度のデメリットがあろうと利益の方が明らかに上だろう。

 そう考え、ウロボロスはほくそ笑んだ。


「せっかくです、あなたは伸びしろに免じて生かして差し上げましょう」

「え……!?」

「代わりに、サーペンタインでその素養を生かして貰いましょう、命の分……忠義で借りを返すのです」

「は、はい、分かりました!」


 ウロボロスの言葉に、男は歓喜する。

 だが……恐怖に閉じていた目を開いた男の視界に入ってきたもの、それは大きく開かれたウロボロスの口だった。

 唾液の滴る大きな口、鋭い牙……内に見える蛇特有の先割れした舌や、大きな口蓋垂……それを見て戦慄せずにいられる者はいない。


「ひ……!?」

「安心しなさい、あなたはこれから生まれ変わるのです……私の中で卵となり、あなたは転生するのですよ、より良き命に」


 ウロボロスと男にサイズの差はそこまで無いはずなのだが、次元湾曲アトラクターとウロボロスが名付けた魔法により、物理法則が歪み男が口の中へ入っていく。

 まるで縮小化されたような状態……麻痺は未だ続き、体内で抵抗することも出来ない。


「や、やだ……やめてくれぇ……」

「恐れず受け入れなさい、さあ……その肉体を内から外から、全て変えましょう」


 声を上げる男に、ねばついて臭いの強い体液がまとわりつく。

 生暖かい液体が体中に入ってくる、その感覚はあまりにも不快だ。

 しかし……体内のあらゆる機関から魔力が送られてくると、男は段々その臭いを良い匂いだと感じるようになってきた。

 体内に液体が入り込む感覚も、少しずつ快感に変わっていく……。

 気付けば男は、もっと欲しいと体液を求めるようになっていた。

 口を自ら動かし、体内を焼いて作り替えていく液体に心身を委ね始める……。


「あ……あ、生臭いの、気持ちいい……い、いや……やめてくれ……あ、でも……」


 男の中には、まだ自分がしている行為への違和感があるようだ。

 だが、思考を溶かしていく温かな快感と共に男は一種の酩酊状態になり、夢見心地で表情をとろけさせる。

 いや……とろけているのは表情だけではない。

 その外皮が剥がれとろけて卵に変わっていくのだ。

 その中で男は、安らかな笑みを浮かべていた。

 脳裏には優しい声が響く……。


『サーペンタインに忠誠を、クリムゾニアに忠誠を、あなたの全てを捧げなさい、あなたは私達に尽くす存在に生まれ変わるのです、それこそがあなたの幸せ』

「はい……全てを……私は……幸せ……」


 呟く男の肉体が脈動し……純白の鱗に包まれた新たな皮膚を形成していく。

 同時に引き締まった筋肉質な体つきは、筋肉量を維持したまま女性的に……。

 そして、顔貌はウロボロスのように蛇そのものとなり、黒髪は全て抜け落ちてしまう。

 目は赤く瞳孔が割れた蛇らしいものへ、そして爪牙は人ならざる鋭さに変わる。

 やがて彼は……いや、彼女は笑みを浮かべると、長く先割れした舌を出して満足げな表情をした。

 だが変化はこれで終わりではない。

 彼女の自慢だった足が癒着し、一本になっていく……。

 骨の構造もより蛇らしくなり、人間だった名残は殆ど失せ果てるのだ。

 最後のとどめと言わんばかりに頭が広がり、コブラのような形状になっていく。

 その快感が全身に迸ると、彼女は蛇腹を撫でて笑みを深くした。

 ……そんな彼女の入っている卵が、ゴロゴロと動く感触がする。

 そして……どうやら、どこかにゴトリと落ちたようだ。


「うふっ……」


 彼女は小さく笑い、卵へ手を伸ばす。

 そして……勢い良くその爪で卵を割ると、自らの意思で孵化をした。

 まるで人だった頃の名残を自ら捨て去ろうとするかのように。


「ああ、綺麗……」


 卵の割れた部位から、眩しい日の光が中に入る……。

 コキュートス大河から吹く涼やかな風も相まって、まるで彼女の再誕を祝福するかのようだ。

 そう感じながら、彼女はウロボロスに頭を垂れた。

 サイズは以前よりかなり小さくなったようで、ウロボロスよりも小さい……まさしく子供の蛇獣人、そんな見た目になっているようだ。

 だが筋肉量など、前の肉体から引き継がれているものも有る。

 そんな肉体を、彼女は何よりも誇っているようだ。


「ああ……素晴らしい体をありがとうございます、お母様……」

「お母様……ふふ、良いでしょう、では……お母様のため、何をすればいいか分かりますね」

「はい! 私ツァンナは自らが所有するブラエドの情報を話し、お母様に尽くします!」


 誇らしげに宣言するツァンナ。

 その頭をウロボロスが撫でる。

 初使用の魔法だが、どうやら上手くいったらしい。

 これが丸呑みして体内で相手を再組成し産みなおすオリジナル魔法……名付けて、卵体回帰リグレッションだ。

 ……ウロボロスが付ける名前のセンスはさておいて、実に有効な魔法だと言えるだろう。

 問題点と言えば、一国の女王が産卵している姿などそうそう見せられないので使用機会は殆ど無いことか。


「それにしても……お母様、ですか」

「……嫌でしたか……?」

「いいえ、ふふふ……不思議だというだけです、歓迎しますよ、我が娘ツァンナ」

「わーい! 嬉しいです、お母様!」


 頭を撫でられ、ツァンナは小躍りして喜ぶ。

 そう……不思議な気持ちなのだ、恋愛の経験など無い自分がこうして急に母となった。

 産み直しの魔法を使う時点でそう思われるであろうことは覚悟していたのだが……それでも少し不思議なのだ。

 そう考えているウロボロスに、ツァンナが抱きつく。

 そしてその顔を見上げた。


「ねえお母様、私も魔法を覚えたい!」

「あら……剣はいいのですか?」

「うん、剣も自慢だった足もくだらないですもん! 時代は魔法ですよ、魔法!」

「ふふ……良いですよ、では教えてあげましょう」


 どうやら敗北により魔法の強さを知って、剣からそちらへ乗り換えるらしい。

 勿論、彼女に見出した伸びしろならそちらでもやっていけることだろう。

 筋力とて、走り回りながら魔法を放つ、拳に魔法を乗せるなどといった使い方があるので無駄にはならないはずだ。

 そう考えながらウロボロスは彼女の頭を撫でる。

 そして同時に思うのだった。

 人に魔術を教えるというのは……ピーヌスと再会した時を思い出す、と。



「あなたが、魔術修行に来たという……」

「はい、ピーヌス・ウェネーヌムと言います」


 テルメ村からの放浪者、ピーヌス・ウェネーヌム。

 彼女が王城へ来たのは些細なきっかけが理由だ。

 王城近くの建設現場で陣頭指揮を行っていた騎士隊の分隊長が資材倒壊により負傷。

 そこを通りかかったピーヌスが得意とする治癒魔法により助け、王城へ礼として招かれたのだ。

 無論、これが予知により後遺症をもたらさない程度のリスクでピーヌスとの縁を作る分岐を見つけたウロボロスによるマッチポンプなのは言うまでもない。


「ピーヌス、良い名前ですね……」

「そうでしょうか、ありがとうございます!」


 どうやら名付け親がウロボロスだということは話していないらしい、

 まあ名付け親などまず聞かないだろうから当然といえば当然か。

 そんなことを考えながら、ウロボロスは意味深長に顎をさすった。

 内心「これだけの動作で雰囲気を出せるのですから玉座は便利ですよね」と思いながら。


「あの……ウロボロス様?」

「ああ、失礼……あなたから優れた魔力を感じていました、あなたはいずれ大成しますよ、私がそれを保証しましょう」

「本当ですか……!?」


 大成する、そう言われて嬉しそうに目を見開くピーヌス。

 そんな彼女へウロボロスは頷く。

 そして自らの手の上に魔力で球を作り、それを消してみせた。

 素直に言ってしまうなら、これも意味深長な意味の無い動作だ。

 しかしこういう動作は威厳作りに役立つ。

 無意味な動きも口にしなければ有意義なものとなるわけだ。


「どうです、よろしければ私のもとで修行をしませんか」

「え……良いんですか!?」

「ええ、私はあなたの才能を枯らしたくはないのです、是非私のもとで学んでいきなさい」


 ウロボロスの言葉に、ピーヌスは「ではお言葉に甘えて!」と歓喜する。

 こうして、二人の新たな関係が始まったのだ。

 母と娘であり、そして同時に師と教え子……。

 そういう関係は世の中を探せばごまんとあるだろう。

 しかし実際は子供は年上の師匠で、母親が年下の弟子……。

 そんなここ以外に存在するか怪しい複雑な関係が始まっていた……。


(……不思議な気持ちですね、母に教わった魔法を発展させたものを他ならぬ母に教えるなんて……)


 座学、実技、スパー……多種多様な修行を重ねるピーヌスを、ウロボロスは複雑そうな表情で見ている。

 こうして親子の時間を以前と違う形で送ること、それに不満が有るわけではない。

 ただ……ここにあと、クリムゾンフレアやミドガルズオルムもいれば完璧なのに……現実は上手くいかないものだ。

 そのもどかしさに少しだけそわそわしてしまう。

 一方、ピーヌスは修行にいっぱいいっぱいで、そういった機微にまでは気が回らないようだ。


「くう……ウロボロス様の障壁、堅いですね……! 全然抜けません……」

「ふふふ……ですがあなたには才能がありますよ、ピーヌス……その才能を伸ばすためにも、一旦休憩してお茶にしましょうか」


 考え事をしていても防壁を張るのは容易い。

 魔術修行におけるスパーリングというのは、片一方が防御を展開し、もう片方が攻撃を行うというのがオーソドックス。

 こうして防壁突破を目指すのだが……。

 しかし、明らかに考え事をしているはずなのに、防壁を越えることが出来ない。

 そんな差を見せつければ、ピーヌスはより奮起するタイプだ。

 しかし奮起のしすぎは体に悪いので、緩急を付けさせるべくウロボロスは休憩に移行しようとする。


「ええ、でも私はまだまだ……」

「そう、あなたはまだまだ大きくなるのでしょう? 大きくなるには休息も必要です、睡眠をしなくては背が伸びないのと同じ理屈ですね」

「なるほど……」

「魔術は心の力、如何にしてどうしたいか……どんな現象を起こしたいかをきっちりイメージし、落ち着いて形にするのです……その為にも休息はしっかり行い、常に落ち着ける心を身につけましょう」


 心技体、その全てをバランス良く維持することこそ魔術修行には欠かせない。

 それをしっかり教え込むことで、ピーヌスはより成長していくだろう。

 母の成長を見守る娘というのはやはり不思議な気分だが、悪いものではなかった。

 この日々がずっと続けば良いのに。

 そう思うほどの時間……だが、時は刻一刻と運命の時へ近付いていく。

 そうなれば修行もどんどん激しくなるものだ。


「行きますよ、ウロボロス様!」

「ええ、どうぞ!」


 修行の中、ピーヌスは多種多様な魔術を習得していった。

 地水火風様々な摂理を操る力だったり、オリジナル魔術を生み出せるほど発展した治癒術だったり……。

 しかし一番特徴的なのはやはり、彼女の代名詞たる毒魔法だろう。


「あの、新技試して良いですか?」

「ええ、どうぞ!」


 意識を集中し、魔術を展開するピーヌス。

 その周囲を魔力が覆うと……物々しい紫の煙が吹き出した。


「これは……! ゴホッ……!」

「うわあ……!? すいません、今治癒を! まさかここまで効果が出るなんて……」


 魔法を中断し、吐血したウロボロスを治癒するピーヌス。

 それによりダメージは一瞬で消えて回復するが……。

 今の魔法は完全に未知のものだった、戸惑いが消えない。


「今のは?」

「えっと……治癒術の原理を逆用して、相手の肉体にダメージを与える魔法を生みだしたんです、さながら毒魔法ですね、これを霧のように散布することで防壁も越えられるかなあと」

「なるほど……ピンポイント形式の防壁では防げない……考えましたね、ピーヌス」


 どうやら、彼女の魔法は吸えば内臓系にダメージを与える霧を出すというものだったようだ。

 末恐ろしい魔法だが……中々に強力だ。

 自分も負けていられない、もっと全身規模で霧が入る余地もない防壁を作らなければ。

 そう奮起すると同時に……あっさりと自分を越えてきたうえに向上の余地に気付かせたピーヌスはやはり本質的に師であり、自分は本質的に教え子……もう教えることは無いのだと確信する。


「……しかし、どうやら私はもう越えられてしまったようですね」

「い、いえそんな……! 私は予見の力も使えませんし、まだまだ……」

「いいえ、単純な実力ではあなたが上ですよ、謙遜はより下にある者を傷つけます、気を付けてください」

「は、はい……申し訳ございません! 自信を持ちます!」


 やんわりと注意され、ピーヌスは頭を下げる。

 そんな彼女を見ながら……ウロボロスは、修行も終わったため、クリムゾンフレアと出会わせるための次の段階へ移行するのだった。


「修行達成の褒美に……良いことを教えましょう、あなたの目標……龍の妻になるという夢を果たすための大事なことです」

「えっ……私の夢のために大事なこと、ですか……?」

「ええ、これからは交易都市ニライカナイで修行をなさい、そして魔力による転移を感じたら……その時、近隣の山に向かうのです、そこで運命の龍人に会えるでしょう」

「う、運命の龍人……! 私がずっと見ていた夢の……?」

「ふふ……ただ、ちゃんと興奮は抑えながら接するのですよ、じゃないと引かせるかもしれません」

「はい、ありがとうございます!」


 一礼し、満面の笑みを浮かべるピーヌス。

 先ほどまで免許皆伝に戸惑っていたのに、両極端なものだ。

 しかしその様子がまた愛おしい……。

 彼女がどれだけクリムゾンフレアを愛しているのか、よく理解できる。


(……ピーヌスお母様、あなたが夢に見る龍人……クリムゾンフレアお母様もきっとあなたを探しています、大事にしてくださいね……)


 その翌日……師弟である事を隠し通す取り決めなどを行い、二人は別れることとなった。

 本当は母とずっと一緒にいたかった、しかしそうは言っていられない。

 わがままを圧し殺し、ウロボロスはキケロ大橋でピーヌスを見守る。


「では、今まで色々とありがとうございました!」

「いえ……向こうでも元気でやるのですよ、ピーヌス」


 ピーヌス、その名に水中のミドガルズオルムが反応する。

 そして彼女はこっそりと橋の上にいるピーヌスを見つめた。

 ミドガルズオルムが見やすいように、と落ちない程度の隙間がある造りになっている大橋からはピーヌスの姿が見える。


(ピーヌスお母様……)


 本当は今すぐ水から出たい、しかしミドガルズオルムはそれを堪えながらピーヌスを見つめていた。

 その日のコキュートス大河は、いつもと違い少ししょっぱかった。

 しかしそれを知る者は川に住む者達しかいない。

 ピーヌスは娘からの視線にも気付かず、悠々とニライカナイへ向かうのだった。

 ……そして、それからしばらく後。


(あれは……!)


 ミドガルズオルムは、水中からまた懐かしい姿を見た。

 空を悠々と飛び回る紅き龍人……。

 クリムゾンフレアの姿だ。


(とうとうこの時が来たんですね……)


 心中で呟くミドガルズオルム。

 そんな彼女の視界からクリムゾンフレアが消えていく。

 ……もっと見ていたいが、そうも言っていられないだろう。

 運命の日は近い、その日に備えて自分も訓練をより行わなくては。

 そう考えながら彼女は泳ぎを繰り返し……コキュートス大河はより激流になっていくのだった。

 一方、サーペンタイン王都メルクリアでは……。


「あれは……」


 慰問のため、そんな名目でメルクリアを歩き……民衆に挨拶をしながら、宿の近辺へ向かう。

 クリムゾンフレアが今日来るのは予知で知っていた、だから探していたのだが……。

 とうとう、カフェのテラス席で女子会をする彼女を発見した。

 思わず息を吐き、じっと見つめてしまう。

 涙が出そうだが……泣いては涙が見える位置の民に不安を与えるだろう。

 必至で堪え、彼女は笑顔で一礼する。

 そして誰かに呼ばれて走り出すクリムゾンフレアの背中を見て、静かに息を吐くのだった。


(……ようやく出会えた……クリムゾンフレアお母様、あなたもピーヌスお母様も今度こそ死なせませんから……)


 決意を深くし、コネクションを築くための策を巡らせるウロボロス。

 こうして、ブラエドとの因縁を築くための旅路……ウロボロスにより決められた道筋が始まったのだ。

 全ては母二人のために……彼女達のためならば、何人だろうと贄と捧げる覚悟と共に……。



「お母様、どうかしましたか?」

「ん……ああ、何でもありませんよ……では戻ったら、早速修行をしましょうか」

「はい!」


 ツァンナを見ながら、ふと彼女は自分のように命をかけてくれるのだろうかと考える。

 いや……かけてくれるのだろうか、ではない。

 自分は彼女を娘に変えたのだ、ならば親として命をかけたくなるような立派な姿を見せる。

 それこそがすべき事……親の義務であり見せるべき背中なのだ。

 そう……クリムゾンフレアとピーヌスが、かつて自分に大きな背中を見せてくれたように。

 だが、地下の世界で去って行く背中……あの時のように、悲しい別離として背中を見せるわけにはいかない。

 そうならぬようにするのも、また自らに課すべき勤めだ。

 ならばここで立ち止まって考え込んでなどいられまい。


「ではミドガルズオルム、私はそろそろ公務に戻るとしましょう、引き続き見張りを頼みますよ」

「はい、姉上! テュシア、姉上をよろしくね」

「ええ、叔母上もお気を付けて!」


 叔母上、そうツァンナに言われてミドガルズオルムは「あ、そうか私叔母になるのか……」と呟く。

 その複雑そうな表情が少し面白くて、ウロボロスはついつい笑みを深くする。

 そして……背を向けると公人としての顔に戻った。


(やれることを全てやるとしましょう……命をかけるべき母二人のために、そして我が子に命をかけたいと思われるために……)


 笑みの代わりに決意を深め、ウロボロスは進んでいく。

 女王としての後戻りできない道を……。

 その先に何があるのかは、もはや機能しなくなった予知能力では見えなかった。

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