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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第八十二話 発展途上の女達

 希死念慮の神に人の生き死にを理解させるため、人と生きさせる。

 マドカ・ティアが行ったその試みは半分成功で半分失敗だったと言えるだろう。

 人の死を尊ぶ気持ちは彼女の中に生まれたが……しかし彼女は未成熟と言える存在にもなってしまったのだ。


「寂しい、お姉様……寂しいよ」


 寂しい、悲しい、お姉様に会いたい。

 そんな気持ちが溢れ出す。

 本来なら人はそういう感情を、時間をかけて受け入れたりはたまた乗り越えたり……そうしてけりを付けていくものだ。

 しかし彼女にはそれが出来なかった。

 悲しみを抱く自分と強く生きようとする自分の折り合いを付けることが出来なかったのだ。

 勿論、そんな矛盾は人間にだっていくらでもあるもの。

 しかし彼女はその気持ちに長い時間をかけて答えを出すことができなかった。

 そして行ってしまったのだ、自らの弱い部分だけを切り捨てるという行いを。

 それは神であるが故、精神の切り捨てを行えるが故の弱さだったのかもしれない。


「早くお姉様に会いに行かないと……」


 辛うじて残っていた神性をほぼ使い1万年の時をかけて天蓋を越え、執念により新たな世界へと向かう希死念慮の神。

 そんな彼女に生み出された分体は置いていかれ……一人、この地で育った。

 もちろんこの地に名残を抱く気持ちの塊である当人としてはそれで満足ではあるのだが……。

 しかし、ピーヌスはそれではいけないと感じたようだ。


「この前来た時はあなたが誰かの未練なら……って納得したけど、でもあなたとクルテルちゃんの関係を知った今なら……納得できないわ」

「え……」


 納得できない、そう強く言い切られたN.N.は唖然とする。

 呆気にとられているのはクリムゾンフレアもまた同じ。

 まさかピーヌスがそう言い出すとは思わなかったのだ。


「人は強い部分だけじゃ生きられない、強い部分も弱い部分もあって……それを受け入れたり乗り越えたりして、前を向いて人は変わっていく……人を知るってマドカ・ティアの願いを叶えたいならそうしないといけないわ、あなたはクルテルちゃんと一つに戻るべきよ」


 どうやらピーヌスはマドカ・ティアの願いを無視し、弱い部分を切り捨てることで都合良く生きているような現状を気にしているようだ。

 確かに……彼女の人を知って欲しいと言う願いを重んじるのであれば、弱さもしっかりと受け入れる必要があるだろう。

 だがN.N.はあまり乗り気ではない……というより、怖がっているように見える。


「……でも、ここを離れたら地下施設の子達が……」

「言い訳に使わないで、いくらでも行き来は出来るでしょ、天蓋は開いているんだから……」


 それを言われてしまえばその通りだ、地下施設の生き物達にはいくらでも会いに来ることが出来るだろう。

 言い訳に逃げるのはあまり褒められたことではない。


「地下施設ってなんだ、ガットネーロ」

「さあ……アタシも知らない、ここの院長……辰巳夫妻っていうんだけど、謎が多かったから……眉唾物の変な噂はあった覚えがあるけど」


 こそこそと後ろで話すガットネーロ達。

 その声を聞きながらクリムゾンフレアは顔をしかめる。

 辰巳夫妻の生物実験、それにより生まれた存在が不死の蛇獣人。

 辰巳ユウコの死が毒によるものだったことや、両親に実験動物とされていたことは話したが……なんだかんだ、ウロボロスの生い立ちといった話はしていなかったのを思い出す。


(……まてよ、ウロボロスか……)


 そう考え、クリムゾンフレアは顎をさする。

 そしてN.N.へ歩み寄ると一礼した。


「そういえばN.N.お前が1000年前に託した卵……そこから孵化した娘に、私達は大いに助けられている」

「……そうなの……?」

「ああ、ウロボロスという娘とミドガルズオルムという娘だ、一時は上の世界での戦いから逃れるべくこちらに住ませていたはずだが……面識はないか?」


 クリムゾンフレアの問いかけに、N.N.は首を左右に振る。

 どうやら面識はないらしい、かつてのクリムゾンフレア達がこの世界を訪れたときの事も覚えていたのだから、記憶にないならばそういうことだろう。


「二人は悲しみへと立派に向き合っているんだ、私とピーヌス……かつて両親と子として愛しあった者を喪うも、悲しみと向き合って前を向いて生きている」


 かつてのクリムゾンフレア、そしてかつてのピーヌス。

 二人を喪うも頑張って前を向き歩いたウロボロスとミドガルズオルム……。

 必死の修練を重ね、神に近い予言の力と神に近い巨体を手にした二人……。

 彼らはまさしく、悲しみと向き合うことでそれを乗り越えた存在だ。


「どうだろう……お前も、彼らのように外の世界で一度……色々なものを見てみないか? それで一つに戻ろうと思うならそれも良し、ここに戻るならそれも良し……」

「……そうね、一度見てそれで決めてみない?」


 見て決める、そう言われてN.N.は考え込む。

 きっとクリムゾンフレア達の言うことにも一理あるのだろう。

 しかし、自分をここへ置いていったクルテルの気持ちも分かる。

 故に、どちらが正しいと言い切ることは出来ない。


「……ねえ、じゃああの……私、本体と相談しちゃ駄目……?」

「本体……ああ、クルテルちゃんと? そうね、それは良いことだと思うわ」


 おずおずと問いかけるN.N.にピーヌスが笑みを向ける。

 N.N.が少し前向きになってくれたのが嬉しいのだ。


(……しかし、前を向く……か)


 人は強い部分だけでは生きられない、強い部分も弱い部分もあって……それを受け入れたり乗り越えたりして、前を向いて人は変わっていく。

 ピーヌスの言葉を反芻しながらクリムゾンフレアは静かに頷いた。

 その瞳には、確かな決意が宿っている。

 生きるという道程において弱さは切っても切れない存在だ。

 それと向き合うのは人生最大の命題の一つ……。

 ピーヌスがそう言うのであれば、自分もピーヌスに恥じぬ存在になるべく努力せねばなるまい。


「N.N.もしかしたら偉そうなことを言っているように聞こえるかもしれないが……私達もまだ発展途上なんだ、一緒に成長していこう……それもまた生きるということだからな」

「うん……少し考えてみるね」


 生きている限り人は一人ではない、一人になどなれない。

 だからこそ共に成長していく……それができるし、それをする必要性もまた存在する。

 それもまた生きるということの一つの側面だろう。

 どうかN.N.にもそれを学んで欲しい、不要な部分を切り離された存在だからと、放置されて一人きりで在り続けるなんてやめて欲しい。

 ピーヌスはそう考えながら、N.N.の手を握るのだった。



 数分後、病院のエントランスにて……。

 話もまとまったところで外に出ようとしていたクリムゾンフレア達。

 だが……ふとガットネーロが立ち止まる。

 

「そういえば……ちょっといいッスかね」

「ん……? どうかした?」

「せっかくの古巣ッスからね、昔懐かしの詰め所とかも見ておきたくて、ちょっと行ってくるッス」

「あ、じゃああたしも行くよ、色々見てみたいからな、三人は待っててくれ」


 一行を離れ、スタッフ詰め所の方へ歩いて行くガットネーロ。

 ルーヴはその隣に並ぶと……軽くガットネーロを肘で突いた。


「……で、何企んでるんだ?」

「企んでるなんて失礼な、ちょっとこれからの戦いに役立てられる物が無いか見たいだけだよ」

「役立てる? 監察医の道具をか?」


 ルーヴの問いかけに、ガットネーロは「違う違う」と指を振る。

 そして……スタッフ詰め所のドアを蹴り開けた。

 しかしホコリ一つ舞わない……。

 この世界は本当に、既に終わってしまった世界なのだと嫌でも理解してしまう。

 ルーヴはそんな感傷に浸っていたが……対するガットネーロは、気にした様子もなく奥へ歩く。

 そして……。


「おっ、ラッキー! アタシが使ってたころのまんまだ……!」

「それは……キッチンタイマー?」


 ガットネーロが手にしたのは、トマトの形をしたキッチンタイマーだ。

 それも電池式ですらない……。

 古式ゆかしき目盛り式、手回しで動かしたレバーが目盛りの一定位置に到達すると爆音を鳴らす……といったタイプの物だ。


「そんなものをどうするんだ……? あたし達が生きてた時代ですら大分旧式……祖父くらいの世代のもんじゃないか」

「なあに、馬鹿と鋏はなんとやら……確かにこれは旧世代の遺物で、当時すら上長から早く買い換えろって言われてたブツだけど……そう言えるのは知ってるから、でしょ?」


 そう言うとガットネーロはレバーを軽く動かし、音が鳴るのを確認する。

 そして……。


「何も知らなければ……この物体はどういう印象になると思う?」


 問いかけながら、悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 無知というのは時として大いなる勘違いを生む物。

 それは日本の歴史において日本へ迷い込んだ外国人が天狗と勘違いされたという逸話などからも分かる物だろう。

 まあ、神や悪魔も実在すると分かった以上、天狗と呼ばれた存在ももしかすると悪魔だったのかもしれないが……。

 閑話休題(それはさておき)、キッチンタイマーの存在を知らない人物にこれを見せつければどうなるか……。

 ガットネーロはそれを確信しており、今後の戦いに有効活用しようと考えているらしい。

 その様子を見ながら、ルーヴは「変なことにならなきゃいいがな……」と肩をすくめるのだった。

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