第八十一話 あの頃を少し思い返して
「あれ……君達、クリムとピーヌス……それと知らない人?」
病室の前で話し合うクリムゾンフレア達。
そこに、一人の少女が歩み寄ってきた。
その外見を目にして……ルーヴとガットネーロは共に驚愕する。
「クルテル……?」
「ここで何してるんスか……?」
「ううん、私はクルテルじゃないよ、私はノーメン・ネスキオー……略してN.N.っていうんだ」
自己紹介をして笑うN.N.にルーヴは「別人なのか……」と意外がる。
一方で、ガットネーロは「名無しの権兵衛ちゃんッスか」と名前の意味を考察しているようだ。
「久しぶりだな、N.N.……なんだか大分時間が経ったように感じてしまうよ」
「うん、少しあわない間に二人とも……少し雰囲気が変わったね、クリムは1000年前の友達に少し似てきたかも、で……そこの狼の君と猫の君は?」
「実は……この二人は、この世界の記憶を持っていて……」
問いかけるN.N.にクリムゾンフレアは事情を話していく。
ここにいる四人はこの世界の者と前世来世の関係にあり、その記憶を有していること。
そして世界の成り立ちを説明するためといった理由でここまで来たことなど……。
その説明を、N.N.はうんうんと聞いているようだ。
「そっか、世界の成り立ちを理解しているんだね」
「ああ、お前の本体と色々話してな」
本体、そう聞いてルーヴとガットネーロはそれがクルテルのことだと察する。
前世と来世ではなく、本体と分体……。
そう聞くと、クルテルが特別な存在だと言うことがよく分かるようだ。
「そうなんだ、ねえ……良かったら私も聞いて良いかな? 世界の成り立ちとか、本体のこととか……」
「ああ、せっかくだからな……お前にも話すとしようか」
腕を組み、クリムゾンフレアは息を吐く。
さて、どこから話したものか。
両親の罪からか、辰巳ユウコのことからか……。
いずれにせよ、自分や身内が大きな原因となった災厄を話すのは……もはや当人で無くなったとは言え、どこか気恥ずかしさがあった。
「む……」
「おっ……? どうかしたか、クルテル……いやぁに顔をしかめるじゃねえか」
「なんというか……私の残してきたものに、また誰かが触れてるのを感じる……」
復興作業中のテルメ村にて……復興作業を中断して息を吐き、クルテルは空を仰ぎ見る。
本来ならもはや触れられるはずがないものに触れられるのは、神とてあまり良い気分ではないらしい。
人間の感覚で言うところの、背中にこそばゆさを感じる……といった気分だろうか。
「残してきたもの、ねえ……」
「たとえば……人で言うならなんだろう、お姉様は子供の頃日記帳付けなかった? それを見られるような気分」
「そいつぁまた……そんなことになっちまえば、背中がむず痒くて仕方ねえな」
なんとも言えないたとえに、ケラススは目を細める。
子供の頃の日記帳、もはや何が書いてあったかも思い出せないが……。
もしそれが発掘されて、読み上げられようものなら……顔中真っ赤にしながら叫んでしまうかもしれない。
「ガキの頃、かあ……」
「お姉様は、どんな子供だったんですか?」
どんな子供だったか、そう言われてケラススは笑みを浮かべる。
笑み……といっても若干苦笑交じりの、しかし完全に苦笑というわけでもないものだ。
若い頃を振り返るというのは、大人にとって恥ずかしくもあり懐かしくもあり……一つの感情で「こうだ」と語れるものではない。
どうしても清濁が綯い交ぜになったような、複雑な感情を抱いてしまうのだ。
「何もないガキだったよ、継承権もなく研究機関にも関われない、クレフティス家の末端……姉貴にゃあそれなりに可愛がられてたが、手の中には何もないガキだった」
ケラススはそう言い、建材を地面に置いた。
そして助走をつけると……走り幅跳びの要領で建材を飛び越える。
俗に言うところのはさみ跳びという跳躍方法だ。
「だから、何かできることはねえかと思って……騎士を目指してみようと鍛え始めた、もっとも鍛え方なんて教えてくれる奴ぁいねえし……士官学校に行かせてもくれなかったから、自己流だったけどな」
「なるほど、今の力は若い頃からの努力のたまもの……っていうことなんだね」
「よせやい……そういうの言われると照れるんだよ」
頬を掻き、再度ジャンプするケラスス。
彼女は勢い良く建材を飛び越えて、クルテルの隣に戻ってきた。
「最初に始めたのが幅跳びだったな……俺の背より小さい生け垣があって、そこを毎日飛び越えてた」
「なるほど……でも、生け垣ってだんだん……」
「おう、どんどん伸びるから要求される跳躍力はどんどん高くなって……ありゃ一種の意地だったな、俺と植物の意地がぶつかり合ってた」
ともあれ、そんな意地のぶつけ合いを制したのはケラススだった。
おかげで筋肉もどんどん発達していき……跳躍力は剣術の勢いにも生きている。
防御不能の剛剣、その一端を担うものこそ跳躍力だ。
「剣は完全に我流だったな……古い剣を姉貴に貰って、一心不乱に練習した」
「積み重ねたんだね、何度も何度も……」
「おう、足が自慢だったから、足をメインにした体術と組み合わせたりして……姉貴からは乱暴で貪欲な剣とも言われたな」
つばぜり合いの最中に蹴りで不意打ちを食らわせるなど日常茶飯事。
誇りや作法よりも生きることを最優先し、手段を選ばず勝ちを取る剣術はまさしく傭兵らしいスタイルだと言える。
「何もなかった反動なのか、あの頃は何でも出来ると思ってたな……今よりも傲慢だった、でもだからこそ国を捨てることも迷わず出来たんだよな」
今のような実力に裏打ちされた自信ではなく、若さ故の傲慢さ。
妹たちのためのポーズではなく、心の底から自分は何でも出来ると思っていた頃。
そんな若さを思い出し、ケラススは笑う。
そして……赤くなると、頬を掻いた。
「なんか、こう思い返すってなぁやっぱ気恥ずかしいな……クルテル、お前さんの昔も聞かせてくれよ」
「……私の昔……」
話を振られて、クルテルは目を逸らす。
自分の後悔が人に触れられていることの気恥ずかしさから、ケラススの話に集中していたが……。
こうやって矛先が向くと自分の過去が触れられていることを思い出してしまうのだ。
「……うん、しょうがないか……じゃあ全部ではないけど……話すわ」
目を細め、クルテルはもじもじと身をよじる。
全部話すのは流石に無理だとして……どこまで話したものか。
自分が過去に何を見て、何を感じたか……神に忘れる機能は無い、故にその記憶は全て残っている。
だが……思い返せば思い返すほど、言うのが恥ずかしいこともあるのだ。
悩ましい、そう感じながらクルテルは少し息を吐くのだった。
「……こうして、世界の滅びを乗り越えた者達はこの古い世界に隔離され……その後老衰を迎えて死亡、希死念慮の神は新たな世界へと力尽くで向かい……そしてその未練がここに取り残された」
「それがN.N.で……希死念慮の神はクルテルって事か?」
「世界の滅びを防ぐとかそんな話の時点でだいぶ壮大だと思ったッスけど、更に壮大ッスねえ……」
世界の成り立ち、N.N.とクルテルの関係……それらを聞き、ルーヴ達は息を吐く。
一方、ピーヌスは辰巳夫妻の所業が今も納得いかない……といった様子だ、ヴィトヒェンと出会ったときの不愉快さを思い出してしまうのだろう。
「ああ……なるほど、うん……少し思い出したかもしれない、こっちに来て」
N.N.は窓から病院脇にある公園を指さして、そこにある墓を見せる。
小さく簡素な墓だ……数は6人分存在しているらしい。
「これはまさか……」
「うん、私の本体……いや、まだこれを作った頃は一つだったから私かな、私が作った皆の墓だ」
そう言い、N.N.は墓をじっと見つめる。
何故この墓を愛しいか、それすら分からなくなっていた。
神に忘却する機能は無いが、記憶を殆ど与えられず心だけを切り取った分体として生み出されたN.N.には今までこの墓を愛おしむ理由がなくなっていたのだ。
だが、大元が同じだからだろうか、言葉で聞いてみれば何故この墓を慈しむのか……その理由がよく分かる。
しみじみ思い、腕を組むN.N.……。
しばらく静かな時間が流れるが、それを断ち切るようにピーヌスが手を挙げた。
「……ねえN.N.ちゃん」
「ん……? どうかした?」
「あなたが神の一部としての自覚を取り戻したことだし……私の考えてることを、したいかどうか聞きたいのよ」
ピーヌスはそう言うと、N.N.をじっと見つめる。
そして……。
「上の世界に……来てみない?」
静かに、彼女の……いや、自分達の運命がこれから大きく変わるかもしれない問いかけを、N.N.へと飛ばした。




