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転生先は箱庭ゲーム!? 龍の女帝はただ生きていたい  作者: 光陽亭 暁ユウ
第二部 黄昏の章 ―― 夏秋戦争の幕開け ――
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第八十話 運命の螺旋は鎖が如く束縛する

 穏やかな夜が流れ、然らばやがて朝が来る。

 それは自然の理であり、逃れられない必然だ。

 そんな朝の訪れに、人々は美しさを感じたり、安らぎを感じたり、逆にもっと寝ていたいと惜しんだり……様々な気持ちを抱く。

 人により、日により、体調により、状況により……どういう感情になるかはバラバラだ。

 さて、今日のクリムゾンフレアは……。


「宴が終われば待つのは執務か……」

「ぼやかないぼやかない、一つずつ潰していきましょ」

「そうだな……ええと、次の書類は……ルイン村との交易路開拓資金か……」


 若干うんざりした顔で、書類整理を行っていた。

 同盟樹立記念会食は終わり……出撃日が決まるまでは、各員復興作業や修行など各々がすべきことに従事して待機という事になったのだ。

 というわけで、出撃日を決めるために遠征でたまった分の執務を片付けなければいけないわけだが……。

 例えばルイン村と主従を結ぶにあたり条件として提示された「サーペンタインや猫又之国との交易路の開拓」といった大きなものから、温泉施設が焼き討ちで壊れたテルメ村が「温泉に変わる名産品を考えたい」といった小さなものまで……。

 大小様々、種々雑多、多種多様……兎にも角にも色々な問題が山積みになっている。


「あと何枚有る……?」

「残り200枚位かしら……」

「ううん……」


 龍に肉体的疲労はないが、精神的疲労は来るもの。

 感じないはずの肩こりを擬似的に感じてしまうくらいだ。

 一種の幻肢痛のようなものだろうか?

 そんなクリムゾンフレアの顔を、ピーヌスが覗き込む。

 そして、イタズラっぽく笑みを浮かべた。


「息抜きでもする?」

「……だな、するか……」


 息を吐き、腕を伸ばすクリムゾンフレア。

 集中が続かない状況で無理に集中しようとすれば、かえって効率は低下する。

 ならばここで休憩を挟むのは悪くないだろう。


「しかし問題は……どう息抜きをする?」

「そうねえ……散歩でもする? 城内や国内各所をのんびりと」

「散歩か……」


 確かにそれは良い、ちょうど執務室の殺風景さと書類の山を見飽きていたところだ。

 そうと決まれば、善は急げというものだろう。

 クリムゾンフレアは立ち上がるとピーヌスに手を差し伸べた。


「ふふ、ありがとう」


 手を掴んで立ち上がるピーヌス。

 エスコートはやはり帝たる者の勤めだろう。

 クリムゾンフレアはそう考え、彼女を連れて歩き出すのだった。



「ふう、やっと帰ってこれたか……」

「そッスねえ、往復一週間もしてないッスけど、気分的には長い旅だったって感じッス……あんなことがあったからかなあ」


 一方その頃、クリムゾニア城の有る山の下では……ルーヴ達が戻ってきたようで、四人並んで山を見上げている。

 そんな中、ガットネーロの言葉に疑問を抱いたのか、ルーチェが首をかしげた。


「あんな事?」


 あんな事、それが何を指しているのか分からない様子のルーチェ。

 それも当然だろう、ルーヴとガットネーロに何が起きたのか……それを知っているのは本人達とズワールトだけだ。

 まさか、自分の寝ている隣で悪党がまるでマグロ解体のようにバラされて、臓器博覧会を行われていたなど知るまい。

 そんな彼女へ、ガットネーロは静かに笑みを向けた。


「ちょっと……ね」

「……? 気になる……うわっ」

「やめておけルーチェ……好奇心は猫を殺すぞ」


 気になる、ルーチェはそう言い目を細める。

 もしかすると……あわよくば自分を脅してきたガットネーロの弱みを握ることで対等の存在になろうという狙いが有ったのかもしれない。

 だが……そんなルーチェの肩を引き、ワルトが耳元で囁く。

 その姿を見ながらガットネーロは笑みを深くした。


「はは、分かってるッスねえ、アタシはそういう奴ッスよ」

「ひっ……!」


 舌舐めずりをするガットネーロに、ルーチェが慄く。

 だがその瞬間、ルーヴがガットネーロの頭を軽く叩いた。


「脅すな脅すな……別にあたしらはアンタと事を構えるつもりはないさ、ズワールト」

「そうか……高く買ってくれたな」

「結局今回の旅路でもよく分からなかったが、剣豪なんだろう? 迂闊な真似はやめとくさ」


 肩をすくめるルーヴ、その慎重さにワルトは内心で感心する。

 自分の逸話をよく知らず、剣豪という話だけ聞いた者の中には無謀な挑戦をして返り討ちに遭った者が幾人もいた。

 対するルーヴは逸話は知らないながらも、しっかり警戒して事を構えないようにしている。

 その慎重さは中々良い心掛けだ。


「ふ……同じ保護者だ、友好な関係を築いていくとしよう」

「だな、互いの苦労話でもして酒でも酌み交わそうじゃないか、剣と斧を交えるよりその方が百倍いい」


 どうやら、同じ問題児の保護者ポジションとして親近感もあるらしい。

 二人はがっつりと互いの腕をクロスさせ、笑い合う。

 仲が良いのは良いことだ、だが……ルーチェは少し納得いかないらしい。


「このクレイジーと同類扱いですか? 私……」

「お……文句あるんスか? 仲良くしましょうよ、ねえ? 山賊ちゃん」

「ひ……! そういうとこが怖いんですってば……!」


 ドン引きするルーチェの背後を取り、顎を肩に乗せるガットネーロ。

 そんな彼女に髪を掴まれるわ耳へ息をかけられるわされ、ルーチェは思わず飛び退いてしまう。

 年齢差は結構あるのだが、身長差がそこまでないだけあって、絵面的には同年代の戯れだ。

 しかし微笑ましくはない、それはルーヴから見てもそうだったようで、呆れながらガットネーロを小突いた。


「だから脅すなって、ほら……行くぞ」

「えー、もうちょっと遊びたいんスけど」

「人様で遊ぶなよ……ったく」


 引っ張られ、歩いて行くガットネーロ。

 その姿を見ながらルーチェはほっと一息つく。

 どうも彼女は苦手なのだ。

 今や他者を恨む側に回った自分も、元は他者を恨む権利なんて存在しない恨まれる側の人間だと言うことを嫌でも理解してしまうからだろうか。

 それとも純粋に生命の危機を感じるからだろうか……それは分からない。


「ルーチェ」

「ワルトさん……」

「恨まれるのは慣れないか?」


 ……分からないつもりでいたが、ワルトは理解してくれているようだ。

 そんな彼女の問いかけに、ルーチェは歩きながら黙り込む。

 上手く言葉が出てこないのだ。

 山賊時代は楽しかった、だが所詮山賊……裕福ではなく生きるのに必死で、だからこそ山賊をしていたわけで。

 当時は目の前の人間を人間と感じる余裕すらなかったのかもしれない。

 それが今はどうだろう、人間を人間として認識する余裕がでて……他者に恨みを向けられた。

 そうなると……思ってしまうのだ。


「今まで、ただの獲物だと思っていた相手にも個々の意志があって、家族がいるんですよね」

「そうだな……」

「それを思うと、震えるんです……きっと彼らは皆私を恨んで逝った、なら私に人を恨む権利なんてないし、もしかしたら生きてる権利も居場所も無いんじゃないかって」


 立ち止まり、しゃがみ込むルーチェ。

 震えが止まらなくなってきたのだ。

 ガットネーロに恨みをぶつけられてからずっと考えていた、しかし触れないようにしてきた……。

 しかしそれも限界らしい。


「……ダメですね、もうどうしていいか分からない……」

「……生きる権利に、居場所か……」


 目を細め、ワルトは顎をさする。

 人を恨む権利に関しては、高説垂れられるほど偉い人間ではない、そうワルトは考えている。

 しかし、残り二つに関しては言えることがありそうだ、そうも思った。


「まず……生きる権利は誰にだってある、そこから価値を作れるかは自分次第だが……」

「価値を、作る……そうですよね、立ち止まらないで価値を作らないと行けないんだ……じゃなきゃ居場所なんて」


 そう言い、ルーチェは立ち上がる。

 そして、居場所なんてないと言おうとするが……その言葉は最後まで紡がれなかった。

 ワルトが抱きしめたのだ。


「居場所は、オレが作ってやる」

「……!」

「オレが、なってやるさ……お前の……居場所に」


 ワルトの囁きに、ルーチェは感涙しながら抱きしめ返す。

 その姿を立ち止まってみながら……ルーヴは目を細めた。


「報告はこっちでしとく!」

「分かった! ……気を遣わせたか、ふ……」


 笑みを浮かべるワルト、その腕に抱かれながらルーチェはただただ顔をうずめる。

 一方、ルーヴはごちそうさまと言わんばかりに息を吐いていた。

 若干あてられてしまった感があるのか、少し恥ずかしそうでもある。


「恨む権利ねえ……誰をどう恨み、どう思うかなんて個人の自由じゃない?」

「誰もがそうやって、お前みたいに割り切れやしないのさ」


 ガットネーロの問いかけに、ルーヴは肩をすくめる。

 そして顎をさすると周囲を眺めた。

 誰も近くにはいないようだ。


「それより……分かるよな、これはチャンスだ」

「ああ……聞くの?」

「そうだ、クリムとピーヌスに……アイツらも転生前の記憶を持っているのか聞く」


 二人きりになったのはチャンスだ。

 クリムゾンフレアとピーヌスに前世の記憶が有るか……聞くには良い機会。

 そう考えて二人は進んでいく。

 勿論、聞いて何になるのかという話ではあるが……。

 もしかすると確かめたいのかもしれない、転生者は自分達だけではないと。

 仲間がいる、数がある。

 それは安心感をもたらすものなのだ。

 そう考えていると……山道の途中で、クリムゾンフレアの姿が見えてきた。

 ピーヌスも一緒にいるらしい。


「あ、クリムさんッスね」

「ん……? ルーヴ、ガットネーロ、帰ってきたのか……無事で何よりだ、他の二人は?」

「ああ……取り込み中だ、それより二人は何故ここに?」

「執務の休憩に、散歩でもしようと思ったの」


 執務休憩、そう聞いてルーヴとガットネーロは顔を見合わせる。

 ちょうど良い機会、そう思ったのだ。


「なあ……今暇なら、少し時間あるか?」

「ん……? ああ、いいが」


 ルーヴの問いかけを快諾するクリムゾンフレア。

 そんな彼女に頷き、一同は人気の無い森へ入っていく。

 そしてルーヴは嗅覚をフル活用して周囲に誰もいないことを確かめると……二人の顔をじっと見た。


「こんな事を言ったら、何を言ってるのかと思うかもしれないが……あたし達は、前世の記憶を思い出した」

「……!?」


 ルーヴの言葉に、目を見開いて驚愕する二人。

 それを見て、ルーヴはやはり自分の推測はあっていたのだと確信する。


「お前達もなんだな?」

「……そうだ、私もピーヌスも……前世の記憶を、かつてあった世界の記憶を持っている」


 かつてあった世界、そう言われて今度はルーヴが目を見開く。

 その呼び方は予想外どころか、最悪の想像をさせるものだからだ。

 あの世界で最終的にどう死んだか、それは思い出せない。

 だがもし今の言葉から想像する通りだとするなら……。


「あの世界は……滅んだの?」

「……ああ」


 ガットネーロの問いかけに、クリムゾンフレアが頷く。

 一方ピーヌスは、初めて聞くことではあるがルイン村の地下を見た記憶から覚悟はしていたようで動じていない。

 そんな二人を一瞥した後、ルーヴは「そうか……」と静かに呟く。


「そうだな、こっちの世界に1000年前があるんだ、あっちはもう滅んでいてもおかしくないか」

「……そういうことじゃないんだ、世界の成り立ちがそもそも……あの世界の滅びの上に、この世界が成り立っているんだ」


 説明するが、どうも二人はピンときていないらしい。

 確かにこればかりは、口で説明しても説明しきれないだろう。


「……しょうがない、ピーヌス、ルイン村に行こう」

「……ああ、あそこに連れて行くのね」

「あそこ? どこッスか?」


 ルイン村ならば、一日もせず帰ってこられる距離だ。

 それを活かして……クリムゾンフレアは、実際に見せることに決めたのだ。

 あの遺跡の中を……。



 ルイン村の遺跡……その奥深く、そこには長い長い空洞があり……奥にはビルが並んでいる。

 その様相を見ながら、ルーヴとガットネーロは息を呑んだ。

 クリムゾンフレアの腕に抱えられながら、二人はただただ見覚えのあるビルを見つめている……。


「こ、ここは……」

「覚えている……私の知る時代と少し建物の配置が違うけど……ここは(あま)()()()()()(いえ)だ……」


 愕然とする二人……その震えが伝わってくる。

 クリムゾンフレアの腕へと伝わる震え。

 それは改めて、自分達が直面している事実の大きさを実感させてくれるものだ。


「……二人は流々宮を知っているの?」

「知ってるも何も……住んでいたんだよ、あたしもガットネーロも……」

「そうそう……アタシは病院の監察医だったなあ……」


 病院、そう言われてクリムゾンフレアはドキッ、と胸が高鳴るのを感じた。

 二人を地面に下ろしてから……クリムゾンフレアは静かに口を開く。

 だが声が上手く出せない。

 代わりと言わんばかりに……ピーヌスが深呼吸をする。


「ねえ……もしかして、その病院って……天子田市総合病院?」

「そうだけど……、もしかして二人もここの出身なの?」

「……それも道すがら説明するわね」


 ゆっくりと、先導するように街を歩くピーヌス。

 その視線の先に……総合病院が見えてくる。

 それを目にした瞬間、ガットネーロは勢い良く走り出した。


「懐かしい……! アタシの古巣だ……あの綺麗な白壁が、こんな薄汚れて……」

「……ほんと懐かしいな、骨折治療に来ていたのを思い出す」


 懐かしむ二人、その脇を通りピーヌス達が中へ入っていく。

 彼女達に先導されるまま……6階へと進む。

 6階、それはガットネーロ達にも少し思い出がある場所だ。

 そんなフロアのこれまだ思い出深い場所、辰巳悠子と書かれた重病者室……そこをクリムゾンフレアが指さした。


「……ここが、かつての私が生きて死んだ場所だ、私のかつての名は辰巳ユウコ……」

「そして、私はその親友……松田莉子だったのよ」


 そう告げながら、二人が振り返る。

 その顔を見ながら、ルーヴとガットネーロは思わず硬直してしまった。

 それもそうだろう、予想外すぎる名前が出たのだから。


「お前が莉子……? そしてその友達の辰巳……? 嘘だろ……?」

「い、院長の娘の……? マジ……?」


 この反応は流石の二人も予想外だ。

 硬直に対して硬直を返すような、まるで硬直合戦とでも言うべき状況が生まれてしまう。

 そんな中、最初に口を開いたのはクリムゾンフレアだ。


「知っているのか……?」

「知っているも何も……あたしは、かつての世界では新堂飛鳥……ピーヌス、お前なら覚えてるだろ……松田莉子のご近所さん、年上の友人だった女子野球選手だよ」

「えーと、アタシはたぶん覚えられてないだろうけど……高山蛇夢、ここの監察医で飛鳥と一緒にお見舞いに来たりしたね」

「え……!?」


 クリムゾンフレアは生前ですら忘れていたので、現世でもちゃんと覚えていないようだが……ピーヌスはそうでもないらしい。

 骨折により休養し、そのまま行方不明となった友人……その記憶は莉子の記憶を取り戻した時点でしっかり甦っているし、駆け落ちではと当時噂された医者も忘れるわけがないのだ。


「嘘でしょ……私達、前の世界から繋がりがあったの……?」

「らしいな……なんだこれは……運命か何かか……?」


 クリムゾンフレアとピーヌス、ルーヴとガットネーロ。

 この組み合わせはまだ強い未練と願いが現世に影響を及ぼした事例として納得が出来るが……。

 しかし繋がりはあれども強い未練というわけでもなかった者どうしがこうして巡り会ったのは、何かしらの運命としか思えない。

 そんな驚愕と不安を抱きながら、四人は見つめ合い……静かに沈黙が続くのだった。

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