其の弐 夜雨
俺に引き続き、晴香と雄馬もこちらの世界に入ってきた。後ろを振り返るとあっちの世界との境目は無くなっていた。
今、俺たちが居るのは山の中腹あたりであろうか。それにしても陽が照りつけて暑すぎる。
「ねぇ、ここからどうするの?」
晴香がマフラーを首に巻きながら問いかけた。って暑くないのかよ。
「そうだなぁ。こっちにはもう他の受験生が居るみたいだし、とりあえず探してみないか?」
「オッケー」
俺たちは険しい獣道を進んでいった。草木が行手を阻んでいる時には、マロに一掃してもらっている。どうやらゼンマイを少し回すだけでもかなりの時間動くようになっていたようだ。随分とスムーズに歩けるようになった。
出発地点から30分くらい歩いただろうか。一向に他の受験生が見つからない。
「全然いないなぁ。もう下に降りちゃったんじゃないか?」
「いや、ちょっと待って。あそこに何かいるよ」
雄馬が指を指した方向に姿は見えないが、草むらが揺れている。小さい何かが草むらを移動しているようだ。目で追っていると三度笠が草むらから顔を出しているのを見つけた。
「妖あやかしだ」
俺はみんなに小声で呟き、マロに目で指示を出した。マロがコソコソと妖が動いている、草むらの辺りを一掃した。すると、ひえっという言葉と共に目が丸っこい子供が現れた。いや、小僧という言葉が似つかわしい。マタギを身に纏い、傘の下には丸坊主の頭が隠れている。
「お前、何者だ?」
「あ、あっしは雨降り小僧の粒吉だな。お前たち、まさか魃ひでりがみの手先か?」
「何言ってんだ?」
俺が紫電一閃丸を引き抜いて、構えると、またヒェッと言ってその場に尻餅をついてしまった。
「や、やめるんだな。た、助けてほしいんだな」
そう言うと、粒吉とか言う奴は両手を合わせて、顔の上に上げた。
「妖怪のくせに俺たちを油断させようとしているんだろう。みんな、気を抜くな」
「ん?もしかして、お前たち本当に魃の手先じゃないのか?」
「さっきから魃ってなんのことだよ」
「知らないないんだなぁ・・・。そいつが生きている限りここらの地域はずっと晴れ続けて、旱魃を起こしちまうっちゅう話だな」
「ふーん。で、お前は何者なんだ?」
「あっしは夜雨よさめ殿の使いの者だな」
「夜雨殿っていうのは誰なの?」
「あっしらのぼすだな。魃を倒すために今、画策している最中なんだな。夜雨殿は聡明で素晴らしい方だな。でも、難儀している所なんだな」
「なんで?」
「あっしらには奴を倒す力がないんだな」
「これはこいつを助けて魃を倒すのに協力した方が良さそうだ」
「そうね。これも合格条件に関わっているはず」
「じゃあ、お前らを俺たちが助けるよ」
粒吉は目を見開いて驚いた。
「いや〜ありがたいんだな。じゃあ早速、ぼすの所に連れていくんだな。付いて来るんだな」
俺たちは粒吉の後をついて行き、険しい山道をさらに奥まで進んでいった。陽が木々に遮られ暑さは和らいでいる。
粒吉があそこと指を指した方向を見ると、少し大きめの掘建て小屋があった。てっきり、ボスがいるといったもんだから、荘厳な建物かと思っていたので少し残念だ。
粒吉が入れ入れと後ろから急かしてくるのでボロボロの扉から中へ入った。
少し長めの薄暗い廊下を進んでいくと湿っぽい部屋に着いた。
「お前たち、ここが夜雨殿の部屋なんだな。しっかり挨拶をするんだな」
粒吉はそう言うと、先に事情を伝えてくると中に入って行ってしまった。その少し後、俺たちも恐る恐る中に入ると粒吉の他には誰もいなかった。しかし、木の床に何故か水溜りができている。
「いないじゃん」
「何を言ってるんだな!そこに居られるんだな!」
「どこだよ!いないじゃないか」
「ここに居られるんだな!」
粒吉は床の水溜りを指した。
「えっー!これ?!」
俺たち3人が驚くと水溜りが変形して人間の形になった。当然、水なので不安定な形だ。
「うわっ!」
その夜雨とか言う奴は驚く俺たちを一瞥すると、喋り出した。
「あなた方が我々を助けてくれると言うのか。名はなんと言う」
「お、俺は佐久間陽一」
「私は神崎晴香」
「ぼぼ、僕は浅木雄馬」
「陽一殿、晴香殿、雄馬殿よろしく頼む」
「あっはい、こちらこそよろしく。ところで魃ってのは詳しくはどんな妖怪なんだ?」
「奴は天候さえも操る化け物だ。時々、ここのような深山に出現して旱魃かんばつを起こし、山の草木を全部枯らしてしまう。つまり、奴を殺さないとここに住む生き物たち全員が食べるものも無くなって死んでしまう」
「なるほど。で、そいつはどこにいるのかわかっているのか?」
「いや、わかっていない。見かけた者はいるのだが、おそらく奴は休まず、ずっとここら一帯の山地を動き回っているようなのだ」
「じゃあ、まずは見つけるところからだな」
「そうだ。お主らは我の子分である3人と行動を共にし、奴を見つけてくれ。みんなはここらの山の事には詳しい。きっとお主らの案内人として役立ってくれるであろう」
夜雨がそう言うと部屋の入り口からもう2人雨降り小僧が出てきた。
「俺は霧雲。よろしく」
「おいらは傘次郎よろしくな」
霧雲と名乗る方は目がキリッとして、クールな印象。頭に被っている傘も青みを帯びていてオシャレだ。一方、傘次郎の方は腕の筋肉が発達しているようで、傘も黒く大きい。眉間にシワを寄せているので怒っているような顔をしている。
「粒吉は陽一殿と。霧雲は晴香殿と。傘次郎は雄馬殿と行動を共にせよ。見つけても手は出さないこと。粒吉、霧雲、傘次郎、その時は笛を吹いてみんなに知らせるんだ」
「はっ!」
「でも、それじゃあバレちゃうじゃない」
「いや、こいつらが持っている笛は我々にしか聞こえないよう細工が施してある」
それから俺たち三組は外に出て、三方向に散らばった。しかし、俺の心には不安が渦巻き始めていた。
幽谷の巻・其の参へ続く