桜の巻・其の肆 墨一色
俺たちは雄馬のコインを盗んだであろう妖怪を追うため、奴が逃げて行った方向へ進んでいた。
「さっきからかなり進んでいるけど、ずっと同じ町の景観だね」
「やっぱりさっき俺が言った通り、正方形に収まった町がいくつもあるんだ」
「ってことは、あいつを見つけ出すまでにめちゃくちゃ時間がかかるわね」
その後俺たちは同じ道をずっと歩き続け、途中、青女房あおにょうぼうやら尼入道あまにゅうどうを倒しつつ進んだ。気がつくと手の甲の数字は俺が20、晴香が16にまで上がっていた。雄馬は相変わらず戦いには参加していないので、手の甲に数字は現れていない。それ故、俺と晴香の体力が上昇したのか、かなりの距離を歩いているのに疲れていない。雄馬はヘトヘトと言った様子で、俺の相棒におんぶしてもらっている。
やめてくれー!と聞こえたのは歩き始めて3時間経った時であった。
「人の声だ!妖怪に襲われているのかもしれない」
「うん、早く行こう!」
俺たちは急いで声がした方へ走って行った。しかし、うっうっと苦しむ声が聞こえる場所に着いても声の主が見当たらない。
俺と晴香が近くの屋敷の中を探していると、突然雄馬が
「あっ!いたっ!」
と言ったので俺たちはすぐに雄馬の元へ戻り、尋ねると
「ほら!屋根の上だよ!」
どうやら俺たちが探していた屋敷の屋根にいたようだ。俺と晴香は急いで屋根に登った。しかし、そこで俺たちは異様な光景を目にした。
そこには人間の焼死体、隣には腕に無数の目が付いている妖あやかしがいた。頭を覆い被せるように布が巻いてある。こいつだ。俺らが探していた奴に間違いない。
「晴香!こいつだ。雄馬のコインを盗んだのは」
俺は呼び掛けたが返事がない。死体に目が釘付けになっている。顔が真っ青になり座り込んでしまっている。俺も初めて見る殺されてしまった人間にたじろいたが晴香が戦えない今、俺が戦うしかない。
俺は晴香に矛先が向かないように、屋根の瓦の破片を敵に投げつけ挑発した。地面に降りて急いで相棒のゼンマイを回し、紫電一閃丸しでんいっせんまるを構えた。すると、俺に追随して奴もふわっと降りてきた。身長は俺と同じくらいだが、手が異常に長い。
俺と奴は暫しばらく互いの出方を伺っていたが、奴が一歩引いた瞬間、相棒が斬りかかろうと飛び上がった。それに対し、敵は右腕を地面についた。そして、腕が伸び敵の体が宙に上がった。腕が伸びるとその面積に合わせて、目が増殖するようだ。とても気持ち悪い。しかし、相棒は敵の手前で攻撃するのを辞めて後ろに下がった。すると、次の瞬間、無数の目から真っ白に光るビームが飛び出した。飛び出したビームは途中で途切れ、矢のようになって四方八方に散開さんかいした。
「どこ狙ってんだ?」
というのも俺にも相棒にも全く当たらなかったからだ。しかし、それら無数の矢は壁や屋根に当たったかと思うと反射して、こっちに向かって来た。だが、必ずしも全部が俺らに向かって来たわけではない。それらの矢を目で追うと3回反射したら消滅するようだ。
約1分間この攻撃を交わした後、敵の元へと走って行き、俺と相棒で長く伸びた腕を斬り落とした。相棒が腕の上の方を、俺が下の方を斬ったため、地面に腕の残骸が2本転がったが先の風脚姫かざあしひめとは違い再生しないようだ。
敵は右腕を失った為、体勢を崩し地面に倒れ込んだ。
「やった!勝った!」
「ドドメキ、ドドメキ、マダ、マダ」
「え?」
俺は周りを見渡したが俺と相棒しかいない。誰が喋ったんだ?
「ヨウイチ、マダ」
「まさか、お前か!」
なんと、俺の相棒が喋ったのだ。突然のことに驚いたが、俺はドドメキと聞いて思い出したことがあった。
小さい頃、俺はじいちゃんから妖怪話をよく聞かされていた。今まですっかり忘れていたが俺のじいちゃんは生粋の妖怪好きだった。というのも、じいちゃんの地元は古くから妖怪の伝説が多く語り継がれていた地域なのだ。じいちゃんの部屋には本棚に妖怪やら幽霊の本がたくさん並べてあり、壁には不気味な妖怪の絵、床には今にも動き出しそうなカラクリ人形がずらりと並んでいた。俺はこの奇妙な部屋が嫌いで、じいちゃんの妖怪話もあまり好きではなかった。しかし、じいちゃんは好きなので嫌々ながらも聞いていたのだ。そんな幾つも聞いた話の中で印象的だったのが百々目鬼どどめきであった。
話によると昔、手が長く手先が器用な女性がいて、その人はよくスリを働いていたようだ。そして取った銭が腕に張り付いて無数の目と化す。この話を聞いた時、俺はゾッとしたのを覚えている。だから印象に残っていたのだろう。この話から類推すると、やはり百々目鬼が雄馬のコインを盗み、それらが腕につく無数の目の一部になっているはずだ。
暫く思考していた為、周りの音が聞こえなかったが我に返り、相棒が何か言っているのを耳にした。
「ヨウイチ、クルゾ、クルゾ」
「来るって?」
「ドドメキ、クル、カマエロ」
すると倒れていた百々目鬼がのそっと起き上がり、次の瞬間、左手を高速で伸ばして俺を攻撃して来た。間一髪、避けることができたと思ったが頬を擦り、少し血が出てしまった。そして、奴は俺らの後ろにある壁まで腕を伸ばたかと思うと、無数の目からさっきとは打って変わって真っ黒なビームが飛び出した。
俺と相棒は先程同様、刀で受け流しつつ避けてる。
「色が変わっただけで攻撃の性能は何一つ変わってないな」
俺はそう呟いて、それぞれの矢が3回反射し終わるのを待った。しかし、先程と同じくほとんどの矢は3回反射して消えてしまったが、10本の矢は残り続け3回反射した以降も変わらずに反射し続けて俺らを攻撃してくる。それに加えて反射する度に速度が速くなっているようだ。すると、相棒が黒い矢の一つを斬り裂こうとしたその時、一刀両断丸は矢の威力に負けて刀身の先端が折れてしまった。
「くそっ!このままだとまずいぞ。どうすれば・・・」
悪辣あくらつな殺意を帯びた矢は容赦なく俺たちを滅多刺しにする気だ。
桜の巻・其の伍に続く