桜の巻・其の参 風脚姫
ビュンビュンビュンと四方八方から暴風がこちらに向かって吹いてくる。俺たち3人は体勢を崩しそうになりながらもどこから敵が現れるか血眼になって探すが一向に見つからない。
「みんな、目を瞑つむるなよ」
俺は紫電一閃丸を構えてみんなに呼びかけた。耳を澄ますと風の音に紛れてカタカタカタと走る音が聞こえる。音を辿ると暗くて分かりづらいが影を捉えた。かなりの速さで屋根から屋根へと飛び移りながら動いているがなんとか目で追えた。俺ってこんなに動体視力あったか?ちゃんと点ではなく線で捉えられている。しかし一瞬で距離を詰められて腹を蹴られた。目では追えたが体が動かず防御出来なかった。
「ぐはっ!」
俺は後ろに飛ばされ痛すぎて声が出なかった。腹を抱えてその場に蹲うずくまったがなんとか頭を上げて2人を確認した。晴香は蹴り飛ばされたようだが辛うじて立っている。おそらく蹴られる寸前にマフラーが盾になり防御したのだろう。雄馬は飛ばされて気絶してしまったようだ。俺は立ち上がろうとしたが後ろに気配を感じた。いつの間にか背後に回られていたようだ。
「まずい!」
俺はすぐに振り返ると間一髪、俺の相棒が敵の足を斬り落として攻撃を防いでくれたようだ。足は地面に落ちるやいなや灰になって消えてしまった。俺はここで初めて敵を見ることができた。
そこに居たのは桜の花びら柄の着物、桜が蒔絵まきえで描かれた簪かんざしを身に付けた少女であった。肌は白く瞳は真っ黒で日本人形のようで可愛らしいが恐ろしいほどの真顔だ。
脚は斬り落とされたはずだが再生して綺麗に脚が生え変わっている。相棒が刀で攻撃を受け流している間に俺は晴香の元へと駆け寄った。
「大丈夫か?晴香」
「うん、マフちゃんが守ってくれたから」
「マフちゃん?」
「私のマフラーのこと。そんな事より雄馬がまずいわ。どこか安全な所に避難させておいて。その間に私も戦う」
「気をつけるんだぞ」
俺は雄馬を抱き抱え近くの屋敷の中の畳部屋に寝かせた。すると雄馬の目がピクピクと動いたかたと思うと意識を取り戻したようで口を開いた。
「陽一、一瞬しか敵の姿を見なかったが恐らくあれは僕の地元に古くから伝わる風脚姫かざあしひめって言う妖だ。健脚で有名だった貴族が産んだ娘が妖怪になってしまったらしい」
「そいつの弱点かなんか知らないか?」
「弱点は知らないけどとにかく脚が強い。陽一もさっき喰らったろ。脚にはくれぐれも気をつけろよ」
「わかった」
俺は急いで戻り、改めて戦況を把握しようと試みた。俺の相棒は戦いの途中でゼンマイが切れてしまったらしく無防備な状態を敵に攻撃され右足と左腕が抜けて地面に転がっている。相棒を直している暇はない。これはまずい。晴香も防戦一方といった様子で息を切らして辛そうにして戦っている。
「晴香!脚には気を付けろ!上半身を攻撃しろ!」
俺は叫んでから風脚姫の元へ全速力で走った。そして跳び上がり思い切り刀を振ったがひらりとかわされてしまった。しかし明らかに俺の足が早くなって刀の扱いも上手くなっているように感じた。
「くそっ、速いな」
「よし、私のマフちゃんをあいつの足に纏わりつかせて動きを封じよう」
「なるほど」
「その間に上半身に斬り込んで。行っておいでマフちゃん」
晴香がそう呼びかけるとマフラーは一直線に風脚姫の足に向かって行き両足をがんじがらめにした。すると体勢を崩し後ろに倒れた。
「今よ!」
俺はその掛け声に合わせて走り出し敵の心臓を貫いた。と思ったが俺がやる前に後ろから何者かに刺されてしまったようだ。
「ぐぎぎぎ」
風脚姫は見た目からは想像できない獣のような呻き声を上げ、倒れた。
「やった!倒した!」
「違う・・・。俺じゃない」
「え?」
よく見ると長く伸びた腕が風脚姫の胸を後ろから貫いている。
「陽一君!あれ!」
晴香が遠くの方を指差している。遠くにいる腕の主を見ると深紫こきむらさきの着物を着て顔や手足さえも紫の布で覆っている。
「もしかしたらあいつが雄馬のコインを奪った犯人じゃないか?」
「きっとそうね。追いかけよう!」
しかし俺たちがそいつに向かって走り出すとすぐに暗闇に消えてしまった。
「行っちゃったわね」
「うん、じゃあとりあえず雄馬の元へ戻ろう。後一つ気付いた事があるんだ」
「何?」
「この手の甲の数字について。これはおそらく俺たちの言わば"レベル"を表している」
「どう言う事よ?」
「よくゲームとかであるじゃないか。敵を倒してキャラクターの攻撃力が上がったり。つまり俺たちにも同様のことが起きてるってわけ。気付いたでしょ?俺たち、この短期間で身体能力が上がってないか」
「確かに。さっきの敵の最初の攻撃は避けられなかったけど2回目は避けられた。元々運動神経悪い方なのに反射神経が普段と全然違ったわ」
「やっぱりな。地図上に表示される数字はゲームで言えば経験値兼強さって言ったところか」
「なるほどね。今の奴は別の奴が倒したから手の甲の数字に変化は無いって言うわけだ」
俺は晴香に相棒を直すことを忘れていたから先に雄馬の元へ行ってくれと言い、相棒の右足と左腕をポンっとはめた。刀を相棒の後ろから刺しゼンマイを回した。するといつも通り動き出したので一安心だ。
伸びをして雄馬の元へ戻ろうとしたがまた壁に例の地図が浮かび上がってきた。俺はこれでさっき逃げて行った奴の居場所を確認できると思い探したが見当たらなかった。
「なぜだ?」
と思ったが思い返してみると伍の数字である風脚姫が地図上に出現した時は突発的なものであった。もしかしたら地図の外側にもっと町が広がっているのかもしれない。
「それにしてもこの地図、いつも突拍子もなく出てくるよなぁ」
俺は首を傾げて呟いた。未だにこの世界は謎が多すぎる。そして俺はふと試験前に浩輔と交わした言葉を思い出した。試験終わったら待ち合わせして帰る?当分無理そうだな。俺はふんと鼻で笑って雄馬と晴香の元へ向かった。
桜の巻・其の肆へ続く