1話 職業選び (2)
楽しんでください!
(2)
そこには誰かが闇のオーラを放ち、扉の前で立っていた。
そいつは黒パーカーのような格好で、小柄で少し胸が膨らんでいたから、女だということはすぐに分かったが、顔と髪型がフードと仮面によって隠されていて、全くと言って良いほど顔立ちがわからない。
そしてなにより驚いたのは、俺から見てその左胸には転生前に見た悪人集団の証、スカルデッドの紋章が刻まれ、闇のオーラに包まれた大剣を当たり前のように右手で持っていた。
「……まじかよ」
俺は急すぎる展開に動揺を隠せなかった。
「な、なんでスカルデッドのやつがこんな小規模な街に居るんだ! 何が目的なんだよ!」
異変に気付いたのか、杯を交わしていた一人のおっさんが怒り気味に疑問の野次を飛ばす。
それに同情して、続いて周りの者たちも「そうだそうだ!」と便乗して声を上げていた。
「うるさああああああい! 黙れバカ共が!」
痺れが切れたのか、小柄な体からでは想像出来ないくらい強く、大きな声で怒鳴り、ざわついていた酒場の者たちも圧倒され、一瞬で静まりかえった。
だが、俺だけはこの女の『バカ共が!』という暴言の選択は不覚にも可愛いと思ってしまったが、勘違いしないでほしい、そんな変な趣味は持っていない。多分。
「何ニヤついてんの? こんな状況で」
妄想を膨らましていた俺の隣から美月の声がした。
「す、すまん。つい……」
『つい……』ってなんだよと思っているかのように俺は美月に睨みつけられた。
でもまさか俺の自慢のポーカーフェイスが無意識に崩れていたとは、とんでもない奴だ! この仮面女! と別の意味で脅威を感じていた。
そんなことを考えていたら、扉の前で立っている悪役女もこちらを睨みつけていた。
「おい! そこの男女! 私語は慎め!」
「「す、すいません……」」
「分かったなら良いんだヨ」
案外あっさり許しの言葉を吐き捨て、その女は再び全体に体を向けた。
学校によくいる先生にでもなってるのかこの女。
少しイラッときたが、ここで反抗すれば何をされるかもわからない。
小柄な女の子だが、仮にもスカルデッドの人間だ。油断してはいけない。恐らく美月もそう思って俺と声を合わせて謝ったのだろう。
でも一番忘れてはいけないこと、それは俺たちがまだ勇者登録すらもしていないし、武器すら持っていない丸腰の状態なのだ。
それはつまり、戦いたくても”絶対に太刀打ちはできない”ことを意味している。
どうすればこの状況を打開できる? というかまずこいつの目的はなんなんだ?
「ようやく静かになったな、それじゃあさっき誰かが言っていた『目的はなんだ』という疑問を簡潔に答えてやろう」
まるで俺の心を読まれたかのように、その女は話を進めようとした。
「そもそもスカルデッドは”ある計画”を実行するため、結成された。だが、よくわからない正義を名乗る奴らに邪魔されている。流石に何人も相手をするのはこちらとしても疲れる。だから我々はその巣窟のようなものはないかと思い、ここに来たのだ、さあ、勇者気取りのバカな奴は私と戦え!」
そう、この街が勇者にとって始まりの場所だと完全にバレていた。
そしてスカルデッドと戦おうとする新人勇者を狩って負担を軽減する、つまり俺たちがターゲットなのだ。
勇者という人はそこら中に歩いているわけではないが、少なくとも俺達以外にも正義を名乗る者はいるということか。
まあ、そうでなきゃ、今の説明は成り立たないもんな。
「お前らに言ってんだぞ! そこの男女二人!」
ビクッと反応した俺たちは声があったほうに目を向けた。
目があった瞬間、彼女は不気味な笑みを浮かべ、こちらに歩みを寄せてくる。
「ま、待ってくれ! そもそも俺たちは勇者なんかじゃない!」
「説明は終わった! 今なら私とお前らで一対ニだ、これは絶好のチャンスなんじゃないのかあ?」
必死に説得するが彼女は聞く耳を全く持たず、足を止めない。
「助けてくれよ誰か! こんなの俺じゃ相手にできねえよ!」
「うう……これじゃまた死んじゃう……」
流石の美月も怖がって俺の背中に隠れた。
俺は死を確信し、美月を守る。
彼女は大剣を構え、今にも振りかざす体制をとった。
「その勝負、受けて立とうじゃないの」
扉の方から女性の勇ましい声が集会所に響く。
まるで助けの声を聴き、登場する、勇者のように。
ラズリは振り向きざまに「誰だお前!」と怒りの声を発する。
まさかとは思ったがそこに現れたのは、集会所の道案内をしてくれた金髪エルフに違いなかった。
肘を曲げながら腕を後ろに回し、背中にあった太刀のようなものを鋼の擦り合う音と平行に、引き抜いた。
「いいよね?」
挑発するようにラズリに向けて言い放ち、刃の先端を向ける。
「お前も新人勇者か、仕方ない、ヒーロー気取りの雑魚でも容赦しないぞ」
エルフからの挑発に乗っかったのか、俺達に背中を見せ、剣を構えなおす。
足音を立てながら、徐々に二人の間隔は縮まっていく。
「「いざ、勝負!!!!!!」」
掛け声を合図に古い床をドタドタと走り出し、剣と剣がぶつかり合う。
まるで金属バットでボールを打った時の甲高い鋼音のように、その音が集会所の全体に響き渡り、周りの者の緊張感もより一層漂う。
両者かすり傷もなく、攻防の使い分けの技術は互角。だが、助けに来てくれた金髪エルフの方は大剣から繰り出される相手の一つ一つの攻撃の重さに苦労しているようすだった。一体何者なんだ、このエルフ。
呆然とその姿を見て俺はふと『なにもできないよな』と思った。
そりゃ加勢してあげたいが、俺は武器も何も持ってなければ、技術もない。むしろかえって邪魔になる。
こんな俺に何ができるのだろう。正直思いつかない。
そう悩んでいたその時だった。
「頑張れええええええええええ!!!!!! エルフのお姉さああああん!!!!!!」
ずっと立ち尽くして俺の後ろにいた美月が学校でもきたことのないような大声で、金髪エルフに声援を送っていた。
急な大声に一瞬困惑したが、周りの人間もその人に乗っかり「頑張れ姉ちゃん!」「その悪女を倒してくれ! 頼む!」と応援の声が時間とともに大きくなっていく。それに続いて、俺も声を上げた。
ここはヒーローショーか何かなのか、そういった気分だった。
だが、俺達にはこれぐらいしかやることができない。
不運にも周りも俺達みたいに武器は持っていない。恐らく農家や商売をしている者しかいないのだ。
「本当にうるせえ野郎共だ、これこそ負け犬の遠吠えかな」
「負け犬かどうかはまだ、決まっていないでしょ?」
「え?」
「剣技加速、二倍」
金髪エルフは技名を言い放った直後、覚醒したかのような速さで剣を振り回し、パーカー女は明らかに押されていた。
突然の出来事に、取り乱してしまったのか、闇のオーラに包まれた剣は、小さな手から天井に突き刺す勢いで弾き飛び、そのまま床に落ちた。
つまり、、、金髪エルフの”勝利”を意味した瞬間だった。
「言い残すことはあります? 返り討ちにされた仮面女さん」
刃先を顔の近くにやり、ドSのような脅しで抱え込んでいる仮面女の上から軽蔑していた。
「テレポート」
「しまった! 逃がしちゃった!」
一瞬にして仮面女はその姿を消し、何事もなかったかのような雰囲気に包まれた。
まさに油断は禁物といった状況に陥った。だが――
「姉ちゃんすげえよ! ありがとう!」
「いやいや! 私はただ追い返しただけだから……」
「追い返しただけでもすごいよ! 俺たちの中での最高の勇士だよ!」
「そんな! 勇士だなんて……」
酒場にいた者達が金髪エルフの下に駆け寄って群がり、それぞれ感謝の言葉を伝えていた。
謙虚なんだか、ドSなんだか。性格良いのか悪いのか。まあ、少なくとも俺達を救ってくれた恩人だ。
ちなみに俺は、殺されかけた恐怖で無意識に頭を真っ白にしてその状況を見ていた。
「あの……いつまで守ってんの……その…………バカ……。」
「あ……す、すまん……」
美月の声でせっかく我に戻ったのに、俺の方を恥ずかし気にチラチラ見てくる。
なにこのきまずいじょうきょう。
地獄のような雰囲気の中、自然と誤魔化すために再び恩人に目を向けると、エルフもこちらに視線を向け、笑顔で手を振ってくれた。
俺とほぼ等しい背丈なのに、その姿はとても、計り知れなく、大きいものに見えた。
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