6 眠れる子狐の疑惑
ありがとうございますー。
「コレはしばらく私の部屋で寝かす。」
ジルは手当てを終えた子狐を腕に抱き小声で言った。
クリーム色の毛がすうすう寝息を立てている。
なんだこれは、かわいい。
城の一室には、この城の主である銀陽の魔女ジルとその側近でダークエルフのレピダ、天使のドルキスが集まっていた。
龍人であるベラトーラは西の山で喧嘩の続きをしなければならないとかで、すでに城を開けていた。
「ジルさまのお部屋にですかー?」
ドルキスはジルを見つめる。
「ああ、魔力暴走の後は不安定だからな。何があるか分からん。それに気になることもあるんだ。」
「ぼくの部屋にジルさまときつねちゃんセットでいらっしゃってもいいんですよー?」
「…いや、コレは私で間に合っている。」
「ううう、ジルさま冷たい。」
そう言いながらもジルに抱き着いた。
「気になるのって、やっぱりこのお耳と尻尾よねえ。」
レピダが子狐を覗き込む。
そこには耳の先がほんのり赤く、尾っぽが薄氷色に染まった子狐の姿があった。
「ジルさまー、これってー属性色ですよねー?」
ドルキスが子狐に触ろうとするのをひらりとかわすと、すぐに不満を表した。
「恐らくな。」
「…でも魔獣って属性色付いたかしら?しかも2色。」
レピダが首をかしげる。
「いや、普通は付かない。普通は。」
「こんなにたくさん魔力があるのもー珍しいよねー?」
「ああ。最大量を放出しなくとも眼無蛇が逃げ出すほどの魔力だ。」
「あー、あの蛇ちゃんにはいい気味だねー。ぼくも好きじゃないもんー。なんかキモいー。」
天使は空中に浮きながら顔をしかめた。
レピダがジトっとした目でドルキスを見る。
「ドルキス!なんでそんなこと言うのよ。可愛いじゃないのあの子たち。今の訂正しなさいよ!」
「…いちいちうるさいなあー。ぼくはレピダのそういうところが嫌いだよー。」
「何よそれ!」
ドルキスとレピダが睨みあう。
といってもドルキスに表情はないが。
「2人ともちょっと、レピダ落ち着いてくれ、ドルキスも。この子が起きてしまう。」
実のところ魔法で眠らせているため起きることはないのだが‐
つい心配になってしまった。
レピダがドルキスを睨み、頬を膨らませてそっぽを向いた。
長い耳が揺れている。
ドルキスの羽が萎んだ。
「ジルさまごめんねー?。」
「…ドルキス、私にじゃあないだろう?」
ジルは子狐からドルキスに視線を移す。
ドルキスは下を向いて言った。
「…ごめんレピダ。」
「ふん。わ、私も悪かったわよ。」
私の側近は仲良いんだろうけど素直じゃないんだよなあどっちも。
子狐の耳がぴくっと動いた。
「ふふふ、お茶をお持ちしましたよ。」
微笑みながら入ってきたのはサキュバスのメイド、ケラーだ。
「ありがとう、ケラー。」
「とんでもございませんわ。よく寝ていらっしゃいますね。ジル様の腕の中が安心なのでしょうね。」
「ああ、怪我も大したことなくてよかった。」
ケラーはそれぞれにカップを置きながら口を開いた。
「ジル様、この子の手当てをしたときに、違和感があったので視たのですが、その…」
「何かあったのケラー?」
レピダがケラーの方を向く。
「自己修復だろう?まあ不自然だったものな。」
「はいジル様、やはり気付いておいででしたのね。」
ジルは頷き、三人を見て言った。
「森で助けた後すぐに治癒をかけたんだ。その時に気が付いた。コレは転移前、誰かに致命傷を負わされたが自分で修復した。それからここに来たんだってな。」
ドルキスとレピダは腕の中でに息を立てる子狐を覗き込んで、そして怒り出した。
「こんな可愛い子を傷付けるなんてー。」
「ほんっと、ありえないことだわ!」
やっぱり2人とも良い子なんだよなー。
「1番の問題はな、この小さい子狐が自己修復をかけて転移してきたって事なんだ。属性色のおまけつきでな。これで条件は十分そろってる。」
「ジル様、それはつまり…」
レピダは赤い瞳でまじまじと子狐を見た。
「…コレは聖獣の可能性がある。」
「聖獣!すごいですねー。流石ジル様ですー。聖獣拾ってくるなんてー。見つける手間が省けましたねー!」
「…私が育てたかったのだが、神殿の近くの森に天狐が棲み付いていただろ?そこの子かもしれない。親はさぞかし心配しているだろう。落ち着いたら行ってみようと思うのだが。」
「異論有りません!」
「はーい、賛成ですー!」
そうして後日、天狐の里に行くことが決定した。
「あ、あの皆様、お茶菓子もあるので…」
ケラーはおずおずと言った。
「ケラーも座ってくれ、みんなで食べよう。」
「…!あ、ありがとうございますジル様!」
食べながらこの100年の出来事をよくできた側近2人に延々と語られたのはまた別の話だ。
その間、子狐はケラーが腕に抱いていた。
✱
「……では、私は部屋に戻る。皆、ゆっくり休めよ。」
「はいジルさまー。お疲れさまでしたー。子狐ちゃんにもよろしくお願いしますねー。」
ドルキスが書類の束を抱えてお辞儀をした。
側近たちにようやく解放されたジルは急いで塔へ転移した。
自室に入り、ランプを一瞬見て薄く灯りをともす。
ジルの部屋、塔の最上階にある天井はガラス張りになっていて、そこから美しい星空が見られた。
黒で統一された広いベッドの中央に子狐が寝かされている。
ベッドの上で銀色の結界のようなものに包まれていた。
そおっと手を翳してそれを解き、子狐の側に腰掛ける。
やわらかいベッドが子狐と私の重みで沈んだ。
「ただいま、私の可愛い子。」
そっと額にキスを落とす。
もう何日かしたら目覚めるはずだ。
それまで私の魔力を注いでやろう。
ついこの間拾ったばかりの子狐のことがなぜだかこんなにも愛しい。
見た目が可愛いのもあるがそれだけではない。
…なぜだ?
あの時、感情の籠った魔力を直接受けたせいだ。
きっとそうだ。
レピダやドルキスやベラトーラたちのことは大好きだが、それとは何か違う。
…あの人に対する気持ちとも違った。
この小さい奴を守ってやりたい。
何とも言えない庇護欲がジルの心を覆った。
それは子狐を拾って1ヶ月経った今、さらに大きくなっていた。
抱きしめてやりながら治癒をかける。
子狐の体は魔力を放出しきったことにより落ち着きを取り戻していたが、肉体内部の損傷が思いの外酷かった。
子狐を優しく撫でてやる。
…そういえばこいつ、名は何というのだろう?
言葉は話せるのか?
1ヶ月間は子狐の体の回復を優先させるため、魔法をかけることを避けてきたのだが…。
興味が沸いたジルは少しだけ子狐の心を覗いた。
そして、ジルは愕然とした。
心の中は真っ白で、情報が何もなかった。
過去に対する強い拒絶。
こいつは目覚めたとしても自分のことを、過去のことを何ひとつ覚えていないだろう。
思い出すにしても相当な時間がかかる。
それに‐
すうすう。
子狐の寝息が部屋に響く。
寝顔はとても幸せそうで、それがジルを余計に悲しくさせた。
思い出すことでこの子は再び傷付くことになる。
ジルはもう一度子狐の心を視た。
白い空間の底に、術の痕跡があった。
これは幻惑術の類か…。
白い空間に銀の粉が舞った。
警戒しつつ魔力を干渉させる…が、術の反応がない。
術自体は既に無効化されていた。
術は使用者が死ぬか、解術魔法をかけることによって無効化することができる。
どちらにせよこんな術をかけたやつは殺してやろうと思っていた。
やる事が1つ減ったな。
術者はこの子の魔力を何かに利用しようとしたのかもしれない。
酷い奴だ、許すものか。
何もないただの白い空間。
子狐は術から己を守るため、一時的に記憶を放棄したのだろう。
これ以上はここにいられない‐
ジルは銀の花を1輪生み出し、それに加護の魔法を込めて子狐の心の底に置いた。
立ち去る直前、1つだけ分かったことがあった。
子狐を覗き込み、撫でながら呟く。
「美しい響きだ、お前の親はその色が見えていたのだな。炎と氷の天狐、ルグラン。」
しばらくして、塔の最上階から灯りが消えた。
城を囲む森の葉は枯れ落ち、秋の終わりを告げていた。




