17 銀陽からの贈り物
ここは、聖域の森の奥深く。
かつて神や精霊たちが棲んでいた場所に、今は魔女の城がぽつんと建っている。
外観は常人が見ると、巨大な古龍の骸にしか見えない。
このことは、“銀陽はもうこの星には居ないのではないか”と天界や下界の者が噂する理由の1つでもあった。
✱
塔の天窓から、雪に反射した陽の光が差し込む。
一晩中ごうごうと吹き荒れていた吹雪は朝方になって止み、こんもりと積もった白が龍の骸を覆っていた。
うーん、寒い。
僕は、ここに来てからいつも抱きしめてくれる温もりが無いことに気が付いて、目を開けた。
「ジル様…?」
体を起こして彼女を探すも、部屋にその姿はなかった。
僕はベッドから、窓の枠に飛び乗った。
聖域の森が地平の彼方まで続いている。
聞けば僕の故郷の里は、この森の近くだと思っていたのだけれど、聖域と天界と下界とを繋ぐ別の森にあるようで、ここからは少し遠いらしい。
僕は、果てしなく続く雪の森を眺めながら故郷のことを想った。
じいさまにおじさん、それに僕に良くしてくれた薬師のおじさんとそこのにいさまは元気だろうか。
それからもう1つ、今の僕にとって1番大事になったことを心の片隅で想った。
窓越しに感じる外の空気はぴりりと冷たくて、冬の盛りの朝だった。
「ああ、ルグラン起きたか。」
「ジル様!おはようございます!」
「うん、おはよう。」
声の方に振り向くとそこには、いつも通りの黒に身を包んだジル様がいた。
彼女は窓枠にいる僕をひょいと抱きあげて、ベッドに座らせた。
腰に手を当てて、微笑みながら言う。
「ルグラン、いよいよ今日から勉強だ。昨日はよく眠れたか?」
「はい!よーく眠れました!僕とっても楽しみです!」
「うんうん、それは良かった!ではな、勉強を始めるにあたって手ぶらでは大変だろうから…」
そう言ってジルは、人差し指で宙の空間を切りそこから何かを取り出した。
それは、銀に輝くペンダントであった。
7つの角がある星型が2つ重なるデザインで、不思議な煌めきを放っている。
ジルは、そのペンダントをルグランの首にかけた。
「これをプレゼントしよう。さ、すぐに契約してしまおうか。少しちくっとするから我慢してくれよ。」
「…え?ジル様?あっ、いたっ。」
ジルはルグランの手に傷を付け、そして彼の血を一滴、ペンダントに垂らした。
すると、銀色だった2つの星型のうち1つが薄赤に、もう1つが薄氷に変化した。
だんだん部屋に赤と青のモヤが立ち込め始める。
僕は体から魔力が抜け出ていくのを感じた。
あれ、どうしよう、止まらない…!
ジルは半ばパニックになるルグランを抱き、思念で話しかけた。
『ルグラン私の声が聞こえるかい?大丈夫だから落ち着いて、聞こえたなら私の言葉を繰り返して言ってごらん。』
僕は、体から溢れ出るモヤに半ば朦朧としながらジル様の魔力を感じてはっとした。
ジル様がぽんぽんと僕の背中を叩いてくれていた。
僕は一度頷いて、頭の中に流れ込んできたジル様の言葉を復唱した。
『「 …こ、此処に縛られし精霊達よ 未だ眠りし悪魔達よ 我を糧とし 我の力と成れ! 」』
唱えた瞬間、溢れ出ていた魔力がペンダントに吸い込まれた。
ルグランを抱くジルの周りを囲うように、突風が巻く。
風に揺れるペンダントが赤、青と輝きその中から光が飛び出してきた。
飛び出したいくつかの光はそのまま、部屋中を駆けまわっている。
「よーし、成功だ!上出来だぞルグラン!」
ジル様は嬉しそうに僕を抱きしめて、ぐるぐる回った。
僕には、何が何だかさっぱり分からない。
「どういうことですか?なんですか?今の…」
戸惑う僕の目の前に、赤と青の光がそれぞれ1つずつ降りてきた。
「これはな、聖域に縛られた精霊たちだ。ペンダントを介してルグランの魔力を分け与えているから、この城にいる間呼べば何かしら力を貸してくれる。」
「精霊…!」
赤と青の光は、僕の目の前でふよふよと浮いている。
少し疲れていた僕に治癒をかけながらジル様が言った。
「去れと命じれば去るし、出でよと命じれば出てくるからな。他の使い方は…まあ後々だな。さあ、閉まってみようか。それから、朝ごはんにしよう。」
「はい!聖霊よ、去れ!」
すると、2つの光はペンダントの中にすーっと消えていった。
僕は、首に掛かっているジル様からの贈り物を見つめた。
何か…、何だか温かい。
「何か感じるかな?そのペンダントにはルグランの魔力が入っている。さっき呼び出した精霊は今頃それを貰っているだろう。」
「では、呼び出すときに魔力を継ぎ足すんですか?」
「そういうことだ!ひとまずは大丈夫だな。」
ジルはルグランの頭をわしゃわしゃと撫でで、それから頬ずりをした。
ああ、なんて凄い子なんだろう。
この調子だと人化も直ぐに出来るようになるんだろうなあ。
楽しみだ。
これからも沢山の愛情を注いでやろうと、密かに意気込んだのであった。
✱
それから僕たちは、執務室で朝ごはんを食べた。
ジル様はいつも通り、紅茶と木の実を食べていた。
食べ終わって、ジル様に書庫の扉の前まで送ってもらった。
僕はやっぱり少しだけ不安だったけれど、ジル様もお仕事を頑張ると仰っていたので、僕も頑張ろうと思った。
胸に下がるペンダントを見つめて、暗い悪魔達の書庫へ足を踏み入れた。
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