16 血酒と魔力の絆
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視線の先で6体の悪魔が、片膝をついている。
ジル様が僕を椅子に置いて、自身も腰掛けながら言った。
「お前たちの今後の役割だが、基本的には変わらない。己の回復を優先に、城の警護と私の仕事を手伝ってくれれば問題ない。以上。久しぶりだからな、飲みながら話そう。さあ皆、楽にして座ってくれ。」
するといきなり、バアルさんとフェネクスさんが水猫と炎鳥の姿に変化して書庫の上の方に宙を駆けて行った。
…仲良し?
テーブルでは、プロムさんがせっせと紅茶を用意しているところだった。
僕は兎に角お腹が空いていたので、プロムさんが持ってきてくれた骨付きの鶏肉にかぶりつきながらジル様を見つめた。
「くっくっ、ルグラン勉強は明日からだ。頑張るんだぞ?」
「ふぁい、ジルひゃま。」
ああいけない。
またケラーさんに怒られてしまう。
ジル様は笑いながら僕の頭を撫でた。
「ジル様、お茶が入りました。お酒の方もこちらに。」
「ありがとう。プロムも座ってゆっくりしろ。バアルとフェネクスはどうせアレを取りに行ったんだろう。」
「…ありがとうございます、お気持ちだけ頂戴します。」
そう言って再び闇の中に溶けて行ってしまうプロムさん。
ジル様は仕方ないなあ、と苦笑いしながら茶色い羽腕のおじいさん、ストラスさんに聞いた。
「ストラスにも紅茶を淹れようか?」
「ホーホー!それではお願いする。そうそう、最後にブランデーをちょこっと垂らすのじゃ。」
「…お前は変わらないな。」
ジル様が方指を振ると、ストラスさんの前に湯気の立ったカップが現れる。
それと同時に、プロムさんが置いていったカップがカタンと音を立てて消えた。
ジル様の魔力を感じる。
…今のはジル様の魔法だ。
ストラスさんがブランデーの瓶を取りに立ち上がった。
自分のカップにどばーっとお酒を入れ、ちゃっかりジル様のカップにも入れている。
「我が主よ、私には不要だ。」
突然そう言って大きな黒い犬の姿に変わり、僕のすぐ隣の床にごろんと横になるナベリウスさん。
…番犬というか忠犬?。
いやいやいや。
どうしたんだろう。
ジル様は、やれやれと言った顔でナベリウスさんの方を見た。
「…普通の酒は、だろう?どのみち飲むことになりそうなんだがな。仕方ない、後で肉でも届けさせる。」
「…有難うございます。」
なるほど、お肉が良かったのか!
僕は手に持っている鶏肉をじっと見つめてそれからナベリウスさんを見た。
ナベリウスさんも僕が見ているのに気付いたようだ。
「あの…、半分こしますか?」
ナベリウスさんは驚いたような顔をした。
それから僕に向かって頭を下げた。
「…心優しき若君よ、私の分はあるから問題ない。若君様こそもっと食べて大きくならねば。」
ひょいっとジル様に持ち上げられて頭を撫でられる僕。
「ありがとうな、ルグラン。ナベリウスはたまにしか食事を共にしないんだ。好きにさせてやれ。」
「…はい!では、また今度一緒に食べます!」
そう言ってナベリウスさんの方を見た。
床で伏せているナベリウスさんの尾っぽが左右にゆっくり揺れている。
僕は笑顔で鶏肉にかぶりついた。
ジル様はカップを持ちながら片腕で僕の腰に手をまわしている。
紅茶からは、ふんわり甘い匂いがした。
✱
そうして、ジル様とストラスさんのカップが空になる頃、書庫の上からバアルさんとフェネクスさんが攻撃し合いながら降りてきた。
飛び交う水の球と火の粉に顔をしかめた2人の堕天使が、翼を大きく広げて飛び上がった。
『何してるの2人とも。仮にもここは書庫なんだよ?』
「だってこの鳥が!」
「俺じゃねえよ、この猫が!」
「おい、頼むから大人しくしてくれ。」
そう宥めるベリアルさんが2人から酒瓶を受け取る。
『だめだよ、ナベリウス。君も飲むの。』
「…干渉か?」
『うん。』
「…仕方ない。若君のためだ。」
ナベリウスさんの側に降りて話していたルルムさんがこちらを向いた。
その後ろでナベリウスさんが人化している。
『ジル様、飲みましょうよ!』
「ルグラン様も是非。」
「早く早く!」
バアルさんとフェネクスさんも人化して集まってくる。
「…血酒だろう?うーん、この子にはまだ早…いや、ルグランなら大丈夫だろう。折角だし少しだけ飲んでみるか?」
「えっ?」
バアルさんがるんるんと、尾っぽを揺らしながら人数分のグラスに酒を注いでいた。
僕は、最後に残った固い筋を咀嚼しながら悪魔たちを見ていた。
グラスの中には…里の大人たちが飲んでいた僕が知ってるお酒とは様子が違うものが入っている。
ジル様達が手にしているお酒は角度によって黒に見えたり赤く見えたり…。
『はい、これはルーちゃんの。』
「…るー?」
ルルムさんが小皿を置いてくれた。
屈んだ時に、彼の薄緑の長い髪がはらりと揺れて落ちる。
…るー?
「ルグラン、舐めたら力を抜け。楽にな。」
「…ジル様?ええ?」
「では、我らが主様とルグラン様に。」
ベリアルさんの声と共に、カランとグラスを合わせたジル様達はこくこくと喉を上下させながら一気に飲み干した。
僕は恐る恐る赤黒い液体を舌先でちろりと舐めた。
ばちばちばちっ!何かがはじける感覚がした。
きっと僕は酷い顔をしていたに違いない。
甘いような、熟れた果実のような味が鼻孔まで広がる。
液体は焼けるような温度になったかと思ったらすぐに冷えた。
その“お酒”をほんの少し舐めただけで…なんだか…うーんなんだろう。
力がごっそり抜けていくような…。
僕はへなへなと床に伸びた。
『ルーちゃん大丈夫?最初はそうなる。』
僕を抱きあげてくれたのはルルムさん。
見ると、ジル様達の体から魔力の波が出ている。
僕の体からも例外なく、魔力が抜け出ていた。
体から抜けるそれは、僕とジル様と6人の悪魔を結んでいた。
なにか不思議な力が体内に注ぎ込まれる感覚…。
「んふふー!ジル様の魔力はいつも気持ちがいいですけどルグランくんのも生き生きしてるわ~若い!」
バアルさんが、空のグラスを片手に腰をくねくねさせながら喜んでいる。
僕の…魔力?
『魔力干渉だよ。』
「干渉…?」
「ホーホー、この酒はな別名“神の血酒”と呼ばれていてな、まあ名前の通りの酒じゃ。」
神の…血?
ジル様が近付いてきて、僕に治癒をかけた。
途端に、体に力が戻ってきた。
ふらふら感もない。
「少しは楽になったか?」
「は、はい。ジル様、今のは何ですか?」
ルルムさんの腕の中でジル様を見上げた。
他の悪魔達は3杯目を堪能しているところだった。
「血酒はな、悪魔が酔うために造った酒なんだが、酔うってのが少し違ってな。」
『何かが抜けていく感じと流れ込んでくる感じ、しなかった?』
「しました!」
「それが血酒の効果なんだ。同じ空間で血酒を飲む者の魔力を抜き、混合させて、それを再び体内に還す。つまりは魔力酔いを起こさせる酒って事なんだ。」
『でね、僕たちやジル様、それにルーちゃんは魔力量も多いし、質も良いから、混ざる時の魔力干渉で絆が生まれるんだ。』
「魔力を感じてみろ。その方が分かりやすいんじゃないかな?」
魔力、干渉、絆…。
あ!
僕は体内に残る魔力を感じた。
僕のではないものがある。
どれも輝いていて、大きくて、強い。
「それが、ここにいる者達の魔力。血酒でつながった絆だ。」
「わかります!」
『血酒はほんとに貴重なものなんだ。造るには危険が沢山。だから悪魔は絆で繋がった者を決して裏切らない。し、裏切れないんだ。体内に相手の魔力があるからね。』
僕は再び体内の魔力を感じた。
僕、ジル様、悪魔達。
それから、僕に一緒に飲もうと誘ってくれた彼らの優しさを感じた。
「と言ってもな、散々神に血を貰ってた俺らにはまだまだ沢山ストックがあるぜ~?」
「そうよそうよ~、もっと飲みなさいルグランくん~。」
見るとバアルさんとフェネクスさんがけたけた笑っている。
魔力酔いなのに…辛くはないのだろうか。
凄い。
「若君、見ないでください、悪影響です。」
そう言ってルルムさんから僕を取り上げる人化したナベリウスさん。
ジル様とルルムさんは掛けて再びグラスを手にしていた。
「ナベリウスさんも、一緒でよかったです!」
「…そうか、…若君の魔力は素晴らしい。流石です。」
ナベリウスさんが床に座って、その上に僕を乗せる。
そうして元の姿に戻ったナベリウスさんが僕に毛繕いをしてくれた。
悪魔でも、皆さんは優しい。
ナベリウスさんも怖くはないなーと思った。
ジル様は獣ではないから僕に毛繕いはできない。
ナベリウスさんがしてくれた毛繕いは久しぶりのことで、随分と気持ちがよかった。
そうして、酒盛りは続いた。
書庫からジル様の塔に戻る途中で、ジル様の部屋まで僕を抱いていたナベリウスさんの腕の中で僕の意識は途切れた。
陽が落ちた城の庭を吹き荒れる風はすっかり吹雪となって、いよいよ冬の真っ只中に差しかかろうとしていた。
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