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赫銀伝記-炎氷の天狐-  作者: IOPOQ
魔女の城
14/22

12 子狐と緑の精



魔女の城‐研究室



まず目に飛び込んできたのは、緑。

それから、頭上には吸い込まれそうなほどの漆黒。

天頂は見えない。

それ程に天井が高い。

異様なにおいの混ざった空気が漂っていて思わず顔をしかめてしまう。

緑をベースに、何重にも色を重ねたように汚れた壁と床。

その壁とは離れた場所に直立に立っている複数のドア。


…だめだ、怖い。

何だか本能的に嫌な感じがする。

思考するよりも先に恐怖が僕を襲った。

僕はジル様の腕に抱かれながら部屋の様子を窺う。


床には幾重にも重なった陣が書かれており、ガラクタらしきものが散らばっている。

見たこともないムカデのような虫が宙を這っていたり、毒々しい植物の花が発光して甘いにおいをまき散らしたりしていた。


顔を上げると、正面の壁に濃い緑色の植物が根を張っているのが見えた。

茎の部分は大きくせり出し、ジル様の体より太いツタがうねうねと動いていて、少し膨らんだ茎のてっぺんに赤黒い実を沢山つけている。

とてつもない存在感を放つその植物のお化けは、ものすごく近寄り難い。


『…ヌシサマ、ヨうコソ、おコシクダサいマシタ。あタラシキ、#$%%#サマモ。』


最後の単語は聞き取れなかったが、どこからともなく聞こえた、しゃがれたキンキン声に僕の恐怖は増大した。

ぶるりと震えた植物の、ひときわ大きな赤い実には目が5つ。

じろりとこちらを見たかと思うと、僕を抱いたジル様に向かってツタを伸ばしてきた。


僕の耳は恐怖のあまり完全に伏せていた。


「くっくっ、まあ落ち着けルグラン。大丈夫だ。アレを目の前にした生き物は大体そうなる。が、誰もお前を食べたりしないぞ?」


ジル様は笑って僕をぎゅーっと抱きしめた。


「…でも。」

「とはいえアレは本当に危険だ。うっかり食べられないようにな。」

「ええっ!」

『ヌシサマ、ソノヨうナコト、おッシャラナいデクダサい。ワタクシハ、コノミガホロビルマデ、ヌシサマニチュウセいヲ、おチカいモうシあゲマシタノニ。』

「くっくっ、冗談だ。ルグラン紹介しよう、研究室を守っているカルノだ。この部屋はな、そこら中に魔法がかけられているから安易に床を踏めないんだ。用があるときは、入り口でカルノを呼べ。」


そう言って僕をツタに乗せるジル様。

ううっ…ジル様、そんないきなり…。

僕は恐る恐る自己紹介をした。


「は、初めまして。僕はルグランです。その…怖がってごめんなさい。」


カルノの瞳がゆっくりと閉じて、ツタが僕の手を握り数回ぶんぶんと振った。

握手のつもりなのかな?


「カルノはこの城で1番面倒見がいいからな。それに強い。いい遊び相手になってくれると思う、きっと楽しいぞ。」


言いながら別のツタに腰掛けるジル様。

ツタはゆっくりと上昇している。


『いツデモ、おあいテシマス。』

「そうだ、私はレピダに用があるから少しだけルグランを頼む。ルグラン、お前に実験室はまだ早いから待っててくれ、な?」

「う、ジル様…分かりました…。」

「大丈夫だ、すぐ戻る。」


ジル様の乗ったツタが動き出して1つのドアの前に止まる。

それからジル様はドアの向こうに消えていった。


大きな植ぶ…じゃなくてカルノさんと僕と2人きり。


「…あ、あの。」

『#$%%#サマ、スコシマッテテ。』

「は、はい。」


何だろうさっきから。

あの聞き取れない言葉…僕のことかな?


カルノさんが自分のツタを器用に編んでいく。

シュルシュルと編み終えた後には、大人が1人入れるサイズの籠が出来上がる。

カルノさんの体から籠だけが切り離されて宙に浮き、僕の目の前に付いた。


『ノッテ。タノシいヨ、あソボう。』

「あ、えっと…」


躊躇っている僕に、カルノさんは籠に乗るように促している。

戸惑いながらも、僕はぴょこんとツタの籠に飛び乗った。


飛び乗ったのにも関わらず籠は揺れない。

それどころか意外にもやわらかくて、乗り心地は抜群だった。


次の瞬間、籠の中にツタがしゅるしゅると入り込んできてツタはルグランより少し大きめの人型に形成した。

ツルでできた人型が喋りだす。


『ルグランサマ、ワタシハ、ヒトガタニモ、ナレマス。コノヘヤ、あンナいシテあゲル。』

「…わあああ!凄い!カルノさん凄いねえ!僕まだ人化できないんだ…。」


ルグランは羨望の目で人型カルノを見つめた。

カルノに対する恐怖心はもう消えていた。


『ルグランサマナラ、スグニデキルヨうニナル。ジャあ、いクヨ。ツカマッテ。』

「えっと、どこに…うわあ!!」


僕たちを乗せた籠が急に上昇した。

カルノさんが僕をがっちりつかんでくれていたので、体勢を崩さずに済んだ。

先の見えない天井の向かって上昇する籠は、物凄いスピードだ。

籠の底からさっきまでいた場所見えた。

巨大なはずのカルノさんの本体が小さく見える。

もうだいぶ高い。


僕は思わず、ごくっと唾を飲み込んだ。


しばらくすると真っ暗闇を上昇する籠の動きがゆっくりになってきた。


ふと目に映ったのは一筋の白い光。

暗闇の中を蛇のように長い虫のようなものが何匹か這っている。

白く発光していてきれいだった。

思わず身を乗り出してしまった。


僕に気付いた虫の一匹がこちらに近付いてきた。

発光する虫に見入ってしまう僕。


『あ、あンマリチカヅクト…』


カルノさんが何か言いかけた刹那、虫が自身の体を大きく縦に裂いて噛みつこうとしてきた。

虫の裂けた体には、鋭い歯がびっしりついていた。


「うわあああああ!」


カルノさんが虫から僕を遠ざけるように僕を庇った。

カルノさんのツタが虫を絡めとって、こちらも大きく体を裂いたカルノさんに吸い込まれていく。

じゅうと小さな音がした。

どうやら虫は消化されてしまったらしい。


『ココニあルモノハ、スゴクキケン。あブナい。ダケド、スゴクキチョウデうツクシい。』

「カルノさん、ごめんなさい。えと、ありがとうございました。」

『…ゴチソうサマデシタ。』


カルノさんがツタの手で口を拭う仕草を取る。


「……あはははっ。」

『コワガラセタ、ゴメンネ。モットワラッテ、ワラうトうレシい。』


僕は思わず笑ってしまった。

カルノさんが僕の頭をぽんぽんと撫でた。

その間も籠は上へ上へと上昇していた。


そうして籠は別の階についた。


僕は、視界に広がる美しさに目を見張った。


『ワレラノ、タいセツナ#$%%#サマヲココニ、ツレテキタカッタ。』


…やっぱり聞き取れない。

今はそれどころじゃないや!


その部屋は、辺り一面に色とりどりの花が咲き、柔らかそうな草が天から注ぐ光に照らされている。

注ぐ光に太陽のような温かみはないが、見たこともない植物の群が無機的な光を受け芽を伸ばしている。


籠は地面すれすれになって不思議な空間を進んでいる。


「カルノさん、きれいですねえー!」

『ココハ、ワタシガカンリシテいルニワデス。コノホシジュうヲサガシテモ、ココニシカナいモノガタクサン。』

「…うわああああ。」


ルグランは部屋の中心に生える大木を見上げた。

しゅるんと籠のツタが解かれ、草の上に降ろされる。


大木には純白の幹に純白の枝。

数秒ごとに、咲いては散り、咲いては散りを繰り返して幹の周りにこんもりと積もった薄氷色の綿のような花。


『サワッテ、ミテ。』


カルノが綿花をツタの両手ですくって僕に差し出す。

キラキラしてて雪みたいだ。


「え…!冷たい…!あっ!」


触れた途端に、花は光の粒となって空気中に紛れていった。

綿花は本当に雪のように冷たかった。


『コノキノハナハ、ショうゲキヲうケルト、キえテシマう。サワルダケナラ、キえナい。』

「凄い凄い!」


僕は地を駆けて、勢いよく綿花に飛び込んだ。

僕の体重を受け止める冷たくてやわらかい綿花は、ぼふっという衝撃で宙に舞い、光をとなって消えていく。

棉花に埋もれた僕が顔を上げると、枝にツタを巻き付けて木から籠をぶら下げていた。


僕は迷いなく籠に飛び乗る。

先ほどよりも簡易な作りの籠は、飛び乗った瞬間大きく揺れた。

揺れたはずみで小さな風が起こり、風に吹かれた綿花が散る。


「わあああ!凄い!きれいですねえ!」


僕は物凄くご機嫌だった。

それから、僕たちは辺りを駆けたり、揺れる籠に乗ったりして遊んだ。


揺れる籠の中で、冷たく心地良い木の雰囲気を感じながら僕の瞼は重くなっていった。

微睡の中でカルノさんが僕に言ってた、あの言葉を聞いた気がした。




✱✱✱


『わたしたちの#$%%#様が寝ているわ!』

『新しい#$%%#様ですって!』

『#$%%#様、可愛いらしいわ!』


『あマリサワグナ。おコシテシマう。』


✱✱✱




「…ルグラン、待たせたな。少し疲れてしまったかな。」


暖かい感触がしてジル様の声が聞こえた。

目を開けるとジル様が僕を見つめている。


気が付くと僕は、もうすっかり慣れてしまったジル様の腕の中にいた。





評価などして頂けましたら尻尾振って喜びます:)

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