9 銀陽と天狐の里(下)
お読みいただきありがとうございます!
五月病にも負けません(?)
ジルはラグの背に乗って森の上空を飛行していた。
ごうごうと吹き付ける秋の冷たい夜風がジル達を襲う。
「うう、夜はさすがに冷えるな。」
『…ジル様、身を屈めて下さい。少しは風を遮れましょう。』
「ありがとうラグ。」
空を駆けるラグの毛皮に潜り込む。
うーん、ふかふか一級品。
暖かいお日様の匂いがジルを包んだ。
しばらくすると神殿が見えてきた。
この辺は昔、あの人達の村があったよなとジルは思った。
「この辺で降りてくれ。」
『畏まりました。』
降りたところは沢だった。
ラグが鼻を使って天狐の里を探す。
『向こうですね。反対側にも里がありますが牙狼の臭いがします。』
「わかった。」
暗い森を2人で進む。
黒いローブで身を包んでいるジルは闇と同化していた。
ジルは遠視を発動させて促された方向を見る。
「結界のようなものを張って、里が見つからないようにしているみたいだが…」
『弱まってますね。』
「ああ…、行こうか。」
里の入口に着いたジルは自身と人化したラグに薄く隠密魔法をかけようとした。
「ラグ、少し隠密をかけるぞ。これであまり目立たなく行動できる。」
『…ジル様、魔力を抑えて下さい。もう十二分に目立っていると思いますが。』
「…隠すの忘れてた。」
ジル様の魔力は耐性がない者には恐怖でしかないからなあ。
ラグは苦笑いし、ジルの前に立った。
顔を上げると、入口には既に天狐が数名集まっている。
皆何となく顔色が悪い。
松明の横に立つ門番らしき天狐に声をかけられた。
「何奴か?この里に何の用だ。」
ジルは前に進み出て言った。
「私は森の先にある城の主。天狐の族長に話があってきた。私の城で天狐の子供、ルグランと云う名の小狐を保護している。」
風で松明が揺れる。
天狐達にざわめきが走った。
「……!こちらで少しお待ち下さい。」
そう言葉を返され、門の中に通される。
暫くして焦げ茶色の髪の男性とよく似た顔の男の子が現れた。
「ようこそおいでくださいました、銀陽様。私はこの里で薬師をしております、ガルガリでございます。」
「…僕は息子のサニータです。薬師見習いです。」
2人が深くお辞儀をする。
「ほう、私の事を知っているのか。」
「勿論、存じ上げておりますとも。さあ銀陽様、早速ですが、こちらへ。」
ジルとラグは薬師の親子に連れられて里を歩く。
よく見ると里のあちこちに黒いすすのようなものが溜まっており汚れていた。
「…ラグ、この汚れは何だ?魔力以外にも何かを感じる。」
ジルが道端の黒いものを指ですくうと、ラグの目の前に持っていった。
次の瞬間、黒いモヤがさあっと消えた。
『術を介して生じる穢れの様ですね。不快です。光を司る私にはあまり影響がないようですが。』
しばらく歩くと里の中心にある館に案内された。
大きく美しい館は少し焦げていた。
中に入ると、何やら薬品の匂いが立ち込めている。
鼻が利くラグは顔を顰めた。
ジルはすかさず結界をかけてやる。
「この先の部屋なんですが…我々は立ち入ることが出来ないんです。ここまで足を運ぶことが出来るのも、私と息子とそれから族長代理の3人だけなんです。」
「おい!あいつは無事か!生きてるんだよなァ?」
バンと勢いよく扉が開いて、館の中に黒髪の青年が入ってきた。
肩で息をしている。
随分慌てて来たらしかった。
警戒したラグが瞬時にジルの前に出る。
「落ち着きなさいイギヌ、銀陽様に失礼だろう。」
ガルガリがイギヌと呼ばれた黒髪の青年を一瞥する。
「構わない。あの子狐は無事だ。私の城で保護している。」
イギヌは魂が抜けたように立ち尽くした。
「そうか、生きてんのか。よかったァ…。
助けてくれてありがとう、銀陽様。
俺は族長代理のイギヌ。ルグランの叔父でこの先にいる奴の息子だ。」
「ルグランが無事でよかった…。」
少年、サニータが呟いた。
「サニー、銀陽様とお傍の方にお茶を。」
「はい、父様。」
ジルとラグ、天狐の2人は客間のテーブルに腰掛けた。
そうしてイギヌが口を開いた。
「1ヶ月半前、この里で問題が起きた。犯人は族長の地位を狙っていたある男。同時にルグランの魔力を利用して近くにある牙狼族の里を潰そうと考えたんだ。今奥の部屋で昏睡状態にある前族長を毒で弱らせてから計画を実行した。犯人は、魔力順応は弱いが天狐特有の幻惑術に長けていたんだ。過去にそれを使ってルグランの両親を殺している。犯人に抵抗した親父は命を削って術を使った。犯人達は跡形もなく消えてたんだが、術の影響で里もこの有様さ。おまけにルグランは見つからねェし…俺は、心配で心配で…。」
「薬師の私が術解きの香を炊いているのですが、良くなる気配が無くて途方に暮れていたんです。瘴気に触れた里の者達が具合を悪くし始めて、もうこの里はお終いかと…。」
ガルガリは項垂れた。
「…なるほどな。」
ジルは頷き、考える。
さて、どうするか。
ルグランの問題もあるが、先ずはこの黒いのを掃除しないとどうしようもないな。
「私が何とかしよう。片付いたらルグランの叔父上に頼みたいこともあるしな。前族長殿の部屋はこの先か?」
そう言うと、ジルは立ち上がった。
✳
「我々はここまでしか近寄れません。銀陽様、どうかご無理をなさらずに。」
「ああ、わかった。」
客間から更に進んだその先。
館の1番奥の部屋に黒いモヤの原因があった。
部屋のドアが結界のようなものに塞がれている。
ジルは両手に魔力を宿し部屋の中に入った。
人化を解いたラグが後ろに続く。
部屋は黒いモヤで包まれ、物凄い瘴気であった。
ベッドに寝かされている黒い大きな天狐。
その姿は酷いものであった。
血糊で固まった毛が体にへばりついている。
黒い天狐がこちらに目を向けた。
「驚いた、意識はないが起きているぞ。」
『話が出来そうにはありませんね…。』
「仕方ない、そのまま始めよう。ラグすまないが、少しの間天狐殿を抑えいてくれ。」
『はい、ジル様。』
言うなりラグは金の光を放ちながら黒い天狐に近付く。
黒い天狐が首だけ持ち上げて威嚇をした。
ラグは素早く天狐を押さえつける。
ジルは両手に息を吹きかけ、人差し指で空を切り亀裂を作るとぱっくり割れた空間から銀色の液体が部屋に流れ込んできた。
雄叫びを上げながら暴れる天狐をラグが押さえている。
液体はあっという間に部屋を満たすと縮小し始めて、やがて球体となって天狐を拘束した。
部屋の中心に浮かぶ銀色の液体に浸かった天狐。
その体の中からは黒いモヤが溢れ出し徐々にその量が少なくなっていく。
最後には銀の光に包まれた天狐が、何事も無かったかのようにベッドの上で寝ていた。
ジルは近付き、ベッドに腰を下ろす。
「同族を護りし黒き天狐よ…お前の守護術を解く。ゆっくり休め。」
ジルは黒い天狐を頭の先からゆっくりと撫でていく。
尾っぽまで撫できった時、発光した陣が浮かび上がり黒い天狐の体に消えた。
ジルは立ち上がりふうーと息を吐きながら伸びをした。
「助かったよラグ。これだけ堅い術だと疲れるなー。」
『いいえ。
ーやはりいつ見ても、ジル様の魔法は規格外ですよねえ。通常だと薬を使っても三月はかかる解術魔法なのに…。ええ、素晴らしいです本当に。』
ラグが何やらブツブツと…。
「…戻ろうか。天狐殿を寝かせてやらねばな。」
そうして2人は黒い天狐の部屋を後にした。
✳
部屋を出ると館に、里中に銀色の粉が舞っていた。
粉は瘴気を溶かしていく。
『ジル様、確かに何度もやるのは面倒だと思いますが…これは…。』
客間からイギヌとガルガリが駆けてきた。
「銀陽様!素晴らしいです!この里をお助け下さりありがとうございました!」
「何なんだよこの魔法!なんで魔力酔いしねェんだ?銀陽様すげェよ!!」
ジルは頷き、微笑んだ。
「礼には及ばない。星を治める者として、部族同士の干渉に手を貸すことは出来ないが…こういう事に
力を貸すのは当然のことだ。それよりイギヌ殿、折り入って頼みたいことがあるのだが。」
「なんだ…でしょうか?俺に大した事はできませんが。」
ジルは一呼吸置いて言った。
「甥御殿を私に引き取らせてくれないか?」
イギヌとガルガリは驚いた顔をした。
2人の瞳が何故ですか、と聞いている。
「勿論、訳あってだ。あの子狐…ルグランは魔力が強い。今後誰に狙われるかも分からん。そうなればこの里にも危険が及ぶだろう?だから私はあ奴がある程度成長するまで育ててやろうと思うのだ。…その方がイギヌ殿も族長としての仕事と術の練習に集中出来るだろう?」
「…な!俺の術のことをどうして…?」
「父親から受け継いだようだな。ルグランに守護術を掛けていたのはイギヌ殿だ。」
イギヌは自身の手のひらをじいっと見つめている。
ジルはイギヌの手を握って言った。
「ルグランがもう一度目を覚ますためには、私の魔力が必要なんだ。だからイギヌ殿、お前の術を解く。」
「ああ、もちろんだ!俺はルグランが居なくなっちまって混乱して…そもそも術の使い方も知らねェし。」
握られた手が発光した。
やわらかい風が吹き抜ける。
「大丈夫だ。私は魔女だから術のことは詳しく知らんが…使い方は自ずと分かるそうだぞ?早く里の結界を張り直してやるんだ。」
イギヌはジルの目を見つめて言った。
「ありがとう銀陽様。ルグランのこと…頼みます。俺はこの里のために頑張るからさ!」
黒髪の青年が決意を語った。
その瞳は前を向いていた。
「ああ、天狐族の繁栄を願っている。そうだ、前族長殿には休養が必要だ。5年程目覚めないはずだが心配はない。さてラグ、帰るぞ。帰って小狐を迎える準備をしなければな。」
間髪入れずに銀の光がジルとラグを包む。
「…お待ち下さい!一族を以て御礼の宴でもと思っていましたのに!」
ガルガリが慌てて言う。
「何度も言わせるな、礼には及ばぬ。それにな、このことが側近にバレると不味いんだ。考えただけでも面倒だ。」
無邪気な笑顔を浮かべた銀陽の魔女は従えていた魔獣と共に光の中に消えた。
こうして天狐の里に銀陽の伝説が残ることとなった。
偉大な魔法で里を救った伝説の魔女、と。
城に帰ったジルが側近達にガミガミ言われたのはまた別の話である。




