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エスケーブ  作者: Arpad
6/8

エスケーブ#6

 特段何もなかった土曜日は飛ばして日曜日、先週のように書店のスポーツコーナーへ行くと、あの尾行少女が同じように本を立ち読みしていた。

「どうも」

 声を掛けると、尾行少女は弾かれたように振り向いた。

「ほぉっ・・・何だ、師匠かぁ」

 そして、露骨にホッとされた。

「・・・待って、今何て? 師匠?」

「ん? ええ、含蓄のあるお言葉を戴いたので、敬意を込めて師匠と呼ばせてもらおうかと」

「・・・何でそうなる?」

「お言葉を戴いてから、周りに変わったねと言われ、友達も増え、テストも好調でした!」

 いかがわしい通販のサクラみたいだな。よっぽど周囲に明け透けがなかったのだろうな。

「それは何よりで・・・でもな、同級生の女子に師匠と呼ばれる男子高校生の気持ち、考えたか?」

「はい、まんざらでもないかと!」

 よくもまあ臆面も無く、はっきりと言い切るものである。

「いや、普通の男子高校生なら、そうかもしれないが・・・」

「はい、師匠の場合、別になんとも思っていないと考えます!」

 貴女の師匠は冷徹だね。まあ、否定できないのが悔しいけれど。

「何でも良いけど、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」

「はい、何ですか?」

「名前、聞いてないんだけど」

「おお、申し遅れました、私の名前は白井藤香(しらい とうか)です」

 藤香、幸坂さんの言っていた名前と一致する。同一人物と考えて良いだろう。

「なるほど、それじゃあ結果を伝えよう。ここは迷惑だから、向こうの休憩スペースに行こう」

「ちょっと待ってください! 師匠の名前を聞いてないです!」

「ああ、えっと・・・幸坂さんと仲直りしたら教えるよ。出来なかったら、知る必要も無いからな」

「確かに・・・はっ、という事はつまり、結実は!?」

「仲直りする意志があるそうだ・・・条件は多々あるが」

「やった・・・感無量です!」

「喜ぶのは早いし、書店で騒ぐんじゃあない。話を詰めるから、移動するぞ」

 私たちはエレベーターホールに程近いベンチへと移動した。

「あんたが幸坂さんと会うのは明日の放課後、場所はうちの部室棟の屋上だ」

「えっ、明日!? というか他校の中ですか・・・ハードル高いですね」

「ああ、乗り越えてみせろ」

「なんと無慈悲な試練! 不肖弟子頑張ります!!」

「いい加減キャラが崩壊しているぞ・・・それより、幸坂さんにしでかした事、考えてみたか?」

「はい、一応・・・どう考えても、あれしか無いかと」

「あれって?」

「結実が作ったぬいぐるみ、ネットに上げたのがマズかったのかな~って」

「まあ、そうだろうな。何でマズかったと思ったんだ?」

「絶交されたのが、その事を伝えたすぐ後で・・・事後報告だったから、怒ったのかと」

「許可を取らずに画像を上げるのは言語道断だろうに。浅はかとしか言い様が無いな」

「だ、だって・・・結実のぬいぐるみ、ほんとにクオリティーが高くて、皆に自慢したくて」

「はぁ・・・考えてみろ、例えば、変顔が面白過ぎると、誰かがあんたに無断で、その画像を上げていたとしたら?」 

「さすが師匠、リアル過ぎる例えを・・・嫌です、というかタダじゃ措きません」

「簡単に言えば、あんたは今の例えと同じことをしたんだよ。見られたくないこと、知られたくないことを発信されたら、相当なショックだろうな?」

「はい・・・浅はかでした」

「さらに、あんたに向けていた信用分も加算したダメージだ。そりゃ人間不信にもなるだろうな」

「結実が、人間不信?」

「いつもどこか、人と関わることを恐れている。そして、どこまでも自分をひた隠す。同じ轍を踏まないように。それは辛く苦しい日々だったろうな」

「うっ・・・私だって、ずっと苦しかったです。何で絶交されたのかも判らなくて、ずっと心に棘が刺さっているようで・・・授業中、眠れませんでした」

「良かったじゃん」

「冗談です、笑ってください師匠! 目が死んでますよ?」

「判ってる、はしゃいでるんだな? 喜ぶのは早いと言ったろ、幸坂さんに会ったら、ただひたすら謝れ。そしたら、報復があるから」

「報復ッ!?」

「仕返しだよ。仲直りはそれからだ、甘んじて受けるように」

「はい、師匠・・・」

「師匠、師匠言うから、話し方が寄っちゃったけど、そういう事だから。放課後に校門まで迎えに行くか?」

「あはは・・・お願いします」

「はい、素直でよろしい。じゃあ、また明日」

 用を済ませた私が、立ち上がろうとすると、白井に袖口を掴まれてしまった。

「・・・どうした?」

「その・・・景気付けにパッフェが食べたいのです」

「・・・食わせろと?」

「いえ、違います、見くびらないでください・・・ただ、一人で食べているのは恥ずかしいので、相席お願いします」

「・・・はぁ、分かったよ、この前のところか?」

「はい、ありがとうございます!」

「今回だけだからな・・・次は、幸坂さんと来れるように、頑張れよ?」

「あっ・・・はい!!」

 その後、大層美味しそうに食べやがるもんですから、私もパッフェを注文しました。


      

 明くる月曜日、いよいよ今日は幸坂さんと白井のタイマンの日である。朝から幸坂さんは、どこか地に足がついていないような感じだった。実例としては、よく段差に蹴躓いていたことだろうか。放課後、今日は泉さんが部活に来るそうなので、私は今日休むと伝えた。

「珍しい事もあるのね」

 そんな皮肉めいた台詞を残し、泉さんは去っていった。何だかんだ、部長の宿命を代行してくれるのだから、ありがたい。

いつものメンバーと別れたところの幸坂さんと相談し、彼女には先に、屋上の喫茶スペースに居てもらうことになった。それから、泉さんが鍵を取り終えた頃を見計らって、職員室へ赴き、柘植教諭を捕まえた。

「他校の生徒を校内に入れたい? あぁ・・・判るかな、職員用の昇降口の方に、受付があるから、そこで来校手続きをしてもらえば大丈夫なはずだけど・・・問題だけは、起こさないでね? 教頭先生に怒られちゃうから」

 柘植教諭に礼を言い、私は校門へと向かった。そこには既に、セーラータイプの制服を纏った他校生が、所在無さそうに小さくなって待っていた。

「悪い、白井。待たせたな」

 声を掛けると、白井は金属異音が聞こえてきそうな程、ぎこちなく振り返った。

「こんにちは、師匠。待ってましたよ・・・」

 白井の顔色は、どこからどう見ても青ざめている。緊張しているのだろうか、これから宿願に挑むのだから無理もない。

「行こうか、幸坂さんが待ってる」

 彼女を連れて、職員用の昇降口へ向かい、来訪理由は適当にでっち上げて、受付を済ませた。意外と時間を取られてしまったので、急ぎ足で部室棟へと向かう。その道中、白井が溜め息まじりに口を開いた。

「さすが私立、立派な部室棟だなぁ・・・そういえば、結実と師匠って何部なんです?」

「あぁ・・・SE部だ」

「え、エス・・・? 何をする部活なんです?」

「そうだな・・・端的に言えば、何もしない部活だな」

「なるほど・・・頓知ですか?」

「ああ、そうかもな」

 SE部とは何か、それは私にも説明し難いものがある。部員の皆は、周囲にどう説明しているのか、興味が湧いてきた。それからまもなく、私たちは屋上手前の階段踊り場に辿り着いた。

「この先で、幸坂さんが待っている。準備は出来てるか?」

「ウッス・・・あの、師匠は一緒に?」

「いや、二人きりで会ってもらう。俺はここまでだ」

「そっか・・・分かりました、行ってきます」

「ああ、行ってらっしゃい。謝り倒してこいよ」

 私は階段を降りていく素振りを見せながら、不安そうに振り返る白井を見送り、姿が見えなくなってから、急いで屋上への出入口まで駆け戻った。付き添わないが、様子は見守っているつもりだ。腹這いになり、こっそりと出入口の下部から顔を出して、東屋の様子を窺った。どう贔屓目に見ても不審者なのは、遺憾ながら認めよう。

 東屋へジリジリと近寄る白井、そしてそれに気付いていないのか、幸坂さんは俯いたままである。程なくして、白井が片手を上げ、声を掛けた。しかし、何を言ったのかは、こちらからは聞き取れない。おそらく名前だろうが、やはり屋外では話している内容が聞き取れない。集音マイクでもあれば楽なのだが。仕方がないので、懐から双眼鏡を取り出し、読唇術で会話をキャッチすることにした。引きと寄りを駆使して、状況を把握するのだ。

 まず白井の接近に気付いた幸坂さんが顔を上げた。それから白井が幸坂さんの目の前まで歩み寄り、いきなり90°まで頭を下げた。幸坂さんは面食らっているが、唇の動きを見る限り、予定通りに白井が謝罪を始めたようだ。しばらくして、白井の唇の動きが止まった。目立った失言も無く謝罪し終え、幸坂さんの反応待ちなのだろう。

 幸坂さんの方は、じっと白毫を見据えたまま、動かない。まるで裁定を考える閻魔大王の如くである。さて、次に予定されているのが、幸坂さんによる報復タイムなのだが、どのような事をするのか。ビンタ、往復ビンタ、顔面への膝蹴り、後頭部への踵落としに回転ソバット。駄目だ、アグレッシブなものしか思い付かない。

 そしてついに、幸坂さんが立ち上がった。頭を下げたままの白井に近付き、何事か呟いた。顔を上げて、そう言ったと思われる。これはビンタだろうか。言葉に従い、白井が顔を上げる。それに呼応して、幸坂さんの右手が動く。その右手は白井の頬の横を通り過ぎ、額の前で止まった。まさかと察した瞬間、幸坂さんがデコピンを放った。デコピンとは盲点だった。それは白井も同じらしく、豆鉄砲を食らったハトポッポである。ここからは未知のやり取りになるので、読唇術に集中しよう。

「藤香・・・何で、栗柄君を巻き込んだの?」

「栗柄・・・君?」

 南無三、名前を教えてなかったせいで会話に齟齬が発生してしまった。察せ、察するんだ、巻き込んだの部分で私の事だと。

「あ、ああ、それは・・・」

 なんとか察することは出来たようだが、答えあぐねている。そんな白井の額にもう一発、デコピンが見舞われる。

「それは、一人じゃ仲直りは無理だと思って・・・あの時も何度も謝ったけど駄目だった。もう、どうしたら良いのか判らなくて・・・そしたら偶然、結実と一緒に歩くその、栗柄君? を見掛けて、チャンスかもしれないと」

「・・・一人じゃ出来なかった?」

「私は、馬鹿だから。ずっと怒らせた理由が解らなかった。あの人に叱られて初めて、自分がどれだけ結実に甘えてたか気付けたよ・・・私、変わるから、親友に戻ろうとも言わないから、また友達になってくれませんかッ!」

 いつの間にか、白井の目から大粒の涙が溢れていた。それを冷静な表情で見据えていた幸坂さんは、もう一発デコピンを打ち込んだ。これは赦せなかったのか。私が焦りを感じた次の瞬間、幸坂さんはそっと白井を抱き締めた。幸坂さんの頬にも涙が伝っている。

「うん・・・知ってたよ、藤香がどれだけ向こう見ずだったのか。大抵の事は赦せたけど、あの時のは駄目だった。怒っていたのもあるけど、簡単に赦したら、藤香はずっと変われないと思ったから・・・結構、陰口叩かれてたんだよ?」

「知らなかった・・・でも今は、仕方ないと思う。酷かった、私は」

「信用、裏切ったこと・・・私は赦せない。赦したいけど、赦せない。もし、それでも良いなら、仲直りしてほしいな・・・駄目、かな?」

「駄目なはずない、お願いしているの、私だよ? 赦されなくても良いから、友達で居てほしいよ」

 それから二人は、抱き締め合いながら、ただ泣きじゃくり始めた。赦せなくても、赦されなくても友達で居たい、か。私には体験の無い感情だが、どうやら仲直りは出来たようだ。さて、お節介はここまでにしておこう。双眼鏡を懐に戻したその時、腰部に衝撃が走った。具体的に言うと、蹴られたようだ。

 教師に見つかったのか、言い訳を三通りほど考えながら振り返ってみると、もっとヤバイ方が居た。

「・・・こんな所で、何をしているのかしら?」

 泉さんだ。

「ああ・・・どうも」

「珍しく帰ったと思えば、覗きとはね。明日からは・・・あら、泣いているの?」

「え?」

 頬に触れてみると、濡れていた。

「感涙ってやつかな・・・良いものを見たから」

「・・・ふぅん」

 泉さんも昇降口から顔を覗かせ、屋上の様子を窺った。

「・・・よく見えないわ。栗柄君、双眼鏡」

「えぇ・・・はい」

 私が渋々双眼鏡を取り出すと、泉さんはそれを引ったくった。

「あれは・・・幸坂さん? 誰かと抱き合っているようだけど・・・なるほど、幸坂さんにはそっちの気が」

「ん? どうかしたか?」

「それを見て感涙するということは、栗柄君にはそういう癖があるということに・・・」

「待って、何か誤解されている気がする! 説明させてください!!」

 斯々然々と事の経緯を説明し、泉さんも納得してくれた。

「なるほど、それで・・・貴方のここ最近の言動、行動の理由が判ったわ」

「良かったよ、いらぬ誤解を受けずに済んで」

「つまり私は、あの子の罪まで被せられていたというわけね」

「罪って・・・ああ、尾行の件か」

「冤罪だと主張したのに、貴方は信じなかった」

「まあ、泉さんは限りなく黒に近いグレーだから・・・謝るよ」

「謝罪が欲しいわけではないわ。欲するとしたら、そうね・・・あのナイフを返してもらえないかしら?」

「ああ、あれ? 断る。そもそも、罪は犯しているのだから、譲歩する義理は無い」

「あら、残念・・・それでは、私は失礼するわ」

 特に残念がる様子もなく、双眼鏡を私に押し付けると、泉さんは去っていった。意図は不明だが、彼女の場合、一挙手一動足に意味があるようで、気が抜けない。彼女が帰るということは、既に17時を回っているのだろう。気付かなかったな、チャイム。さて、私も退散せねばと起き上がり、制服についた汚れを叩き落としていると、屋上から戻ってきた幸坂さんと白井と鉢合わせてしまった。

「師匠!?」

「栗柄君!? え、師匠?」

「ああ・・・仲直りおめでとう、二人とも」

「師匠、見てたんですか?」

「あぁ、うん・・・ちょっとね、心配で」

「は、恥ずかしいです・・・」

「さすが師匠、やっぱり弟子が心配だったんですね・・・そうだ、仲直りを記念して、私たちに訓辞をください!」

「はい? いきなり訓辞とか無茶ぶり・・・そうだな、まずは弟子、貴様からだ」

 すみません、悪ノリし易いのが私の悪いところ。

「はい、師匠!」

「貴様はアホみたいに素直な奴だ。その素直さ、実直さは武器になるが、隠す必要はあれ、直す必要は無い。今までは素直さという剥き出しの刃物を振り回していたようなものだ。笑顔で包丁振り回してくる奴、嫌だろ?」

「はい、嫌です!」

「なら、鞘に納めておくんだな、必要になるその時まで」

「はい、肝に命じます!」

 楽しんでるな、こいつめ。

「それから、幸坂さん・・・」

「は、はい・・・」

「幸坂さんには、ここへ来たことを後悔しないで欲しいかな」

「あっ・・・」

「どうせ仲直りするなら、同じ高校に行けば良かったと思うかもしれない。でも可能なら、これからも一緒に部活の維持を手伝って欲しいなって・・・はい」

「も、もちろんです! あまり役に立ちませんが、これからもよろしくお願いします!!」

 幸坂さんは、今は懐かしきあのヘッドバンキングの様なお辞儀をかましてきた。それを見て、私は苦笑し、白井はケラケラと爆笑した。

「あ~懐かしいや・・・私こそ、ここに来ていれば良かったな~なんて。師匠も、私が居ないと寂しいのではありませんか?」

「いや・・・全然」

「酷いッ!? 結実との扱いの差が激し過ぎる。これが格差社会か!」

「いや、言ったろ? 俺は完全に幸坂さん側だって」

「少しはかまってくださいよ~!」

 腕にしがみついて来ようとする白井を片手で制しながら私は冷笑し、幸坂さんはコロコロと鈴鳴りの様に笑った。

「さて、そろそろ帰るか」

 こうして、尾行少女白井が持ち込んだ仲直り事変は解決した。これでやっと、穏やかな日々がやってくる。そう、私は信じていたのに。


      

 仲直り事変の翌日、私は衝撃の事実を知ることになった。

 なんと、今日から中間試験一週間前であり、試験が終わるまで、全部活活動停止なのだそうな。ゆえに、幸坂さんが仲直りを急いだのだと今さら知るのであった。ともあれ、まずは教室の個人ロッカーに放置している教材を持って帰ることから始めねばなるまい。ちなみに、ロッカー内には常に体操着が一着ストックされているぞ。

 さて、中間試験は五科目、まったく対策をしていなかったが、大丈夫だろうか。そんなドギマギを抱えながら、あっという間にテスト期間の2週間が過ぎていった。

 テスト返しに費やされた、5月最終週の火曜日。我々は久方ぶりに、部室に勢揃いしたのであった。それには理由がある。部員に赤点、つまり補習対象者が出ると、特に罰則は無いが、学校側の部活への心象が悪くなるからだ。なので、このような日には、部内で点数確認をするのが伝統になっていると、私の悪友グループから教えられた。そういえば、彼らは、戦々恐々としていたな。

「え~皆さん、とりあえずテストお疲れ様です。お忙しい中、明良君も来てくれているので、さっさと点数確認して、解散したいと思います。では先ずは、キャラ的に点数が心配な暁乃からお願いします」

「いきなり失礼だな、てめぇ!?」

 支倉姉は、机を叩いて立ち上がり、私の首を絞め上げてきた。

「お、おい・・・明良は、急ぐんだろ? 協力しろよ」

「ちっ、覚えとけよ・・・」

 悪態をつきながら、提示したテスト用紙を確認していくと、少し意外な結果が判明した。

「おお、全部平均点以上だ・・・」

「悪いかよ、こちとら補習なんて受けてる暇なんて無いんだよ」

「ほんと根は真面目なんだよな・・・根は」

「おい、何か言ったか?」

「いいえ、何も。次、手堅そうな明良と幸坂さん、同時に行っちゃいましょう!」

 二人の提示した結果は、ほぼ平均点の一回り、二回り上の点数であった。

「さすが手堅い。安定感のある点数、見習いたいですな。それじゃあ、次は・・・」

 泉さんを指定しようとしたその時、支倉姉がそれを制止した。

「時間が無いんだろ? お前らも同時に出していけよ。対戦形式みたいにさ」

「ええ・・・別にそんなことしなくても」

「つべこべ言うな、まずは現国からな!」

 泉さんを見ると、肩を竦めてはいるが、解答用紙を構えている。意外と乗り気の様だ。

「せーの!!」

 支倉姉の掛け声に合わせて、我々は解答用紙をカードの如く、机に提示した。その結果に部員一同、絶句していた。

「98に・・・100?」

 威勢の良かった支倉姉が、ヘロヘロと力無く着席した。ちなみに、98が泉さんである。

「・・・負けた」

 泉さんは、ぼそりと呟き、私を一睨みしていった。どうも負けず嫌いの傾向があるな、彼女には。

「さて暁乃、次は?」

「あ、ああ・・・じゃ、英語で」

 その結果は、100対92で泉さんに軍配が上がった。見てみると、どや顔をしてやがった。

「おいおい、何だよこのハイレベルな戦いは!? 次、次いくぞ!!」

 支倉姉の絶叫と共に対戦は続行され、次の歴史は、95対100で私の勝ち、続く化学は95対95で引き分けた。そして、残すは数学のみとなった。

「なんて接戦なんだ・・・あたしがドキドキしてきたな。まずは、泉からだ!」

 泉さんの数学の点数は、98であった。

「あはは、なるほどな」

 泉さんの点数を見て、私は思わずニヤついてしまった。

「これは勝敗が決したな」

 思わずそう発言したくなる答案を、私は開示した。

「50点だ」

 その瞬間、部室内にはどよめきが走った。

「きょ、極端過ぎるだろ~!?」

 支倉姉は、腹を抱え、足をバタつかせながら、大爆笑した。

「・・・人には、得意不得意があるが、ここまで落差があるものだとはな」

 支倉弟は神妙な面持ちで、点数を眺めている。

「い、意外というか・・・赤点ギリギリですね」

 赤点ボーダーは45点以下、幸坂さんはもはや、失笑していた。

「あら、本当に勝負が決したのね」

 泉さんは小さく微笑み、私だけに見えるようにガッツポーズをこっそりと決めていた。

「ああ、数学は大の苦手なんだ。ひとまず、赤点じゃなくて良かった」

「ははっ、さすが栗柄だな。予想出来ないオチだぜこれは」

 支倉姉が笑い過ぎでヒーヒー言いながら、肩に手を置いてきたので、払い除けてやった。

「喧しいぞ・・・さて一応、全員赤点はいないみたいだな。というわけで解散!」

「あ、あたしより、低いとか、あははッ・・・くはッ!?」

 もはや呼吸困難に陥りそうな支倉姉を、弟が背中を擦りながら、退室していった。

「私も、今日は失礼しますね」

 幸坂さんも一礼してから、部室を後にした。白毫と仲直りしてから、心なしかハキハキと話すようになった気がする。

「は~い、お疲れ~」

 そんな彼らを手を振りながら見送り、何故か帰らない泉さんに目を向けた。こちらを見て、ニヤニヤとほくそ笑んでいる。

「・・・何?」

「いいえ、貴方も部長らしく成ったものだと思って」

「一応、間借りなりにも部長だからな、それらしくは振る舞うべきだろう?」

「ええ、そうね・・・それでも、そのパフォーマンスはやり過ぎではないかしら?」

 泉さんは顎で、私の数学の答案を示した。

「・・・パフォーマンス?」

「・・・え?」

「数学的な思考は好きなのだが・・・なぜか問題を目の前にすると思考が停止してしまうんだ」

「そ、そう・・・それでも、支倉さんよりは上であってもらいたいわね。さもないと彼女、笑い死ぬことになるわよ」

「そうだな・・・俺もこのままではマズイと反省していたところだ。次はまともな点数にしておく、暁乃に負けたのは悔しいし」

「ええ、よしなに・・・」

「それで、そんなお節介を言う為に残ったのか?」

「いいえ、違うわ・・・そろそろ、我慢が出来なくなってきたの」

「・・・何だ? 奇声を発しながら、夕陽に向かってランアウェイしたいのか?」

「はぁ・・・解っているくせに、わざと焦らすのが好きなのかしら?」

「回りくどいからだよ、はっきり言いな」

「・・・そろそろ、貴方を殺したいのだけれど?」

 泉さんは、至って平然とした面持ちでそう呟いた。

「・・・あれから一ヶ月も経ってないじゃないか、あんたの衝動はそんな強いのか? 貴重な2回目だぞ?」

「いえ、今回は別の衝動、思い付いた方法を試してみたいの」

「辻斬りかよ」 

「安心して、検証よ。通用するか否かで、最終アタックを慣行するつもり」

「まったく、人を着実に攻略しようとするんじゃないよ」

「あら、不満そうね?」

「当たり前だろ・・・最近は、この部の空気も悪くないものになってきたからさ、泉さんもそれに当てられてないかなって、期待してたもんでね・・・」

「・・・影響が無いと言えば、嘘になるわね。今は、かつて無いほどの充足感を得ているせいか、私の衝動にも変化が生じてきたもの」

「・・・変化?」

「ここへ来たばかりの時の私は、感情を抑圧することに辟易していたの。感情のままに、気に入らない人間を消してしまいたかった。貴方たちに声を掛けたのは、ただ楽をすることばかり考える、存在に値しない人種だと判断したから」

「なんとまあ・・・酷い言われ様だこと」

「誰でも良いから、消してしまいたかった。誰かの息の根を止めれば、私はこの世から解放されると考えていたから。この、息苦しい世界から、一刻も早くね・・・貴方を選んだのは、私と対しても一歩も引かなかったから。面白いと思ったの」

「選ばれた理由、テキトーだぁ・・・」

「私には、簡単に人を殺せる術があった。息をするように、唐突に、当たり前に。貴方を冷たい固まりに出来たはずなのに・・・面白くない?」

「あはは・・・笑えないぞ、この野郎」

「貴方は立ちはだかる壁。それを避けては通れない。だって、悔しいもの」

「はぁ・・・要約すると、通り魔的犯行から計画的犯行に変わったと?」

「ええ、そうね」

「それは面白い、刑期が段違いだ」

「もう他を狙うつもりは無いわ。必ず貴方を仕留めてみせる」

 ほんと、綺麗な眼をしやがって。呆れるほど真っ直ぐな殺意に、私は嘆息するしかなかった。

「はぁ・・・先にストレスで死んじゃいそうだ」

「それは大変、私も困るわ。なんなら、ストレス解消法でも調べておきましょうか?」

「それを、ストレスの元凶に言われてもな・・・」

「なら、死ぬ前に殺してあげる」

「はぁ・・・いっそのこと、さっさと三回終わらせて、改心させた方が楽なのか?」

「では、早速だけど・・・あら?」

 泉さんは、言葉を途中で切り、扉の方を注視した。私も、それに釣られて扉の方に意識を向けると、ある事に気付いた。

「・・・足音?」

 この時間、部室棟のこの階に居るのは、我々くらいなものと調べはついている。ゆえに、物音は少なくて足音が捉え易く、その大体が我が部への来訪者だと察しがつくのだ。それは泉さんも承知なようで、視線を送ると、頷き返してきた。ほんと、共犯の様である。

 談笑しているのも変なので、私は本を、泉さんは携帯を取り出して、各々夢中になっている芝居を打った。そして、足音は扉の前で止まり、ドアノブがいきなり回された。あれ、この登場、既視感があるぞ。

「こんちゃっ~す!!」

 現れたのは、お世話になった軽音部の先輩であった。名前は確か、木偏が全てに入っていた、そう樗木先輩だ。私の脳裏に、先日のキャトルミューティレイションの件が過り、少し警戒しながら、先輩に話し掛けた。

「樗木先輩!? どうしたんですか、急に?」

「やあやあ部長くん、元気してたかな? テストは大丈夫だったかな?」

「あ、はい、どちらもオールグリーンです・・・じゃなくて、樗木先輩、今日も生徒会の用事ですか?」

「え? ああ、違う、違う。今日はちょっと個人的に気になったことがあって、来たのだよ」

「はぁ・・・何でしょうか?」

「それはだね、部活の活動報告書ってあるじゃない? あれの提出日って文化系の部活は6月の始めなんだけど・・・知ってた?」

「・・・え?」

 一瞬、頭が真っ白になった。先輩の言っていることは理解しているが、心が動揺している。当たり前のように7月末だと思っていた。そう決め付けて、確認していなかった、不覚。

「・・・すみません、初耳です」

「おお、良かった~。用紙は今日から生徒会にて配布でね。私は取りに行こうとして、もしや部長くん知らないかもと思って、ここへ来た訳なんだけど・・・一緒に行くかい?」

「はい、ぜひ!」

 私は二つ返事で、先輩の誘いに乗った。生徒会室へ行くと、書記殿から当たり前のように活動報告書の用紙を手渡された。さりげなく、活動報告書の提出が遅れたらどうなるのか聞いてみると、不提出として、既存の部活は休部に、新設の部は廃部に処されるのだと言う。知らずに不提出となっていたら、うちは廃部の憂き目に遭っていたのだ。樗木先輩の閃きが無かったらと思うと、鳥肌が立つ。

 私は、樗木先輩に丁重に感謝の意を伝え、今度お礼の品を持って挨拶へ行くと約束した。先輩は、気にする必要は無いと笑いつつも、それならぜひお菓子をと、ちゃっかり所望してから、練習があると走り去っていった。先輩、廊下を走ってはいけませんよ。むっ、これにも既視感があるような。そんなこんなで、部室へ戻った私は、まだ残っていた泉さんに、努めて笑顔で問い掛けた。

「おい、どういうことだ?」

 この問いには、活動報告書に関しては泉さんに一任していたがどういうことなのか、そういった憤怒が込められている。

「・・・どうやら、真実を話す必要があるようね」

「・・・真実?」

「ノープランなの」

「・・・何が?」

「活動報告に関して、私の中にプランが無いのよ」

「・・・つまり?」

「書くことが何も思いついていない。そう言えば、解るかしら?」

 解った、ゆえに、私は膝から崩れ落ちた。そんな無慈悲な事があるだろうか。突然、提出日が来週と知ったのみならず、内容がまさかノープランだとは、あまりに無慈悲。

「ノープランって・・・じゃあ、パソコンで何してたんだよ!?」

「ゲームよ、牧場経営の」

「何で、ゲーム!? というか、やってたのが血生臭いものじゃないのが意外だよ!」

「楽しいわよ、牧場?」

「そうじゃないんだよ、カウガール? 部を存続させる約束はどうしたんだよ!?」

「ええ、だから色々と考えたのだけど・・・思い付かないの。そもそも、活動なんてしてないのだから」

「あんたが、そのように、作ったんだろう!?」

「ええ・・・でも、あの時は誰かを殺して解散、という計画だったから、こじつけで作ったの。続けるなんて、想定していなかった」

「なん、だと・・・」

 絶句とは、これこの事である。

「何で、どうして・・・今まで黙って・・・」

「時間がある内は、自力で解答を導き出そうと思っていたの。でもまさか、提出日がここまで近々だったとは、知らなかったわ・・・」

 泉さんも、私と同じミスを犯していたというわけか。ノープランの件も、丸投げしていた私にも非があると言える。カッコ悪い事を言えば、泉凛撞、もう少し出来る奴だと思っていたが。

「・・・どうあれ、今週中に仕上げなきゃいけない。とりあえず、明日から全部員に話を聞いて、ヒントを探すか・・・ああ、それと、今は緊急事態だから、殺しに掛かるのは禁止だからな!」

「それは、残念ね・・・」

 明らかに、落胆の色を見せる泉さん。萎らしい仕草は初めてみたが、同情の余地は無い。

「とにかく、今週は報告書の完成を最優先にするから。泉さんも毎日来てもらうからな?」

「あら、何故私だけ?」

「当然だろう、部活の運営は大丈夫だからと幸坂さんや支倉姉弟を引き込んだのは、俺たちなんだから・・・約束したんだ、掌を返すような真似はしたくない。それに、二人の方がディスカッションで考えが纏まり易いかもしれないし」

「なるほど・・・分かったわ。栗柄君に指図されるのは心外だけれど、部の存続は私と貴方のデスゲームを続ける条件ですものね。臥薪嘗胆の心持ちで、協力させてもらうわ」

「ツッコミ所はたくさんあるが・・・今回は時間が無い、主導権は俺が握らせてもらう。サポートに徹してくれるとありがたい」

「ええ、お手並み拝見と行きましょうか」

 泉さんにも面談すると伝え、今日はこの辺で解散とした。

 前触れも無く訪れた、SE部存亡の危機。この難局は、なんとしても乗り越えなければならない。

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