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エスケーブ  作者: Arpad
4/8

エスケーブ#4

 5月の始め、ゴールデンウィークを分断するように、一日だけ登校日が設定されている。肩の傷が完治していない私には憂鬱この上無いが、休む理由には出来ないので、やって来ましたよ、ちゃんと。

 幸い体育の無い火曜日なので、滞り無く授業を受け、昼は支倉姉弟と会食、放課後は部室へゴーである。あんな事があったとは思えないほど、いつも通りの流れ。ほんと、全てが夢だったみたいだと、私は肩の傷を撫でるのである。数日中には抜糸しよう。

 ただ、部室へ入る時は、少しだけ緊張する。やっぱり、ナイフとか飛んで来そうで。

「こんちゃ~っす!!」

 景気付けに樗木先輩風に入室してみると、部室では幸坂さんと泉さんが談笑していた。もう一度言う、幸坂さんと泉さんが談笑している。

「く、栗柄君・・・こんちゃっす!」

 律儀に返してくれる幸坂さんの横で、泉さんが意味深な笑みを浮かべていた。

「ありがとう、幸坂さん。ところで泉さん、ちょっと良いかな~?」

 満面の笑みで泉さんを手招きし、部室の外へ連れ出した。

「What are you doing now !?」

「あら、意外と流暢な発音ね」

「ああ、どうも・・・じゃない! 何をしてたのかな、あんたは?」

「何ってそうね、Girls talkかしら?」

「ガールズトークは日本語だから! いや、そこじゃないな。何でいきなり談笑しているの!?」

「私が幸坂さんと話していて、何か問題でもあるのかしら?」

「あるよ! このタイミングはもはやブラックジョークとしか言いようが無いだろう?」

「私の趣味は、目の前のこの人をどうやって料理しようか考えること。想像の中で殺しても、問題無いでしょう?」

「・・・思想犯って言葉知ってます?」

「この間にも、既に貴様は三回死んでいる」

「あはは・・・おいおい、キャラが変わり過ぎて怖いのですが?」

「・・・そうね、その通り。自分を見失っているかもしれないわ。しばらく放っておいて・・・」

「まあ、事を起こさなければ・・・大丈夫か?」

「ええ・・・少し風に当たってくるわ」

 泉さんは、明らかに疲弊した顔で、よたよたと歩き去っていった。行き先は部室棟の屋上だろうか。それよりも殺人チキンが情緒不安定って、大丈夫なのだろうか。

 嘆息しながら部室へ戻ると、幸坂さんが心配そうにこちらを窺っていた。

「あの・・・な、何かあったんですか?」

「あ、いや・・・泉さん、調子悪いみたいだったから、保健室に行くように奨めてたんだ」

「そ、そうなんですか・・・やっぱり」

「・・・やっぱり?」

「いえ、その・・・今までに無いくらい積極的で、表情も見たこと無いくらいコロコロ変わっていたので、変なものでも食べたのかなって」

「あはは、なるほど・・・」

 泉さん、これが貴女の印象ですよ。何を食ったらああなるのか気になるが。

「でも、泉さんってもっと恐い人だと思ってたので新鮮で・・・話せて良かったなって思います」

 ああ、中身は殺人チキンだから間違って無いよ。

 しかし、評価は悪くないみたいだな。あの鉄仮面に戻る前に、交遊関係を結ばせるのも手かもしれない。完全に自分を見失わせれば、あの厄介な癖も沈黙するかもしれないからだ。

「うん、良いと思う。ガンガン話し掛けて行きましょう!」

「あ、いえ・・・それはちょっと」

 しまった、人間不信には地雷だったか。誰か、コンポタ持ってきて。

「そっか、まあ仮にも部員同士だから、世間話が出来るくらいな仲が良いかな? 部長の心情としては」

「は、はい・・・頑張ります」

「いやその、頑張らなくて大丈夫だよ・・・そういえば、泉さんとはどんな話してたの?」

「それは言えません」

 今までに無いくらい、幸坂さんがはっきりと喋った。しかも、目が死んでいる。

「そ、そっか・・・」

 何だ、この反応は、いったい何を話していたんだ。気にはなるが、幸坂さんが口を割ることはないだろう。

 必死に愛想笑いを浮かべていると、泉さんが帰ってきた。心なしか、いつもの余裕が戻っているように見える。

「い、泉さん、体調は大丈夫?」

 幸坂さんが問い掛けると、泉さんは微笑んでみせた。

「ええ、大丈夫よ。私はいつも通り」

 あ、駄目だこれ。泉さんはまだ不調らしい。ということは、アイデンティティーを書き換えるチャンスだ。

「二人とも、このあと時間ある?」

 二人に問い掛けると、泉さんはすぐに頷き、幸坂さんは一応と前置きして頷いた。

「ご飯、食べに行こうか?」


      

 学前から一つ隣の駅に、木漏日という名の割烹屋がある。

 割烹屋と聞くと、割りと小さいアットホームな場所を想像するが、そこは料亭と言うべき立派な造りであった。とてもじゃないが、高校生風情が足を踏み入れるべき場所ではない。動揺を隠せない幸坂さんと何かを察したような泉さんを背に、私は引き戸を開けた。

「ごめんくださ~い」

 引き戸の先はもちろん玄関であり、程無くして、ここの女将だろうか、奥から着物の上に割烹着を着た女性がやって来た。

「いらっしゃいませ~」

 物腰の柔らかいその女性は、我々の姿を見て、少し首を傾げた。

「あら、その制服・・・」

「すみません、予約していないのですが、席は空いていますか?」

「ええ、カウンターは埋まっているけど、奥の座敷で宜しければ」

「はい、そこでお願いします」

「かしこまりました・・・暁乃ちゃん、お客様をご案内して」

 女将が声を張ると、奥から同じく着物の上に割烹着姿で、結い上げた髪を揺らしながら、しずしずと支倉姉がやって来た。

「いらっしゃいま・・・!?」

 挨拶の途中で、我々だと気付いた支倉姉。普段から想像も出来ない、化粧のような澄まし顔が、瞬く間に崩壊していった。

「暁乃ちゃん、奥の御座敷にご案内してね」

「はっ・・・こ、こちらです」

 女将の言葉で我に返った支倉姉は、表情を取り繕って、しずしずと案内し始めた。

 座敷へ向かう道中、横目でカウンターを窺う事が出来た。カウンターでは、大将と並んで調理と接客をこなす明良の姿があった。残念ながら、こちらには気付いていないようだ。

 小グループ用のこじんまりとした座敷へ通されるなり、支倉姉は襖を閉め、私の胸ぐらを絞め上げた。

「どういう事だ、あ?」

「いや、お前らの実家が気になったからさ。来ちゃった☆」

「来ちゃったじゃねぇよ! どうやってここを・・・」

「キーワードで検索出来ちゃうのをご存知か?」

「くっ、だからってなあ! いきなり来る奴があるか~!?」

 私を揺さぶり始める支倉姉、もはや半狂乱である。

「あ・き・の・ちゃん」

 襖が開かれ、笑顔の女将が姿を現した。

「何をしているのかしら?」

 笑顔の圧力に、支倉姉はすぐさま胸ぐらから手を離し、佇まいを正した。

「ごめん、母さん・・・」

「お・か・み?」

「すみません、女将」

「はい、良くできました」

 女将は満足そうに頷くと、私と目を合わせてきた。

「娘と息子が御世話になっております、母の遠乃と申します」

 丁寧な挨拶をされたので、こちらも相応の返礼をした。

「こちらこそ、御世話になっております。SE部の部長、栗柄と申します」

「あら、話は子供たちから聞いておりますわ。お陰様で、二人が家業に専念することが出来ています」

「それは良かったです。それなら、我が部にも存在価値があるというもので。女将の事も、自慢の御母堂だと伺っておりますよ?」

「あら、お若いのに御上手ね。うちの子になっちゃう?」

「あはは、それは・・・遠慮しておきます」

「そこはマジトーンかよ!?」

 流石に堪えかねたのか、支倉姉が思わずツッコんでしまった。結果として、女将に視線で圧されてしまうことに。

「うふふ、残念。では、そちらの御嬢様方はどうかしら?」

 女将が泉さんたちの方へ挨拶に行くと、すかさず支倉姉が詰め寄ってきた。そして、声をひそめて問い詰めてくる。

「それで、目的はなんだ?」

「ん? 食事と報告かな?」

「何の報告だよ?」

「泉さんの目的が判ったから、教えに来たのさ」

「学校で良かったじゃねぇか!?」

「ノン、またしばらく休みだろ? 忘れそうで」

「忘れるなよ!? まあ来ちまったものはしょうがないから、聞くけどさ」

「ああ、目的は・・・」

「暁乃ちゃん」

 私が言葉にしようとしたその時、女将がこちらを振り向いた。彼女の視界に入る前に、支倉姉は私と距離を保ち、姿勢を正す。

「はい、女将」

「御注文をお伺いして、料理をお持ちしたら、お客様も少ないし、今日は上がって良いからね」

「はい、女将」

「じゃあ、後はお願いね」

 女将が一礼して去っていくと、支倉姉は嘆息し、肩を落とした。

「ったく、お前らが居ると調子狂うんだよな・・・まあ、とりあえず座れよ」

 接客モードは諦めたのか、支倉姉の言われるままに、我々は掘り炬燵式の席についた。私の正面に泉さんが、その隣に幸坂さんが腰を降ろす。

「御注文は?」

 問われたので、私はメニューを手に取った。

「う~ん・・・わからん、オススメは?」

「あ? そりゃあ、季節のだろ」

「じゃあ、それで。二人はどうする?」

 尋ねると、二人とも同じものを所望した。

「はいよ、すぐに出来っから」

 支倉姉が退室していくと、今度は泉さんがため息をついた。

「急にパソコンを貸してくれと言うから何かと思えば、まさか支倉家に突撃するなんて」

「悪いね、閃いちゃったもんで」

 幸坂さんは先程から、落ち着きが無い。

「あ、あの・・・こ、こういうお店って、お高いのでは!?」

 ああ、そういう心配。

「大丈夫よ、幸坂さん。言い出した栗柄君がきっと払ってくれるから」

「まあ、そのつもりでいたけれど・・・言われると釈然としないな」

「そ、それは申し訳ないですよ!」

「大丈夫、ここで発生する金額は、栗柄君が支倉さんを驚かせる為の必要経費だったのだから、遠慮せずに頼んでしまいましょう」

「ちなみに、出すのは今頼んだやつだけだからな~」

「あら部長、ケチ臭いのね」

「理不尽だ!」

 ああだこうだ言い合っているうちに、支倉姉がどんどん料理を運び込んで来ていた。

 旬の山菜をふんだんに使った炊き込みご飯や天麩羅等々、後は判らないが、思いの外品数が多い。お金、足りるよね。

 運び終えると、支倉姉は私の隣にどかっと腰を降ろしてきた。

「待たせたな、食って良いぞ」

 態度悪店員だな。

「とりあえず・・・頂きます」

 しばしの間、皆それぞれ見慣れぬ料理に嬉々として箸を伸ばし、舌鼓を打つことになる。

 そして、あらかた食べ終えた頃に、こちらの食事シーンをぼんやりと眺めていた支倉姉が口を開いた。

「それで、泉の目的って何なん?」

「ああ、それな」

 答えようとして、脛に痛みが走った。泉さんだ、水を含みながら、何を口走るつもりなのかと目で訴えている。ならば、その目を見返しながら、答えてやろう。

「泉さんがこの部を立ち上げた目的は・・・友達作りだ」

 泉さんは噎せていた。予想外だったのだろう、ざまあみろ。

「友達作りだぁ? ・・・おいおい、マジかよ」

 支倉姉は、信じられないと言わんとする目付きで、泉さんを見た。一方の泉さんは、幸坂さんから差し出されたハンカチで口元を拭うと、渋々といった感じに頷いた。

「ええ、そうね」

 貴女たちを殺す為に集めたの、なんて言えないし、言い訳としてはちょうどから受け入れるしかない。そう、これが私の狙いだ。

「・・・何だよ、それなら早く言えよ!」

 こうして、支倉姉の泉さんへの疑念は氷解した。後は、憎まれ口を叩きつつも、泉さん、幸坂さん、支倉姉の会話は弾んでいく。

 これはきっと、泉さんの心に大きな衝撃を与えているだろう。良くも悪くも、今までの自分を維持出来なくなる。それが吉と出るかは、私には判らないが、見ていて微笑ましいものである。

 時刻は20時に差し掛かろうとしている。宴も竹縄だが、そろそろ帰る頃合いだろう。伝票を探していると、スッと横から差し出された。

 見るとそこには、笑顔の女将が居た。

「どうぞ、こちらです」

「ああ、これはどうも」

 驚いた、いつの間に。伝票を見ると、目算より半分もお代が安かった。

 女将を見ると、言葉にするまでもなく説明してくれた。

「お料理の中に、新人が作ったものがありましたので」

 新人、それはおそらく支倉弟、明良の事だろう。粋な事をしてくれるものだ。

「では、その方に美味しかったとお伝えください」

「あら、本当に良い子ね。今度こそ、うちの子になっちゃう?」

「あはは・・・遠慮しておきます」

「だから、何でマジトーン!?」

 談笑していたはずの支倉姉に、後ろから両肩を掴まれ、揺さぶられた。

「あらあら、またフラれちゃったわね。でも、友達では居てあげてね」

「ええ、友達・・・友達ですかね?」

「それは、ぼかすなよ~!?」

 泉さん友達大作戦、思い付きだが、成功と言えるかな。

 帰り道、電車を学前で降りると、背後に泉さんが居た。幸坂さんと手を振りながらお別れした時は、彼女の隣に居たはずなのだが。

 まさか、ここで殺しに来るのか。完全に背後を取られているから、今は見返り、目線で制することしか出来ない。

「何をいきり立っているの、流石の私もこんな往来で手は出さないから」

 泉さんは確信犯的笑みを浮かべながら、私の隣に歩み出てきた。私は警戒はしつつも、改札口へと歩き出す。

「じゃあ、何用で?」

「栗柄君は、何処へ帰るのか気になった。としか言い様が無いわね」

「何を白々しい・・・尾行してきてたじゃないか」

「あら、やっぱり気付かれていたのね。退いておいて正解だった、というわけかしら」

「そうですね、全部お見通しでしたね」

「・・・全部?」

「・・・えっと、何故疑問符?」

「私が尾行したのは一度だけ。先週の水曜日のだけなのだけど?」

「・・・えっ? 先々週は?」

「知らないわ」

「本当に? わざと含みを持たせているだけなのでは?」

「いいえ、それも面白そうだけれど、違うわ」

「真ん中の言葉が気になるが・・・本当に?」

「ええ、誓うわ」

「むぅ・・・本当に?」

「疑り深いわね・・・まあ、疑念を持たれても不思議では無いけれど」

「何というか、泉さんであって欲しかったというか・・・そうでないと怖いというか」

「私以外にも狙われているなんて、栗柄君も罪深い男ね」

「人をジゴロみたいに言わないでくれる?」

「あら、一介の高校生が料亭に女を二人も連れて行けるものなのかしら?」

「言い方! 言い方に悪意が満ち溢れてますから! 普通に働いて得た給金ですから」

「意外ね、栗柄君がアルバイトをしていたなんて」

「まあ・・・不定期のだけど」

「へぇ・・・それだけで、一人暮らしも?」

「それは・・・はっ!?」

 私は答えようとしていた我が口を咄嗟に手で覆った。しかし、時既に遅し、泉さんはほくそ笑んでいた。

「そう、一人暮らしなのね」

「見事に誘導してくれやがって・・・でもまあ、察しはついてたんだろ?」

「ええ、まあ。家族のいる家にあの傷で帰れば、騒ぎにならないはずが無い。それに日々の言動を照らし合わせれば、容易に想像出来るわ」

「なるほどな・・・あえて、明言はしないでおくけど」

「妥当ね・・・さて、行きましょうか?」

「・・・あれ、どっか行くの?」

「もちろん、貴方の家」

「あはは・・・断る」

「あら、うら若き乙女が、男の一人暮らしへ乗り込もうというのに、断るの?」

「血に飢えた乙女の間違いでは? 自宅に引き入れたが最後、自殺に見せ掛けて始末されてしまう」

「考え過ぎではないかしら? そこまでガードが堅いと、モテないのも頷けるけれど」

「徹頭徹尾余計なお世話だ。そっちこそ、嫌に探りを入れてくるじゃないか?」

「ええ、前回の反省は獲物の下調べが足らなかったこと。今度は万全の準備で仕留めてあげるつもり」

「嬉しくないねぇ、そんな気遣い」

「そんなに、照れることはないわ」

「照れる要素どこよ・・・それと、最近気になるのだが」

「何かしら? スリーサイズ?」

「・・・泉さん、よく笑うようになったな」

 冗談は、寒いが。

「・・・そうかしら、表情筋というのは御し切れないものね。ええ、認める。私は今、楽しんでいるわ。貴方という好敵手の存在に」

「はあ・・・浮かれているの間違いでは? 絶対ふざけてるだろ」

「さあ? どこからが本気で、どこまでがおふざけなのかを決めるのは、貴方次第・・・それに、楽しんでいるのは貴方も同じはずだけど?」

「う~ん・・・そうなのかな? 知り得た知識をフル活用して問題に取り組むというのは、確かに腕が鳴るものではあるが・・・」

「貴方は獲物として手応えがあり過ぎた。私の衝動が音を発てて膨らんでいくのが判ったわ・・・貴方は、そんな狩人に再挑戦の機会を与えてしまったの」

 不敵な笑みを浮かべる泉さん。不気味なはずのその笑顔には、悔しいほど邪気が無かった。

「そうか、それは照れますな。期待通り、狩人を廃業に追い込んで差し上げよう」

「それはそれは、楽しみね」

 そこで、我々は改札口へたどり着いた。それなのに、泉さんは踵を返していた。

「今日は帰るわ、おやすみなさい」

「・・・そうか、気を付けて帰れよ」

 人を襲わないように。

「御心配、痛み入るのだけれど、むしろ狙われているのは貴方なのだし、気を付けて帰るべきは貴方の方だと思うわ」

 確かに、尾行犯が他に居るなら、用心するに越したことはない。

「だけど、それを狙ってくる奴に言われるのは、どんなブラックユーモアなんだか」

「ええ、そうね」

 泉さんはそのまま、歩き去っていった。どうやら、降りたホームへ戻るようだ。好敵手を楽しんでいるとは、お互いに本気で遊べる相手が居なかったのかもしれないな。

 そんな事を考えながら、改札口を通り抜けようと、ICカードをかざしたが、ブザー音と共に、バーに押し留められてしまった。

 チャージが、不足していたようだ。


      

 気付けば、支倉家を電撃訪問してから五日の時が流れていた。

 そのうち、二日間は傷の治癒の為に湯治へ赴き、帰ったところで抜糸を試みた。幸い、傷は綺麗に塞がっており、後は縫い後が消えるのを待つのみである。後の三日は飛び込みの仕事に赴いて、連休最終日の今日を迎えたわけである。

 特に予定も無いので、鈍った身体をほぐしがてら、学前駅ビルの書店にでも行こうと思う。あそこの書店は規模が大きいので、割と重宝している。自宅からは、学前駅までランニング。走ったのは、体力テスト以来か、さっそく体力が衰えたのか、動悸が激しい。軽い目眩に襲われながらも、なんとか目的地へ到着した。

 息を調え、いざ書店へ。特に読書にジャンルは無いが、哲学書も読み飽きたので、護身術あたりの本でも読もうか。刃物で襲われる想定を本気でしていなかったのが、今回の怪我の遠因とも言えるので、学んでおく必要があるだろう。護身術はスポーツ系の書棚だったかな。スイスイと人の波間をすり抜けて、書棚にたどり着いたが、先客がいた。先客がいると、本が取り辛いのだが、幸い目的の書棚はその隣であった。適当に対刃用の護身術本を手に取り、目を通す。

 思ったよりも興味深い内容だったので、読み進めていると、不意に隣の客がアッと驚きの声を上げた。何事かと目を向けると、驚愕の面持ちでこちらを指差していた。誰だ、年の近そうな少女だが、全然見覚えがない。つまり、指を差される筋合いは無いということである。

「・・・何ですか?」

 少し不快感を匂わせながら、見知らぬ少女に問い掛けた。

「こんな偶然が・・・ここで会ったが百年目!」

「いえ・・・初対面です」

「今度こそ、逃がさない!」

 逃げた覚えも無いのだが、そう言われると何か引っ掛かるものがある。何だろう、もやもやするな。

「こうして面と向かえば、巻かれることも無いからね!」

 バッチーンと欠けていた思考ピースが嵌まるのを感じた。シナプスが交流したというか、点と点が繋がったというか、要するにひらめいたのだ。

 私は手にしていた本を書棚へ戻し、嘆息してから、彼女の手首を掴んだ。

「俺も・・・捜してたんだ」

「ちょっ、何、離してよ」

「離さない」

「待って、いったい何を・・・」

「・・・警察、行こうか?」

 尾行犯、こいつだ。

「・・・へ?」

 明らかに動揺し始める尾行少女、おっとメンタルが弱いな、動揺させて主導権を握らせてもらおう。

「あんた、尾行して来ただろ。ストーカー規制法って、御存知か?」

「待って、あれはそういうつもりじゃ・・・!?」

「ストーカーは皆そう言うんだよ。あと話は交番で聞くから」

「貴方が警官みたいになってるから!? 嫌、こんな事で前科持ちなんて・・・」

 少女の顔がみるみる青ざめていき、身体が小刻みに震え出す。まあ、本当に連れていったところで、痴話喧嘩の類いだと思われて無下に追い返されるだけだろう、民事不介入とか言って。そこら辺気付いてないみたいなので、仕上げと行こう。

「なら目的を話してもらおうか、内容によっては不問にしてやろう」

「それは・・・貴方が結実の彼氏なのかと思って・・・」

「結実・・・?」

 聞き覚えがあるような、それもつい最近に。

「・・・あ、幸坂さん?」

「そう、幸坂結実!」

「・・・幸坂さんとは、どういったご関係で?」

「その、友達・・・だった、少し前まで」

 またもバッチーンと思考のピースが嵌まる。

 こいつだ、幸坂さんの人見知りの元凶。


      

 騒ぎ過ぎると書店に迷惑なので、とりあえず上階のカフェに場所を移すことにした。

 私は抹茶ラテを啜りながら、この厄介な案件をどう処理するのか思案する。警察云々の話をしたばかりだと言うのに、この尾行少女はまったく、パフェをかっ食らうとはどんな神経しているのだろうか。ああ・・・無神経か。

「最初にはっきりさせておくと、幸坂さんと付き合ってない。同じ部活に所属し、帰りが重なったに過ぎない」

「ああ、そうなんだ・・・(咀嚼)・・・良かったような・・・(咀嚼)・・・良くないような」

「・・・まだ警察に突き出さないとは言ってないのたが?」

「はっ!? はい、話します。えっと・・・色々と行き違いがありまして、結実と絶縁した上に、仲直りの機会すら与えてもらえてません」

「そうか・・・事情はよく判らないが、おそらくあんたの無神経さが全ての元凶だと思うから、全力で直せ」

「ちょっと、ちょっと・・・(咀嚼)・・・誰が無神経ですか、まったく・・・(咀嚼)・・・失礼しちゃうな」

「そこだ、そこ・・・もの食べながら話すな。あんたには、周りからの評価を気にする目が欠けてるんだよ。反省なさい」

「そんな、会ったばかりの人に、ボロクソに言われるなんて・・・(咀嚼)・・・傷付く」

「はあ・・・話が前に進まないなあ。つまり、あんたは幸坂さんと仲直りしたくて、俺をつけ回してたと?」

「そうそう、いつも見失っちゃうんですけど」

「まあ、巻いてますからね・・・それで、どうやって仲直りするつもりでいるんだ?」

「とりあえず、貴方に仲裁してもらって、後は私が突撃・・・的な?」

「ああ、なるほど・・・それは間違いなく失敗するだろうな」

「え、何で?」

「いや、少しは考えようよ・・・あんたは仲直りという名の御祓について何も理解していないからだ」

「み、みそ・・・??」

「御祓だ、み・そ・ぎ! 高校生にもなって、神道をたしなまないとはな・・・」

「たしなまないよ!? 大抵の女子高生、神道、たしなまないよ!?」

「はあ・・・汝マイノリティであれ。さて、禊というのは罪に穢れた身を雪ぐという意味。絶縁されたのは、あんたがそれに値する事をしでかしたからであって、仲直りするには、あんたが幸坂さんにしでかした事を償わなければならないわけだ」

「・・・ごめんなさい、何を言っているのか解りません!」

「そうか・・・すまない、最近はこんな話し方する人とばかり話していたから・・・コホン、もう大丈夫。簡単に言うと、ごめんなさい、うん良いよ、そんな時代は終わったということだ」

「う~ん・・・確かに、謝っても許してもらえなかったなぁ」

「その時、こう言わなかったか? よく分からないけど、傷付けたならごめん! なんて・・・」

「ああ・・・言いました」

「その場合、重要なのは何をしでかしたか認識することだったんだ。とりあえず、謝っとけば大丈夫なんて発想は、今ここで捨てると良い。例えるなら、俺はあんたを警察に突き出したいと思っている、何故かな?」

「だからそれはッ!?」

「私は悪くない、そう言いたいのだろう。だが、どんな理由があれ、あんたが犯罪行為を行なったことに変わりは無いんだ。あんたがいきなり、誰かに尾行回されたらどうする? 得体の知れない奴に追い回されるんだ、理由も分からずに」

「・・・怖いです」

「自分は狙われているという恐怖が四六時中、頭の中に居座り、全ての暗がりに悪人が潜んでいるように思えてくる。気軽にコンビニ、なんて気分にはなれないだろう?」

「なれないです、引きこもります」

「散々苦しめた挙げ句、私には事情があるので許してくれ、なんて言われてみろ、どうしたい?」

「警察に突き出したいです!」

「そうか、なら行こうか!」

「はい!! ・・・はっ、行きたく無いです、許してください!?」

「判ったか? 今のがお前が自分の都合しか考えないで行動した結果だ」

「はい! 筆舌し難い苦痛を与えてしまって、申し訳ございません!!」

「そうだ、それが正しい謝罪というものだ。あんたには他者の身になるという視点が欠如している。動く前に、良く良く周りに与える迷惑を考えることだな。それは今回の事のみならず、今後犯罪行為をしてしまわない為にも必要な事だ」

「はい、肝に命じます!」

「・・・そこでだ、あんたは俺への落とし前をどうつけるつもりなんだ? 警察に行きたくないなら、どうするんだ?」

「えっと、それは・・・私に出来ることなら、何でもさせて頂くとしか」

「へぇ・・・何でもか。本当に何でもするのか?」

「それは・・・はっ、まさかそれを口実に私と爛れた関係を迫ろうと!?」

「昼ドラの見過ぎだ!」

「はいっ、ごめんなさい!? では、何なのでしょうか・・・?」

「簡単だ、俺の視界から消え失せろ、永遠にな」

「・・・えっ?」

「次に、俺の視界に入った場合、即通報する。ここへは良く来るのか?」

「・・・はい、大概揃うので」

「ならば、俺に会わないように、せいぜい気をつけることだな。会えば即あんたの脛に傷がつくことになる。誹謗中傷がありふれたネット社会で、やっていけるかな?」

「・・・無理です、生きていけません」

「・・・なら、消えてもらおうか。そして、俺の存在に恐怖しながら、時効になるまで怯えて暮らすと良い」

「・・・私は、消えません」

「・・・何故?」

「貴方に、協力してもらえないと、結実と仲直り、出来ないから・・・」

「・・・それは、あんたの我が儘に過ぎない。あんたが楽になりたいだけ何じゃないか? 幸坂さんは仲直りを望んでいるのか? 彼女にとっては、その行為が苦痛以外の何者でも無いかもしれないのに」

「だって、だって・・・」

「だってじゃない、理由を考えろ」

「・・・・・・このままだと、ずっと結実を傷付けたままだから。私が捕まっても、苦しませたことを謝らないといけないと思うから」

 やっと理解したか、私は内心、ホッとしていた。尾行少女は今、目尻に涙を溜め込み、震えながら泣き出しそうになるのを押し留めている。それは、犯罪者になる恐怖からではない、友に与えた苦しみを理解し、後悔と慚愧の念が爆発しそうなのだろう。簡単に言えば、自分がどんな馬鹿をやらかしたのか、やっと判ったところわけだ。

 正直、ここまで追い詰めると良心が痛むが、これを理解した上で挑まないとお互いが傷付くだけだ。そんな泥仕合を、みすみす行なわせるわけにはいかない。けっして意趣返しではない。

 さて、そろそろネタバラシと行こうか。

「・・・自分がどうなろうと、友人の傷を癒したいとは、面白い解答だ」

「・・・へぇ??」

「人は他人の痛みを理解した時初めて、その他人に寄り添うことが出来る。今のあんたなら、心からの謝罪が出来るだろうな」

「・・・え、えっと、つまり?」

「仲直りするチャンスをやろうじゃあないか」

「あ、ありがとう・・・」

 安心したのか、尾行少女の目から涙がこぼれ、頬を伝い出した。

「ほら、公共の場で泣くんじゃ無いよ、ほらこれで拭いて。それも相席している俺に迷惑なんだからな」

 俺は自前のハンカチを手渡し、拭くように諭した。ハンカチで涙を拭い、流れ的に鼻をかまれないかと心配だったが、さすがにそこまではしなかった。

「ぐすっ・・・そうだね、貴方が泣かしたって思われちゃうよね」

「ああ、よく分かっているじゃないか」

 まあ、間違ってないんだけどね。

「相手の立場に成ることが、仲直りの最低条件だ。今の感覚を忘れるなよ」

「はい、わかりました」

「ああ、それと・・・警察には突き出さないから、大した罪にはならないし。というか、無罪?」

「ありが・・・え、それ、本当?」

「まあな、そもそも俺、気にはなってたけど、ほぼ忘れてたし」

「えぇ・・・いったい、何がしたかったの?」

「無神経、自己中っ子の荒療治かな? 仲直りにはそれが必要だし、ここで理解させておかないと、本当に犯罪者として捕まっちゃうかもしれないからな」

「・・・私を、心配してくれた?」

「心配とは少し違う、目に余っただけ。不愉快な者に不愉快と伝えただけ」

「あの・・・言い方、キツすぎない?」

「ああ、それが俺の悪いところ。直す気は無いけど・・・さて、チャンスをやると言ったが、すぐにとはいかない。一週間くらい時間をくれ」

「え? 何で?」

「事を起こす前に、幸坂さんの気持ちを確認しておかないと・・・先に言っておくが、俺は絶対的に幸坂さんの味方だ。彼女が望んでいないなら、この話は忘れてもらう」

「そうだね、無理強いは出来ないよね」

「時には避けられない別れがある。今回がそれに当たるのか、確かめておく。あんたはその時の事をよく思い返して、何をしでかしたか把握しとくんだな」

「はい・・・了解です。でも、携帯とかでやり取りした方が・・・」

「携帯、持ってないんだ」

「・・・高校生だよね?」

「うるさい。では、閉廷。会計は、割り勘で!」

 一難去ってまた一難、ゴールデンウィークの終わりに、厄介事がやってきました。だるいなぁ。

 バイバイしてから気付いたが、ハンカチの回収と名前を聞くのを忘れた。

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