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エスケーブ  作者: Arpad
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エスケーブ#1

 私の学校は、部活動へ強制的に入らなければならない。

 それは入りたい部活のある学生には何の問題も無いことであるが、特にしたいことの無い学生には酷な校則であり、拘束である。

 入学から二週間という期限が迫る中、私は知り合ったばかりの学友らとエスケー部を掘っ立てることにした。もちろん、某企業を崇め奉る部活ではなく、ペーパーカンパニーや呑みサークルなどに類する、校則に対する逃げ道の仮称なわけである。

 事実、我が校にはどう考えてもエスケー部な部活がいくつかあるが、どれも加入し難いものばかりだった。

 なので、新たなものを創造しようという我々の話し合いは、物凄く盛り上がっていた。関係の無い方向に。

「ケバ部とか、どう?」

「バイ部とかは?」

「南部とか?」

 会議は踊る、されど進まず。匙を投げたくなるような男子学生の不毛な会話。君たち、本当にそれで3年間過ごす気なのかと詰め寄りたくなる案しか出ない。

 お題がブのつく言葉で部活を作るな大喜利じゃあないのだから。まだケバブは解らなくもないが、バイブは何をするのか、ひたすら震えているつもりなのか。南部に至っては地域名で、鉄器でも作りたいのだろうか。

 悶々とした気持ちはあれども妙案は無く、俺たちのヘイブンを作ろうとか宣っていた私も、人のことを言える義理ではないのだが。

 まあ、誰も本当にエスケー部を作ろうとは思っていないのだろう。入る部活を選定するためのディスカッションといったところか。

 私としては、逃げ道が欲しかったのだが、諦めてどこかの部活に入るしか無いだろう。色々と考えておかねばならない。

「栗柄は? 何かある?」

 栗柄とは、私のことである。ぼんやりしていたので、話を振られてしまったようだ。

「そうだなぁ・・・ブ、ブだろう・・・・・・ベルゼブ部?」

「あはは、何だよその部活、悪魔でも呼び出すのかよ」

「おいおい、悪魔崇拝とか斬新だな! 人に聞かれたらどう答えるんだ?」

「(笑)」

 お茶は濁せたが、いよいよ会議は進まないようだ。このまま、駄弁りとして楽しんで帰ろうと決めた時、このグループに歩み寄ってくる人物がいた。

「私もその話に一枚噛ませてもらえないかしら?」

 驚いたことに、女子生徒の乱入である。しかもなぜか、私をガン見してくるのだが、あれか、私がこの愉快な仲間達の首魁に見えるのだろうか。

 それより名前を何と言っただろう。なかなか綺麗な子だが、名前の記憶に無い。自己紹介の時に囃し立てられていたのは覚えているが、私はどうお茶を濁そうか考えていて、聴いていなかった。

 言葉に詰まっていると、学友達が反応してくれた。

「泉さん本気か!?」

「来たよ、これ。来ちゃったよ俺の学生生活っ!! 泉さん、いらっしゃいませぃ!」

「(笑)」

 一人微笑んでばかりの奴がいるが、どうやら泉さんと仰るらしい。目的が読めないので、私は少し黙っておこう。

「貴方たち、部活もどきを作るのでしょう? 私としても、時間外まで拘束されるのは不愉快極まりないの。これで規定の5人だから、さっさと立ち上げてしまいましょう。出ている案は?」

「その・・・ケバブ?」

「ああ・・・バイブ?」

「・・・南部?」

「ベルゼブブ!」

 一人だけ自信ありげに答えてみたが、どうしよう凄い睨んでくる。

「どうやら、聞こえていた不毛な会話は現実だったようね・・・貴方たち、本気で部活を作るつもりあるの? そんな肩書きで3年間過ごすつもり?」

 よくぞ言ってくれましたと拍手したいところだが、空気は最悪である。浮かれていたところをソバットでへし折られたようなものなので、仕方ないだろう。ここは、私が言い返してやろう。

「ああ・・・言いたいことは解るのだけど、エスケー部を考えるのは大変なんだよ。まずは審査に通りそうな内容を考えないといけないし、思い付いたとしても、次は顧問の獲得だね。教師も遊びじゃないから、説得するには相応の大義名分と熱意が必要だろう。なんたって顧問になってくれる先生は、この提案を職員会議で発言しないといけないからだ。妙な部活のせいで、自分の心象を悪くしたくないだろうし。それに、万が一承認されたとしても、年に三度の活動報告を求められる。前期、学祭、後期の3つ。報告を怠ると即時解体だから、本当の意味での放置は出来ない・・・まあ、だから妙案が出にくいわけで、ついふざけてしまう気持ちも理解して欲しいな、なんて」

「お断りね」

 ぶった切られてしまった。

「私が望んでいるは、くだらない人間関係や馴れ合いからの解放。これからの時間を惰性に費やしたくないから、隠れ蓑が必要で、だからここに居るの。今、彼が語った内容を他に把握していた人はどれくらい居るのかしら?」

 美しい花には棘が有るとは、昔から伝えられてきましたが、これはもう軍用ナイフである。繊細な男子のハートは切り刻まれてしまったよ。

「・・・悪い、栗柄。俺、帰るよ」

「・・・俺も、また明日な。いや、明日来れるかな?」

「(笑)」

 学友たちは、そそくさと帰っていってしまった。無理もないことだが、それでも微笑みを絶やさない君には残っていて欲しかった。

「惰弱、あまりに脆弱ね」

 憮然とする泉さんに、私も少し腹が立ってきていた。

「あのさ、いきなり来て組織を破壊しないでくれるかな? 当たり屋かなんかですか?」

「これくらいで崩壊するような集まりでは、来たる試練には太刀打ち出来ない。それは貴方も分かっていたはず」

 そう言われると、ぐうの音も出ない。言葉を失っていると、泉さんは空いた席に腰掛けていた。

「あれ、どうしてお座りに?」

「言ったはず、私には隠れ蓑が必要なの。だから、作らなければならない。人材は見つかったわけですもの」

「もしかして、わた・・・俺の事でしょうか?」

「ええ、及第点だけど」

 ほんと、何様なんでしょう。ここは皮肉ってやりましょう。

「でも、3人も不足しちゃってるんだけどな、誰か様のせいで」

「言ったはず、脆弱な人材は役に立たない。目的は無くてもやる気はある生徒でないと」

「そんな都合の良い人材が、都合良くこの学年に存在していて、都合良く参加してくれますかね?」

「学年で捜している時間は無いわ。このクラスで揃えるの」

「はい? ここで?」

 周囲を見渡すと、放課後になったというのに、けっこうな人が残っている。

「この時間でも残っているということは、何かを変えようと考えている証拠。ここから他と混ざれないような個性を見出だして」

「個性って・・・扱いにくい人は一人で十分なんだけど」

「あら、私の事のように聞こえるけど?」

「いや、あんただよ」

「心外ね、よく言葉を考えてから発言しているつもりだけど」

「よく相手に突き刺さる言葉を考えてから、でしょうに」

「ふふっ、どうかしらね。それよりも、人材を捜しなさい。時間は有限よ」

「捜せと申されましても、さっぱり・・・」

「目につく奴を捜せば良いの」

「はぁ・・・」

 渋々、私は再度教室中を見渡した。あちこちで小グループが駄弁るよくある放課後、その中に身を寄せ合って密談する男女の姿があった。交際

しているのだろう、真剣にこれからの事を考えている様子だ。

「見つかったかしら?」

 泉さんに問われて、私はあのカップルを答えた。

「なるほど、デートする時間欲しさに、名前くらいなら貸してくれそうね」

 また身も蓋もない。

「私も見つけたの」

 泉さんが顎で示した方には、小グループの中で妙におどけた女子生徒がいた。

「あの、四苦八苦してる子?」

「ええ、中学とは離れた高校に来て、人脈も無く、早く拠り所を得たいと必死なのよ」

「えぇ・・・どこからそんなプロファイリングを?」

「自己紹介で言ってたわ、出身中が遠いって。聴いていなかったの?」

「ああ、まあ・・・泉さんは全員のを聞き逃していなさそうですよね」

「当然、人材はどこに眠っているか判らないもの」

「わお・・・」

「さて、私はあのカップルに声を掛けてくるから、貴方はあの子を釣ってきて」

「言い方の語弊が凄いよ・・・なんで、逆なの?」

「あのカップルは、実利を求めていて、あの子は人情を求めているから。そして、私は実利を与えられて、貴方は人情を与えられるから」

「俺が・・・人情?」

「気持ち悪いほど、情感に富んだ話し方をするでしょう? 役者でも目指しているかのように」

「目指してません・・・というか、一人であのグループに突貫しろと? 玉砕しろと?」

「大丈夫、もう解散するだろうから」

「え?」

 言う通り、グループは程なくして解散していった。残ったのは、釈然としない表情をしたあの女子生徒だけであった。

「さあ、行きなさい」

「えぇ、でもなんて・・・」

「彼女の名前は幸坂さん。貴女が必要だってことを伝えれば良いから」

「え、ああ・・・分かったよ」

 必要だと伝えれば良い、必要だってことを伝えれば良い。そう心の中で唱えながら、声を掛けてみる。

「幸坂さん」

「は、はい?」

「君が・・・必要なんだ!」

「え・・・えぇ!?」

 ストレートに伝えてみたが、何か変な空気なので、ここでネタバラシ。

「部活を・・・作るんですか?」

「そうなんだよ、幸坂に入りたい部活が無ければ、協力して欲しいな~と思った次第で」

「あの・・・何故私なんかに?」

「それは・・・幸坂さんの事が心配で」

「え?」

「自己紹介の時から、気になってて」

「ええ!?」

「声掛けて来いって・・・泉さんが」

「そんな・・・え? 泉さん?」

「そう、泉・・・なんちゃらさんが、幸坂さんを見出だしたみたいで。胸が苦しくなるほど、コミュニケーションがぎこちなかったからさ」

「うぅ・・・けっこう、はっきりと言いますね」

「えっと・・・ゴメンね」

「いえ、そんな・・・本当のことですし」

「例えば・・・人には言えない趣味がある、とか?」

「・・・ひっ」

 幸坂さんは、あからさまに表情をひきつらせていた。分かりやすい、実に分かりやすい。図星を突かれた時は、私も気をつけよう。

「あのさ、俺は合法なら大抵の趣味と話しても大丈夫だと思うんだ」

「ご、合法ですよ!? その・・・あの、ネットに曝さないでくれますか?」

「えっと、流石にそれは洒落にならないからしないよ。したら普通に告訴されちゃうしね」

 笑わないで、程度じゃ無いのか。どんな趣味なんだ。

「それなら・・・その私、デスメタルが好きでして」

「で、デスメタル!?」

「やっぱり変ですよね! 曝さないでください!!」

「ふ、普通~」

「・・・あれ?」

「至って普通の趣味だね。もっと週刊紙の見出しみたいな趣味かと・・・」

「意外じゃないんですか?」

「いや、意外ではあるよ。幸坂さんは普通に可愛らしい女子だからね。むしろ、テディベア作りとか言われたら笑ってたかも・・・アザトスギテ」

「テディベア・・・作りました」

「あ・・・もしかして、デスメタルメイクにしてみたり?」

「はい・・・その昔、信じていた友達にネットへ曝されて・・・」

「おぅ・・・まさか、それで人間不振になって、地元から離れた高校にしたなんてことは」

「はい・・・」

「・・・その、ゴメン。冗談のつもりが」

「こちらこそ、冗談みたいな人生ですみません」

 地雷を踏むとは言うが、地雷原を駆け抜けた気分である。下手な繕いは追い詰めるだけ、ここは逆手に取りましょう。

「テディベアの画像、あったりする?」

「え、あ、はい」

 幸坂さんは、携帯の電源を入れて画面を見せてくれた。授業中はちゃんと切っているんですね。というか、壁紙にしていましたか。

「どうですか?」

「う~ん、これは・・・クオリティが生半可ではないというか。圧倒的で、引き込まれるものがありますね」

「か、可愛いですか?」

「コメントは差し控えておきますが、そのお友達もきっと幸坂のことを自慢したかったんじゃあないでしょうか」

「・・・コメントが、ウケるwでした」

 救いようがねぇ。必死に突破口を捜していると、テディベアに刺繍された文字に目が留まった。

「この刺繍・・・バンド名かなにか?」

「はい! 好きなバンドです」

 わあ、テンションが段違い。

「ベルゼブブって読むんですよ!」

「へぇ、ベルゼ・・・ブブ? ・・・ベルゼブブ!?」

「ひっ!?」

 これは運命のいたずらか何かなのか。

「偶然とは思えない・・・幸坂さん、貸出用のCDとかあるかな?」

「はい、ライブDVDなら!」

「重い! でも貸してください!!」

「はい!!」

 何とか、空気を盛り返したところで、凍てつくようなおぞ気に、私は振り返った。

「私は、釣ってこいとは言ったけれど、ナンパしてこいとは言ってないのだけど?」

「イヤだなぁ、ナンパなんて出来ないよ」

「そうかしら? 端から見れば、立派なナンパ師だったわよ。進路は役者ではなくて、ナンパ師にしたのかしら?」

「どちらも目指してません。というか、そっちのカップルはどうだったのさ?」

「姉弟だったわ」

「・・・はい?」

「双子だそうよ」

「マジか、似てないな!?」

「ええ・・・そこのカップル、と呼び掛けたら口論になったわ。あの姉は跳ねっ返りよ。気を付けなさい」

「口論ってことは、駄目だったの?」

「いいえ、部活には困っていたから、内容次第では名前を貸してくれるそうよ」

「おお、それは偉ぶることはありますね」

「ええ、そうでしょう? さて、幸坂さん。ナンパ師のいる部活になるけど、参加してみてはいかが?」

「あ、あの・・・」

 ああ、幸坂さんが混乱している。人間不信には、このプレッシャーは耐え難いよね。

「わ、私も内容次第ということで」

「ええ、了解したわ。それでは、また明日の放課後には案を纏めてくるから、その時話しましょう」

 話がまとまったので、各自解散というわけで。一緒に帰ったりはしない。そんなことを望んでいる人なんて居なかったから。


      

 明くる日の放課後、教壇に立つ泉さんの前に、私と幸坂が座らされている。

「先日公言したように、部活の内容を考えてきました。傾注するようにお願いします」

 お願いしている言葉のチョイスでは無いと思うのだが、泉さんは気にすること無く、淡々としたトーンで説明を始めた。

「我々が目指すところは、拘束されない部活作り。俗に言うエスケー部を作ることにあります。内容は職員会議を通すこと、部の存続は我々の在学中のみにしたいことを鑑みて、マイナーかつマイナー過ぎず、目立たず近寄り難いものにする必要がありました・・・ここまでで質問は?」

 私は手をあげた。

「先生、巻きでお願いします」

「・・・良いでしょう、次に移ります」

 泉さんは、テキパキとプロジェクターの準備を始めた。意外とスクリーンを降ろすのに難儀していたので、そこは手伝いました。

「ではまず、部活名から発表します」

 パワーポイントを起動する泉さん、そこまで作り込んできたのか。

「その名も、社会実験部です」

 それ、何する部活よ。字面おっかないよ。

「皆さん、首を傾げていることでしょうから、簡単に説明します。社会実験部とは、部員それ自体が実験対象、つまりモルモットです」

 これまた身も蓋もない。

「実験内容は、部活動を忌避する生徒が集まった場合、どのような部活動をするのか、というものです」

 なんだ、その逆説的過ぎてゲシュタルト崩壊まっしぐらな実験は。

「本来、隠しておくべき本音を前面に出すことで、学校側にもメリットが生まれます。我が校の実状としては、部活が続かなかった隠れ無部活生徒が学年全体(一年を除く)の3割を占めているという現状です。しかも、それは増加の一途を辿っている」

 まさか、円グラフやここ6年間の統計まで用意しているとは。

「この様に我が校は、自己矛盾を抱え、それを意図的に放置し、結果として肥大化させていっています。その悪循環を打破する試みが、社会実験部なのであります」

 怪しい企業説明会みたいになってきたな、壺やら水でも売り付けられそうだ。

「社会実験部に集まったのは、潜在的無部活生徒たちです。彼らのやりたいようにさせ、経過を観察し、生徒が望む部活動という形を見出だしていくのです。コストゼロで学校の致命的な問題を解決出来るなんて、ラッキーだね。さあ、社会実験部を承認しよう・・・以上、プレゼンを終わります」

 プレゼンの内容に、私はまばらな拍手、幸坂さんは何故か大きな拍手を送っていた。

「さて、幸坂さん。この部活の旗揚げに参加してもらえるかしら?」

「はい、プレゼン力に負けました。及ばずながら、お手伝いします」

 それで良いのか、幸坂さん。下手したら、一生泉さんに隷属することになるよ。

「栗柄君は・・・異議ありが顔に出ているようね」

「ええ、まあ・・・その社会実験部というのは、どう考えても文化系の部活動だよな?」

「ええ、そうなるわね」

「結果や実績を求められるスポーツ系と違って、文系は美術や音楽などの一部を除いて、求められるものが意義だからな。狙い目としては良いが、中身が曖昧過ぎないか? 統計とか何処調べ?」

「流石、生まれながらの詐欺師。脆弱性を見つけるのが早いわね。統計はでっち上げ、数値は統計学で割り出したものだから、的を射てる数だと思われるけど?」

 もはや詐欺師にされるのか、私は。

「確かに、現実味のある数値で、よっぽど穿って見なければ気にもしないだろうけど・・・経過観察って何もしてないのと変わらないんじゃないの?」

「ええ、そうね。でも大丈夫、きっと詐欺師さんがフォローを入れてくれるはずですから、ね?」

 脆弱性はこちらに丸投げですか、そうですか。

「とりあえず、経過観察にしてもある程度の目標が必要だと思う」

「ええ、私も最初は何か目標を、具体的に何かを愛好する部にしようと考えたわ。けれど、その前にはいつも先例が立ちふさがっていた。エスケー部の祖にしてレジェンド、帰宅部がね」

「帰宅部? 確かにエスケー部の筆頭角みたいな存在なのに、うちには無いな・・・あからさま過ぎたから潰されたとか?」

「いいえ、数年前まで帰宅部は存在していたの・・・活動報告が出せず、廃部になったわ」

「というか、よく活動報告が出来てたな。すぐにネタ切れになりそうなのに」

「その通りよ、栗柄君。彼らは効率的かつ安全な通学路の研究を目標に掲げていたけれど、三年目にしてネタ切れを起こし、卒業を間近にして敢えなく取り潰されたわ」

「三年も続いたか、単純に普通の部活以上の熱意を感じるな」

「そう、彼らは部の存続に並々ならぬ努力を要したそうよ。普通に部活すれば良かったと嘆いていたわ」

 まるでインタビューでもして来たかのような口ぶりだが、まさかね。

「えっと・・・それを例に出したってことは、社会実験部にはネタ切れが無くて、存続にも苦労しないと?」

「ええ、目的はあくまでも経過観察。隠れ無部活者を減らす糸口を探すというのは謳い文句でしかない。活動報告はまさに経過を知らせるだけだからネタ切れも無く、特別なことをするわけでもないから、存続も容易いはずよ」

「なるほどな・・・じゃあ少し先の話をしよう。いずれは結論を求められる日が来るが、何かしらの目算はあるのか?」

「いいえ、特に無いわ。よく解らなかった、という結論でも良いとも考えているし」

「はあッ!? それで学校側は了承するのか? 投資ファンドなら告訴されるレベルだぞ」

「部活動の本分は、健全な肉体と精神の獲得、を謳った学生統制よ。何をしでかすか判らない学生を部活動という名の超過勤務を強いて、監視することが目的なのだから、活動報告を上げ、学業も滞り無ければ文句も言えないはず」

「かなりぶっ飛んだ発想だが・・・一概に否定も出来ない」

「栗柄君、立案者のくせに随分と否定的ね? やる気あるのかしら?」

「いつから立案者になったのか知らないけど・・・事に挑むなら、叩き潰すつもりで試しておいた方が良いかと」

「そうね、貴方に潰されるようでは承認も受けられないでしょうから」

 私はどこで嫌われたのでしょう。昨日話したばかりですよね。

「それで、栗柄君の評価は?」

「突き詰められるとボロが出そうだけど、驚くべき屁理屈のクオリティって感じかな? 幸坂さんの言う通り、プレゼン力の高さで完璧なんじゃない?」

「そう、一意見として検討させてもらうわ」

 意見、二つしかないのに。

「では、今日はこれで解散しましょう。明日は支倉姉弟に説明を行いつつ、顔合わせをしましょう」

 誰だ、支倉姉弟。ああ、あの似てない双子か。

「以上、閉廷」

 泉さんは深めの礼をすると、USBを引き抜いて、さっさと教室を出ていってしまった。去り方は格好いいが、スクリーンとか片付けなさいよ。

 私が渋々スクリーンを片付けていると、後ろで幸坂さんが乱れた机を直してくれている。

 今日はあまり発言していなかったが、幸坂さんは何を考えているのだろうか。探りを入れてみるチャンスかもしれない。

「幸坂さんは、入りたい部活とか無かったの?」

「はい!?」

 もの凄く驚かれてしまった。もしや、まず文通から始めないとコミュニケーションが出来ないのだろうか。

「あの・・・軽音部とか手芸部とか気になっていて・・・」

「え、本当に?」

「昨日、あの後、見学に行ったのですが・・・その、軽音部はデスメタはやらなくて、手芸部は休部になってまして」

 そりゃ、軽音部だしね。それよりも、何をしたら手芸部が休部になるのだろう。

「ああ・・・それで、破れかぶれになって、この無謀な賭けに乗ることにしたと?」

「自暴自棄とかじゃなくて、その・・・ロックだなって」

 ああ、よそよそしくて、ゆるふわな子ですが、心にはデスメタが巣食っているのでした。

「まあ、本人が決めたなら、言うことは無いっす」

「はい、頑張ります!」

 やる気まんまんなのは良いけど、この部活何もしないところだよ。

「それと・・・これ、先日お話ししたライブDVD、です」

 幸坂さんが差し出してきたのは、どす黒い色使いでハエのモチーフが刻印されたDVDであった。そうだった、そんな話をしていたのだった。気にはなるが、伝えなければならないことがある。

「ごめん、家にDVDを再生する機材が無かったんだよ」

「え・・・?」

 幸坂さんは、余命でも宣告されたような顔をしていた。そんなにショック受けるものなのか。

「パソコンも?」

「お恥ずかしながら」

「わ、私・・・持ち運べるプレーヤー、持っているので」

 是が非でもですか。

「それじゃあ・・・この集まりが、部室を手に入れたらお願いしよう・・・かな?」

「はい!」

 なかなか良い笑顔で、幸坂さんは去っていった。これが、布教というやつか。


      

 放課後の教室、今日は昨日のメンバーに加えて、随分とガラの悪い方々が増えていた。

 まずは、支倉姉。机に脚を載せ、椅子を傾けてアンバランス過ぎる座り方をしている。さらにご丁寧な事にガムまで噛んでいるというガラの悪い奴の見本のような御仁である。

 そして、支倉弟は一言で言えば巨漢である。無口というか、寡黙というか、腕組をしたまま動かない。その教室全体を威圧するような姿勢は、もはやカタギではない。

 今はちょうど、彼らに説明を終えたところで、長い沈黙が流れている。

「乗った」

 支倉姉が唐突に答えを出した。支倉弟も頷いている。教壇に立つ泉さんは静かに頷いた。

「了解したわ・・・これで、頭数は揃ったので、明日にでも申請を出したいと思います。では、閉廷」

 泉さんはまた、颯爽と去っていった。閉廷、定着させようとしてるのか。

 私も帰ろうと、立ち上がると背後から肩を掴まれた。誰あろう、支倉姉である。

「あたしはお前がこのふざけた集まりの元凶って聞いたんだが、間違いないか?」

「えっと・・・誰に?」

「あの得体の知れない女にだよ、泉とかいったっけ?」

 泉さんはどうしても、私を全ての始まりにしたがるのか。

「なんと言うか・・・俺は泉さんに話を奪われた敗残兵というか」

「ハァ?」

 なんか凄いメンチ切ってくるんだけど、支倉姉。こういう輩は苦手だ、処理に困る。しかも女子は。

「まあ良い、あの女は何をするつもりなんだ? それだけ答えな」

「さっきの説明、聞いてませんでした?」

「あれは教師を納得させる説明だろ?」

 確かに、そうだ。

「美味い話で巻き込んで、あたし達に何かさせるつもりなのか?」

「何もないはずだけど?」

「何故そう言い切れる?」

「俺の目が黒いうちは、約束は守ってもらうからだよ」

「・・・」

 しばらく私は、支倉姉とにらみ合いのような状態になった。そろそろ、殴ってくるか弟の方が乱入してくると頃かと備えていると、意外にも幸坂さんが乱入してきた。

「喧嘩、駄目、絶対」

 標語っぽく注意する幸坂さん、やはり怖いのか少し及び腰である。

「アァッ!?」

 強烈な威嚇が幸坂さんに向けられた。

 幸坂さんはブルブルと震えながら、ヘッドバンキングのような動きをやり始めた。彼女はいったい、何と戦っているのだろう。

 幸坂さんのそんな姿を見たせいか、支倉姉がいきなり笑いだした。

「お前ら・・・・・・面白いな!」 

「・・・はい?」

「そこの地味子、喧嘩なんてしねぇから、頭振るな。脳細胞が死ぬぞ」

「地味子!?」

「それと地味太も、意外と胆が座ってるじゃねぇか」

「地味太・・・」

 なんと微妙なネーミングセンス。なるほど、そういうコミュニケーションの取り方なのか。

「それで、派手子さんは・・・」

「おい、誰が派手だよ?」

 あれ、おかしいな。またメンチ切られちゃった。

「ははっ、分かってんじゃん、地味太」

 支倉姉は、途端に笑い出し、私の肩をバシバシと叩いてくる。もう、何なんだこいつ。

「それで、派手子さんは・・・」

暁乃(あきの)で構わないぜ?」

「はあ・・・それで、暁乃は・・・」

「あん? 何、気安く名前を呼んでんだ、こらぁ!?」

 手のひらを返すように、またもメンチを切ってくる支倉姉に対し、私の中で何かがショートした。

「あんたが、暁乃って呼べと言ったんだろうが!」

 割りと強い剣幕で言ったつもりだが、支倉姉はニヤニヤと笑うだけであった。

「ははっ、ちょっとしたジョークだよ。そう怒るなよ、地味太。特別に暁乃って呼ばせてやるからさ?」

 こいつ、めんどくせぇ。これから、こいつと話す時は感情的にならず、主導権を握らせないようにせねば。

「はぁ・・・暁乃は、泉さんを怪しんでるのに、なぜこの集まりに参加したんだ? 言動と行動が逆なんじゃないか?」

「それか・・・都合が良かったからだ。あたしらが仕事を続けてく為には、名前を貸すだけってのはな」

「仕事?」

「うち、割烹屋なんだ。日によって手伝いしてんだよ」

 私は絶句してしまった。なんと、ガラの悪い人種ではなかったらしい。

「今日もこれから手伝いだ。だから帰る。おい暁良(あきら)、帰るぞ」

 支倉弟は、無言で立ち上がると一礼だけして、姉と共に去っていった。どうにも癖の強い姉弟である。

「・・・地味子」

 幸坂さんも、肩を落として教室を出ていった。悪魔メイクで登校はしてこないでね。


      

 明くる日の放課後。期限の二週間が三日後に迫る中、私と泉さんは、顧問の獲得について、話し合っている。

「今日は、今週最後の登校日。一時間後に開かれる職員会議の前に、顧問を獲得し、職員会議でこの部の承認も貰ってしまいましょう」

「貰ってしまいましょうって、簡単に言ってますけど、顧問なんてそんな簡単にゲット出来るのか?」

「ええ、目ぼしい人は見つけてあるわ。ただ、今回は二人掛かりで落とす必要があるの」

「またあれか、幸坂さんや支倉姉弟の時みたいな・・・提案と人情作戦?」

「実利をちらつかせ、情に訴えれば、大抵の人間は頷くものよ。貴方にはまた情感溢れる生徒を演じてもらおうかしら?」

「そういうの、得意じゃないんだけどな・・・幸坂さんとかの方が、自然だったんじゃない?」

「人間不信の子に酷ね、栗柄君」

「俺なんかより、よっぽど心打つだろうって言いたかっただけだよ。やるから、見て笑うなよ」

「ええ、その場では控えてあげる」

「おい、あとでどうするつもりなんだ?」

「さあ、時間は無いわ。職員室へ行きましょうか」

「どうするつもりなんだ!?」

 泉さんは答えぬまま、職員室へと移動してきた。彼女は職員室の中へ入ると、手近な教師に誰かの名前を告げ、呼んでもらっている。

 聴こえてきた名前は、柘植先生。確か、うちのクラスの副担任が柘植といったような記憶がある。

 やがて現れたのは、やはり副担任の柘植先生だった。体育大学を出たばかりの新任だと、入学式で言っていたような気もする。もちろん、担当教科も体育で、体育教師に一応文系の部活を頼むのだろうか。

 泉さんが用件を伝えると、自席で話を聞いてくれることになり、私もそれに付いていった。

「それで、話って何かな?」

 泉さんは、手にした書類を差し出した。

「柘植先生、貴方に部活の顧問をお願いしたいのですが」

「え? わ、私に・・・?」

 柘植先生は、書類を受け取ると、内容に目を通していった。そして、とても難しい表情で書類から顔を上げた。

「えっと・・・泉さん? よく判らないのだけど、これはどういう部活なのかな?」

「書いてある通りですが?」

「そ、そうだね・・・でも、もっと簡単に言うと?」

「簡単に・・・部活動などしたくは無い生徒が集まって作るペーパークラブです」

 あら、言っちゃったよ。

「ああ、なるほどね~」

 そう言いながら、柘植先生は周囲を確認し、我々の肩に手を置いて、自らと共に机の陰にしゃがみ込ませた。

「き、君たち、それがどういうことか分かってるの!? そんなもの申請したら・・・」

「ええ、鼻で笑われるでしょうね」

「なら、何でこんな事を? 今なら聞かなかったことに・・・」

「先生が部の目的を正しく把握し、我々の熱意を伝えていただければ、職員会議は問題なく通過するでしょう。それに、これは先生にも益のある話なんですよ?」

「え、私に?」

「はい。大変ですよね、着任したばかりの先生は」

「まあ・・・そうね」

「本当に大変ですよね、新任で仕事も多く、定時で帰れない日がほとんどだというのに、教頭から部活の顧問をしろと圧力を掛けられるなんて・・・陸上部でしたっけ?」

「な、何んでそれを・・・」

「大変ですね、御承知だとは思われますが、運動部といえば土日返上は当たり前。先生はいつお休みになれるのでしょうか?」

「それは・・・」

「はい、そうですね、過労で倒れた時です」

「過労・・・」

「だから、これまでのらりくらりと教頭の圧力を避けてきたのですよね? でも、ここで働く限り教頭とは会わねばならない。早くこんな苦しみから抜け出したくはありませんか?」

「それは・・・抜け出したい、です」

「そうですよね。そこで、今回は土日に出張る必要もなく、手間の少ない部活の話を持ってきましたよ。これが通れば、教頭の圧力とはおさらば、週休2日の生活が待っていますよ」

「・・・そう、ね。なら、教えてもらおうじゃない。君たちの熱意を」

「それは、こちらの栗柄君から」

「え、あ、ここで・・・最初は仲間内でやろうとしてましたが、いつの間にやら話すことも無かったであろうメンツが集まりました。そんな奴らと部活を作るというのは、元々ある部活にただ乗りするよりも積極性があって、意義ある事だと考えてます。願わくば挑戦する機会を与えてほしいものです」

「・・・はぁ、挑戦なんて言われたらねぇ。確かに、面白い試みだとは思うけど・・・」

「ご理解頂き、ありがとうございます。顧問の件は、請けていただけますでしょうか?」

「・・・ん? う~ん、わかった受けるよ。 だけど、この社会実験部って名前は変えられないかな? 字面で否定されそうなんだけど」

「そうですね・・・ソーシャリティ・エクスペリメント部にしましょうか?」

 英語に置き換えただけじゃないか、それ。

「そうだね、そっちの方が聞こえは良いかな? でも、長いからSE部に略しておくね」

 その字面では、特殊効果好きかエンジニア集団の集まりのように見えるのだけど。

「それじゃあ、部長は栗柄君で、泉さんが副部長なのね。はいはい、会議で話し合っておきますね~」

「・・・はい?」

 私は首を傾げながら、泉さんの方を向いた。

「マジか?」

「真剣よ」

「聞いてない」

「聞かれてない」

「普通、部長は順当に泉さんでは?」

「貴方には部の顔になってほしいの。活動報告などの雑事は私がやっておくから」

「いきなり、そんなこと言われても・・・」

 あくまでも、このけったいな部活の首魁は私ということにしたいらしい。その理不尽さには後ほど厳重に抗議するとして、上手く運びそうな話の腰を折るわけにはいかないだろう。

「柘植先生、それでお願いします」

「あれ? もっと揉めるのかと思ったけど、良いのね?」

「はい、よろしくお願いします」

 我々は一礼して、職員室を後にすることにした。

「結果は月曜日に判るのでしょうね」

 下駄箱へ向かう中、泉さんが呟いた。

「まあ、そうなるね」

「仮に、承認を得られなかったら、貴方はどうするの?」

 泉さんにしては珍しく、弱気とも取れる発言である。いや、私が珍しいと言うのも変な話であった、彼女と事を私は何も知らないのだから。

「そうですなぁ・・・茶道部にでも行ってみようかな? 緩そうだし」

「そう・・・しごかれると良いわね」

 ドSめ。

「じゃあ、泉さんはどこに入るつもり?」

「私は・・・考えてないわ」

 それは、この部活が承認されないはずが無いという自信からなのか。あるいは、何も浮かばないのか。

 問い掛けようとしたが、二人の間は下駄箱に遮られてしまった。

 靴を履き替えてから回り込むと、泉さんの姿はもう無かった。

 手品師か、あんたは。

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