9話
「はぁ……もう食べれない」
結局あの後お昼をご馳走になった。
実はお弁当を持ってきていたのだがせっかく作ってくれたのを断るのも悪いし、おばあちゃんのお弁当を残すのも申し訳ないしで両方食べたのだが、さすがに量が多過ぎた。
「だ、大丈夫ですか? 」
「うん……大丈夫、大丈ウップ……」
語弊があるかもしれないが、別に無理して食べたわけでもないのだ。古狐様が作ったという御飯は想像以上に美味しく箸が止まらなかった。
……もちろん、おばあちゃんが作ったお弁当も負けてはいない。
「わっぱも男の子よな、見事な食いっぷりであった」
「うっぷ……はい、ごちそうさまでした」
ホントに何者なんだろう、この狐さん……
「散歩がてらこの辺りでも見回ってこい。なに、動けばちぃとはマシになろう?
稲、お主もわっぱを案内してやれ」
そうだな……それに稲ちゃんが言ってた"とっておきの場所"っていうのも気になるし、丁度いいから行ってみようかな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「と、いうことで。やってきたわけですが 」
「……? 」
「稲ちゃんが言ってたのって、ここ? 」
「いえ、ここを更に登った所にあるんです」
「山だね」
「はい、山です!」
「山ってさ……虫いる? 」
「はい!それはもうたくさんいます! 」
「…………だよね」
「はい!面白い形や綺麗な色をした子がいっぱいいるんですよ!前に行った時にはこ…… 」
僕は虫が嫌いだ。
今まで自分の精神を守るため記憶に鍵をかけてきたが、いざ魑魅魍魎の巣窟を前にして錠前ごと消し飛んでしまったようだ。
そうだ、僕は虫が嫌いだ。
黄昏坂に行くと決まった時にある程度は覚悟していたのだ。しかし、おばあちゃんの家は何故か大丈夫だった。田舎と言ってもこんなものなのかな?と思ってイグサさんに聞いたら、なんでも……
"この辺りには大蝦蟇が居ますからね、彼が夜のうちに軒並み平らげてしまうんですよ。そういえば、野山にいる虫より人間の家屋にいる虫のほうが美味しいとおっしゃってましたね"……と言っていた。
その日から、大蝦蟇様にお祈りをするのが僕の日課になった。
もう妖怪じゃなくて神様でいいんじゃないだろうか。
そういえば、僕が虫を苦手になったのっていつからなんだ?
子供の頃は公園なんかでよく虫を捕まえて家に持って帰ったりしていた。かごの中にいる多種多様な昆虫を見るのは楽しかったし、今みたいに気味悪がることも無かった。どちらかというと"虫"というより"友達"のように感じていた気がする。
……まあ、その小さな友達は母さんの悲鳴と共に速攻でリリースされたのだが。
もしかしたら人間関係と似た部分があるのかもしれないな。
どれだけ仲が良かった友達でも、何年も会ってないと接し方を忘れてしまう。
"昔はどんな話をしてたんだっけ?"
"今はなんの話をすればいい?"
"そもそも、相手は今でも仲が良いと思ってくれてるのか?"
時間が経つと共に変わっていく。
それは自分だけじゃない、相手も、周りの環境も、だから色々と考えてしまうんだろう。
その人の本質は変わらないはずなのに。
もしも……もしもそういった偏見、変わった部分、変わらない部分と上手く付き合えたのなら、それを親友と呼ぶのかもしれない。
「そうだな……偏見はよくない」
「染井さん?どうかしました? 」
「いや、ちょっとノスタルジーな気分になることで自分に暗示を掛けているんだよ。
……大丈夫、虫は友達、虫は親友、マイフレンドフォーエバー」
「? 」
「……ははっ、なんだ、よく見ると可愛いじゃないか」
僕はなんだかよく分からない甲虫っぽいやつを捕まえ、しげしげと見つめる。表面はツルツルしていて綺麗だ、ひっくり返すと細かい脚がウジャウジャと蠢いて……
「気持ち悪いわこの野郎‼︎ 」
「ひゃん⁉︎……え?な、なんでぇ……」
投げた物体Xが稲ちゃんに直撃してしまった。
「あ!違うよ⁉︎今のは虫に言ったのであって決して稲ちゃんに言ったわけじゃ、そ、それに当たったのもわざとじゃなくて……⁉︎ごめんごめんごめん泣かないで⁉︎ 」
偶然の産物とはいえ、悪いのは僕だから非常に心苦しい。踏んだり蹴ったりだ。さて、どうやって誤解を解いたものか……
それと虫、お前達はもう友達でもなんでもない、今日から僕の怨敵だ。




