7話
古狐様も台所へ行き一人になった僕が居間でくつろいでいると、孫娘さんが戻ってきた
「あの、先ほどは挨拶もせずにすみませんでした」
向かい合う形で座る、なぜあんなに焦っていたのか分からないが今はだいぶ落ち着いているようだ。
「改めまして、妖狐の稲です。よろしくお願いします」
古狐様の孫娘、稲はそう言いながらぺこりとお辞儀をする。
ずっと気になっていたのだが、なぜお面をかぶっているのだろう?
僕はそれとなく聞いてみた。
「あ、これですか?稲は人に化けるのが下手でして……
身体はなんとか大丈夫なんですけど、顔の方はまだ自信が無いから隠してるんです」
なるほど、別に風習とかしきたりとかではないらしい。理由が分かってスッキリしたところで古狐様から声が掛かった。
「ほれ、持っていけ」
湯のみを乗せたお盆がスッと台所の陰から差し出される。
"狐の身体でどうやってお茶を入れたんだ?"
一瞬そう思ったが、よくよく考えてみれば人に化ければいいだけの話か。古狐様が人に化けたらどうなるんだろう、やっぱりお婆さんなのかな?
……もしかして若いお姉さんだったり?いやいや、まさかね。
そんなくだらない事を考えながら出されたお茶を飲む……うん、美味しい。
ふと、ここに来た当初の目的を思い出した。そういえば稲ちゃんのために来たんだっけ……
確か言ってたな、構ってくれるだけでいいとかなんとか。そもそも修行って具体的には何をするんだろう?
「えっとですね、最初に狐火が出せるようになったら、次に人を化かしたり憑いたりする練習をするんです」
「なるほど、なら狐火とやらを出せればいいのか」
「あ……稲はもう狐火出せるんです」
「それなら人を化かす練習をすればいいのかな?よく分からないが、一人でするよりはきっと…… 」
「あの、稲は人を化かすのに関してはおばば様から合格を頂いてまして……ごめんなさい」
「分かった! 」
「ふぇ⁉︎ 」
「僕、要らなくない? 」
「あ!ちが、違うんです、そんなつもりじゃ! 稲は、その……」
おどおどしている彼女を見ているとなんだか悪戯心が沸き上がり、それにもしかしたら打ち解ける切っ掛けにでもなるかな?という思いからちょっとからかったのだが、真に受けてしまったようだ。
……罪悪感が、なんかこう……すごい
「冗談のつもりだったんだけど…… ごめん」
「…… 」
「…… 」
お互い無言になってしまった、まあ、それはさておき……
「人に化けるのだけが上手く出来ないんだっけ? 」
「……はい、お恥ずかしながら」
そういえば稲ちゃん以外の子はいったいどうやって人に化けているんだろ?
「実はよく知りません……
それに、本来でしたら修行を始める子達は伏見の大本山に行くんですけど、稲は、その……いろいろあって、今はおばば様に師事してるんです」
そう語る稲ちゃんの顔は少し暗い、人には言いたくない事の一つや二つあって当然だ。
妖怪だってきっと似たようなもんさ。今は触れないでおこう。
それにしても、人に化けるか……
古狐様は何かコツみたいなものを伝えたりはしていないんだろうか?
「以前に一度だけ聞いた事があります、確か"心の在りよう"がどうとか…… 」
うん、さっぱりだ。
まあ、僕が呼ばれた事にも少なからず意味はあるんだろう、それならば分からないなりにも焦らず探していけばいい。
そう考えたところで、そういえばまだお互いのことをよく知らないなと思い色々聞いてみる事にした。
「お休みの日ですか?えっと、いろんな所を、その……探険してます」
探険?
「はい!この辺には稲が知らないことや見たこと無いものがいっぱいあるんです、稲はそんなのを見つけるのが好きで、ここの裏山にも面白いものがいっぱいあってですね!
……あ!ご、ごめんなさい、つまらないですよね」
別にそんなことないと思う、むしろこんな辺境の地……いや、大自然の正しい楽しみ方ではないだろうか?
「あの、もし、もしよかったらですよ?その……一緒に行きませんか、なんて」
言葉尻が小さくなり自信なさげに聞いてくる。
「こんな所に来る機会なんて今まで無かったからさ、僕もいろんな所に行ってみたいと思ってたんだ。一人だとどうしても寂しいからね、誰かが一緒なら嬉しいよ」
「ほ、本当ですか!
実はですね、とっておきの場所があるんです!染井さんもきっと気に入ってくださると思いますので! 」
稲ちゃんは少し口早に話す。余程嬉しかったのだろうか今にも行きたそうな感じだが、修行は大丈夫なんだろうか?
「はい!いつもは朝方に修行して、お昼から自由時間なんですけど今日はお休みをいただいたので大丈夫です」
そう言った所で古狐様が戻ってきた、相変わらずの狐スタイル。
……そうだ、ちょうどいいから聞いてみよう。
「さっき稲ちゃんから聞いたんですけど、心の在りようがどうとかって。もう少し何かありません?こう、何か」
「む?ああ、あれか、何かも何もそのままよ。
……のう稲よ、お主は何故、人に化けたい? 」
すると古狐様は突然稲ちゃんに話を振った。いきなりの問い掛けに驚いた稲ちゃんだが、何とか答えを返す。
「え!何故、ですか?えっと、それは、その……もちろん立派な妖狐になるために」
「であらば人に化けずとも良かろう?変幻出来ずとも立派な妖狐はごまんとおる。
拙いながら狐火も出せる、化かす術も心得ておる、お主は既に立派な妖狐ではないか? 」
「そ、そうですけど……でも」
「ちと極端な話ではあったがな。しかし妖狐になるだけであれば人に化ける必要性が無いのもまた事実、技や才だけでは成せぬ、己が心の在りよう。それを踏まえて今一度考えてみよ……
"お主は何故、人に化けたい?" 」
「それは…… 」
稲ちゃんはそう言って押し黙ってしまった、きっと自分の中で必死に答えを探し求めているのだろう、その様子を古狐様は静かに見守っていた。
答えを急かすでも無く、叱るでも無く、只々(ただただ)静かに。
(……申し訳ない。僕はね?テクニック的な事が聞けるものだと思って軽い気持ちで聞いたんだよ?そしたらさ、なんか禅問答みたいな問いが返ってきちゃった。なんか余計に話を難しくしたみたいで、稲ちゃん……申し訳ない)
心の中で何に対しての物なのかよく分からない謝罪を送る、ちなみに僕は古狐様の言ってる事が九割ほど分からなかった。




