6話
朝、目をさますと同時に"頼み事"を思い出す。
(ええっと、山の麓の神社だっけ?そこに来いって言ってたな)
外を見ると快晴だった、山の麓と言ってたから今日は少しだけ遠出になると思う。それならば早めに家を出るかと考え居間へ降りる。
朝食を食べ終わり、そういえば詳しい場所は知らないなと考えた僕は出掛ける支度をしている祖母にたずねた。
「黄昏山に神社かい? 聞いた事ないねぇ、あそこは何も無いはずだよ? 」
「そっか……もしかしたらって思っただけだから、気にしないで」
適当に言葉を濁し、祖母を見送る。
……これは困った、まさか神社そのものが無いと来たもんだ。
いやしかし、理由は分からないがあの夢が妄想だったとは思えない、何故かそう言いきれる自信が僕にはある。
どうしたものかと考えていると、上の階から畳を叩く音が聞こえてきた。
(そうだ、妖怪の事は妖怪に聞けばいいんだ)
そう思い立った僕はイグサさんに相談する事にした。
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「少し探ってみましたが、おそらく古狐が言った神社は存在しております。ただ、強固な人払いが施されている為にこれまで人目に触れてこなかったのでしょう」
成る程、それなら祖母も知らないはずだ。でも人払いされてるなら結局のところ僕もたどり着けないんじゃないだろうか?
「その心配はありません、マコトは招待されたのですから。
山に向かって歩いて行けば勝手に着きます、ですがこの誘い……どうも怪しいです」
イグサさんはそう言うと、少し考え口を開く
「話を聞く限りその狐、善狐の類で間違いないでしょう。悪狐であれば昨夜の内にマコトは憑り殺されているでしょうから」
(今サラッと恐ろしいことを言ったぞ!この人)
「待ってください憑り殺されるってど「それに"怪しい"と言うよりも"分からない"と言った方が正しいですね…… 」
(ものの見事に誤魔化されたよ)
「この人払い、妖怪にも効き目があるんです。現にわたくしもマコトに言われるまで気が付きませんでした。まあ、気が付いたからといって辿り着ける訳ではないのですが……
そして分からない事というのが"妖怪にも効き目がある"というところです」
妖怪にも効くのがそんなにおかしいのだろうか?
僕のイメージでは、妖怪同士が戦うときは漫画やアニメのように火を出したり凍らせたりしてやっつけるようなイメージがあった。
「妖怪にも"外側に働きかける力"であれば多少なりとも効き目はあります。しかし一つだけ、
幻を見せたり惑わせるような"内側に働きかける力"
つまり、幻術だけは意味を成しません。妖怪は存在自体が幻のようなもの、妖怪を惑わせるのは至難の技なのです」
確かに幻に幻を見せることは出来ない、でもそれだとおかしい。
「ええ、本来成り立たないものが成り立たないままに成り立っている、見事に矛盾しています。
まるで世の理を無理やり捻じ曲げたかのような。そんな芸当、九尾の狐でさえ不可能です。ましてやただの古狐には……
わたくしは長くこの地に留まり様々な事を見聞きしてきましたが、それほどまでに妖力に長けた者がいるとは聞いたことがありません」
うーん……確かによく分からない、でも行くだけ行ってみよう。これはただの勘でしかないが今回の件、そんなに深く考えなくていいと思う。
なんてことはない、古狐様の頼み事を僕が請け負った、たったそれだけのこと。
……それに妖怪なんて僕から見たら分からない事だらけだ、相手の事が分からないからといって必要以上に恐れる事もないだろう。
「……そうでした
"必要以上に恐れるな"とは、わたくしの言葉でしたね」
どうすればいいか解決した事だしそろそろ出発しよう、イグサさんにお礼を言って弁当を小さなカバンに詰め家を出る。夏独特のカラッとした陽が照り、空には大きな入道雲が広がっていた。
おばあちゃんに聞いたところ黄昏山は歩いて二十分程の場所にあるそうだ、思ってたよりも案外近かった。
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まばらに建っている数少ない民家の軒先には、いろんな物が干されてる。
(……そういえば隣に住んでるおじさんも干し柿を作ってたな)
挨拶周りに行った時、テレビでしか見たことないそれが僕はとても珍しくて帰り際に見てたらひとつくれたのだ。思っていたよりも硬く食べづらかったが……甘くて美味しかった。
しばらく進むと水の流れる音が聞こえてきた、どうやら小川が流れているようだ。
小川には木で簡単に作られた古い橋が架かっていて、下流の方は田んぼに挟まれ遠くまで流れているのが見える。
上流は森の奥へと続いていた、きっと上に行けば大きな渓流があるんだろう、機会があれば行ってみるのもいいかもしれない。
そろそろ黄昏山の麓に着く頃合いだろう、見たところ何の変哲も無い普通の森だ。近付いてみても木が生い茂っているだけで入口らしきものは見当たらない。
辺りを探り、……ふと正面を見ると立派な石段が現れていた。
(さっきまでこんなの無かった気がするけど……登っていけばいいのかな?)
周りは木々に囲まれていて薄っすらと暗く木漏れ日が差し込んでくる、一番上まで登るとひらけた場所に出た。正面には鳥居が立ち並び、その奥に古びた神社が見える。
奥へと進み、神社の中を窺うが何の気配もしない。
(古狐様、居ないな……もしかして来るの早すぎた? )
神社の境内付近に腰を下ろし、しばらくボーッと空を見上げていると微かに誰かの会話らしきものが聞こえてきた。
耳を澄ませながら声の発生源を探る……神社の裏手に周り、声がする方をそっと覗くと
「大丈夫、きっと言えるはず、何度も練習したんです……
よし、行きますよ、話しかけますよ」
巫女装束の様な出で立ちで、狐の面を被った少女が一人、木に向かってボソボソと喋りかけていた。
聞こえてきた声はどうやら誰かが会話しているものではなくあの子の独り言のようだ、距離があるため内容までは聞き取れない。
「やっぱりあともうちょっとだけ心の準備を……大丈夫ですよね?嫌われたりしませんよね?」
もしかしてあの子が古狐様のお孫さんだろうか?僕はそちらに近付きながら挨拶をする。
「こんにちは」
「あ、……え?……え⁉︎ 」
話し掛けたら凄く驚かれた。見た感じ歳は僕より少し下くらいだと思う、お面を被っているため表情を窺うことは出来ないが、ひどく動揺しているのだけは伝わってくる。
「ごめんね、驚かせちゃった? 」
「い、いえ!だっ大丈夫です!
それで、あの、あのっ、本日はお日柄もよく……じゃなくて、ですね、その」
「えっと……よく分からないけど、君が古狐様の言ってた? 」
「は、はい、そうなのですっ!あああの、おばば様もう少しで帰ってきます!
なので、あっちにお家ありますから、それまであの」
この動揺っぷりは全然大丈夫じゃないと思う。悪い事はしてないはずなのになんだか申し訳ない気持ちになってきた。
ギクシャクとした動きで先導してくれるその子の後をついていくと平屋建ての一軒家が見えた、どうやらここがこの子の言っていた家なんだろう、玄関を上がり居間へと案内される。
本当に大丈夫だろうか?
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「しょ少々お待ちを……お茶、お入れしますので」
……やってしまった。
驚きと緊張で頭の中が真っ白になって何を言ったか覚えてない、この日を想いながら何度も繰り返したやり取りは何一つ出来なかった。
(そういえば、自己紹介もしてないや…… )
沈む気持ちを誤魔化すように湯を沸かす、急須の中に茶葉を入れようと戸棚を開け
(……あれ? )
しばらく棚の中を探るが、茶葉は一向に見つからない。
(どうしよう、え、でもここにあったはず、なんで無いの?)
"やっぱりお茶ありませんでした"なんてことになったら最悪だ、絶対におかしな子だと思われるに決まってる。もう変な所は見せたくないという思いと、これ以上待たせるわけにはいかないという焦りから、どうすればいいか分からなくなり立ち尽くしてしまう。
(ちゃんと出来ると思ったのに、なのに……)
そうこうしているうちに家の戸が開く音がした。おばば様が帰って来たようだ、希望が見えた!
「あ、古狐様、お邪魔してます」
「うむ、よう来た、ちと狭苦しい所ではあるがゆっくりしていけ」
後ろ足で器用に戸を閉めながら居間に上がり腰を下ろす。何やら二人で話しているが今はそれどころじゃない!
台所から少しだけ顔を覗かせ小声で必死に呼びかける。
(おばば様ー!ちょっとこちらへ来てくださーい!)
「妾は疲れておる、後にせい。ところでわっぱよ……」
希望は一瞬で断ち切られた。
……しかし、ここで引き下がるわけにはいかない!
(お疲れのところほんとにごめんなさいー。でも絶体絶命なんです、今までに類を見ない危機なんです!お願いしますからー!)
それでもしつこく頼み込むとおばば様は面倒くさそうにしながらもこちらへ来てくれた。
事情を簡単に説明する。
「……ずいぶんと容易い危機よな。ほれ、ここ開けてみい」
おばば様が隣りの棚を前足で叩く。
……思い出した
昨日の夜、分かりやすいようにと場所を変えたんだった。そんな事も忘れるとは自分が情けない。
「焦り過ぎであろう……その様子ではろくに話も出来ておらんな?ここはよいから、わっぱの所にでも行っておれ」
どうやらお見通しだったみたいだ。お礼を言い、小さく深呼吸して居間へと戻る。




