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夏休みは妖怪と  作者: 森尾
カッパ相撲、大一番
18/19

18話





遂にこの日がやってきた、今日は助六の晴れ舞台。

この日のために特訓してきた助六にぬかりはないだろう……ついでに応援する僕にもぬかりはない。


「どうしたんですか?その昇り旗…… 」


「そこら辺に生えてる竹切って昨日作った」


「そうですか……そんなのより稲達も早く行きましょう?二人は既に会場入りしてる筈ですから 」


‘‘そんなの’’


僕が必死こいて作った昇り旗が……‘‘そんなの’’


「……そうだね」


「それと、会場までは距離があるので‘‘異界’’を使いましょう」


「何それ? 」


「常世と現世の狭間にある境界なんですけど……簡単に言えば、いろんな場所に通じている近道のようなものです」


「へぇー、便利」


「異界を渡る際、絶対に稲から離れないでくださいね?迷子になったら大変ですから」


「大変って、どうなるの? 」


「基本的に死にます。狭間とはいえ、人が常世から自力で戻る事はできませんから」


「異界経由やめよう?ね?そうしよう? 」


「大丈夫ですよ、迷子にならなければいいだけですから」


なんと危険な抜け道か。しかし、普通に歩いて行ったら相撲大会に遅れるかもしれない。……多少の危険は致し方ないか。

それに稲ちゃんから離れなければいいってだけだし……まあ、大丈夫かな?


「……うーん、分かったよ、これも助六のためだ。異界経由とやらで行っちゃいますか」


「はい、確かこっちに入り口が、あれ?無いなー……今日はあっちだったかな、それとも……」


「ねえねえ、TPOって知ってる?人間社会には、ふざけていい時とふざけちゃいけない時があるんだ、ちなみに今はふざけちゃいけない時ね。確かに妖怪が人を怖がらせるのはある意味間違ってないと思う、でも時と場所を選ばないと意図せぬ悲劇を生む事だってあるんだ。その意図せぬ悲劇っていうのがまさに今この瞬間の事だよ、迷ったら死ぬ場所を先導してくれるはずの人が、もう既に迷ってる……僕は稲ちゃんに対して初めて恐怖を抱いたよ? 」


「べ、別に稲は冗談を言って怖がらせようとしてる訳じゃないですよ⁉︎ 異界は不安定だから入り口もその日によって違うんですっ! 」


「…… 」


「本当ですよ? 」


「……嘘じゃないって油揚げに誓える? 」


「えっと、油揚げに誓うの意味がよく分かりませんけど、はい、誓います」


「なら安心だ。疑ってごめん、じゃあ行こっか」


「?はい、こっちです」



彼女に案内されて実際に目にした異界は、僕の想像とは違っていた。

まず入り口だが、何も無かった……いや、正確に言えば異界の入り口とやらは目に見えなかった、彼女が指差す方向には森が続いているだけだったのだ。

なんでも、妖力があれば空間に揺らぎが見えるらしい、ちなみにこれが人の世で言われている神隠しの正体だとも言っていた。

入るのは簡単だが、出るには妖力を持った存在の助けが必要になる。一度入ってしまえば最後、二度と戻っては来れない。確かにコレは普通の人間にはどうしようもない。

そんな話を聞いた後だから若干ためらいは有ったものの意を決して入り口へと進んだ。そして内部へと入り込んだ僕は、恐ろしくもあるが、酷く寂しい場所だと思った。


異界へと入った瞬間、世界から音が‘‘消えた’’


都会田舎関係なく、例え辺りを静寂に包まれようと、物音ひとつしないと表現されるような場所だろうと絶対に音はある。

自然の中であれば木々のざわめき、虫の声、風の吹く音。

街中では様々な機械音、人の声、車の音。

普段意識しないだけで、どんな場所にも音は溢れている。

ここにはそれが無い、二人の歩く音だけが虚しく響く。まるで世界から切り離されたような……不思議な感覚に襲われた。


「驚きました? 」


「うん、なんだろう、周りの音が無いってだけで話し声も異様に響くし、凄く変な感じだよ、周りの景色はただの山道のはずなのに違和感があるんだ、まるで全てが作り物のような」


「ここにあるのは紛い物。ここで命が育まれる事はありません、そして命ある者がここで暮らすことも決して許されない。草木も水も風も全ては現世をかたどっただけの模倣品、故に息吹を感じる事は無い。常世と現世の狭間とはそういう場所なんです……といっても全部おばば様の受け売りなんですけどね」


「じゃあ常世ってのはもっとこう、何もない場所なのかな? 」


「稲は常世へと渡れる程の力を持っていないので実際に見たことはないんです、おばば様曰く‘‘あやかしが生れ出ずる場所、そして妖を物の怪たらしめるモノ’’とよく分からない事を言っていました。

それ以上聞いても‘‘お主は生涯知らずとも良い、この世には知らぬから良い事もあるのだ’’とはぐらかされるんです……そうまで言われると逆に気になっちゃいますよね」


「あれ?それだとおかしくない?だって妖怪が生まれる場所なら稲ちゃんもそこで生まれたんでしょ?なら行ったことないってのは…… 」


「それは妖狐が現世寄りの妖怪だからです。簡単に説明すると妖怪は‘‘現世寄り’’と‘‘常世寄り’’の二つに分けられます、前者は基本的に人間と似通った性質を持ちますから子孫を残すかたちで繁栄する者が多いです、だから稲もお母様から産まれました。ちなみにカッパも現世寄りになります、助六さんにも母が居ますからね」


「ああ、なるほど……そういえばそうか」


「後者は存在が曖昧で虚ろな者、常世にて偽りの生を受けます。性質が人間とは違うので人のことわりには当て嵌まりません。それと、人の世で語られている悪い妖怪という者の多くが常世寄りです、本人達は良かれと思った行いでも人間からすれば迷惑でしかなかったんでしょうね……と言ってる間に着きましたよ、出口です」


出口とやらもやはり目に見えず、試しに腕を伸ばしてみるが何の変化も起こらない、少し心配になりながらも出口があるという方行へ進んでいくと再び世界に音が戻った、風が吹き草木が揺れ鳥がさえずる。

ごく普通な‘‘あたりまえ’’を実感する事であの空間がどれほど異常だったのかが伺える。

しばらく歩くと、遠くの方からガヤガヤとした喧騒が聞こえてきた。会場には既に多くのカッパたちが集まっているのだろう。


「助六が出る相撲大会って意外と大きいのかな? 」


「そうかもしれませんね、稲は仲間内で行われる小さなものだとばかり…… 」



会場に着くと、異界の時とは逆の驚きが待っていた。


「…… 」

「えぇ……何これ…… 」


巨大な広場の中央には立派な土俵が設置されている、さらにそれを取り囲むように座っているカッパ、カッパ、カッパ……右にカッパ、左にカッパ、前に、後ろに、カッパ達。

緑のゲシュタルトは崩壊寸前、目には優しそうな色合いだ。


「嘘でしょ……こんなに大きな規模の相撲大会だなんて聞いてないよ…… 」


「それよりも、どうやって助六さんを見つけましょうか? 」


「うーん……そういえば山人さんの姿も見当たらないね……居たら一目で分かりそうなもんだけど」


「おお、人の子が来るなんて久しいのう。何か困り事かね? 」


僕達が会場の後ろの方であたふたしていると、年老いたカッパに声を掛けられた。


「えっと、実は友達を探してまして。助六っていう少し小柄なカッパなんですけど……って言っても知らないですよね」


「それならこことは違う場所で控えとるぞ」


「彼をご存知でしたか? 」


「なんせ今では子供なんて数えられる程しかおらんからな」


「? 」


「ああ、お前さん知らんかったのか、毎年相撲を取るのは子供だけなんじゃ」


「それじゃあここに居るカッパ達は…… 」


「わしも含めて応援に来とる暇な爺さん婆さん連中じゃよ、日本中の里から来とるから数だけは多くてな」


そう言われ再び辺りを見回す。

最初はカッパの多さに驚いて気付かなかったが、よく見てみると確かにほとんどが年寄りだ、中には杖をついているお爺さんカッパも居る。所々にチラホラと居る若いカッパは子供たちの親御さんだろうか。


「僕はてっきりここに居る大半が試合に出るのかと……でも相撲を取るのは子供だけってのはともかく、どうして数えられる程しかいないんです? 」


「若い者達の夫婦の数が年々減っておってのう、それに合わせて子供も産まれんようになってしまってな」


「確かに日本全国から集まった中で若い人がこれだけだと考えたら、相当少ないですね」


「それに今のご時世、純粋に家族を養うのが難しいんじゃよ。昔は魚も沢山捕れたんじゃ、それに何か必要な物があれば人間と物々交換もしておったからな。

しかし最近じゃあ川に魚自体おらんことも多くなって、人間と交渉しようと遠出する者も稀にいたが、結局肩を落として帰ってくるだけじゃった。むこうで何があったかは知らんがな…… 」


「カッパ界も世知辛いですね」


「辛気臭い話を聞かせてしまった、歳を取るとどうもいかん……そういえば友人を探してたんじゃったな。ついておいで、案内してあげよう」


「はい、ありがとうございます。そうだ、もう一つ聞きたいんですけど……なんで試合に出るのは子供だけなんですか? 」


「ああ、それはな……大昔にここら辺一帯で大規模な飢饉ききんが起きたんじゃ。大勢の者達が死んでいく中、河童も例外ではなかった。飢えに耐えきれなくなった彼らは最後の手段として子供を生贄にしようと龍神様の下へ連れていったんじゃ。しかし、龍神様はそんな彼等に言ったそうな」


‘‘汝らの願い聞き入れよう。但し……我は贄を欲さぬ、求むのは愉悦。我を愉しませよ、それをもって此度の対価とする’’


「河童の娯楽なんて相撲しか無かったからな。それからは、自然の御恵みを与えてくれた龍神様に楽しんで頂く為、そして感謝の念を忘れない為の祭事として、年に一度の相撲大会が執り行われるようになった。子供だけで相撲を取るのも、生贄にしようとしたのが故縁ゆえんと言われておる」


どんな祭りや行事にも始まった理由があると言うが、相撲大会の原因が飢饉とはなんとも言えない。しかし、大昔とはいつの事だろう?飢饉なんて近代では聞き慣れない教科書の中の出来事だ。江戸時代か、はたまたもっと以前の時代か……


「ほら、着いたぞ、友人は居るかい? 」


そう言われ、指さす方を見れば思い思いの場所にカッパが腰掛けていた。中には仮眠を取る者や、軽いストレッチをしている者もいる、さながらスポーツ選手の控え室のようだ。

助六はというと…見慣れぬ大男と一緒に居た。

いや、よくよく見れば山人さんだ、全身ツルツルで髭も無かったから一瞬誰か分からなかった。


「はい、見つかりました。ありがとうござ……あれ? 」


礼を言おうと振り返るが、お爺さんカッパはいなくなっていた。


「お爺さん、どこ行ったんだろう……稲ちゃん見た? 」


「いえ、山人さんの衝撃インパクトが強すぎて稲も見てませんでした…… 」


二人して困惑していると、こちらに気付いた山人さんが手を振りながら声を掛けてきた。


「おーい、お前ら!こっちだ、こっち」


「集合場所違うなら教えてくださいよー、下手したら合流出来ないとこでしたよ」


「そういえば儂、言ってなかったっけか?悪い悪い」


「まあ、それはそれとして……どうです?この昇り旗、素晴らしいと思いませんか? 」


「そんな事より、お前さんからもこいつに何か言ってやってくれよ」


‘‘そんなこと’’


それはなんと残酷な言葉か……


昨日、僕がわざわざ竹を切り必死の思いで家まで持ち帰り、慣れない作業ながらもクラフトスキルと僕のセンス(中二病)を総動員して徹夜で作り上げ、朝一でイグサさんに「今から戦ですか?(笑)」と小馬鹿にされ、家を出る時おばあちゃんに「マコトちゃん……その、平気?」と漠然とした心配をされ、近所の畑山さんに「若いってそういうことだよなぁ、昔はわしも含め……」と謎の昔語りと共に肩に手を置かれたという苦労話が‘‘そんなこと’’の一言に打ち消された。


「言ってやってくれって、何を……」


そう言いながら助六を見ると、ガッチガチに固まっていた。


「もしかして緊張してる? 」


「……うん 」


「助六、大丈夫?あとこの昇り旗についての感想を聞かせて? 」


「オイラが……勝たないと」


「あまり気負いすぎないようにね?心配しなくても助六はちゃんと強くなったんだから。あと昇り旗の感想が聞きたいなー」


「ありがとう、オイラ絶対に優勝しないと」


「……ああ、うん」


駄目だ、緊張のせいで会話が微妙に噛み合ってない。それに、負けられないというプレッシャーがあるから余計に助六を気負わせているんだろう。

どうしようかと悩んでいると、試合が始まるので準備してくださいという報せがきた。各々が会場へと向かう中、僕達も行こうかと助六を見ると、座った体勢のまま固まっていた。


「……やっぱり、オイラには無理なのかもしれない」


弱音を吐く助六の背中を、僕は力一杯叩いた。決して、昇り旗をガン無視された腹いせではない、そう、決して。


「あ痛ぁ⁉︎急にどうしたのさ? 」


「緊張するのも気負うのも仕方ないけど、弱気になるのだけは絶対駄目だ。お母さんを助けるんでしょ?なら弱気になんて絶対なるな。ただでさえ可能性が低いんだ、なのに当の本人が諦めてるようじゃ優勝なんて夢のまた夢だ、到底叶わない。それとも助六の気持ちはその程度だった? 」


「違う‼︎オイラは…… 」


「なら弱気になんてなるな、強気で行け。力で劣っても、技量で劣っても、気持ちだけはどんな奴にも絶対負けるな……それに気負う必要もない、最初から駄目で元々って話だったでしょ?だから、もし助六が負けても違う方法をまた一緒に考えればいい。僕は協力を惜しまないから、絶対に諦めないから」


「‼︎……うん……うん!分かった、オイラ行ってくる‼︎気持ちだけは負けるもんか……絶対に負けるもんか!……ありがとな、マコト兄ちゃん! 」


助六は会場へと進み出す、手形を残した背中は小さく頼りないが、揺るがぬ決意に満ちていた。


カッパ相撲、ここに開幕。





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