15話
「おばあちゃん、帰ったよー 」
あれからしばらく助六と相撲していたが思いのほか熱中していたらしい、僕が帰宅する頃にはすっかり日が暮れていた。
宵の始まる薄暗い空にぼんやりと月が浮かんでいる。
「おかえり……あら、随分と泥だらけ。ごはんの前にお風呂入ってきたら? 」
「うわ、ホントだ、そうするよ。そうだ、これ…… 」
「こりゃまた沢山釣ったね……マコトちゃん凄いわ!明日の朝にでも焼こうかね」
「え?あ、いや僕が釣ったんじゃなくて、その……あー、そうだね、なんでもない……なんでも」
ここは誤魔化すのが無難だ。
"妖狐と釣りをしてカッパと相撲をした"荒唐無稽にもほどがある。小学生が言うのなら冗談で終わる、しかし高校生が言っていいようなものではないだろう。
「……あ、あのさ」
だから僕は間違ってない、むしろ全てを包み隠さず話してしまう方がどうかしている。
はずなのだが……モヤモヤする。
別れ際"ご家族で食べてください"と釣った魚を分けてくれた彼女の顔がちらつく。誤魔化すほどに苦しくなる。
「……お風呂入ってくるね」
きっとこれは、彼らの存在を隠そうとする優しさでもなんでもない……保身の為のただの嘘。
僕にはまだ、打ち明ける勇気は無かった。
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夕食を食べ終え食器を片付けると、僕はそのまま二階に上がった。祖母には疲れたから早めに寝ると伝えている。
疲れたのは本当だが、その前に聞かなくてはいけないことがあった。
「イグサさん、いる? 」
「ええ、どうぞお入りください」
彼女がいる隣の部屋へ行き、今日のあらましを簡潔に話す。
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「つまり……相撲の練習相手を探している、と」
「僕だけだといつまでたっても強くはなれないと思うから……誰かいませんかね? 」
「では……"山人"なんていかがでしょうか」
「山人? 」
「ええ、身の丈六尺程の大男の姿をした妖怪です。あぁ、あと……とても毛深いです。相撲に詳しいかは存じませんが荒事ならば馴れていると思いますよ?半裸で山中をうろついてますから直ぐに会えるでしょう」
半裸で毛深い……なんともワイルドだ。まあ稽古相手に不足は無いと思う、しかし問題はそこじゃない。
「大丈夫なんですか?その、いきなり取って食われたり…… 」
「見た目に反して気の良い御仁です、礼節を欠かなければ心配ありません。何か手土産でも持っていけば引き受けてくれるでしょう。
それと……毛深い事には触れないであげてくださいね、酷く落ち込みますから」
「分かりました、明日会いに行ってみますね……それと、いつもありがとうございます」
「構いません、何かあればいつでも訪ねてくださいな」
「……はい、それじゃあおやすみなさい」
「ええ、良き夢を」
ワイルドでナイーブな大男、イメージし難いな。手土産でも持っていけと言っていたが何がいいだろう?やはり食べ物かな、それとも……
明日の事について考えているとふと、先ほどの会話が頭をよぎった。
そういえばイグサさんは妖怪の事に詳しい、彼女の話す内容はまるで"実際に会った事がある"かのように。
"泥田坊はお節介なお爺さん、文句を言いながらも世話を焼く"
"山人は身の丈六尺の大男、見た目に反して気の良い御仁、毛深い事を気にしてる"
その他にも、黄昏坂に棲む妖怪について教えてもらっていた。
例えば……"コソコソ岩は、人が近くを通るとコソコソといった小さな物音を出す岩の妖怪、極度の寂しがりやですから無視しないであげてください"などなど……
いや、会っただけでは気付けない、ある程度関わりがないと分からないようなものばかりだ。僕が知らないだけで妖怪同士のコミュニティーは案外頻繁に行われているものなのだろうか。
(まぁ、それは置いといて。手土産だよなぁ……脱毛剤って家にあったっけ)
脱毛剤があるか祖母に聞くのは非常に憚られる、しかし助六のためには仕方ない。布団の中で上手い言い訳を考えているうちに僕の意識は沈んでいった。




