13話
「ごめんくださーい、稲ちゃん、遊びにきたよー」
「はーい、今いきます! 」
僕は小分けにしたキュウリの袋を片手に神社へと来ていた。
「いらっしゃいませ。どうぞ上がってくださ、い……キュウリ? 」
「お裾分け、良かったら古狐様と食べて」
「こんなに沢山いいんですか?お裾分けという量じゃないと思うんですけど」
「やっぱりそう思うよね……大丈夫、家にはこれの四倍あるから」
「……四倍」
そういえば……キュウリパックなる物をテレビやCMなんかでよく見かける、スッピンの女優さんがお風呂上がりに顔に引っ付けてるあれだ。
多種多様なフェイスパックが激戦を繰り広げる昨今、未だ根強く浸透しているキュウリパックはやはり効果があるんだろうか?
「とりあえず上がってください」
「お邪魔します」
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台所を借りて薄くスライスしたキュウリを居間で寝てた古狐様に貼り付けたら前足で思いっきりビンタされた。叩かれた頬は痛くなかったんだ、肉球があったから。
けど何だろう……心が痛い。
「寝込みにいきなり胡瓜を貼っつける馬鹿が何処におる…… 」
「古来よりキュウリには美容効果があると言い伝えられています。そして……あまりの暑さに僕の頭はおかしくなっていたようです、ごめんなさい」
「……まあ良い、今日はどうした? 」
「まあ良いのか……えっと、川釣りに行こうと思って稲ちゃんを誘いに来ました」
「行きます!行きたいです! 」
「おぉ……すごい乗り気だね」
「えへへ、実は釣りというものを一度やってみたかったんです」
「なら丁度良かった……そうだ!それとは別に聞きたい事があったんだよ。川がありそうな所はなんとなく分かるんだけど……魚がいそうな所となるとさっぱり分からなくて。どこかいい場所知らない? 」
「それなら近くにありますよ」
「へぇ、近くに……ん?もしかして、ここへ来る途中に架かってた橋のとこだったりする? 」
「あ、ご存知でしたか。そこを更に上流へと登ったらお魚たくさんいます」
成る程、あそこか……
初めて神社に行ったとき、黄昏山へ向かう途中で小川に架けられた古い木の橋を渡った。
確かそのとき僕はいつか上流へ行ってみたいなと考えた覚えがある。こんな早くに機会が巡って来るとはな。
「じゃあ行こっか? 」
「はい! 」
「うむ、楽しんで来るがよい。して……わっぱよ 」
「? 」
「胡瓜に美容効果があると言うのは誠か? 」
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「ここまで来るとだいぶ涼しいなー 」
「今日は暑いですから、余計にそう感じるんでしょうね」
上の方へ行くにつれ水の流れが強くなった、それに合わせ冷んやりとした空気が茹だった僕の身体を冷ましてくれる。
川の中を覗き見るが魚の姿は確認出来ない。かなりの深さがあると思うんだけど……
「大丈夫ですよ、見えづらいだけでちゃんとお魚いますから」
「そうなんだ、じゃあ取り敢えず始めますか」
「ところでマコトさんは釣りした事あるんですか? 」
「稲ちゃん……僕を誰だと思ってるんだい? 」
「えっと、マコトさんです」
「いや、そうじゃなくて……まあいいや。あれは僕がまだ中学生の時…… 」
"おい誠!なんでお前そんな簡単に釣れるんだ⁉︎"
"分かんない"
"お前アレだろ?ここのお魚さんに賄賂渡したな?この悪代官め"
"孝が下手なだけだよ、あと魚に賄賂ってどういう事だよ……"
"なぁ悪代官、コツ教えてくれよー"
"じっとしてればいいだけだよ……と言ってる間に"
"またフィッシュしやがった……"
"どうやら賭けは僕の勝ちだね"
「友達とジュースを賭けて釣り堀で勝負をした時、僕の類稀なる才能が開花してぶっちぎりで勝ったのだ!待ってろ、黄昏山の川魚達……一匹残らずフィッシュしてやる! 」
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「うひょー!マコトさん、また来ました!大物です! 」
僕は川辺に腰掛けキュウリを食べていた。
程よく冷たい清流が僕の心を癒してくれる。水につけた足裏には岩のゴツゴツとした感触が伝わり気持ち良い。
「アユですよ!アユ!大きいなぁ……よし、キミは稲の晩御飯だ! 」
釣り堀の魚達は社会のルールを叩き込まれていたらしい、客を満足させるためにわざと釣られる……接待というやつだ。釣られるのは大変だろうに……彼等のような魚を接客のプロと呼ぶのだろう。
「きました!えへへっ、何かなー?あ!ニジマス!……キミはおばば様の晩御飯だね」
ゴメンね孝、君はあの時こんな想いだったんだね?こんな……惨めな……
他人の気持ちが分かる、これが大人になるって事か。
「……あ」
どうでもいいことに思いを馳せていたら川にキュウリを落としてしまった、どんどん流されていく。
「あー、もったいないことしたな…… 」
「稲にお任せください…………そこっ‼︎ 」
すると彼女は流されるキュウリに狙いを定め竿を振るう、針が飛んでいき見事キュウリを引っ掛けた。この子どんだけ上手いんだよ……そう思ったのも束の間、竿がぐんと下がる。
「お、重い〜!キュウリでお魚って釣れるんですか⁉︎ 」
竿のしなり具合からして今日一番の大物みたいだ、彼女も懸命に引きあげようとしているがいかんせん力不足のようだ。
大変だ、このままでは……
「ひゃあ!え⁉︎ど、どどどうしたんですかいきなり⁉︎ 」
僕は彼女の背後から覆い被さるように竿を持つ、彼女は驚いて素っ頓狂な声を出すが今はそれどころじゃない。このままでは……稲ちゃんにいいところを全部持っていかれてしまう!
「手伝ってるだけだから!あわよくば手柄を横取りしようなんて全然考えて無いから! 」
「そ、そうじゃなくてですね?あの……いきなりそんな」
「じゃあ"せーの"でひっぱろう! 」
「……はい」
「せーの! 」
「せーの! 」
今日一番の大物は勢いよく跳び上がる。
空に舞った水飛沫は太陽の光を反射して綺麗な輝きを放っていた。
ー 今日の釣果 ー
アユ ×6匹
ニジマス ×1匹
ヤマメ ×2匹
カッパ ×1匹




