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夏休みは妖怪と  作者: 森尾
今はまだその名を知らない
11/19

11話




僕一人だったら回れ右してとっくに帰ってただろう。こんな時、誰かがいるというのは大きなアドバンテージだ。

とりとめのない……それこそ意味のない会話でも話し相手がいるだけで今の辛さを誤魔化せる。


(ははっ……いや、そもそも登山の辛さを誤魔化せる以前に虫の多さにきっと心が折れていたな)


「染井さん、着きましたよ!あとちょっとです、頑張ってくださーい」


自分自身に苦笑していると先導していた彼女が声をあげた、どうやらこの長く辛かった山登りも終わりのようだ。

顔を上げる。

木々に覆われ薄暗い道の先から微かに光が漏れていた、最後の力を振り絞り歩を進める。光を遮っていた葉を手で押し退け……あまりの眩しさに目をつむってしまった。


「ここが"とっておきの場所"です! 」


光に目を慣らすようゆっくりと開く、最初に感じたのは"風"

ああ……きっとこれは、この景色は別段珍しくもないのだろう。写真に切り取っても……そこにあるのは空と山。


名所と呼ばれる景色は日本各地にあるだろう……見る人を飽きさせないよう計算されて、色とりどりにつくられた自然も。歴史があり、古く(おもむき)のある建造物や町並みも。

写真という媒介を通して見るならばそちらの方が楽しめるだろう。

きっと僕も、空と山だけのものよりそちらを選ぶに決まってる……自分の足で来るまでは、自分自身の目で見るまでは。


どちらが劣っているという訳ではない、そもそも比べるものでもない。


青く澄み渡る空に果ては無くどこまでも広がっている。どこまでも……遥か彼方まで。

見下ろす先には深い山々が連なり、まさに圧巻の一言に尽きる。

どれだけ目を見開こうと全てを見通すことは出来ない、レンズ越しでは感じとれない自然の息吹き。


自分はなんて小さいんだ……

それは決して後ろ向きな感情ではない、もっと前向きな清々しい気持ち。

写真には写らない、映像では表現出来ない、その場に居るから感じられる……きっとここに果ては無い、自分の悩みが酷くどうでも良くなる。



「えへへ、どうですか? 」


「………… 」


「染井さん? 」


「うん、なんて言うか……すごいね」


「はい、すごいですよね! 」


「どこまで続いてるのかな…… 」


「うーん、どこまででしょう? 」


「今見えてる景色、その気になればどこまでだって行けるんだよね…… 」


「行けないことも無いですけど……さすがに大変ですよ? 」


「はははっ、確かに大変だね。うん、大変だ…… 」


きっとこの景色を心に焼き付ける事は出来ない。ここを離れればこの想いは()せてしまう……そんな直感が僕にはあった。

思い出としては残る、でもこの想いは忘れてしまう。きっとこの場所じゃ無いと駄目なんだろうな……


「……そろそろ戻ろうか? 」


「そうですね! 」


「あ……そうだ」


「? 」


「虫除け、解いてもらっていいかな? 」


「いいんですか?染井さん虫が嫌いなんじゃ…… 」


「うん、でもまあ……別にいいかなって」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






山道を転がり落ちるように下山する人影。それともう一つ、それを必死に追いかける姿があった。


「ヤバいヤバいヤバい! 」


「ま、待ってください!術掛け直しますから!止まってくださーい! 」


「無理無理無理!動きを止めたら奴らに()られる! 」


二人は神社に繋がる裏山から勢いよく飛び出してきた。


「ゼェ、ゼェ……なんとか逃げ切れた。ど、どうやらッゲホ……どうやら一時(いっとき)のテンションに身を任せるものじゃないな」


「ハァ、ハァ……染井さん、下りるの早すぎです、どれだけ虫嫌いなんですか…… 」


「おかしいな……大丈夫だと思ったんだけど」


「……えへへ、蜘蛛の巣に引っかかった時の染井さんの顔」


「そ、そうだ!もう着いてない⁉︎取れた⁉︎ 」


「……ふふっ 」

「…………あははっ」


どちらともなく笑い出す。

虫はやっぱり怖いけど……不思議なもんだ、ほんの少しだけ楽しかった。


「はぁ……稲ちゃん」


「? 」


「……ありがと」


「へ?稲……何かしましたっけ? 」


「いや……そうだな、うん、やっぱりなんでも無いや。それよりお茶もらえないかな?少し座ってゆっくりしたい」


「はい‼︎お家に行きましょう。稲、本当はいっぱいお茶入れる練習したんです!すぐお入れしますから」

「日も暮れてきたなー……今日はもう帰るか」


「あ……あのっ…… 」


辺りはすっかり夕焼けに染まっている、僕がそろそろ帰るかと石段を下りようとした時、彼女はポツリポツリと語り出した。


「稲は……楽しい遊びをあまり知りませんし、面白いお話しも出来ません。きっと、稲といても退屈するだけだと思います…… 」


その声は小さく震えていた。


「で、でも、あの……楽しい遊び、たくさん考えておきます。面白いお話もいっぱい出来るように調べておきます……だから稲と、その……お、お友達に……なって、くれませんか? 」


「そっか……なんか安心した」


「え? 」


「いや、案外、人も妖怪もそんなに変わらないのかなって思ってさ。

他人の顔色を(うかが)うのは仕方のないことだよ?面白い話が出来ない事を気にするのだって当然だ、それに相手を退屈させてしまうんじゃないかと心配するのだって悪い事じゃない」


僕も昔、同じように悩んだことがあった。自分を変えてみようと変な方向に突っ走ったこともある。

でも僕が長年考えて出した答えは案外シンプルで、人によってはくだらないと感じるようなものだった。


「僕はね……そのままでいいと思うんだ」


「……そのままで? 」


「うん、そのままで。

そもそも……相手を思いやってないと顔色なんて気にしない。

面白い話が出来ない?なら面白い事を一緒に探せばいい。

そしてその時の事を一緒に語り合う、そうすれば退屈かどうかなんてどうでもよくなる」


「だから友達かどうかなんて今更だ、僕はすっかりそのつもりだったよ? 」


「そ、染井さん、それじゃあ…… 」


「マコトでいいよ、友達なんだから」


「……あ、あの、お礼って訳じゃ無いんですけど……稲もお面外します」


「ん?別に無理しなくても 」


「違うんです。よく分からないけど……ダメな気がするんです、お面越しだと」


僕からしたらなんでもない事でも、彼女にとっては大切な事なのかもしれない。


「外します……笑わないでくださいね? 」


「うん、約束する」


狐のお面に手を掛けて、ゆっくりと外す。

本来なら整った顔立ちは冷たい印象を与えるんだろう。しかし、本人のおどおどした性格と相まって愛嬌を感じる。綺麗系というよりは可愛い系だな。


「どこか変な所ある?普通に可愛いと思うけど」


「かわいい⁉︎そ、そんなはずは…… 」


彼女は手鏡を取り出し変な所が無いことを確認すると疑問符を浮かべて……何故かこちらを見てきた。


「いや、そんな"なんで?"って顔で僕を見られても困るんだけど。ちなみにどこが変だったの? 」


「えっと、朝起きたら人の姿になってたわけなんですけど、鏡を見たらですね、目元が……うにょーんってなってたんです」


「うにょーん? 」


「はい……うにょーん、と」


そう言い彼女は指で目元を横に引き伸ばした。


「あぁ所謂(いわゆる)、狐の目みたいになってたってことか…… 」


(ん?待てよ?朝……起きたら……目がうにょーん……)


「稲ちゃんってさ、朝起きるの苦手でしょ? 」


「な、なぜそれを知って⁉︎ 」


「……ああ、でもそうか、人になるのが初めてなら知らないのも不思議じゃないか」


「お、おばば様に聞いたんですね⁉︎そうなんですね⁉︎違うんです、稲はそんなだらしない子じゃないんです……そう!昨日は夜更かししたせいであって‼︎だからいつもは…… 」


「あのさ、低血圧って聞いたことある? 」






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






「いや、そこまで落ち込まなくても…… 」


「稲がこんなに悩んでたのに、おばば様は……おばば様は! 」


そう考えたら朝、確かに何か言いかけてた気がする。

焦っていたとはいえ、ちゃんと話を聞いてなかったこっちが悪いんだけど……そうなんだけど!


「……一生の不覚ッ」


「そんなに?

……あ、いけない、そろそろ帰らないと 」


そうだ、こんなことしてる場合じゃない……ちゃんとお見送りしないと。


「今日はありがとう、楽しかったよ。まさかあんなに走り回ることになるとは思わなかったけどね」


「稲も楽しかったです…… 」


「それじゃあ"また明日" 」


「‼︎……は、はい!"また明日" 」


マコトさんはそう言い残し石段を下りていった。


"また明日"


当たり前の、ごくありふれた言葉の筈なのにとても嬉しい。そっか……そうだったんだ……おばば様の言ってた事、今なら分かる。


ー 己が心の有りよう ー

何故(なにゆえ)、人に化けたいか ー


答えは決まってる……マコトさんと"一緒に"居たいから。

利用するためじゃない、(あざむ)くためじゃない、もっと簡単な……それでいて何よりも強い、"人と共に在りたい"という想い。

……それともう一つだけ、よく分からない想いがある。


なんだか胸が苦しくなるような安心感と不安感を織り交ぜたような、けれども全然嫌ではない暖かく優しいこの想い。



今はまだ、その名を知らない。





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