俺とシークと学園都市線
一切の書かれたもののうち、
私はただ、その人がその血をもって
書かれたもののみを愛する。
血をもって書け。
君は、血が精神であることを知るだろう。
- フリードリヒ・ニーチェ -
大粒の牡丹雪が降っている。降り積もった雪と降りかかる雪のその間を急ぎ足で潜り抜け駅の自動ドアを抜ける。慣れた手つきで定期券を改札機に通しエスカレータに乗りながら腕時計を見つめる。
「まだ思ったより時間あったな…せっかく急いだのに」
重いドアを押し開き、白い息を吐きながらホームを見渡す。線路に積もった雪をみながら、駅員はこの雪をどのようにどかすのだろう、とたわいもないことを考える。
かじかんだ手をさすって温めているとポケットの中のスマートフォンが震えた。親友の石油王「シーク」の名前がホーム画面に表示されている。画面をスワイプしロック画面を解き彼からのメッセージを読む。
『電車の、一番前の車両に居るから』
短くそれだけ書かれた文面を見ながらホームの端に向かって歩く。今日はどんな話題を話そうか。昨日抱かせてもらった女優か、一昨日もらったオープンカーの調子が悪いことでも話そうかな…。
間もなく駅のアナウンスがあり、数十秒の後電車が到着した。話題は適当にその場のノリで話そうと思いながら乗車する。シークがいるという一番前の車両だ。彼のトレードマークであるターバンを探す。ターバンじゃなくて正確にはクーフィーヤと呼ぶらしいがそんなことは些細なことだ。わかればいい。
「おはよ」
「うむ、おはよう。レポートはやったか?」
「あー 俺それ昨日のうちに出したわ」
「ほう…今日の五時までだったか?後で書き方教えてくれ。2億やるから」
話題を考えていたことなどきれいに忘れ、いつも通りの会話を楽しむ。こいつといつからこんなに適当に喋れる仲になったんだっけ…。会話をしながら頭の隅っこでそんな思いが顔をのぞかせていた。
「お前ほんとに顔黒いよなー…ん?なんか後部車両の方が騒がしくないか?」
ざわざわとした声と乗客の不安が凝集したような重苦しい雰囲気が車内に満ち始めた。シークは鋭い目線を車両の奥に向ける。
そのとき、けたたましいアナウンスと乗客の悲鳴が車内に鳴り響いた。叫び声、轟音、それらが何か伝えようと必死なアナウンスのノイズになる。思わずシークに話しかける。
「なあ、これなんなんだ!何があったんだよ!」
周りの不安に飲まれ思わずシークの知るはずのないことを畳みかけてしまう。しかしシークは意外にも落ち着き払った様子で言った。
「何があったかは知らないが、この学園都市線は近いうちにわが一族が買い占める予定だ。通学に便利だからな。将来の財産にキズがつかないよう後部車両に様子を見に行ってみるとするか」
「様子ってお前…どう見てもただ事じゃないだろこれは!何があるかわからないんだから単独行動はやめておけよ!」
「何言ってるんだ武雄」
「何って…!」
「お前も一緒に行くに決まってるだろう。後で二億…いや、五億やるから」
結局金に目がくらんだ俺は親友の一歩後ろをついて歩く。シークはなぜか妙に堂々としている。これが王の器というものだろうか。学生にして石油王となった人間は周囲で慌てふためく一般人と比べると王になるべくしてなったのだと思わされる。
自分もいつかこういう風になれたら、あの油田だってきっと…。自分より少し広い背中を眺めながら阿鼻叫喚を極める車内の惨状とはまったく関係ないことを考えてしまう。しかし、眺めていた背中は急に前進をやめた。勢い余ってぶつかりそうになるのを何とか踏みとどまった。
「どうした?急に立ち止まって」
「なんだ…?あの男、何か雰囲気がおかしくないか?」
そこには、黒づくめで車両の中央に立ち尽くす男の姿があった。身長は180㎝以上あり、服の上からでも一般人とは比べ物にならない筋肉量を有していることが分かった。男は刃渡り十五センチ程度のナイフを逆手に持ち、徐にこちらを向いて口をひたいた。
「その風貌…聞いていた情報と一致するな…貴様が“油田”の持ち主か」
「余に向かって無礼な口をきくな下郎。余にタメ口を聴いて良い庶民は武雄だけだ。頭が高い。控えよ。」
「ククク…さすが石油王。圧倒的な体格差と武器を目の当たりにしてもいささかの不安も見せないとは…。しかし、これを見てもその余裕な態度が続くかな?」
男はそう言って懐から注射器を取り出した。中には黒い、どろどろとした液体が入っている。それを目にしたシークの目にわずかに驚愕の色が宿る。
「まさかそれは石油…?なぜ貴様のごとき下郎がそれを持っている?それに注射器とは…死にたいのか?それを使ったらどうなるか、知らんわけじゃあるまい。」
俺は突如混沌が色濃く混ざり始めたような現実についていくのがやっとで、二人のやり取りを聞いてから理解するのが数秒遅れた。そして理解してから男を止めようと決断するのを待つこともなく男は自分の首に無造作に注射器をさし、中の黒い液体をすべて注入した。
いくらか苦痛を顔ににじませているが勝利を確信してか男は不気味に笑ったままだ。俺もシークも突然の事態にその場から動くことができなかった。まずい、何とかしないと…しかし何をすれば… 俺は焦りと恐怖で空転する頭を正常に戻すことができなかった。
「くく…待たせたな。どれ、せっかく石油を使ったんだ。石油王、まずはお前に見せてやるとするか…」
言い終わると同時に男はその場にしゃがみ込むと持っていたナイフを力なくポロリと床に落とし、金属が巨大なハンマーでたたかれたような、聞いたことのない音で床を蹴り、一瞬でシークの眼前に迫る。
シークは相手がそう動くのがわかっていたかのように俺の頭を抱きかかえ素早くしゃがみ込み男の攻撃をかわした。男はそのまま後ろのドアに派手な音と共に突っ込んだ。
「なんだいまの動き…!?ていうか、死んだんじゃないか今ので…?すごい音したぞ…」
「いや、奴は石油を使っていた。こんなのはダメージにすらなるまい」
「石油…?なんだっていうんだ一体…!」
「まあ、その説明はあいつをどうにかしてからでいいだろう。お前は隠れていろ。すぐに終わる」
「流石に一気に大量に使うと感覚が狂うか。一撃で決める予定だったんだがな。まあいい、貴様の言う通りすぐに次で終わらてやろう」キズひとつ負っていない男がシークを見据えながら言う。こんな化け物相手にシークはどうするつもりなのだろうか。
「あれだけの石油を使っておいてその程度とは… 所詮は下郎。王の器ではないな。どれ、一つ見せてやろう。本当の石油の使い方というものを」シークはそう言いながら優雅な動作で男に向き合い半身に構えた。
再び体を弛ませ先ほどよりも慎重にこちらを狙って跳躍の構えをとる。シークはそれを向かい打つもりなのか男から視線を外さない。緊張した空気が張り詰める。
「ここで死んでもらうぞ石油王!」そう言い終えた瞬間目にもとまらぬ速度でシークにとびかかる。しかし次の瞬間目に飛び込んできたのはわが目を疑うような光景であった。
「な…!バカな…っ!?」男は、シークに頭を床に押さえられ捕獲されていた。シークの細腕でどうやっているのかは分らないがとびかかる男の後頭部を上から軽く押さえるような形で床に縫い付けてしまった。男の持っていた運動エネルギーがシークに触れられた瞬間ゼロになったかのようだ。男の顔面がめり込みこみそうになっている。男を見下しながらシークが言う。
「こんなのは石油一滴分の力も出していない。所詮下郎よな……しかし解せぬ。貴様がごとき下郎があの量の石油を持っていたのはどういうことだ?油田ももたぬ貴様が…。理由を話してみよ。よもやそれを断るほど馬鹿でもあるまい?」シークが腕に力を込める。わずかに男に苦痛の色が滲む。
「ふん…油田を持つのはあんただけじゃないってことさ!俺たちはあの方についていく!あんたがそんな石油王ヅラしてられるのも今日までだぜ!」
辛うじて頭をあげ、眼だけでシークをにらみ男が言い放つ。
「なに?油田を…?おい、あの方というのはだれだ。申してみよ。」
「ククク…いいだろう。あの方は……ガッ!?」
気が付くと男の口には、別の男の革靴が蹴り入れられていた。気づかぬうちに接近していた男に驚き、俺は思わず口を開いた。
「だ、誰だっ!いつからここに…!?」
「貴様、奥の車両にいた男か」
シークが俺の言葉に続けて言う。
「うちの出来損ないが失礼いたしました。私の名前は名乗ることはできませんので好きにお呼びください。下のごみ屑がうっかり機密を漏らしそうになっていましたので慌てて口をふさぎに来た次第でございます」
容赦なく仲間の口内に蹴りを入れた男が慇懃な口調で説明しているが、俺の頭はこの状況をいまだに理解できずにいた。いつの間にかシークは男を押さえていた手を放し新たに現れた男から少し離れた位置に引いている。
「まあ、こいつは私が手を下すまでもなく間もなくくたばります。放っておいても問題ないでしょう。さて、本当はこんなにあわただしくやるのは嫌だったのですがこうなってしまったのは仕方ありませんね。あなた方には今すぐここで死んでいただきます。」
慇懃な男はそう言い終わるや否やシークの後ろに回り込んでいた。先ほどの男よりも数段早い。回り込まれていたのが自分だったらどうしようもなかっただろう。
「貴様も石油を使っているな。しかも、先ほどの男よりかはましな器を持っていると見える」
「ええ、いかにも…。しかし、意外ですねえ。こんなにあっさりと後ろをとらせていただけるとは。拍子抜けしてしまいましたよ。そんなにゆっくりおしゃべりしている場合ではないと思いますけどねえ。」
「せかせか行動するなど余裕のない下民どものすることよ。しかし貴様はやはり先ほどの男よりはわかっているようだな。いわれずとも余に跪くとは」くく、と低い笑い声を漏らしながらシークは言う。
「…?何を言って……っ」
その男の左膝は関節と反対の方向に曲がり、右足はあり得ない方向にねじ曲がっていた。
「うわああああ!!お、俺の足が!!き…貴様何をしたっ!!」
「ふん、少し褒めてやればすぐこれか。口調が無礼だぞ。それに何をしたかだと?そんなのは貴様があまりにあわてて移動していたから余の足に引っかかったのに気が付かなかっただけであろう。」
(ば、バカな…!この男は化け物か!?このままではあの方の身に…)
「なるほど貴様も石油を使っていたのなら合点がいった。余以外に油田を持ちこれだけの執念を余に向けてくるやつなどやつらしかおらぬ」
「ぐ…、こ、こうなれば…っ!」
先ほどまで丁寧だった口調や物腰はすっかりと息をひそめ男は急いで懐から何かを取り出した。何やらスマートフォンほどの小さな機械のようなものだ。
「ほう、石油爆弾か」
「くくく…そうさ!この車両もろとも吹っ飛ばしてやるぜ!」
「所詮は庶民の浅知恵よな。やってみるがよい」
「言われなくてもやってやるさ!しね!石油王!!」
男は激情に任せボタンのようなものを力任せに押したが、特に何か変わった様子はない。
男の顔が焦りと疑問の混ざった表情へと変わる。
「なぜだ……なぜ何も起こらん!?」
「武雄」
いきなりシークになまえを呼ばれ驚きながらシークに視線を向ける。
しゃべりながらシークは男の後頭部を軽くたたく。それだけで男はぐったりとうなだれる。気絶させてしまったのだろう。こんなにも容易く…。親友に空恐ろしさを覚える。
「お前は、石油を何だと思っている?」
「せ、石油?」
いきなりの根本的な質問だ。この状況を全く顧みないでマイペースによくわからない質問をするシークに驚きながらも答えを考えるが、燃料とか資源などの答えしか出てこない。そして、こんな答えをシークが求めているわけではないこともわかる。
「石油というのはな、エネルギーを奪い、それを使用するものだ」
奪って使用?化石燃料である石油は生き物のエネルギーを奪っているものだとずっと前にシークが言っていたのを思い出す。
「王の器を持つものは石油を器…つまり自分自身に注ぐことによって石油を使いこなすことができる。そして、それは石油というものをどうとらえているかによって石油の力の発現の形が変わる」
シークはいきなり訳のわからないことをこんこんと説明している。
「やつらはせいぜい石油をパワーを増強させるドーピング剤程度にしか考えていなかったのだろう。それに王の器も持ち合わせていなかった。王の器を持たないものが石油を使っても多少の力は出るだろうが、その力はたかが知れているし体が石油になじまず死に至る。」
たかが知れている、とはいっても俺から見れば恐るべき力だったがシークから見ればやはり、たかが知れていたのだろう。
「石油がエネルギーを奪い、使用しているのはわかったが…石油の力の発現、ってなんだ…?石油のとらえ方がどうとか言っていたが…」
「石油が機械や乗り物を動かし、その本来の力を発揮させるようなものだ。王本来の力を発揮させるのが石油だ。そしてその力の大きさは王の器の大きさに比例しどのような力を発揮するかは石油のとらえ方に等しい。余の場合はエネルギーの強奪と使用だ。運動エネルギーや電気エネルギーを奪うことなど造作もない。そのエネルギーを使って敵を制することもな。」
知られざる石油の力に流石に驚愕する。理解が追い付かないのは今日だけで何回あっただろうか。
普段から水の代わりに石油を飲んでいたシークの姿が思い起こされる。石油王だからとあまり気に留めなかったが石油の力を補給していたのだろう。
「さて、この話を今した理由は簡単だ。武雄、おまえにも石油を使ってもらう。」
こともなげに言葉をつづけるシーク。電車はガタガタと揺れながら進行をつづける。自分の体の震えは電車の揺れで分からなかった。
「何を言っているんだ?それは王の器とやらがないと死んじまうんだろ?」
「大丈夫だ。お前には王の風格を感じる。」
「感じるって…俺は一般の、普通の、どこにでもいる大学生だ。それは俺自身がよくわかってる。それに、わざわざそんなもの使う理由がないだろう!」
いきなりの展開に焦って必要以上に強く否定してしまう。
「理由ならある。この先進んでいけばおまえにも危険が及ぶ可能性がある。そのとき余の力だけでは守り切れないかもしれん。お前自身が強くあらねばならん。」
「この先そんな危険なのか?だったらここで引き返せばいいだろう。どうみても俺たちで解決できそうな事態じゃない。このまんま大人しくして誰かが解決するのを待つべきだ」
「いや、もはやそんな事態ではない。この事故の原因は余と武雄の責任だ。民を守るのは王の務めでもあるしな」
シークは何を言っているのだろうか。この事故の原因が俺たち二人?
「それは奥にいるやつらに合えばわかる。今のうちにこれを飲んでおけ。安心しろ。仮にお前が王の器ではなかったとしても余の力なら石油のエネルギーを奪いお前を助けることができる。多分」
シークの目を見る。嘘を言っているようには見えない。それにどこか漂う気品とカリスマ性がシークの言葉を裏付けるかのようであった。それに原因が自分にもあるということが気になる。恐る恐る口を開く。
「…飲むだけでいいのか?さっきの男は注射器を使っていたように見えたが」
「即効性が欲しい時には静脈に注射するといいのだが飲んでも数分もすれば使えるようになるだろう」
そういいながらシークは自前の水筒を取り出した。純金製で宝石がちりばめられている。重そうだし保温性もなさそうだがこいつはこれを昔から愛用していた。石油を蓋に注ぎ俺に突き出す。
「最初は飲みにくいかもしれんが、慣れればそう悪くないぞ」
「まじかよ…まあ飲んでみるか…」
どろっとした黒い液体がゆらゆらと揺れている。見た目よりもずっしりとしてる。あまり味わいたくはないので一気に口の中に流し込み味わう間もなくすべて嚥下する。どことなく懐かしい香りが鼻腔を抜ける。
「…まず。油っこい。変なにおいだし。後味が最悪。変に苦くて口に残る」
ははっ、と楽しげに笑うシーク。俺の表情とは真逆だ。
「やはり最初はまずいか。まあいい。これでお前も石油王への一歩を踏み出したな」
結局石油をあるだけ飲み干した後、電車の奥へと歩を進める。ようやく冷静になった頭で考えていたのはあの油田のことだ。
昔シークとさんざん遊んだあの油田。つらい時も悲しい時も楽しい時もずっとあそこで遊んでいた。
最初のうちはシークと二人で遊んでいたけどある時“石油女王”と名乗る同い年の女の子と一緒に遊び始めた。彼女の父親は石油王だったらしい。今思うと“石油王女”のほうが正しいと思うけど、当時の俺達はなにも気にしていなかった。きっかけは忘れたけど三人はすぐに仲良くなって、油田での過ごす時間はさらに楽しくなった。
でも突然楽しい時は終わりを告げた。その油田の持ち主であった石油女王の父親が油田を売却し遊べなくなったのだ。しかも石油女王は家族とともに遠い国へ行ってしまうという。
俺は当然、油田も石油女王も失いたくなかったから直談判しに行った。しかし、子供の頃の自分はまったく相手にされなかった。結局、どちらも失って大人になっていった。最初から自分のものではなかったのだけど、それでもやはり失ったのだと思う。シークだけは俺のそばにずっといてくれた。きっとこれからもだ。だから、このまま二人で奥の車両まで進まなければいけないのかもしれない。そうしないとまた何かを失ってしまいそうな気がした。
「武雄」
突然シークに呼びかけられ思考が現実に引き戻される。
「なにか、体に変化はないか?石油がそろそろ効いてくるころだと思うが。死にそうには見えないから安心してるぞ」
「あー…そういえば少し体が軽いような。別に死にそうな感じはないな、たしかに。」
「肉体強化の効果もあるからな。先ほどまでの男たちはそれぐらいしか使えていなかったが。あとはおまえが石油がどんなものと捉えているかでその力の発現の形が変わる。おまえは石油をどうとらえている?」
「そうだな、おれは…」
言いかけた瞬間、言葉に詰まる。答えが用意できなかったのではない。目の前に小さな少女が立ちはだかってきたからだ。この場に不釣り合いな豪華なドレスを着ている。さながら中世貴族の夜会のようないでたちをし、こちらを品定めするかのように見つめている。しかし、その人目を惹く格好よりも彼女の顔にくぎ付けになる。
見間違うはずがない。
あの頃の石油女王そのものではないか。思わず言葉を投げかける。
「お、おまえは…誰だ?」
彼女が今目の前に現れたとしてもこの少女よりも幾分か成長しているはずである。したがってこの少女は石油女王ではない。とすると…一人心当たりがある。
「わたくしは“石油王女”。あなた方、“シーク”と“武雄”ね。昔一度会っているのだけど覚えているかしら?」
やはり。かすかに覚えている。年が離れていたためあまり一緒に遊んだ記憶はない。
「武雄、あなたは石油を飲んだのかしら?」
突然の質問が飛んできた。隠すことでもないし昔なじみの相手だ。素直に答えてやろう。
「ああ。さっきな。ちょうど今効いてきたところだ」
「あらよかった。わざわざ刺客を押し掛けた甲斐があったわ。」
妙にあかるげな軽い口調でとんでもないことを口走る王女。
わが耳を疑った。こいつが奴らを俺たちにけしかけた?いったい何のために?
「…なぜそんな真似をした」
俺よりも先にシークがこの疑問を口にした。
「余は、あの油田を買収しようとしていた。利害関係にある貴様ら一族が邪魔してくるとは充分考えていた。しかし、武雄に石油を飲ませるのが目的というのはどういうことだ。」
「ふふふ。武雄あなた…石油をどんなものだと考えているかしら。」
シークを無視し少女は俺に質問を投げかける。
これを聞かれるのは今日だけで三回目だ。いい加減用意した答えを聞かせてやるとしよう。
「循環するものだ。死んだ生物が化石燃料となり我らを生かし、我々もまた石油になっていくだろう。石油と生物は最終的には同じと考えていい」
「やっぱりね…昔答えてくれた通りだわ。まああなたは覚えてないでしょうけど」きれいに巻いた金髪をくるくるといじりながらこちらを見据える。
確かに覚えていない。しかし昔本かなんかで知った知識をよく理解もせずに得意げに披露した気もする。こいつはそれを覚えていたのか…。しかし、だとするとひとつ疑問が残る。こいつの目的はいったい何なのだろう?
「その口ぶりからするとお前は俺の能力の予想がついてるみたいだな。それはなんなんだ?それをどうしたいんだ?」
「予想はついてるけど確信はしてないわ。あなたの能力…これに使ってみて。」
そう言いながら彼女はなんと隠し持っていたナイフで自分の手の甲を傷つけた。それほど深い傷ではないが見る見るうちに鮮血が滴り、白い床に点々と赤い跡をつけた。
「な、なにやってるんだ!」
「ここにあなたの力を使うの。石油の力をここに集めるのをイメージして」
そういって彼女は手の甲を俺のほうに突きつける。
突然の事態に言われた通りにする以外考えつかなかった俺は石油の力を集めるイメージをする。すると、先ほどまでの傷が最初からなかったかのようにきれいになくなった。
「これは…治癒能力?」
「そう。予想が当たったようね。あなたの力は石油を使い傷を治す能力のようね。石油と生物が同じと考えているから石油を生物の一部に変換できるの」
俺とシークは目を見合わせた。俺にこんな力があるなんて…。しかしまだ残ってる疑問を尋ねる。
「それで…お前はこれでどうしたいんだ?」
何かを治したいということだろうが…
「決まっているでしょう?わたくしの姉、石油女王よ」
やはり、と一人で得心する。この姉妹は確かに仲が良かったしこの子がそこまでする相手はそうはいまい。
「彼女、どこか悪いのか?」
「ええ、あの油田を買い取ろうとして相当無茶をしたようね。厄介な連中から恨みを買って闇討ちされて今も意識は戻らないまんま…脳の大事な部分がひどく損傷したわ。もっとも、連中ははした金で買収した後適当に洗脳して捨て駒にしたわ。さっき会ったでしょう?」
さらりと洗脳などと恐ろしいことを言っているがあまり気にしないことにする。
やはりあの油田を必死に買い戻そうとしていたのか…。
「わかった。石油女王は俺にとっても大事な人だ。必ず治す。奥の車両に居るのか?」
「ええ、わたくしは石油を移動のためのエネルギーだと考えているから人や物を移動させることができる。先ほど姉を最奥の車両に移動させておいたわ。あなたの能力で姉を救ってあげて」
そこには、ひどく痩せてしまった石油女王の姿があった。白いベッドに横たわって眠りに落ちるその顔にはあのころの面影が確かに残っていた。俺は彼女の額に右手を置き彼女の元気な姿を思い浮かべ全力で治すイメージを浮かべる。しかし彼女は目を覚まさない。
俺の力も、この一連の事件も、きっとこのときのためにあったのだろう。王の器も金も、あの油田でさえなくしてもいい。
すべて使い果たす覚悟で集中する。それでも彼女はピクリとも動かない。駄目なのか。俺の王の器では足りないのか。せめて俺がシークと同じくらいの器の持ち主であれば…。
思わず諦めかけてしまう。
無力感に支配されそうになる。
しかし、右手にふと温かみを感じる。
「余の力を忘れたか武雄?」
シークが俺の右手に自分の右手を重ねる。
「いままでさんざん奪ってきた力を使い果たす時が来たな。余に治す力はないがお前にエネルギーを渡すことはできる。余と二人なら石油女王を助けられる。恐らく石油を使い果たすどころか王の器も壊れてしまうが」
「シークお前…!」思わずシークの顔を見る。そこには石油王ではなく幼いころからの親友としての顔があった。
「そんな顔をするな。民を救うのは王の務めだ」
桜の舞う駅のホーム。近くの公園の桜の花びらが風に乗ってここまで運ばれてくるらしい。電車内で話す話題を考えているうちに、事故以来少しダイヤのずれてしまった電車がホームに到着し大げさな音で扉を開く。ターバンをやめてしまったのあいつ一人の時は探すのに少し苦労するが、電車内では金髪の女の子二人と一緒に居るのですぐに見つかる。
「よう、レポートはやったか?」
「僕がそんなのやってるわけないだろ。後で書き方教えてくれ。200円やるから」
あの事件の日以来、すっかり王らしさを失ってしまったシーク。
しかしこれでいいのだ。こいつの正体はカリスマ性抜群の石油王ではなくただの普通の一般人の俺の、普通の一般人の親友だ。
俺ら二人の掛け合いをほほえましそうに見る金髪姉妹。この二人は先日あの油田を手に入れる商談をまとめたようだ。王女とか女王とかいうだけあってその手腕は凄まじいらしい。
そろそろ大学につくころかな…。
学園都市線は、今日も平常運転だ。
悪のりした友人と後輩に適当に決められたお題をもとに小説を書きました。行き当たりばったりで書いたのですごいことになってますが私のせいではないです。一万文字以内に収める条件をギリギリクリアしたことに満足感を覚えています。