樋口先輩の卒業式。亜貴は決着をつけました
卒業式当日。
書道教室に行くと、沢山の花束と色紙が用意されていた。今は卒業生は卒業式の真っ只中だろう。式が終わってからも卒業生たちは同級生と交流して、書道教室には最後に来ることになる。その頃は昼近くになりそうだ。
もう少し遅くに来ても良かったかなと亜貴は思ったが、書道部員のほとんどがもう来ているので自分だけ重役出勤するわけにもいかない。
それにしても。昨日のことを思うと、焔と顔を合わすのが少し気まずい。焔はどう思っただろう。亜貴の言葉で焔を変えられるとは思わないけれど、でも、考え直してくれてたらいいと亜貴は思う。
(今日で本当に樋口先輩とはお別れかあ)
焔を見つめる日々は長いようであっという間だった。焔はまだ亜貴の心の多くを占めているけど、でも告白することで区切りがついたのは本当だ。だから亜貴は焔の幸せを願ってやまない。ただ、さゆりとくっつけようとするのはやり過ぎだったのかなと思わなくもない。何が正しくて、どうすれば良かったのか。今となっては亜貴にも分からなかった。だが、亜貴は後悔はしたくなかった。だから自分の出来ることはやったと思うしかない。
「亜貴、来てたのね」
美和子に声をかけられ、亜貴は思考を中断した。
「うん。おはよう、美和子」
「……なんか元気ないね、亜貴」
「そう、かな?」
亜貴はとぼける。
「もしかして……亜貴の好きな人って卒業生にいたの?」
「さあ、どうでしょう」
亜貴の言葉に、
「素直じゃないんだから」
と美和子は言った。
「それなら、寂しくなるね」
「……」
美和子の言葉に亜貴はただ黙っていた。
「まあ、でも亜貴には樋口君がいるから」
それもどうなるか分からなくて、亜貴は不安だった。お互い、友達になってもという話は少しずつしている。けれど、毎日一緒にお弁当を食べたり、帰ったりというのは流石に友達のレベルを超えてるのでしないだろう。それはなんだか寂しいと思う亜貴がいる。
(いやね。心は樋口先輩にあるのに、刻とこれからも楽しく過ごしたいなんて、私、ズルイ)
「亜貴?」
「ううん。何でもない」
刻も今、弓道場で卒業生を待っているのだろうか。後六日、刻は亜貴とどう過ごそうと思っているのだろう。
「そろそろかな、卒業生来るの」
時計の針は十一時を過ぎている。
「先程卒業生は講堂を出て、自分のクラスに戻ったみたいよー!」
新部長の田宮が報告する。
在校生たちは花束と色紙を抱えて準備をしだした。
亜貴の心臓もドキドキしてきた。
卒業生たちが書道教室にやってきた。部員は拍手で迎える。
焔と目が合った。亜貴がどうしていいか分からず、目をそらせずにいると、焔は目だけで微笑んだ。
「先輩方、ご卒業おめでとうございます。先輩方のご指導を忘れず、これからも部員一同頑張ります。先輩方の今後のご活躍を祈っています。今までありがとうございました!」
田宮が言い、花束を渡す部員がそれぞれの先輩の前に進み出て花束を贈呈した。
「いつでも遊びに寄ってくださいね!」
部員の誰かが言うのが聞こえた。昨年の卒業生で、書道教室に来たのは片手で数えられるくらいだったのを思い出す。なんだか切なくなった。
書道部員全員での集合写真を撮って、それからは各々が撮って欲しい先輩と写真を撮っていた。亜貴は焔との写真が欲しいような欲しくないような、複雑な気持ちでいた。すると、美和子が、
「亜貴! 円上先輩と、樋口先輩と一緒に撮ってもらおうよ!」
と亜貴の腕を引っ張った。亜貴は笑顔を作ることが出来ず、写真を撮るのをかってでた部員に、
「高城さん、もっと笑って!」
と言われてしまった。
「ありがとうございました」
さゆりと焔に言って、亜貴は書道教室を出た。
もともと大人数が苦手なのもあるが、焔の前でどんな顔をすればいいか分からず、その場にいるのがきつくなってしまった。もしかすると、今日が焔と会うのは最後かもしれないのに。
(可愛くないな、私)
本当は個人的に話したいことはいっぱいあった。けれど。
(後悔しないために昨日は言ったつもり。でも、また余計なことをしちゃったんだろうな、私。
あーあ。学習力ないな)
亜貴は帰ろうとしたが足を止めた。なんだか無性に刻の顔が見たくなった。刻なら亜貴の気持ちを分かってくれる気がした。そして、「バカだな~」と苦笑しながらも、亜貴を慰めてくれるに違いない。
(自分に都合のいい方に逃げてるだけよね)
そう思っても、亜貴の足は刻を探して歩き出した。
弓道場の前をうろうろしてみたが、どうも人気が感じられない。もう卒業生を送る会は終わったのだろうか。それとも部員みんなでどこかに昼食でも食べに行ったとか? 亜貴は困って、次どこを探そうと考える。まさか刻の教室にいるわけはないよね?
そう思いながらも亜貴は刻の教室に向かった。
やはりいなかった。
じゃあ、亜貴の教室はどうだろう?
行ってみる。扉を開けると、探していた刻が亜貴の机の前にいた。
「刻……」
安堵して言うと、
「ようやく見つけた!」
と刻が言った。
「え? どうかしたの?」
「おう。亜貴途中で書道教室から出て行ったらしいじゃん」
「うん……なんか居たたまれなくて」
亜貴は下を向きながら言った。
「私、また余計なことしたのかなって」
亜貴の言葉に、
「愚痴は後でたくさん聞いてやるから、今は兄貴の所に行け!」
と焦ったように言った。
「樋口先輩? 」
「ああ。どこにいるって言ってたかな。あ、部室棟の裏にいるって言ってたかな」
「わ、私……行ってくる!」
亜貴の言葉に刻は黙って頷くと、亜貴の背をポンと叩いた。それを合図に亜貴は駆け出した。
部室棟の裏は人気がなくてしんとしていた。
本当に焔がいるのだろうかと辺りを見回すと、壁に背を預けていた焔が亜貴に気付いて向かってきた。
「樋口先輩……」
「高城さん。良かった、会えて。高城さんに言われて色々考えたよ。それで結局さゆりに告げることにして、先ほど告白してきた」
焔はゆっくりと亜貴に報告した。聞いている間、亜貴は息が上手くできなくて、聞き終わってやっと息を吐いた。
「……私、樋口先輩の役に立ちたかったんです。でも、うまくいかなくて……。
樋口先輩は告白して、スッキリできたのでしょうか? 後悔してませんか?」
亜貴の言葉に焔は優しく微笑んだ。
「人生、うまく行くことばかりじゃきっと面白くないよ。
高城さんのおかげで自分の気持ちを言えた。さゆりは僕の気持ちに気付いていたみたいだけどね。振られたけど、でも、言わないままだと後悔したかもしれない。これで良かったんだと思うよ。
……ありがとう。高城さん」
焔の声は清々しかった。亜貴は込み上げてくるものがあって、ポタポタと涙を地面に落とした。
「泣かないで……」
焔は真っ白なハンカチを亜貴に差し出した。
「すみ、ません……。
樋口先輩。これからも、身体に気をつけて、頑張ってください。私、応援、してます」
亜貴はハンカチをぐしゃぐしゃにしながら言った。
「ありがとう。……こんなこと頼むのはどうかと思うけど、さゆりと、刻を頼むね」
「私でよければ」
焔は安心したように頷いた。
「高城さんも元気で。無鉄砲なところがあるからちょっと心配だよ」
「あはは。すみません。なんか、感情のままに動いてしまうところがあって」
「まあ、それも魅力なんだろうけどね」
亜貴と焔は固く握手を交わした。
「じゃあ、また会えるといいね」
焔はそう最後に笑顔で言って、歩いていった。亜貴は涙でにじむその背中をずっと見つめていた。
焔が見えなくなってもしばらくぼんやりと佇んでいた亜貴。
「亜貴!」
という刻の声で我に返った。
「刻」
「また泣いてんのか? 泣き虫だな」
「悪かったわね!」
焔からもらったハンカチは酷いことになっている。
洗って返すより、新しいのを買ってから返そうと亜貴は思って、鼻をかんだ。
「で、亜貴も少しはスッキリしたのか?」
刻の問いに、
「うん。言いたいこと全部言えたし、樋口先輩と二人で最後に言葉を交わせるなんて思ってなかったから、充分すぎるほど」
と亜貴は答えた。刻が優しく微笑んだ。
「だったら良かったな」
「でも、今後は考えて行動しなきゃなとも思った」
「兄貴みたいに考えすぎてなかなか行動起こせないのも困るけどな。俺は亜貴の無鉄砲なとこ、嫌いじゃないないぜ?」
刻の言葉に亜貴は目を瞬しばたたかせた。
「最近、刻優しいよね?」
「そ、そうかあ? 俺はいつも優しいけど」
照れてるのかそっぽを向いた刻に、
「刻の言葉に勇気付けられること多い。ありがとう」
と亜貴は言った。刻は怪訝な顔をしてこちらを振り返った。
「珍しいな。
……よっぽど兄貴が卒業するのがショックなんだな……」
「え? いや、あの、それもあるけど、本当にありがたく思ってるから言ったのよ?」
慌てて亜貴が言うと、刻は少し顔を赤くして、
「ふうん。ま、じゃあ、どういたしましてと言っとこう」
と笑った。
「明日は日曜だな。最後の日曜だし、どっか行くか?」
「そうだね。刻は行きたいとこある?」
「俺は牧場は行きたかったから、他は特にはな……。亜貴はないのか? 行きたいとこ」
亜貴はそう言われて少し躊躇う。
「なんだよ? あるのか? 言えよ?」
「わ、私、憧れのデートがあって」
「お、おう」
「彼氏ができたら水族館に行きたいって思ってて……。刻は期間限定の彼だけど……」
「行きたいんだろ? なら行こーぜ! それとも本当の彼氏ができるまでとっとくか?」
亜貴はちょっと考えて、
「いつできるかわからないし、刻とならきっと楽しいと思うから、行く!」
と答えた。刻が嬉しそうに笑った。
「よし! 決まりだな! 海の方はちょっと遠いから朝からだな」
「刻部活は?」
「今回は亜貴を優先する。朝9時に亜貴の家の近くの駅で待ち合わせよう」
「わかった」




