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恋人ごっこ~彼女と彼の一ヶ月間の勝負~  作者: 天音 花香


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21/40

普通に楽しい時間でした

 バスから降りると、すぐに牧場の入り口だった。牧場はテーマパークほどは大きくはないが、それなりの人で賑わっていた。




「まず、やっぱり乗馬からいこーぜ!」


 刻に腕を掴まれ、亜貴は驚き不満を言おうとしたが、刻の子供のように輝く瞳を見て何も言えなくなった。


(高校生にもなってこんなにはしゃぐなんて、本当に子供ね)


 そう思いつつも、そんな刻が嫌いではないと思う亜貴だった。




 体験乗馬のコーナーにはたくさんの人が並んでいた。ほとんどが子供とその親ばかりで、高校生らしき人はほぼいない。


 並びながら見ていると、高さのある台から馬に乗せてもらい、柵で囲われた直径十メートルぐらいの円を馬が歩くというようなものだった。轡くつわのところにロープがつけられ、それを係の人が馬に合図をしながら引いている。


「自分で操作するんじゃないのね」


「初めての人が多いからな。まあ、馬に乗ってみるっていうのが体験乗馬だから。


俺は人が少ない時間に来て、ちょっと乗せてもらうときは速歩はやあしぐらいはさせてもらうけどね」


「はやあし?」


「うん。まあ馬にとっての早歩きぐらいかな。走るまではいかないけれど、歩く速度より早いぐらい」


「それは今回とは違うの?」


「そうだなあ、常歩なみあしよりかは揺れると思うよ?」


「なみあし?」


 聞いたことのない言葉ばかりで亜貴は刻に何度も尋ねた。


「今の歩いてる状態」


 常歩でも十分揺れているように見える。


「私は揺れるのは怖いから常歩でちょうどいいのかもしれないわ」


 見ていると段々不安が大きくなってきた亜貴だった。


 順番が近づいてくると馬の姿が近くで見えた。馬はかなり大きいのに気づかされる。体が大きいということは顔も大きいということで。長い睫毛に縁どられたガラス玉のように澄んだ目がまた大きい。


「きれいな瞳ね」


「だよな。静かな瞳。馬は賢いといわれてるけど、あの瞳を見ると確かに見透かされているような気になる」


「そうね」


 刻が先に乗ってぐるりと回って帰ってくる。台の上に乗ると結構高くて、軍手の中の手が汗ばんできた。


 刻が馬から降りて、


「ほい、行ってらっしゃい」


と声をかけ、ぽんと亜貴の肩を叩いた。亜貴は恐る恐る馬にまたがる。


(高い!) 


 想像以上の高さに、亜貴は怖くて手綱をぎゅっと握りしめる。まだ馬は動いていないのに、亜貴の心臓は早鐘を打った。


「はい、お腹を蹴ってみてください。馬が動きます」


 係の人に言われ、亜貴は恐る恐る馬の腹を蹴る。馬は首をちょっと動かしたが、歩こうとしない。


「もう少し強く蹴ってみてください」


 馬に申し訳ないと思いながらも、言われるままに、えいと蹴ってみる。ようやく馬が動き出した。馬が脚を出す度に揺れる。亜貴は正直怖いと思った。


「はい、下を見ないでください。馬の目線も下がってしまいます。体重をやや後ろにかけて、背筋を伸ばして、前を見てください」


 言われるようにしようとするが、怖くてなかなか背筋が伸びない。


「亜貴! リラックス!」


 刻の声が聞こえた。なんだか悔しい。仕方ないので、亜貴は馬の首ばかりを見ていたのを徐々に前の風景を見るように努力する。


「そうそう、山の方見て見ろよ!」


 刻がまた言った。


 規則的な揺れにようやく慣れてきて、前に広がる山を見ているとなんだか不思議な気持ちになった。馬の腹が温かいのを感じる。


(普段、生き物に乗るってないからかな)


「はい、お疲れさまでした。馬の首を叩いてあげてください」


 亜貴は言われた通りに馬の首を感謝を込めて叩いた。馬は少し誇らしげに前を向いた。そんな馬を可愛いと思った。


 馬から降りると、太腿の内側がこわばっていた。


「どうだった? 乗馬」


 にやにやとしながら刻が尋ねてくる。


「……少し怖かった。でも、馬が温かくて……なんだか変な感じ」


「俺は好きなんだ。その、生きてる馬に乗ってる感じ。自転車とかとはまた違う。亜貴にも味わってもらいたくてさ」


 刻は楽し気に言って、子供のような笑顔を見せた。焔はしない笑い方。でもやっぱりどこか似ている。


「まあ、体験としては悪くなかったわ」


 亜貴はそんな刻から視線をそらして言った。


「ほら、ソフトクリーム」


 刻がソフトクリームを買ってきてくれた。


 ソフトクリームを口に含むと冷たくて、首の後ろがきんと痛んだ。口の中で溶けると濃厚なミルクの味が口いっぱいに広がった。


「冷たいけど美味しい! なんかミルク~っていう感じ」


「だろ? 牧場に来たらソフトクリームは食べなきゃな」


「刻は甘いもの好きなの?」


「ああ。甘いものも辛いものもなんでも大丈夫」


「樋口先輩は?」


 亜貴が「樋口先輩」と口にすると、刻の顔が一瞬曇った。


「刻?」


「あ、いや、兄貴ね。甘いものは好きなんじゃないか? 辛いものは苦手みたいだけど」


 亜貴は新しい情報に笑顔になる。


「そうなんだ~!」


 焔が麻婆豆腐をちょっと顔をしかめて食べている姿を想像した。苦手なものがないような焔にも苦手なものがある。一気に親近感がわいた。


 くすくす笑っている亜貴を刻は真顔で見つめる。


「振られたのになんでそんなに好きなままなんだよ」


 刻の口から洩れた言葉は亜貴の耳には届かなかった。


「え? 何か言った?」


「別に」




「ねえ、次はどこ行く? 私、動物ふれあい広場行ってみたい」


「動物っていっても山羊と牛と馬しかいないけど?」


「別にそれでもいいよ? 最近動物触ることなんてないし。さっき馬は乗ったけど」


「じゃあ、行くか」


 快晴とまではいかない天気だったが、山の冷たくて済んだ空気が気持ちいい。亜貴は「あ!」と声をあげる。白い拳ぐらいの花が咲いていた。花はバナナをむいたような特徴ある形をしている。辺りに優しい香りが漂っていた。


「見て。ハクモクレン」


「あれ、ハクモクレンっていうのか」


 促されて見た刻が言う。


「ハクモクレン、もう咲ききってるから次は桜ね」


「花好きなのか?」


 刻の言葉に亜貴はちょっとむっとする。


「どうせ似合わないって言うんでしょ?」


 思い込みで不機嫌になった亜貴に刻は違う違うと否定する。


「いや、やっぱ女だなと思って。じゃあ、明日は植物園行こうぜ!」


「え? 明日?」


 明日は焔の受験の日だ。焔が頑張って試験を受けている時に遊んでいていいのだろうか。


「兄貴を信じろよ! 家で祈ってたって、外に出てたって、兄貴の試験の結果には何の影響もない。なら一人部屋で陰気になってるよりいいだろ?」


 刻の言葉に確かに、と亜貴は思う。でも、なんだかこんな風にデートっぽいことを重ねるのはなんとなく罪悪感を感じる。焔と付き合っているわけではないし、期間限定とはいえ刻と付き合っているのだから何も悪いことはしていないのだけれど。


「なんだ、嫌なら別に無理強いはしないけど」


 刻の拗ねたような言葉に亜貴は首を横に振る。どうも刻に拗ねられると断れない亜貴だった。


「ううん、別に嫌なわけじゃないよ? そう、ね。じゃあ明日は植物園行きましょう!


あ、ほら、ふれあい広場、そこじゃない? 行こう!」


 亜貴は言いながら足を速めた。刻が我儘な王女様についていくようにその後ろを歩く。


 囲いに入っているのは山羊だけで、馬と牛はそれぞれの舎にいるようだった。


 独特の鳴き声を出しながら、山羊は人に近づいていく。亜貴の前にもやってきた。空腹なのか口をもぐもぐしながら。山羊の目はなんだか眠そうに見える。 


「ふふ。刻、山羊だよ、山羊」


「いや、別にわかるし、俺は触らなくていいし」


「なんだか毛が思ったより硬い」


「おい、なんかバッグの紐、食われてないか?」


「え!? あ、だ、駄目よ! これは駄目!」


 必死でバッグを引っ張る亜貴を見て、刻は笑う。


「良かったな、触れ合えて」


「う、このバッグ気に入ってるのに……」


 二人は山羊の囲いを後にして、牛と馬の小屋に行く。牛も思っていた以上に大きく、亜貴は恐る恐る手を伸ばした。


「やっぱり馬が一番可愛いかも」


「俺も馬が一番好きだな」


 刻は馬だけ撫でていた。


 それなりに楽しんだ二人は家にチーズを土産に購入して、帰りのバスに乗った。


「楽しかったか?」


 刻の言葉に、亜貴はちょっと戸惑う。楽しかったと思っている自分がいた。


「うん……楽しかったよ」


 焔を好きなままなのに刻との時間を楽しんでる自分。やっぱり罪悪感を覚える。


「なんだよ、その顔」


「え?」


「別に嘘つかなくてもいいんだぜ?」


 刻の声は少し苛ついていた。


「違うよ。楽しかったから、だよ」


「なんだそれ」


「刻には分からないよ」


「どうせ兄貴に悪いとか思ってるんだろ?  兄貴は兄貴で受験頑張るんだから、亜貴は亜貴で一日を楽しめばいいんだよ」


 刻の言葉は亜貴の思っていることとは外れていたけれど。


「そうね。うん。


乗馬、私一人じゃしなかったと思う。いい体験になったわ」


「そりゃ良かった」


 焔とこうやって牧場に行くなんて想像もできない。


 自分にとって刻ってなんなんだろう。


「亜貴?」


「あ、うん、何?」


「明日も昼からでいいか?  午前中は部活する」


 刻は本当に弓道が好きなのだな、と亜貴は感心する。


「うん、わかった。現地集合にする?」


「ああ」

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