他人とすら言われない
私は今、親子の円居に巻き込まれている。見ず知らずの子にまとわりつかれている。
断じて言うが、私が彼らに割り入ったわけではない。礼儀のひとつも知らない地下育ちの私ではあるが、それくらいの慎みはある。
この簡素な住居は私に与えられていたものだ。闖入者は彼らのほうだと、強調しておこう。
親子は私には到底知り得ることのない親密さで身を寄せあっている。しかしながら、おそらくそこに血の繋がりは皆無だ。
もし仮に、奇跡的な確率で彼らが実の親子であったとしても、お互いにそうとはわかるまい。私たちはみな、管理者によって育てられる。
証だてもないまま、見知らぬ相手との血縁を告げられ、引き合わされる気分はいかなるものだろうか。見たところ、親子は管理者に促されるまま従順に抱き合っている。私はその様子から目をそらして宙を仰いだ。子に覆い被さられているせいで視界が悪かった。
頭上に空間が広がっているのはいまだに慣れない。物心ついた時からうずくまっていた暗がりや、あるいは数日前に同区域の者と共に詰め込まれたトラックの中のほうが、よほど落ち着く。
現在収容されているバラックの壁には一面、金属がむき出しになっていて、暴力的に光を反射させる。
居場所は変わる。管理者は変わる。ただ、私の意思が介在しえないという一点は普遍だ。
子は無邪気にふつふつと黄色く笑う。親はこの先の運命を知ってか知らずか、肌を白く強張らせている。
そう、たとえ奇跡的な確率で彼らが肉親同士であり、何らかの、いわば魔術的な理由でお互いにその事実を知ったとしても、今やもう遅すぎるのだ。
また管理者が私を他所へ連れていく。離れまいとする親子も一緒だ。どうやら彼らとの同居は我が親愛なる管理者閣下の意志らしい。
思えば現在の管理者の管轄下に移ってから、状況の変化はいっそう目まぐるしい。短い旅路の最中にも私は思い出していた。
着込んでいた服を残らず剥がれたこと。全身をミリメートルの単位で劃断されたこと。手荒く湯に放りこまれたこと。
薬かなにか溶かされていたのか、湯には薄く色がついて嗅いだことのない匂いがした。
それでもようやく落ち着いて体がほぐれてきたところに、突然の新入りだ。
先に来たのは親のほうだった。はじめは血色のよい肌をしていた。湯に浸かってしばらくも経たないうちにいくぶんか肉を縮めて芯まで白くなった。
自他の区別もまだついていないような子が着いてからも、その色は戻らなかった。
今に至る経緯はこのようなところだろうか。
さて、細切れになった記憶をたどっていたせいで、首領の元へ来ていることに気付かなかった。管理者は私たちが首領に具すことを望んでいた。
これまで遠くから見ていた印象そのままに、首領は真白く輝いていた。
「キミたちは相変わらずだな。いつでも存在を黙殺される」
言葉は私に向けられていた。言いように少しばかりかちんときて「そうでしょうか」と返した。首領は頷いた。
「私がアルファ化したのはつい数十分前からのことだが、私はずっと前から、硬く透明な眼でこの場所を見ていた」
そのことならば知っていた。私は黙って続きを待った。
「キミの同胞と運命を共にする者は華々しく飾られ、新たな名を与えられる。一方でキミたちが表舞台に立つことはなかった。キミの同胞が原形を留めない最期を迎える様すら目にしたよ」
同情のこもった声音にうなだれて答えた。
「ええ、ひどいものです。ようやく安寧が訪れたと思ったらこの有り様です」
「安寧などどこにもありはしない。管理者の糧となるために生み出され、管理者の糧として死んでいく存在には。つまり、キミや私のことだ」
まったくその通りだった。
沈黙のうちに、首領は態度を柔らかくした。
「間もなくさよならだ。私は私の生を全うするだろう。キミも、玉ねぎとしての生涯を管理者の意に沿う形で終えられることを喜びたまえ」
それきり首領はまどろみに身を沈めた。集合意識はふやけてばらばらの米粒になった。
鈍く丸い先端を持つ匙がずぐりと我らを削り取った。
私は脇役の食物にふさわしく、絡み合う卵と鶏肉の隙間に身を潜めて、文字通りの日陰者の運命を受け入れた。