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息を呑んだのは母だ。姉は、父の言葉半ばで飛び出した。白い腿と赤い裾が闇の中に光り、たたと駆けて夜の中に消えた。
酒を呷る父と、繕いものをしながら我関せずといった顔で動かない祖母。母は茫然自失と言った体で縁側を見ていた。そしてもう一人、裏のおばさんも奇妙な無表情で縁側を見ていた。
その夜、葉ちゃんの行方は分からず、おばさんは母の気遣いで家に泊まった。翌朝、村は葉ちゃんの行方不明の話と、夜更けに村を走り抜けていった黒い車の話で騒然としていた。姉の失踪は話題になったが、昨晩の車に姉が乗っていたのを見たという者が何人か現れたのもあり、皆それほど心配をしなかった。その日も男衆がおばさんと共に町に行き、葉ちゃんを探したようだが、結局見つからなかった。
葉ちゃんは、三日後に川の下流で浮いているのが見つかった。痛みが酷く村に帰る前に焼かれ、おばさんが胸に抱いた小さな桐の箱になって帰ってきた。
一月が過ぎても姉の行方は知れず、しかし半月ほどたった頃から泣き暮らしていた母が笑うようになった。
そして、晩秋のある日、母が僕を手招きして言った。
「おまえ、糸子に怒っているかい? 」
「ううん」と僕は答えた。
「じゃあね、糸子が今日町の神社に来るんだけど、私の代わりに会いに行ってくれないかい? 」
僕は驚いて何故分かるのかと母に尋ねた。母の話では、姉は出ていってすぐから村役を介して母に手紙を送ってきていたのだという。
「今日の正午に町の神社で会おうって言われたんだけどね、わたしはとても出ていけないからお前に行って欲しいのさ」
元気かどうか見てきておくれ、大事にされているかどうか。神社までは村役の息子が送ってくれるから。
僕はそう言われて家を出た。
村役の家の前に、いつか祭りに乗って行った車が停まっている。その運転手が村役の息子なのだと初めて知った。
「勝坊、よう来たな。ちょうど良かった、町に用があるんや。乗せてっちゃるけど、帰りはちょっと遅なるで」
否はない。僕はまた助手席に座り、運転手の話に耳を傾けた。
「しかし、勝坊の姉ちゃんは綺麗やったなぁ。何というかこう…凄味がある綺麗さやったな。今やから言えるけどな、儂はああいうのは好かん。勝坊、女は顔より気立てで選ぶもんや」
運転手は、始終そんなことばかり言っていた。
「ほなここでええか」
降ろされたのはあの神社の石段のすぐ下だった。
「儂は町で用事を済ませなあかん。終わったらこの神社に寄るから、姉ちゃんが帰っても勝坊はここで待っとるんやぞ」
頷いて、去っていく彼を見送る。時刻はちょうど正午だ。僕は石段を登り始めた。




