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「裏のユキ子じゃ」
祖母がそう言って顎をしゃくる。母が応対に立ち、戸口で話をする。
「勝ちゃん、ちょっと来んさい」
意外なことに僕が呼ばれた。
「あんた、葉ちゃん見てへん? 」
「祭りに来てたよ」僕は正直に答える。
「徳さんが運転手やった車やね。二人とも乗って帰ってきたんやろ? 」
「葉ちゃんは帰りは乗らなかったよ。徳さんは、姉さんにくっついて友二の車に乗ったんだろうって」
僕がそういうと、母の顔つきが険しくなった。
「糸子は友二の車で帰ったんとちゃうよ。あの黒い車で帰って来たんや」
それを聞き、おばさんが息を呑んだ。
「葉太は戻ってないゆうことですか」
「分からへん。友二にも聞いてみんことには」
母がそう言ってから、慌ただしく家中が動き出した。
「村役に話してくる」と言って父が出、母はおばさんを迎え入れて椀に汁を注いだ。僕は村の家々に葉ちゃんを見ていないか聞いて回る役目を言いつかり、村中を駆け回る羽目になった。
村中を聞いて回っても、祭りからこっち葉ちゃんを見た者はおらず、肝心の友二は飲みに出かけたとかで見つからない。駆け戻って知らせると、おばさんはぐったりと肩を落とした。
「誰も見とらんか」僕に問うたのはいつの間にか来ていた村役だ。頷くと、村役は「そうか」と言って立ち上がった。
「儂は町まで行って聞いて回るが、ユキさん、あんたもくるかね? 」
村役の言葉に、おばさんは泣きそうになりながら頷いた。
「車を取ってくるから待っていなさい」
そう言って村役は出た。
「さあ、あんたは寝なさい。ご苦労だったね」
母が僕を労い、寝床へと押しやった。布団にもぐると、姉がもう横になっていて「どうだったの」と聞いてきた。
「誰も見てないって」と答えると、姉はごろりと転がり天井を見て、「そう。一体どこにいるのかね」と呟いた。
その姉の顔を見て、僕は神社での光景を思い出した。
なぜ今まで忘れていたのか。葉ちゃんもそこにいて、僕は葉ちゃんを神社に置いて逃げたではないか。
「神社」
呟くと、姉が眉をひそめて僕を見た。
「神社にいたんや。僕も、葉ちゃんも」
そう言うと、姉が半身を起こし、僕を見下ろした。
「あんたあそこにいたの。あたしと本田さんのこと見てたの? 」
本田とは、姉を送ってきた男のことだろうか。考えていると、姉は突然跳ね起きた。
「嫌らしい子ね! 人のことこそこそ覗き見して、まるで葉ちゃんみたい。あたしそういうの嫌いよ、虫唾が走る! 」
姉の声は大きく、家じゅうに響いた。
凍り付いたような雰囲気の中、僕は閉めきっていた襖が僅かに開くのを見た。そこから、能面のように無表情なおばさんが顔を覗かせ、確かに姉を見た。
「なに見てんのよ。あんたがキチガイの子なんか産むからでしょ。親子そろってこそこそ覗いて、あんたたち気味が悪いのよ! 皆言ってるわよ裏の子はキチガイだって! あんたが馬とでもやってできた子なんだって言ってるわよ! 」
「糸子おっ! 」
怒鳴ったのは父であった。どすどすと荒い足音が近づいてきたかと思うと、襖をがらりと開けて鬼の形相の父が仁王立ちになった。姉は、足音を聞いて飛び起き、縁側まで飛び退いて寝巻のまま父を睨みつけていた。
姉の寝巻の割れた裾から、鮮やかな緋色が覗いている。僕は、それが姉の一等好きな着物であることに気が付いた。
父も気が付いたようだ。
「何や、その恰好は」
姉は答えず、父を爛々と光る瞳で睨んでいる。
「何や言うてんのや! 糸子ぉ! 」
「啓二さんのところに行くのよ」
姉が答えた。
「こんな村、もう嫌よ! 山と田んぼばかりで気の利いた店の一つもない! 啓二さんは大学出の学のある人よ。私に本を買ってくれるって言ったわ。父さんお気に入りの友二はね、あたしの足しか見ちゃいない。あたしは自由になるのだわ、この村から離れて! 」
「それがお前の考えか」父は唸った。
「父親に逆らうんか! ならお前はもう儂の子ぉやない、どこへなりとも行け、行って死ね! 」




