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枯れたひまあり  作者: 巳島想院
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「男好きのする女、男好きのする女」

帰り道、僕はずっとその言葉を繰り返しながら歩いた。家が見えるあたりまで帰ってきてふと見ると、家の前に黒光りのする大きな車が音もなく滑り込むところだった。

車から降りたのは、神社にいた男だ。男は助手席側に回り込んでドアをあけ、中から出てきた姉の手をとり、助け降ろす。

物見高い村人たちが戸の陰から覗いている。姉もそのことは知っているだろうに、臆する様子もなく男と話し込んでいる。姉の肩がふらりと揺れ、男の胸に抱かれた。

「糸子! 」

目を吊り上げて走って出たのは祖母である。

姉と一歩離れ、姿勢を正して会釈をした男をまるでいないもののように無視し、祖母は姉の頬に力いっぱいの張り手を見舞った。

「姉ちゃん! 」

声をあげて駆ける。

走り出る僕のことなど、誰も気に留めていない。姉は頬を抑えて祖母を睨み、祖母は荒い息をつきながら姉を睨み、男は姉を守るように一歩進み出た。

「何をする! 」

そう怒鳴ったのは、納屋から走り出てきた父だ。

「何だお前は! どこのモンだ! 」

そう言って、男に納屋から持ち出した何かを向ける。

「鉈だ! 」

叫んだのは誰か。集まってきていた村人の誰かだろう。

「父さん! 」

姉が慌てた声を出した。

「鉄蔵、やっちまいな! 」

祖母がけしかける。僕は、おろおろと成り行きを見ることしかできない。

「およしなさい」

口を開いたのは男である。

「私は軍で教官をしています。やめておきなさい」

皆驚いて男を見た。窮屈なシャツに包まれた上からでも、たくましく均整の取れた体つきが分かる。

「はったりだな」

父はそう言って進み出たが、手は出せずにいる。男は、姉を脇におしやって父の前に立った。

「鉄蔵! やめとけや、祭りの夜だ」

人垣を割って進み出たのは、どこか威厳のある男だ。

「村役」父が呟いた。

「よそ者が糸子をたぶらかしよるんじゃ! 」

祖母の叫びは鶏のように村に響く。僕はこの祖母が嫌いだ。村役と呼ばれた男は、鷹揚に頷き手をあげた。

「鉄蔵さん、ここは任しちゃくれんかね」

父は鉈を持った手を降ろし、一歩下がる。その様子がどこか安堵したように見えるのは気のせいか。

「その車はあんたのかね? そうか、じゃあ儂を家まで乗っけてくれんか。そこで茶でも飲もうや」

村役は、男にそう声をかけた。男と村役が乗り込むと、姉も身をひるがえして後部座席に乗り込み、

「糸子! 」と叫ぶ祖母の声が響いた。

「糸子さんも来るとええ。トキさん、糸子さんは儂がちゃんと家に帰すよって心配せんと」

そう言って、村役は姉と共に男の車で去った。物見高い人垣は徐々に崩れ、しかし何人かはぐずぐずと残って僕の家の方を窺っている。僕はあのあとすぐ、母に腕を掴まれて家に入れられ、今日は家から出てはならないと言いつけられた。日が暮れてから姉が戻り、父と祖母には一声もかけずに寝間の戸を立てて閉じこもった。

「姉ちゃん、飯にするか? 」と声をかけるも、姉は「いらない」と言ってそっぽを向く。

ちゃぶ台を囲み、父と祖母と食べる夕餉は味気ない。母はいつにもまして台所から出てこない。

誰一人喋らないその陰鬱な空気を、女の声が乱した。

「すいません、うちの子は来ていませんか」

か細い声は、かすかに震えて落ちた。


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