4
「男好きのする女、男好きのする女」
帰り道、僕はずっとその言葉を繰り返しながら歩いた。家が見えるあたりまで帰ってきてふと見ると、家の前に黒光りのする大きな車が音もなく滑り込むところだった。
車から降りたのは、神社にいた男だ。男は助手席側に回り込んでドアをあけ、中から出てきた姉の手をとり、助け降ろす。
物見高い村人たちが戸の陰から覗いている。姉もそのことは知っているだろうに、臆する様子もなく男と話し込んでいる。姉の肩がふらりと揺れ、男の胸に抱かれた。
「糸子! 」
目を吊り上げて走って出たのは祖母である。
姉と一歩離れ、姿勢を正して会釈をした男をまるでいないもののように無視し、祖母は姉の頬に力いっぱいの張り手を見舞った。
「姉ちゃん! 」
声をあげて駆ける。
走り出る僕のことなど、誰も気に留めていない。姉は頬を抑えて祖母を睨み、祖母は荒い息をつきながら姉を睨み、男は姉を守るように一歩進み出た。
「何をする! 」
そう怒鳴ったのは、納屋から走り出てきた父だ。
「何だお前は! どこのモンだ! 」
そう言って、男に納屋から持ち出した何かを向ける。
「鉈だ! 」
叫んだのは誰か。集まってきていた村人の誰かだろう。
「父さん! 」
姉が慌てた声を出した。
「鉄蔵、やっちまいな! 」
祖母がけしかける。僕は、おろおろと成り行きを見ることしかできない。
「およしなさい」
口を開いたのは男である。
「私は軍で教官をしています。やめておきなさい」
皆驚いて男を見た。窮屈なシャツに包まれた上からでも、たくましく均整の取れた体つきが分かる。
「はったりだな」
父はそう言って進み出たが、手は出せずにいる。男は、姉を脇におしやって父の前に立った。
「鉄蔵! やめとけや、祭りの夜だ」
人垣を割って進み出たのは、どこか威厳のある男だ。
「村役」父が呟いた。
「よそ者が糸子をたぶらかしよるんじゃ! 」
祖母の叫びは鶏のように村に響く。僕はこの祖母が嫌いだ。村役と呼ばれた男は、鷹揚に頷き手をあげた。
「鉄蔵さん、ここは任しちゃくれんかね」
父は鉈を持った手を降ろし、一歩下がる。その様子がどこか安堵したように見えるのは気のせいか。
「その車はあんたのかね? そうか、じゃあ儂を家まで乗っけてくれんか。そこで茶でも飲もうや」
村役は、男にそう声をかけた。男と村役が乗り込むと、姉も身をひるがえして後部座席に乗り込み、
「糸子! 」と叫ぶ祖母の声が響いた。
「糸子さんも来るとええ。トキさん、糸子さんは儂がちゃんと家に帰すよって心配せんと」
そう言って、村役は姉と共に男の車で去った。物見高い人垣は徐々に崩れ、しかし何人かはぐずぐずと残って僕の家の方を窺っている。僕はあのあとすぐ、母に腕を掴まれて家に入れられ、今日は家から出てはならないと言いつけられた。日が暮れてから姉が戻り、父と祖母には一声もかけずに寝間の戸を立てて閉じこもった。
「姉ちゃん、飯にするか? 」と声をかけるも、姉は「いらない」と言ってそっぽを向く。
ちゃぶ台を囲み、父と祖母と食べる夕餉は味気ない。母はいつにもまして台所から出てこない。
誰一人喋らないその陰鬱な空気を、女の声が乱した。
「すいません、うちの子は来ていませんか」
か細い声は、かすかに震えて落ちた。




