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洋装の、壮健な青年である。仕立ての良いスーツを見事に着こなし、白いカラーが太い首を窮屈そうに締め付けている。青年は僕など目に入らないかのように通り過ぎ、まっすぐに姉に向かった。
声が聞こえたのか、姉がちらりと振り返る。腰から上を振り向けて青年を見、一度顔をそむけてから足元ごと反対を向き、青年の方に歩み寄る。
二人は長い間見つめあった。いや、実際にはそう長くないかもしれないが、僕は二人が長いこと目を合わせていたように思う。やがてどちらからともなく歩き出し、祭りとは反対の方に消えた。
僕は姉に声をかけそびれた。まるで結界の中にいるかのように、周りの音が小さくなっていた。二人がいなくなって少しして、不意に世界に音が戻った。
そうだ、柄杓を拾わなきゃ。そう思いついて歩き出した時。
僕は、葉ちゃんがそこにいたことを知る。
「葉ちゃ…」
掛けようとした声は途中で消えた。
僕はこれほど感情がむき出しな顔を見たことがない。葉ちゃんは目を見開き、ギリギリと音が聞こえるほどに歯を噛みしめて立っている。その目は二人が去って行った方角を向いている。僕は、葉ちゃんには確かに二人が見えているのだと信じる。神社を囲む木々を透かして、睦まじく歩む二人が。
そして、葉ちゃんは全身を震わせて叫びだした。拳を握り、背を反らせ、命を吐き出すように幾度も幾度も叫んでいた。僕は怖くなり走った。葉ちゃんを置いて逃げた。
石段を駆け下り、賑やかな祭りのただ中に向かい走る。胸が痛くなり、もうそれ以上走れないというところまできて、やっと人心地がついた。
祭りの最後を飾るのは、夜空に舞い散る花火である。僕は人混みを避け、車がある広場に戻ってそれを見た。花火が終わると、運転手や村の子供たちがぼちぼちと戻り始めた。姉を乗せてきた男の車は、僕が戻ったとき既にいなくなっていた。
皆が揃い、車に乗っても葉ちゃんは戻って来ない。
「勝坊、出すぞぉ」
運転手が、いつまでも乗らない僕に声をかける。
「葉ちゃんがまだだよう! 」
僕は大声で運転手に知らせた。
「友二の車がねえから、お前んちの姉ちゃんと一緒に乗ってったんだ! 」
運転手はそう言って、早く乗れと言わんばかりに手を振った。僕はまだ幼い。大人にそう言われれば、そうかな、と思う。そんな筈はないのに、その時は気が付かなかった。
「おれ、友二って嫌いだ」
後部座席は、はしゃぎ回る村の子でいっぱいになっていた。空いていた助手席に潜り込みながら、言うともなく運転手に愚痴をこぼした。
「なんで嫌いだ」
「姉ちゃんのこと、変な目で見るから」
「お前んちの姉ちゃんなら、村中のもんが変な目で見とるじゃろうが」
「そんなんじゃねえんだ。粘っこくて嫌らしい目だ」
僕がそう言うと、運転手は大きなため息をついた。
「友二は恥を知らねえからな。普通、そこまで露骨にゃあ見ねえもんだが」
「なんで友二はそんな目で姉ちゃんを見るんだ? 」
「お前の姉ちゃんみてえのはな、男好きのする女っちゅうんだ。勝坊が気付かねえだけで、友二みたいにお前の姉ちゃんを見とるやつはそこら中にいる」
「男好きってどういうことだ」
「そりゃあ、勝坊が大人にならにゃあ分からねえことだ」
運転手は、そういうと黙り込んだ。




