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1000年ぶりの

放心状態。



 その四文字以外に、今この瞬間の、天宮京介という人間を表現する言葉は、他にないだろう。

 左手で頬杖をつき、薄い唇はポカンと半開き。横に幅広い切れ長の目は、これでもかというほど、見開かれている。

 


  新学期。夏休みが終わったばかりの、まだどことなく浮足立っている教室で。京介は、一番最後の列。しかも、一番左の窓際という、誰もが羨ましがるその席で、ハトが豆鉄砲。いや、キャノン砲にでも撃たれたかの様な衝撃に見舞われていた。

 


 ……なぜなら。




「今日から、このクラスに転入してきた、大島桜だ。皆仲良くするように」

「大島、桜です。慣れない事ばかりでご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞ宜しく」



 タイプだったからだ。直球ストレート、ど真ん中だったからだ。


 ぺこりとお辞儀し、またゆっくりと顔を上げる彼女。さらさらと、少し茶色い色素の薄い長い髪が、白い肌をすべる。ニコリとほほ笑むその顔は、まるで天使のようだ。


 つい先ほどまで、「夏休み初日に戻れる道具があったら」「学校爆発しないかな」等という、不謹慎極まりない思惑はどこへやら。眠くてダルい始業式終了後に、突如として現れたその転入生により。爆発しろとまで思ったこの場所が、愛しくて仕方が無くなっていた。




「席は、天宮の隣だ。ほら、あそこだ」

「はい」



 え。何この展開。何このラブフラグ!

 願ったり叶ったりな教師の言葉に、バッと京介は自分の隣の席を見た。今からここに、直球ストレートど真ん中の彼女が座るかと思うと、心臓がどうにかなりそうだ。



 天宮京介、十六歳。高校二年生。成績は、ギリギリ中の上。薄い唇に、筋が通った鼻。切れ長の瞳に、卵形の輪郭。容姿は決して悪くはないのだが、彼の瞳は何故か赤。



 ゆらりと揺らめく炎よりも赤く。ビー玉の様に無機質で、澄んだ赤。獲物を見つめる獣をも連想させる、怪しく光るその「赤」に、クラスメートたちは、自ら京介に近づこうとはしなかった。



 当の本人は、対して気にしちゃいない……というか、持ち前の鈍感さゆえに、自分が敬遠されている事にも気づいてはいなかった。



「よ、よろしく」



 やっぱり第一声は、男の自分からだろう。

 ギ、と引かれた椅子に、背筋がビクンと反応する。それを悟られまいと、無理やり口を開いた――と、同時に。鼻を掠める、季節外れな桜の匂い。

 ……通学路の途中にでも、埋められているのだろうか?

 彼女の長い髪から香ったその匂いに一瞬首を傾げると、ストンと威勢よく座った彼女が、先ほど自己紹介の時に見せた笑顔のまま、京介の顔を見た。

 間近で見た彼女の顔に、また一つ、京介の鼓動が跳ねる。



 くりくりとした二重の目に、桜色の唇。ゆで卵の様な、弾力のある白い肌。


 何もかもが完璧だ。こんな綺麗な顔をした女の子を、これまで生きてきた十六年の人生の中で、京介は見た事がなかった。




「あ、えと。おれは、天宮きょ」

「千年ぶりだね!」

「は?」


 ……何て、言ったのだ。この転入生は。

 にこやかな彼女の笑顔に、ひくりと京介の頬がひきつる。当たり前だ。こんな特殊な自己紹介、した事が無い。

 冗談かとも思ったが、彼女の表情はいたって本気だった。戸惑う京介に、「どうしたの?」と彼女の方が、首を傾げている。まるで、「頭大丈夫?」とでも言いたげに。

 


どう反応していいか分からない。いやまず、どこからつっこんでいいのかすら、分からない。何故、自分の名前を知っているのか。何故、初対面で「久しぶり」なのか。というかそもそも、「千年ぶり」とはどういう訳か。


 金属バットで、いきなり頭をガツンと殴られた様な衝撃に、京介はただただ、目を丸くする。


 何か言わなければ。そう思うのだが、元々コミュニケーション能力が小学生以下の京介にとって、彼女の言葉はハードルが高すぎた。

ぱくぱくと、まるで金魚がエサを待ち構える姿みたく、口を開けたり閉じたりするだけだ。



「あー、えっと。ど、どうぞ。宜しく」



 そしてやっと絞り出した答えが、何の捻りもない上っ面の挨拶だった。






「早速人気だなー、あの転入生」

「……なぁ。俺って、千年前生きてたっけ?」

「暑さで頭いかれたか?」



 京介は、あれからずっと頭を悩ませていた。挨拶の意味など、直接本人に聞けばいいのだが、残念なことに、チキンでヘタレな京介は、そんな事すら出来ずにいるのだ。


 意味不明な京介の言葉に、前の席に座る男子生徒が眉根を寄せる。



 浅川凛太朗。京介の赤眼にも臆さず、積極的に接してくる数少ないクラスメートで、親友と呼べる存在。


 線が細いきゃしゃな体に、ぼさっとした髪。黒縁メガネの奥からは、やる気の無さそうな瞳が覗いている。


 放課後。拘束時間が解けた生徒たちは、一気にその転入生へと群がっていた。わいわいと楽しそうに、帰ろうとしていた彼女を取り巻き囲んでいるその様は、さながら、動物園でパンダを見て騒ぐ見物客だ。

「どこから来たの?」「どこに住んでる?」「学校案内してあげようか?」「彼氏はいる?」等々。よくもまぁ、次から次へと疑問がわいてくるなと、遠巻きに見ながら、京介は目を細めた。



 ……彼女に、このもやもやと何とも言えない疑問を一番ぶちまけたいのは、他でもない京介自身なのだが。



「えー、何々。何か騒がしいじゃーん、3組」

「お。出たな、ゴシップガール」

「こら、凛ちゃん! レディに向かってそんな言い方失礼だよー!」



 いきなり、ドスン!と、京介の頭に強い衝撃。一瞬、モグラ叩きの様に京介の首が下に沈んだ。危うくムチウチだ。迷惑を、存在全てで表している人物が来てしまった。

 犯人は、分かっている。脳天に二本の腕の感触を感じたまま、京介は、深く椅子に座り直した。




「……騒がしいのは、いつも君でしょ。美咲」

「なっ! 京までひどい!」



 人の頭の上で大声を出すな。今すぐそう言ってやりたいが、先にも述べたように、京介はチキンでヘタレである。ぐっと我慢して、突如現れたその少女にされるがまま、深い溜息をついた。



 賀茂美咲。京介たちとは違うクラスなのだが、いつの間にか付きまとう様になった、よく分からない存在。まるでキノコの様なマッシュルームヘアに、小柄な体。


その細い首からは、いつも小型のポラロイドカメラがぶら下がっている。



 学校で誰が誰と付き合ってるとか、どの先生が誰と不倫してるとか、京介の昨日の晩御飯は何だったとか……大きい事から、小さな事まで、ありとあらゆることを知りがたる、ミーハーな性格。そのくせ、去年の京介の誕生日には、なぜか「イエス・ノー枕」という、女子高生がチョイスしたとは思えない産物を貰い、ますます京介は彼女、賀茂美咲という少女を、どういう位置づけにすればいいか、判断しきれずにいた。




「で? また何かあったのか? 面白いこと」

「ふっふーん。どうしよっかなー! 教えてあげないこともないけどー」

「……お前から、情報屋としての価値を取ったら、一体何が残るんだ?」

「な! 京ー! 凛が苛めるー!」

「ゴフっ!」



 死ぬ! 殺される!



 凛太朗の冷めた言葉に、美咲が頭に乗せていた二本の腕を、京介の首に回した。

 そしてどういう訳か、自分が受けた屈辱的感情の大きさを、京介の首を絞めるという、意味不明な方法で、体現し始めたのだ。



 ……どこまで迷惑な女なんだ!




 京介は半ば白目になりながら、空気を求めて机をバンバンと叩く。後頭部に、女子高生にしては大きめの、柔らかい胸の感触を感じるが、喜んでなどいる場合じゃない。



 今は胸の感触より、酸素が欲しい。



「おいコラ。俺の友達が死にそうなのが見えんのか」

「はっ! ごめん京介! 苦しかったよね!?」

「い、いやっ! だいじょっ! ゴッホ! ゲッホ! ガッハ!」

「良かったー! 平気みたい」

「どこがだよ。肺炎引き起こしたみたいな咳してんじゃねぇか」



 ホッと胸を撫で下ろす美咲に、凛太朗が呆れた声を出して、京介の背中を撫でた。

 ぶっきらぼうな親友の優しさが、命を落としかけたばかりの体に、じわりと滲む。

 いまだゲホゲホと咳をしながら、京介が美咲を見る。すると美咲は、何故か顔を少し赤らめて、「あのね」と、カバンから何枚かの写真を取り出した。




「京介に、一番に見せようと思って持ってきたんだけど……」

「よく殺しかけた相手に、そんな事言えるな、お前」

「凛は黙ってて! ほら。最近、東神社に参拝した人が、おかしな事になってるじゃない?」

「あぁ。魂を喰われたみたいに、廃人になってるんでしょ?」



 最後にゴッホ!と大きな咳をして、ようやく求めていた分の酸素量を、肺の中に送り込んだ。涙声で京介がそう言うと、勢いよく頭を縦に振る美咲。

受け取った写真には、二十代半ばの女性や、幸の薄そうな顔をしたサラリーマン。留年が決まった様な悲痛の表情を浮かべた男子高生……等々。

一見、共通点のない人物たちが写し出されている。ゴシップ好きな美咲が、わざわざ出向いて撮った物だろう。



 だがしかし。共通点は見当たらないが、撮られた場所は同じだった。

 東神社。それは、京介たちが住んでいる街で、昔から親しまれて来た場所だ。何しろ、日本の最高神・天照大御神が奉られているのである。そのご利益を求めて、日ごろから多くの人がその神社へと参拝しているし、初詣には、それこそ全国から参拝客が押し寄せてくる。




「けど、気味悪いよなー。ご利益求めて、不幸になるなんざ」

「でしょ!? でしょ、でしょ、でしょー!?」

 隣でかなきり声を上げる美咲に、思わず耳を塞ぐ凛太朗と京介。「迷惑極まりないですよ」という二人のアクションにも負けず、更に美咲が更に声を荒げた。




「それにね! こんな事で、事を荒立てる私ではないのである!」

「どの口が言ってんだよ。お前、自分の人生見つめ直した方がいいぞ」

「凛は死んでて! ね、京介。これも見て!」

「……え?」


 どうして、『彼女』が。

 続け様に、美咲に見せられた写真。それは、今まさにクラスの渦中にいる人物。

 大島桜の姿だった。


 他の人と同じように、東神社境内で、その姿が写真に写っている。只、他の写真とは違い、参拝をしている所ではなかった。真っ直ぐ前を向いて、凛として歩いている姿。



 転入してきたばかりの彼女の姿に、凛太朗は眉根を寄せ、京介は驚きのあまり、石の様に固まる。美咲は、二人のリアクションに満足したのか、「面白いでしょ!」と、得意気に胸を張った。



 写真の中の彼女に、何故だかジワリジワリと京介を襲う不安。

 この後、参拝したのだろうか? だとしたら、彼女も何かしらの事件に……

 少しだけ、京介の心臓をヒヤリとした何かが撫でた。ちらりと、客寄せパンダの如く人の輪の中にいる彼女を見れば、たちまち大きく見開かれる京介の赤眼。



 ……見ていた。芯の強さが放出する黒い双眸が、真っ直ぐこちらを。

 一気に、京介の耳へと届いていたありとあらゆる雑音が、シャットダウンする。



あんなにうるさかった美咲の声でさえ、今は京介の脳まで届かない。ただ二人だけが、この場所にいるかの様に。絡み合う視線に、息が止まった。



 それは、一瞬。されど、とても長い時間の様にも思えた。外せない視線に戸惑うと、彼女の恐ろしいくらいの綺麗な顔が、少しだけ忌々しそうに歪み、そして。

 自分の中の憎しみを抑えきれなかったかの如く。吐き捨てる様に、笑った。




「京介?」

「はっ!?」




 凛太朗の声に、一気に周りの声が耳へと入ってくる。一体自分に何が起きたんだと二人の顔を見れば、呆れ、心配と、それぞれが、それぞれに見合った心情を、その顔に浮かべて京介を見ていた。




「いきなりフリーズするんだもん。びっくりしたー!」

「いや……」



 ゴン。と、心配する美咲を横目に、机に額を乗せる京介。凛太朗が、「でもなぁ」と小さく呟く。




「転入生が事件に巻き込まれる確証もないしな。俺らがどうこう出来ないだろ」

「えー、でもさぁ」




 まだ心臓がバクバクと言っている。「はぁ」と大きく息を尽いて胸を抑える京介の頭上で、ゴシップガール美咲が、とんでもないことを口にした。




「起こす方かもよ? 事件」




 その言葉に、凛太朗と京介が、同じタイミングで美咲を見た。美咲は不敵に笑い、ピンクのポラロイドカメラを構え、シャッターをきる。




「女の勘が、そういっている」



 何をふざけた事を。京介はそう思ったが、どういう訳か、セリフ染みた美咲の言葉に、「わっはっは! 何馬鹿なこと言ってんだよ!」と笑い飛ばす気にはなれなかった。




 凛太朗も同じなのだろう。ただ黙って頬杖をつき、桜の写真を見ている。「異論はない」とでも言いたげに。


 という事は、やはりこの親友も、京介と同じことを感じていたのだ。

 大島桜の、秘めたる怪しさと、不気味さを。

 そうこうしているうち。ジー。と、美咲がシャッターをきったポラロイドカメラから、一枚の写真が出てきた。




 大島桜が、颯爽と教室から出ていく姿が写った、一枚の写真が。





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