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嘘から出た子規の俳句

作者: 明石竜

 君と我 うそにほればや 秋の暮 


「皆さんに問題です。この俳句は誰が詠んだものでしょう?」

 とある中学校、二年一組の教室。ある日の国語の授業中、教科担任の

山辺先生は黒板にこんな句を書いて質問をした。

「松尾芭蕉」「一茶」「蕪村」「虚子」「碧梧桐」「啄木」「牧水」

 クラスメイト達は答えバラバラに叫んでいく。

「さっき誰か正解を言いましたね。このお方です」

 山辺先生が正しい作者名をその句の左隣に漢字で書いた。その時、

「先生、虚の字が間違ってます。その字はウソです」

 クラスメイトの一人に指摘された。

「あらっ、ほんとだ。”うそこ”さんになってたわ。いけない、いけな

い」

 山辺先生は照れ笑いしながら、左側の口を消して虚に修正する。彼女

は誤って『高浜嘘子』と書いてしまっていたのだ。

 その所作に、クラスメイト達の一部から笑い声。

「狙ったわけではありませんが、この句にも嘘という表現が使われてい

ます。”ばや”というのは自己の願望を表す古語で、あなたと私、嘘に

惚れたいものだなぁという高浜虚子さんの心情が込められていますね。

さて皆さん、このお方のお師匠さんは、誰か分かりますか?」

 山辺先生がこんな質問を投げかけると、

「正岡子規」

 ほとんど間を置かずクラスメイトの一人がこう答えた。

「その通りよ。では、正岡子規さんの詠んだ句を一つ挙げてみて」

「柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺」

 次の要求に、同じ子が即答する。

「その通り。これはとても有名な句ですね。正岡子規さんの句は、見た

り聞いたりしたことをありのままに詠む、写生という技法が特徴的です。

つまり、想像や空想から生まれた嘘の出来事は表現しないということで

すね。正岡子規さんは俳句を詠む以外にも、様々な功績を残してますよ。

皆さん、このお方について知っていることがあれば、どんどん発表して

下さいね」

「ベースボールを野球って訳した人」

 別のクラスメイトが叫んだ。

「そう思ってる人はけっこう多いみたいだけど、それは嘘よ。本当は中

馬庚っていう人なの」

「誰だよ? そいつ」「知らねえ」「中華まん?」

 山辺先生から教えられたことに、クラスメイト達は口々に突っ込む。

「ホトトギスを創刊した人ーっ!」

 また別のクラスメイトが叫んだ。

「それも嘘よ。柳原極堂っていうお方なの」

「誰やねん?」「初めて聞いた」

 クラスメイト達はまたも突っ込む。

「正岡子規さんのお友達よ。中馬庚さんも柳原極堂さんも知名度は低い

みたいね。この二人の功績について、今度の中間考査で出題しますので、

ちゃんと覚えておいてあげてね。ホトトギスといえば、キョキョキョッ、

と鳴いてウグイスの巣に卵を産む鳥さんとしても有名ですね。正岡子規

さんは、ウグイスを季語にした句もたくさん詠まれていますよ。例えば

……」

 山辺先生はこう伝えると白チョークを手に取り、黒板に『鷽』と書い

た。

「先生、間違ってます。その字はウソです」

 するとクラスメイトの一人からすぐに指摘された。

 虚の字の間違いを指摘してくれた子と同じ子だった。

「えっ、違うの?」

 山辺先生は不思議そうに、チョークを手に持ったまま自分の書いた字

を確かめてみる。

「惜しいけど……」

 指摘した子はそう言って立ち上がり、黒板の前に向かうと『鷽』とい

う漢字の上の部分を消して、『鶯』に修正してあげた。

「……あっ、そうだった。こんな字だった。今思い出したわ」

 山辺先生は照れ笑いする。

「そういえば、正岡子規さんの句には鷽という鳥さんが季語に使われて

いるのもあったわ。かなりマイナーだけど……」

 さらに続けてこんな句を書いた。


 鶯なくや 花も実もなき 梅嫌うめもどき 



「先生、僕が直したので、ウソじゃないですよ」

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