幼女嫁の看病
「ハックション!」
朝起きたら体がものすごくだるかった。
頭がぼうっとするし、くしゃみと鼻水が止らない。
なんか風邪をひいたかもしれない。
はじめてかも、この世界にきて風邪を引いた。
風邪を治す魔法は……と、頭の中で検索していると。
「おはようございますルシオ様。朝ですよ」
ガチャってドアが開いて、シルビアが入ってきた。
「じるびあが……」
返事をする、自分でもビックリするくらい声がガラガラだった。
「ルシオ様? どうかしたんですか?」
「いや……ハックション!」
「ルシオ様!」
慌てて、バタバタ走ってくるシルビア。
おれの横に立って、顔をのぞき込む。
「顔が赤い……風邪ですか」
「ぞうびばいば……」
「大変! ルシオ様寝てて下さい。ナディアちゃん、みんな、いるー?」
おれをしっかり寝かせて、肩まで布団を被せてから、バタバタ部屋の外に走って出て行くシルビア。
しばらくすると四人の嫁が集まってきた。
シルビアにナディア、ベロニカとバルタサル。
朝の八時、嫁の全員集合だ。
「これは……風邪ですわね。大分熱がひどいですわ」
「ルシオくんも風邪を引くんだ。びっくりだよ」
「どうしましょう、すごく熱高いし、ルシオ様がつらそうです」
「……まずは熱を下げたほうがいいですわね。熱で頭をやられないように冷やした方がいいってどこかで聞きましたわ」
「ルシオちゃんやられちゃうの?」
「そうしないために冷やすのですわ」
「冷やす他には何をしたらいい?」
「そうですわね……温かくしてちゃんと栄養を取る、でしょうか」
「冷やすのに温かくするの?」
驚くナディア。
「そう言うものですわ。頭は冷やして、体は温かくする。風邪の時の基本ですわ」
「なるほど! よーし、みんなでルシオくんを看病しよう!」
ナディアが言って、三人がほぼ同時に頷いて同調した。
そして看病の準備をするため、ぞろぞろ部屋から出て行く。
……。
こんな風邪なんて魔法一つで直せるが、それはちょっと後でいいか。
なんか、見てみたくなったから。
嫁達がおれをどう看病するのかを。
おれはそのままベッドの上に寝そべって、頭がぼんやりしてきて、うつらうつらとなった。
そのまま寝入って――どれくらいの時間が経ったか。
人の気配を感じたから、ゆっくりと目を開けた。
「あっ、おはようございますルシオ様」
シルビアか。
って返事しようとしたけど声が出なかった。
喉がますますガラガラになってて、声が出ない。
「タオルをかえに来ました」
言われて、おでこに絞ったタオルが載せられてる事に気づく。
「お食事も出来ましたけど、食べますか」
声が出ないから、かるく頷いた。
シルビアはいったん部屋の外に出て、可愛らしいキッチンミトンをつけて、鍋を持ってきた。
よほど重いのか、ふらふらしてる。
待て待て、その歩き方はまずい。
これはずっこけておれにぶっかけるパターン――。
「お待たせしました」
お約束を覚悟したおれだが、そうはならなかった。
ふらつきながらもシルビアはちゃんとおれの横に鍋を持ってきた。
蓋を開ける、湯気が立ちこめる。
中はおじやだった。
「これなら食べられるかなって」
風邪の影響でほとんど食欲はないけど、これなら入りそうだ。
「……」
食べる、って言ったはずがほとんどかすれた声しか出ない。
ベッドに肘をついて起きようとする、それをみてシルビアは慌てて支えに来てくれた。
おれを起こして、背中に枕を立たせて背もたれにする。
気が利く。
「……」
喋ろうとした、やっぱり声が出なかった。
咳払いして、頑張って、もう一度しゃべった。
「ありがとう」
かすれて変な声になったけど、なんとか言えた。
「どういたしまして」
シルビアは恥じらって、嬉しそうにした。
鍋からおじやを器に移して、れんげでおれに食べさせた。
ふーふーもしてくれた。
おれが食べ終わると、枕を直して寝かせて、鍋を持って部屋から退散していった。
ハプニングはなかった、逆にしっかりした看病で心がほっこりした。
ありがとうシルビア……そう思って、またうとうとした。
「ルシオくん……あっ、寝てるね」
次に目が覚めたらナディアが来ていた。
「……はよ」
少しよくなったのか、ちょっとだけ声が出た。
「ごめんね、起こしちゃった」
「や、だいじょぶ」
「そっか。あのね、風邪の時リンゴのすり下ろしがいいって聞いてさ。いま作るね」
「いま作るのか」
「うん!」
大きく頷くナディア。よく見たらベッドの横におろし金とリンゴと小皿とスプーンが置かれてる。
必要なものが一式あって、それは下ろすだけだ。
ナディアはおろし金を使って、一生懸命リンゴをすり下ろしていく。
性格的に比較的おおざっぱなナディア、手つきがおっかなくて、いつ指をすってしまわないか見ててはらはらする。
「おれがやろうか」
「大丈夫、ルシオくんは見てて」
笑顔のナディア、顔だけ見ると信頼感たっぷりなんだが、手つきはやっぱり不安しかない。
何かあったらすぐ止血出来る様に魔法を頭の中で検索した。
それは、しかし使われることはなかった。
最後までケガしないでやり遂げたナディアは、すり下ろしたリンゴをおれに食べさせてくれた。
もちろんあーんで、だ。
食べた後、またベッドに横になって、道具一式をもって撤収していくナディアを見送った。
……どうしよう、なんか幸せだ。
胸がじんわりと温かくなるのを感じながら、しばらくうとうとする。
しばらくしておでこのタオルが取り替えられた感触がした。
目を開けると、今度はベロニカだった。
「よう」
「起こしてしまいましたの?」
「いや、大体この周期で目が覚める」
「そうですの」
「タオルをかえてくれたのか」
「ええ。それとこれ」
「これは?」
「栄養剤ですわ。飲みやすくて風邪の時の水分補給にいいらしいですわ」
水筒みたいなのにストローが指してある。
「作ってくれたのか」
「あたくしが? 作る訳がありませんわ」
「そうか?」
「お金を出して、ちゃんとした人に作ってもらいましたの」
ちょっと残念だ。手作りを期待してたのに。
「……普段料理をしない女の手料理など凶器でしかないじゃありませんか」
ベロニカはぼそっと言った、ちょっと拗ねた顔で。
独り言のつもりなんだろうが、ぶっちゃけばっちり聞き取れた。
……かわいいじゃないか。
「手がだるくて上がらないから、飲ませてくれるか?」
「――ええ! 任せて下さいまし」
ベロニカは大喜びで、水筒を持ってストローをおれの口に近づけさせた。
ストローで吸い上げる、栄養剤ってよりスポーツドリンクの様な味だった。
なるほど、これなら確かに風邪の時にいい。
それを飲んで、ベロニカを見送って、また温かいシーツの中に潜り込んでねた。
しばらくうとうとして、四回目の目覚め。
今度はバルタサルがいた。一番天然の魔王嫁バルタサル。
体調が大分よくなってきたこともあって、おれは今度こそハプニングが来るぞと期待した。
さて何をしてくれるのか、そう思って、寝たふりをして様子をうかがった。
バルタサルはタオルをかえて、シーツを変えてくれた。
どっちもそっとやってくれて、おれを起こさないように、って手つきだった。
あまりにも優しかったから、体がすっきりしただけじゃなくて胸もじんわりして、バルタサルが動き回ってるのに、いつの間にかうとうとして、本当に寝てしまった。
「はっ!」
起きるとバルタサルはもういなかった。代わりに枕元に一枚の紙があって、デフォルメされたバルタサルの顔と、「元気になるのよ?」ってぐにゃぐにゃな字で書かれていた。
なんか……今日で一番じんわりきた。
同時に申し訳なくなった。
ハプニングとか、お約束とか期待してごめん。
おれの嫁達は全員素晴しい子だった。
いろんな看病をしてもらって、風邪ははっきりと自覚出来るほど急速になおっていった。
ありがとう。シルビア、ナディア、ベロニカ、バルタサル。
嫁達への感謝を胸に秘めて、おれは再び目を閉じた。
☆
翌日。
「うぅ……頭が痛いです」
「鼻水がとまらないよ」
「うぅ……情けない」
「くしゅん! くしゅん!」
一日中看病した嫁達が、全員おれがうつしたであろう風邪で倒れてしまった。
そんなお約束に感謝しつつ、おれは、全力で彼女達の看病をしたのだった。