嵐の中で輝いて
「うー、うー」
廊下を歩いてると、窓にへばりついてるココを見つけた。
犬耳の少女は窓枠に両手とあごをのせて、外を見つめている。
「どうしたココ」
「あっ、ご主人様ですぅ。雨なのですぅ」
「ああ、雨だな」
ココの真後ろに立って、頭越しに窓の外を見た。
昼間のなのに空は暗く、降りしきる雨が窓を打ち続けている。
「ずっと雨なんですぅ」
「言われて見ると……今月に入って雨が続いてるな」
夏休みの最終日で日記を書くかのように、記憶を辿って天気を思い出す。
すると、一ヶ月近くほとんど晴れた日がないことに気づく。
「ママ様と散歩に行きたいですぅ」
「いけばいいじゃないか、おっさんと台風の中散歩する柴犬もいるくらいだから――って、そうか」
言って、あることを思い出す。
ココは種族的に特殊な体質の持ち主だ。
今は犬耳にもふもふしっぽの柔らかい雰囲気のする少女だけど、水をかぶると人格も肉体も変化して、猫耳でキリッとした空気を纏う少女――マミに変身する。
雨でも散歩行きたがる犬は多いが、ココの場合、行きたくても体質で出来ないんだ。
「うー、うー」
窓の外を見つめたまま、更に唸る。
わがままをいわない分不憫でならない。
犬が散歩に行けないのはストレスだから――よし。
「なんとかしてやる」
「ご主人様がですかぁ?」
「ああ、見てろ」
廊下を進み、玄関を開けて外に出る。
ココがついてきた。水をかぶることが出来ないから玄関の内側からおれを見た。
いることを確認して、魔力を集中する。
かなり魔力使う、古代の大魔法。
「『ウェザーチェンジ・サニー』」
「へくちっ」
どこからともなくかわいいくしゃみが聞こえた。
同時に目の前にワームホールが現われて、魔力の塊が噴出しておれの顔に直撃した。
もはやおなじみとなった。
「バルタサル……」
「わーい、ルシオちゃんだ。ねえねえルシオちゃん、バルはすごくヒマしてるのよ?」
現われた四人目の妻、バルタサルがそんなことを言う。
暗に遊んで欲しいって催促なんだが、正直いってそれところじゃない。
全身が脱力する、魔力をがっつり吸い上げる古代の大魔法が誤作動を起こす。
横殴りの強風が吹きつけ、顔に雨が突き刺さってちょっと痛い。
何日にもわたってしとしと降っていた雨が、急に台風級の暴風雨に変わってしまった!
「あうぅ……」
ココがまたまた悲しそうに呻いた。
「お散歩ぉ……」
「もう一回天気変える……のは難しいな。古代魔法二連続は打てるかどうか分からん」
古代魔法の上に古代魔法を重ねがけするのは一発目よりも二発目の方がより魔力をつかう。そこにバルタサルのくしゃみで誤作動を起こしてるのだから、ますます重ねるのが怖い。
天気は、おっかなくてもういじれない。
「ありがとうございますぅご主人様。今日もガマンしますぅ」
肩を落とし、耳としっぽも垂れ下がって、屋敷の奥に戻っていこうとするココ。
「まあまて、方法がないわけじゃない」
「本当ですかぁ!」
一瞬で――ダッシュで戻ってきたココ。
やっぱり散歩がしたいんだな。
「ああ、そのためには――バルタサル、ちょっとここから離れてくれ」
「魔法を使うの?」
「ああ」
「うーん。バル、一回くらいなら我慢出来るのよ?」
「ガマンって、くしゃみをか?」
「うん」
「そんなのも出来るのか……」
なら試してみよう。
脳内検索で見つけ出した代案の魔法は軽いものだ、誤作動起こしてももう一回かければすむ。
「『ウォータープルーフ』」
魔法の光がココを包み込む。
「は……は……はぐっ!」
その横でバルタサルがくしゃみしたくてむずむずしていた。
ものすごくガマンして、挙げ句の果てには指で鼻を摘まんで無理矢理ガマンした。
その甲斐あって、魔法は普通にかかった。
「これは?」
「防水コーディングだ、雨の中に出てみろ」
「はい」
ココはなんの疑問も抱かずに――って感じで玄関から外にでた。
横殴りの雨に打たれて、一瞬でびしょ濡れになる。
が。
「変わらないですぅ!」
「完全防水だからな」
「やったー。これでお散歩いけますぅ!」
大喜びするココだが。
奇しくも、台風になった。
最初におれが言った「おっさんと台風の中散歩する柴犬」のようなシチュエーションになった。
正直この台風の中で歩きたくないが。
「……」
ココのわくわくする目には勝てなかった。
「お散歩、いくか」
「はいですぅ!」
「バルも、バルもいくのよ?」
ココもバルタサルも、台風の暴風雨なんてお構いなしにハイテンションだった。
おれはココの手首に繋がってるリードを引いて。
台風の中、バルタサルとココと散歩をしたのだった。
今月にはいって雨続きなので、「おっさんと台風の中散歩する柴犬」というネットで有名な写真をふと見つけて、この話を書きました。
台風の中で妻と犬のお散歩――微笑ましい光景……ですよね?