頭の中を消しゴム
「ルシオちゃん! これみるのよ?」
部屋の中にバルタサルがいきなり入ってきて、弁当箱を見せてきた。
弁当箱は色とりどりのおかずを詰め込んでて、かなり美味しそうな出来映えだ。
「うまそうだな。どうしたんだこれ」
「シルビアちゃんに手伝って一緒に作ってもらったのよ?」
「へえ。バルタサルが作ったのか」
「バルのことははっちゃんって呼んで?」
いつもの様にそういうバルタサル。
ナディアは注文通りはっちゃんって呼んでるけど、おれは何となくそう呼びづらかった。
それをごまかすために、手を伸ばしておかずの一つ――タコウインナーを摘まもうとする。
が、摘まむ前に引っ込まれた。
「だめ、これはバルのなのよ?」
「ああ、おれに食べさせるものじゃないんだ」
「バルこれからちょっとお出かけするから、そのためのお弁当なのよ」
「でかけるのか」
ちょっとびっくりした。
我が家にやってきてからずっとおれにひっついてたバルタサルがお出かけか。
弁当をみるに一人で出かけるつもりらしい。
……。
ちょっと心配だ。
いや彼女はこれでも魔王だから身の危険はないんだろうが、何となく心配だ。
「一緒に行こうか」
「ルシオちゃんはきちゃだめなの」
「ダメなのか」
「うん、バルが一人で行くの」
うーん。
わからん。普段と違う行動パターンでよく分からん。
わからない分、ちょっと心配になってくる。
「ココをつけましょうか?」
バルタサルの後ろ、部屋の外、廊下から話しかけてくるベロニカ。
「話を聞いてたのか」
「ええ」
頷き、バルタサルを向く。
「外に出かけるのなら頼まれてくださる? 今日のココの散歩がまだですの」
「……うん! いいよ」
バルタサルは少し考えて、はっきりと頷いた。
三人で庭に出て、ベロニカは庭で遊んでるココに手招きした。
「どうしたんですかぁママ様」
「散歩に行くわよ。今日は彼女が連れてってくれるそうよ」
「わーい」
ココは大喜びで、ズボンのポケットからリードを取り出した。
それを自分の手首につけて、バルタサルに差し出す。
犬耳っ娘のココはこんな風に、手首にリードをつけて、それを持って散歩に連れてってもらうのがすきだ。
最近はそれをもっぱらママ様――ベロニカがしているらしい。
だからいつものようにリードを差し出したのだが。
「わーい」
バルタサルはそれを受け取らなかった。
ココと同じ喜びの声をあげて、彼女に抱きついた。
首に手を回して、まるでぶら下がるような抱きつき方。
リードを持ったココが困惑している。
「ママ様?」
「せっかくだからそのままお行きなさいな」
「……はい、わかりましたですぅ」
大好きなママ様の命令とあっては、って感じでココが歩き出した。
バルタサルは弁当箱を持ったままぶら下がるように抱きつき、つま先立ちで一緒に歩いていった。
二人を見送る、やがて屋敷の外にでて姿が見えなくなる。
「心配そうですわね」
「正直言えばそうだ。バルタサルを一人で外に出すのははじめてだからな」
「心配ならついて行く? 体を透明にする魔法使えるんでしたわね。それで尾行してみては?」
「バルタサルのことだ、それをやったら『わーいルシオちゃんの匂いだあ』でばれる気がする」
「ばれそうですわね」
頷き、同意するベロニカ。
「なら、指をくわえて待っているしかないですわね」
「……『テレスコープ』」
脳内で魔法を一瞬で検索して、ふさわしいのを使う。
手のひらにハエの様な生き物が出現する。その横にホログラムのパネルもついでに出現した。
「それはなんですの?」
「これの見てるものがこっちに映し出される魔法だ」
コントロール権はおれにある。さながら脳波コントロールでラジコンを操作するようにハエを飛ばした。
するとパネルの映像も動き出す。ゲームみたいな画面だ。
「へえ、こんなのがありますの」
「これで後をつける……ばれたらその時だ」
ハエを操作してココとバルタサルの後をおった。
二人が消えていった方角にむけて飛ばしてすぐ、後ろ姿を見つける。
ダメだったときは次の魔法を、ってことで大胆に近づく。
「ばれない様ですわね」
「そうみたいだな」
かなり近くまで近づいても二人はこっちに気づかないので、とりあえずほっとした。
バルタサルがココの首にひっついたまま進む。
街に出ると、途中でバルタサルがいろんなことに興味をもって、ふらふらと向かって行こうとするが、その度にココが慌てて引き留める。
「どっちがどっちを散歩してるのかわかりませんわね」
「その通りだな」
しっかりものの犬が幼い子供の面倒をみてる、そんな雰囲気が二人からした。
「あら? あれはお義兄様ではなくて?」
「本当だ、イサークだ。まずいな、バルタサルの顔が険しくなってる」
「ルシオちゃんは一人でいいのよ、とかいってそうですわね」
「またナメクジになるのか、南無」
そう思って手を合わせてると、事態は予想外の動きをした。
バルタサルの様子をみたココがどこからともなく水筒を取り出して、自分の頭に掛けた。
水をかぶったココ、一瞬で姿が変わる。
犬耳のあどけない少女から、猫耳のちょっと強気な少女に。
マミ。
ココと一心同体で、水をかぶると変身する人格の少女。
マミはイサークを見つけるなり、彼に向かって行った。
イサークもマミの姿を見て、ぎょっとにして、脱兎の如く逃げ出した。
残ったのは、ポカーンとするバルタサルだけ。
「追い払ってくれたみたいですわね」
「ますますどっちがどっちを散歩してるのかわからんな」
「そういえばルシオ、これって他のところは見れませんの? いちいちあのハエみたいなのを飛ばさないとだめ?」
「ハエ自体を好きなところにだすことが出来るぞ。ほら」
魔法を使って、パネルの映像を切り替える。
実家を映した、おじいさんが庭で盆栽をいじってるすがたが見えた。
「こんな趣味があったんですのね。でも似合ってますわ」
次に王宮を映した。国王が玉座に座って、大臣になんか指示を出している。
「あら、ちゃんと王としてのお仕事も出来るんですのね。ただのルシオボケだと思ってましたわ」
「嫌な言葉を作るなよ」
更に画面を変える。今度は屋敷の中だ。
「あら、アマンダ」
「アマンダさんだな」
場所はアマンダさんの部屋。
せっかくだからアマンダさんの様子を覗いてみようとしたが、画面が移った途端、アマンダさんはじっとこっちをみた。
「ル、ルシオ? みられてますわよ。というか目が合いましたわよ」
「あ、ああ」
こっちを見つめたまま、アマンダさんの唇がうごいた。
『だ・め・で・す・よ・だ・ん・な・さ・ま』
ばれてる!
おれは慌てて画面を切り替えた。
ばれてる、何故か知らないけどばれてる!
冷や汗が背中を伝う。
「あ、アマンダ一体何者なの」
「……それは掘り下げない方がいいとおもう」
「そ、そうですわね」
乾いた笑いを浮かべるおれとベロニカ。
気を取り直して、バルタサルのところに映像を戻した。
いつの間にか、バルタサルとココに戻った二人が草原にいた。
草原の上でバルタサルが何か作ってる。ココが摘んできた花で何か作ってる。
「指輪ですわね」
「指輪?」
「わからなくて?」
ベロニカに指摘され、改めてじっと見つめた。
確かに、バルタサルが作ってるのは小さい輪っかのようなもの。指輪にも見える代物だ。
「あなたへの贈り物ですわね」
「そうだな」
「ルシオ、言うまでもないことですけど、みてたなんて言ってはダメですわよ。ちゃんと驚いて、その上で喜んであげなさい」
「……だったらこうする」
映像を消して、新しい魔法を使う。
「『メモリーイレーザー』」
魔法を使った瞬か――。
「――ベロニカ? それにここ……なんで庭に出てるんだ?」
「ルシオ? ……もしかして今の魔法で記憶を?」
「記憶? なんの話だ」
「……いいえ、なんでもありませんわ」
ベロニカは首を振った。
何を言いかけたんだろ、気になるな。
「うっ……」
「どうしましたの?」
「いや、なんか頭が急にいたくなって……なんだこれは、二日酔いっぽいけど……酒なんてこっちに来てから飲んでないぞ」
「ルシオ、あなた……」
「どうした、そんな顔して――って、いてて……」
頭を押さえる、本当に二日酔いっぽい感じで頭が痛いぞ。
「……ルシオ」
「なんだ――むっ」
ベロニカはいきなりほっぺにキスをしてきた。
びっくりして、頭痛が吹き飛んだ。
ほっぺを押さえて、ベロニカを見つめる。
「どうしたんだ、さっきから?」
「いいえ。なんでもありませんわ」
「なんでもないって」
「さあ、中に入りましょう。頭が痛いのでしょう? 皆が戻ってくるまで膝枕してあげますわ」
「あ、ああ」
ベロニカに手を引かれて、屋敷の中に戻る。
ベロニカは何故かいつも以上に優しくて、いつの間にか出かけてて戻ってきたバルタサルから素敵なプレゼントをもらった。
なんだかわからないけど、いい一日だった。