2コマ即落ち魔王
バルタサルの魔力爆発問題が解決したから、嫁達は――特にナディアは遊ぶ気満々になった。
おれは嫁たちと遊ぶのが好きだ、だから遊ぶ気になったのを見るとこっちまで嬉しくなる。
そのナディアが草原を走り回ったかと思えばパッと立ち止まって、しゃがんで地面をみる。
もうちょっとすれば何かを考えついておれに求めてくる、それをおれが魔法で実現してやる。
それが我が家の日常だ。
「ルシオくん! あれに乗りたい!」
「来たか」
ナディアが見つめる先を目を向ける。
そこに小さなカエルの姿があった。
じっとしてて動かない、時々頬袋を膨らましているだけ。
「あれに乗りたいのか?」
「うん!」
「わかった、スモ……」
「シルヴィも一緒に!」
「えっ、ひゃん!」
体を小さくする魔法『スモール』を唱え終える前に、ナディアが親友のシルビアの手を引いた。
二人一緒に魔法にかかって、体が小さくなった。
小さくなった二人、ナディアがシルビアを引っ張って、一緒にカエルの背中に乗った。
カエルはピョンと飛んだ。
「きゃはははは!」
「きゃああああ!」
飛んだカエルの背中で大笑いするナディアと、無理矢理乗せられて悲鳴を上げるシルビア。
彼女達の好きにさせつつ、何かがあってもフォロー出来る様に意識の一部を残しておく。
そうしながら、横にいるベロニカにも聞いてみた。
「ベロニカはいいのか? ああいうの」
「あたくし? そうですわね、せっかくだから空を飛んでみたいですわね」
「ならあのトンボはどうだ? 鳥と違って空中に静止できるから違った感覚が味わえるかもしれないぞ」
「面白そうですわね。お願いできるかしら」
「『スモール』」
微笑みと魔法で返事をして、小さくなったベロニカをトンボの背中にのせてあげた。
笑い声も悲鳴も上げないが小さくなった横顔は満足しているみたいだ。
が、それも一瞬だけの事。
彼女が乗ってるトンボのところに別のトンボがやってきて、二匹は空中でドッキングした。
「ちょっとお待ちなさい、なんで他のトンボとひっつくんですの!? ルシオ! ちょっとルシオ! この子達何か変な事をしてますわよ!」
「それはトンボの交尾だな」
「こ――」
「安心しろ、トンボは交尾したまま飛ぶから何も問題はない」
「問題大ありですわ! 別のにしますからぎゃあああ」
わめいて、悲鳴をあげて、トンボに連れ去られるベロニカ。
交尾中のトンボに乗れるのもいい体験だろってことで、そのままにしといた。
もちろん彼女にも害が及ばないように意識を残すことをわすれない。
最後にバルタサルを見る。
彼女はおれの横にちょこんと座って、ほわほわした感じで見あげてくる。
「君はどうする? そっちのミツバチにでも乗ってみるか?」
「いまのって、まほー?」
「うん? ああ魔法だ。これくらい君にも使えるんじゃないのか?」
なんせ魔王だし。
「バル、魔法は使えないのよ?」
「……そういえばさっきもそれを言ってたな」
イサークをナメクジにしてたけど、あれはなんだったんだろ。
……イサークだし別にいっか。
「魔王も魔法はマンガーーじゃなくて魔導書を読んで覚えるのか?」
「まどーしょ?」
「こういうのだーー『トランスファー』」
魔法を使って、手を横に伸ばす。
真横の何もない空間に不思議な穴があいて、その中に手を入れた。
次元を越えて別の空間につながる魔法。今回は魔導図書館の中に空間を接続した。
そこから一冊の魔導書を取り寄せた。
表紙にもこもこしたひつじが描かれてる、ほのぼのした雰囲気の魔導書。
ざっと表紙と内容を確認してから、バルタサルに手渡す。
「これ読んでみて」
「読むの? ……すぴぃ」
魔導書を開いて一ページ目に目を通した瞬間、バルタサルは鼻提灯で寝息を立ててしまった。
「うっそだろおい!」
思わず突っ込んでしまった。
ていうか教科書じゃないんだから。
マンガを読んで即寝落ちする人初めて見たぞ。
盛大に突っ込まれて、バルタサルは鼻提灯がパチンってはじけて目を覚ました。
寝ぼけ顔で、おれとおれが渡した魔導書を交互にみる。
やがて、ちょっとだけ拗ねた顔で。
「バルだけを呪うアイテム?」
と言った。
「そうだったらすごいな! 魔王戦専用の貴重アイテムじゃないか。そうじゃなくて、これを読めたら魔法を使える様になるっていう――まあ魔法の本だ」
「バルでも?」
「それはわからない。人間だったらそうなるけど、魔王はどうなんだろ。最後まで読んでくれたらそれがはっきりするんだが」
「読むとルシオちゃんうれしい?」
「嬉しいというか、謎が解明されて助かるな」
「なら読む」
バルタサルはそう言って、もう一度魔導書に目を通す、が。
「すぴぃ……」
またすぐに寝てしまった。
「の○太かおまえは!」
また一瞬で寝落ちした。
多分二コマも読んでない、即落ちってレベルだったぞ。
そして今度は突っ込まれても起きなくなった。
開いた魔導書を持ったまま、こくりこくりと鼻提灯したまま船を漕ぐ。
「ルシオちゃん……もう食べられないのよ?」
「寝言は普通だな」
「代わりにぃ……バルをたべるといいのよ」
「そういう意味かよ!」
「のよ……」
ニヘラ、って笑いながらよだれをたらすバルタサル。
魔王って何だっけ、ってわからなくなってきそうなのどかな寝顔だった。
とりあえずこれでわかったこと。
バルタサルは魔法が使えない、魔導書も(ある意味)読めない。
そして――。
「ねてますね」
「あたしも寝る!」
「もうトンボはこりごりですわ」
次々に戻ってきて、小さいままバルタサルの上にのって昼寝をはじめた嫁達は、バルタサルの事をものすごく気に入ってる、ということだった。




